ネットワーク・プロトコル#167

惑星表面資産のメッシュネットワーキング — ローバー群が織りなす自律ネットワークへ

ローバー1機・周回機1機という単純な近接リンクの構図は、将来の月・火星探査では複数のローバー・着陸機・固定観測ステーションが地表に展開される世界へと拡張される。マルチホップ中継の幾何学、DTNとCGRが混在するハイブリッド経路制御、間欠的な電力制約下での中継参加という3つの角度から、惑星表面メッシュネットワークの構想を数式で理解し、全167回のカリキュラムを締めくくる。

前提知識: Proximity-1宇宙リンクプロトコル — 近距離だからできる対話型通信疫学的ルーティングとSpray-and-Wait — 接触機会が予測できないDTN環境の経路制御

メッシュネットワークマルチホップDTN月・火星探査自律ネットワーク

この回で学ぶこと

Proximity-1の回で、私たちは「ローバー1機と周回機1機」という、もっとも単純な形の近接リンクを見ました。ローバーが周回機に呼びかけ、ハンドシェイクを経て対話型のセッションを確立し、フレーム単位のハードウェアARQでデータをやり取りする——そこには常に「1対1」の関係しかありませんでした。周回機の可視範囲にローバーが入っていれば通信でき、入っていなければ通信できない。単純で、見通しの良い世界です。

しかし将来の月・火星探査、そしてさらに先の有人拠点建設を見据えると、地表に展開される資産はローバー1機だけではなくなります。複数のローバーが並行して走行探査を行い、複数の着陸機・固定観測ステーションが定点で科学観測を続け、それらすべてが上空を通過する複数の周回機と、そして互いに、通信の機会を持とうとする——そんな惑星表面のメッシュネットワークが構想されています。この回では、Proximity-1で学んだ「1対1の近接リンク」という部品を、「多対多」のネットワークへと拡張したときに何が起きるのかを、幾何学・ルーティング・電力制約という3つの角度から見ていきます。そしてこの回をもって、全167回にわたって物理層のビットの位相から積み上げてきた探査機通信工学の旅を締めくくります。

直感的導入: なぜ「1対1」では足りないのか

Proximity-1の回で扱ったシナリオを思い出しましょう。ローバーが周回機の可視範囲(パス)に入っている数分〜十数分の間だけ、データをやり取りできる。可視範囲を外れれば、次のパスまで待つしかありません。この構図には、地形という現実的な制約が抜け落ちていました。

月面や火星表面には、クレーターの縁、丘陵、峡谷といった起伏があります。ローバーがクレーターの陰に入っていたり、丘の裏側にいたりすると、たとえ周回機が軌道上で幾何学的には可視な位置にあっても、地形そのものが電波を遮ってしまい、見通し線(LOS: Line of Sight)が成立しません。周回機との直接リンクが、軌道力学的な可視性だけでなく、局所的な地形にも左右される——これは単一ローバーのシナリオでは「たまたま運が悪い日」で済んだ問題ですが、複数のローバーが同じ地域に展開されている状況では、決定的に重要な意味を持ち始めます。

もし遮蔽されて周回機と直接話せないローバーの近くに、たまたま見通しの通る位置にいる別のローバーがいたらどうでしょうか。 そのローバーにデータを一旦渡し、そのローバーが周回機との直接リンクを使って中継してくれれば、遮蔽されたローバーのデータも結局は地球まで届きます。これがマルチホップ通信の発想であり、単一の中継点(周回機)に依存する「星型(スター型)」のネットワークから、地表の資産同士が互いに中継し合える「メッシュ型」のネットワークへの転換の出発点です。

定式化1: 見通し線の幾何学と地形遮蔽

まず、単純な球面モデルでどこまで見通せるかを確認しましょう。天体の半径を RR、ローバーのアンテナ高さを h1h_1、対象(周回機や別のローバー)までの視線が地平線によって遮られない条件を考えます。平坦な球面上のアンテナから見える地平線までの距離は、幾何学的に

dhorizon2Rhd_{horizon} \approx \sqrt{2Rh}

で近似できます(ここで hRh \ll R を仮定した一次近似)。周回機のように高高度にいる相手であれば、hh が大きいためこの地平線距離は非常に長くなり、中継通信アーキテクチャの回で見たように、周回機の可視範囲はローバーの位置によらずほぼ軌道幾何学だけで決まります。

しかし地表を這うローバー同士の直接通信となると話は別です。ローバーのアンテナ高さは h1,h2h_1, h_2 ともにせいぜい1〜2m程度しかなく、球面地平線までの距離は

dhorizon, roverrover2Rh1+2Rh2d_{horizon,\ rover-rover} \approx \sqrt{2R h_1} + \sqrt{2R h_2}

で頭打ちになります。火星の半径 R3390R \approx 3390 km、アンテナ高さ h1=h2=1.5h_1 = h_2 = 1.5 mとして計算すると、

dhorizon22×3.39×106 m×1.5 m2×3190 m6.4 kmd_{horizon} \approx 2\sqrt{2 \times 3.39\times10^6\ \text{m} \times 1.5\ \text{m}} \approx 2 \times 3190\ \text{m} \approx 6.4\ \text{km}

球面だけを考えても、ローバー同士が直接話せるのはせいぜい数km程度です。さらに実際の地表には丘やクレーターの縁があるため、この理論値よりもずっと近距離でしか見通しが取れない局面が頻繁に生じます。あるローバー AA と周回機の間の見通し可能性を、地形高度関数 z(x)z(\mathbf{x}) を使った視線判定として書けば、位置 xA\mathbf{x}_A から仰角 ϵ\epsilon 方向へ向かう視線上のどの点 xt\mathbf{x}_t でも地形に遮られないことが必要です。

LOS(A, sat)={truet[0,1],  z(xA+t(xsatxA))<視線の高度(t)falseotherwise\text{LOS}(A,\ \text{sat}) = \begin{cases} \text{true} & \forall t \in [0, 1],\ \ z(\mathbf{x}_A + t(\mathbf{x}_{sat} - \mathbf{x}_A)) < \text{視線の高度}(t) \\ \text{false} & \text{otherwise} \end{cases}

この判定は解析的に解けるものではなく、実務ではデジタル地形モデル(DTM)上でレイキャスティングして数値的に評価されます。重要なのは、この可視性判定がローバーごと・時刻ごとに異なるという点です。同じ瞬間に、丘の南側にいるローバー AA は周回機と直接話せなくても、丘の北側にいるローバー BB は話せるかもしれません。このとき AA から BB へのローバー間近接リンク(数km程度、地表なので地形遮蔽の影響も受けますが、周回機よりはるかに近く電波強度に余裕があります)が使えれば、AB周回機A \to B \to \text{周回機} というマルチホップ経路でデータを地球まで届けられます。これがメッシュネットワークが地形遮蔽問題を解決する幾何学的なメカニズムです。

定式化2: ハイブリッド・ルーティング環境

ここで問題になるのが、こうしたマルチホップ経路をどうやって見つけるか、というルーティングの設計です。DTNルーティングアルゴリズムの回で見た疫学的ルーティングやSpray-and-Waitは、ノードの将来の接触が予測不可能な状況——ノード同士がいつどこですれ違うか分からないネットワーク——を前提にした、いわば「行き当たりばったり」のルーティング手法でした。一方Contact Graph Routingの回で見たCGRは、周回機の軌道や地上局の可視時間帯のように、接触機会が軌道力学からあらかじめ精密に予測できる状況を前提にした、時刻表ベースの決定論的な経路計算でした。

惑星表面のメッシュネットワークは、この2つの世界がまさに混在するハイブリッド環境です。

  • 予測可能な部分: 周回機の軌道はケプラー力学から精密に予報できるため、「ローバー AA の上空を周回機 S1S_1 がいつ通過するか」は、CGRが前提とするような接触機会(contact) として、(A, S1, tstart, tend, R)(A,\ S_1,\ t_{start},\ t_{end},\ R) の形で正確に記述できます。固定された観測ステーションと周回機の間の接触も同様に予測可能です。
  • 予測困難な部分: ローバー同士がどの瞬間に互いの通信範囲内にいるかは、各ローバーの探査計画・走行経路・地形による遅延など、事前に精密には予報しきれない要素に左右されます。ローバーが探査目的地を変更したり、想定より走行が遅れたりすれば、ローバー間の接触タイミングは容易にずれます。

CGRの定式化では、ノード ii に届いたデータの、隣接ノード jj への到達候補時刻を

Acand(j via c)=max(A(i), tstart(c))+VRij+τijA_{cand}(j\ \text{via}\ c) = \max\big(A(i),\ t_{start}(c)\big) + \frac{V}{R_{ij}} + \tau_{ij}

として、接触機会の開始・終了時刻 tstart,tendt_{start}, t_{end} が既知であることを前提に緩和操作を行っていました。ハイブリッド環境では、この接触機会の集合 C\mathcal{C} を、確度の異なる2種類に分けて考える必要があります。

C=CdeterministicCprobabilistic\mathcal{C} = \mathcal{C}_{\text{deterministic}} \cup \mathcal{C}_{\text{probabilistic}}

Cdeterministic\mathcal{C}_{\text{deterministic}}(周回機・固定局との接触)には従来通りのCGRの緩和操作を適用できます。しかし Cprobabilistic\mathcal{C}_{\text{probabilistic}}(ローバー間の接触)については、確定的な tstart,tendt_{start}, t_{end} の代わりに、接触が発生する確率分布 p(tstart,tend)p(t_{start}, t_{end}) しか手に入らないことが多く、実務上の経路計算では次のような近似的な扱いが取られます。

E[Acand(j via c)]=[max(A(i), tstart)+VRij+τij]p(tstart,tend) dtstartdtendE[A_{cand}(j\ \text{via}\ c)] = \int \Big[\max\big(A(i),\ t_{start}\big) + \frac{V}{R_{ij}} + \tau_{ij}\Big]\, p(t_{start}, t_{end})\ dt_{start}\, dt_{end}

つまり、ローバー間の接触は期待値やリスクマージンを持たせた形でしか経路コストに組み込めず、CGRの緩和操作がそのまま厳密な最早到達時刻を保証してくれるわけではありません。この不確かさを補うために、実際のプロトコル設計では疫学的ルーティング的な冗長性——同じデータのコピーを複数の隣接ローバーに渡しておき、そのうちどれか1つでも周回機や目的地に届けば良しとする——を、決定論的なCGR経路のバックアップとして組み合わせるハイブリッド戦略が検討されています。すなわち、「周回機への確実な接触機会が近くまで来ないなら、行き当たりばったりでも近くのローバーにデータを渡しておく」という保険をかけつつ、可能な限りCGR的な最適経路を優先する、という設計です。

固定観測ステーションの存在も、このハイブリッド性に一役買います。固定局は移動しないため、その位置は既知であり、固定局同士・固定局と周回機との接触は完全に予測可能な Cdeterministic\mathcal{C}_{\text{deterministic}} に属します。移動するローバー群と、静止した固定局群が同じネットワークに混在するという構図は、ネットワーク設計上、信頼できる「幹線」ノード(固定局)と、機動性はあるが予測しづらい「末端」ノード(ローバー) という役割分担として捉えることができます。ローバーはできる限りデータを固定局に届けようとし、固定局に届いた後は決定論的なCGRで確実に地球まで運ばれる、という2段構えの設計が現実的な落としどころとして考えられています。

定式化3: 電力制約と間欠的な中継参加

CubeSat/SmallSat通信の回で見たように、小型の探査機やローバーは厳しい電力制約の下で運用されます。地表資産、とりわけ太陽電池に依存する小型ローバーや固定観測ステーションでは、この制約がメッシュネットワークの設計に直接的な影響を及ぼします。

中継の役割を担うということは、自分のデータを送るだけでなく、他のノードから受け取ったデータを受信・保持し、さらに転送するという追加の電力消費を意味します。ノード ii が中継として消費する電力を、受信電力 PrxP_{rx}、送信電力 PtxP_{tx}、そして中継の稼働時間 TrelayT_{relay} の積として単純化すると、

Erelay=(Prx+Ptx)TrelayE_{relay} = (P_{rx} + P_{tx}) \cdot T_{relay}

一方、ローバーや固定局が太陽電池から得られるエネルギーは、日照時間・太陽電池パネルの面積・変換効率で決まる有限の予算 EbudgetE_{budget} です。自身の観測・走行・姿勢制御・ヒーターといった本来のミッション機能に必要なエネルギー EmissionE_{mission} を確保した上で、中継に回せる余剰は

Eavailable for relay=EbudgetEmission (0)E_{available\ for\ relay} = E_{budget} - E_{mission} \ (\ge 0)

に限られます。この余剰が小さい、あるいはゼロに近いノードは、他のローバーのデータを中継する余力がありません。特に極域や冬季など日照条件が悪い局面では、EbudgetE_{budget} 自体が縮小し、Eavailable for relayE_{available\ for\ relay} が恒常的に不足しがちです。

この電力制約は、メッシュネットワークの設計に次のような間欠的な中継参加という運用上の帰結をもたらします。

  • 各ノードは、自身のバッテリー残量・太陽電池の発電予測に応じて、「今この時間帯は中継役を引き受けられる」というアベイラビリティ(可用性)を、他ノードへブロードキャストするか、あらかじめ運用計画として合意しておく必要があります。これは前節で見た接触機会 c=(i,j,tstart,tend,Rij)c=(i,j,t_{start},t_{end},R_{ij})tstart,tendt_{start}, t_{end} が、軌道力学だけでなく電力状態にも依存して変動しうることを意味します。
  • 常時ネットワークに参加し続けることを前提にした地上のメッシュWi-Fiのようなプロトコル(すべてのノードが常にルーティング情報を交換し続ける)は、そのままでは電力制約の厳しい表面資産には適用できません。中継への参加をオン・オフできる、省電力を前提としたスリープ/ウェイクスケジュールをルーティング層に組み込む必要があります。
  • DTNのStore-and-Forwardという発想は、まさにこの間欠性と相性が良い設計です。中継役のノードが今は電力不足で送信できなくても、後で電力が回復したときに転送すればよい、という蓄積転送の考え方が、電力制約下の中継参加の断続性を吸収してくれます。CGRの蓄積遅延コスト
Δstore=tstartA(i) (0)\Delta_{store} = t_{start} - A(i)\ (\ge 0)

は、Contact Graph Routingの回では主に周回機の軌道周期による待ち時間として説明しましたが、表面メッシュネットワークではこれに加えて「中継ノードの電力が回復するまでの待ち時間」という新たな要因が加わることになります。

この結果、惑星表面メッシュネットワークの経路計算は、単に「今どのノードが幾何学的に見通せるか」だけでなく、「今どのノードが中継に回せる電力を持っているか」という、電力状態を組み込んだ動的な接触機会の予測を必要とする、より複雑な最適化問題になります。

実務での使われ方

将来の月面基地・複数拠点火星探査構想

NASAが主導するArtemis計画とその通信基盤であるLunaNet構想、ESAのMoonlight計画は、いずれも月周回中継衛星・月面複数拠点・地球側地上局が入り組んだネットワークを想定しています。月面通信アーキテクチャの回で見たように、月の南極域は太陽・地球双方から見て地形的な遮蔽が発生しやすく、単一の中継衛星や単一の地上局だけに依存する構成は脆弱です。複数の月面資産(有人拠点、無人ローバー、固定科学観測装置)が相互に中継し合えるメッシュ構成を持つことで、単一障害点を減らし、月の裏側や極域のクレーター内といった直接通信が困難な地点でも、資産間の中継を介してデータを地球へ届けられる可能性が広がります。

火星探査においても、複数のローバー・複数の周回機を同時運用する将来ミッション構想では、同種の発想が検討されています。CCSDSはこうした将来の惑星表面ネットワークを見据え、DTNのBundle Protocolや、CGRの標準化(SABR勧告)を、単一の中継リンクだけでなく多ノードのメッシュ的トポロジーにも適用可能な形で拡張する議論を継続的に行っています。

地上の類似技術との対比

地球上にも、目的の異なる複数のメッシュネットワーク技術が存在し、比較の参考になります。都市部の密集したメッシュWi-Fi(多数のアクセスポイントが電力潤沢な環境で常時中継し合う)は、ノード密度が高く電力に余裕があるため、常時接続・頻繁な経路更新を前提に設計されています。一方、山岳部や被災地で使われる長距離無線メッシュ(LoRaメッシュなど)は、ノード数が少なく、太陽電池やバッテリー駆動で間欠的にしか稼働できないという点で、惑星表面メッシュネットワークが直面する制約とよく似ています。これらの地上技術で培われた「省電力を前提としたルーティングプロトコル」の設計知見は、惑星表面資産のメッシュネットワーク設計にも応用の余地がありますが、地上のLoRaメッシュがせいぜい数十kmのオーダーで動作するのに対し、惑星表面資産はそれに加えて往復光時間や軌道力学的な接触スケジュールという、地上には存在しない制約層をさらに重ねて設計する必要がある点が、この分野固有の難しさです。

演習問題

  1. 月面(半径 R1737R \approx 1737 km)で、アンテナ高さ h1=1.2h_1 = 1.2 m のローバーと、アンテナ高さ h2=1.8h_2 = 1.8 m の固定観測ステーションとの間の球面地平線距離 dhorizon2Rh1+2Rh2d_{horizon} \approx \sqrt{2Rh_1} + \sqrt{2Rh_2} を計算せよ。この値が、火星表面(本文中の計算例、R3390R\approx3390 km)での同種のローバー間見通し距離と比べてどちらが長くなるか、理由とともに述べよ。

  2. あるローバー AA が周回機との直接接続機会を持てない時間帯に、近くのローバー BB を経由する2ホップ経路が使えるとする。ABA \to B の接触は伝送+伝搬合計で3分かかり、BB に届いた時点で BB \to 周回機の接触機会がすでに開いているため待ち時間なしで転送でき、この区間は伝送+伝搬合計で5分かかるとする。一方、AA が直接、次に開く周回機との接触機会をそのまま待った場合、待ち時間25分の後、伝送+伝搬合計で4分かかるとする。それぞれの総所要時間を求め、CGR的な貪欲選択がどちらの経路を選ぶか説明せよ。

  3. あるローバーの1日の電力予算が Ebudget=500E_{budget} = 500 Wh、ミッション本来の観測・走行・姿勢制御に必要なエネルギーが Emission=420E_{mission} = 420 Wh であるとする。中継の受信電力を Prx=4P_{rx} = 4 W、送信電力を Ptx=10P_{tx} = 10 W とするとき、このローバーが1日のうちに中継役として稼働できる最大時間 TrelayT_{relay} を、Eavailable for relay=(Prx+Ptx)TrelayE_{available\ for\ relay} = (P_{rx}+P_{tx}) \cdot T_{relay} の関係式を使って求めよ。

  4. 惑星表面のメッシュネットワークが「ハイブリッド」なルーティング環境であると本文で説明されている理由を、周回機・固定局との接触機会とローバー間の接触機会の予測可能性の違いに着目して、自分の言葉で説明せよ。またこの不確かさに対して、DTNの疫学的ルーティング(冗長コピーの拡散)とCGRの決定論的経路計算が、それぞれどのような役割分担で組み合わされうるか述べよ。

まとめと次回予告(このカリキュラム全体の締めくくりとして)

惑星表面のメッシュネットワークは、Proximity-1で学んだ「ローバー1機と周回機1機」という最小単位の近接リンクを、地形遮蔽への耐性・電力制約下での協調・そしてハイブリッドなルーティングという3つの現実的な要求のもとで拡張した、この分野のまだ多くが構想段階にある最先端の姿です。単一の中継点に依存する脆弱な星型ネットワークから、資産同士が互いに支え合う冗長なメッシュへ——この転換は、月面基地や複数拠点火星探査という、人類の地球外活動がより大規模かつ持続的になっていく未来を見据えたものです。

この回を最後に、全167回の旅を振り返りましょう。

最初の67回は、探査機通信の基礎課程でした。PCM/PSK/PMでビット列を電波の位相の揺れに変える最も基本的な変調の仕組みを学ぶところから始まり、PLLによる搬送波追尾、トランスポンダのコヒーレントターンアラウンド、Reed-Solomon符号畳み込み符号による誤り訂正、DSNという地上インフラ、そしてDTNLTPContact Graph Routingというネットワーク層まで、物理層からネットワーク層に至る通信の階層構造を一通り旅しました。

続く50回では、視野をさらに広げました。暗号化・認証といった通信のセキュリティ、アンテナ利得やリンクバジェットの根底にあるRF工学の基礎GNSS測位パルサー航法のような深宇宙航法、そして数千機規模のメガコンステレーションがもたらす新しい設計思想——これらは、単一の探査機と単一の地上局という古典的な図式を超えて、通信システムがより大きな系全体の中でどう機能するかという視座を与えてくれました。

そして最後のこの50回では、部分応答信号や古典的な符号理論の深掘り、EDL(突入・降下・着陸)という最も過酷な通信フェーズ、地上セグメントのアーキテクチャ、そしてNDN(Named Data Networking)的なメッシュネットワークまで、これまでの基礎の上に、より実践的・将来的なトピックを積み重ねてきました。

深宇宙通信工学という分野を一言で表すなら、それは**「光速という絶対の制約の中で、いかにして信頼できる情報のやり取りを設計するか」という問いへの、物理学・数学・工学の総力戦**です。1ビットの位相を数億kmの彼方まで届けるための変調理論、雑音に埋もれた信号からわずかな情報を絞り出す符号理論、往復数十分の遅延の中でも破綻しないネットワークアーキテクチャ、そして限られた電力・限られたアンテナ開口・限られた地上局リソースをやりくりする運用工学——このカリキュラムを通じて見てきたどの階層も、単独では成立せず、互いの制約と工夫の上に積み重なって、ようやく1本の通信リンクとして機能していました。

この分野はまだ完成していません。月・火星に恒久的な人類の拠点が築かれ、数十・数百の資産が地表と軌道上に展開される未来では、今回学んだメッシュネットワークのような構想が、理論から実装へ、実験から標準へと育っていく必要があります。これから深宇宙通信工学に関わろうとする読者へ——変調方式1つ、符号1つ、ルーティングアルゴリズム1つのすべてが、いつか本当に数億km彼方の機体と地球を結ぶ現実のリンクになり得ます。この167回で積み上げてきた階層の上に、次にその一段を積むのは、あなたかもしれません。

参考文献

  • NASA, LunaNet Interoperability Specification, NASA/TP-20220001604
  • ESA, Moonlight Initiative: Lunar Communication and Navigation Services, ESA公式資料
  • S. Burleigh, A. Hooke, L. Torgerson, K. Fall, V. Cerf, B. Durst, K. Scott, H. Weiss, “Delay-Tolerant Networking: An Approach to Interplanetary Internet,” IEEE Communications Magazine, 2003
  • CCSDS 734.3-B, Schedule-Aware Bundle Routing (SABR)
  • CCSDS 211.0-B, Proximity-1 Space Link Protocol—Data Link Layer
  • I. F. Akyildiz, O. B. Akan, C. Chen, J. Fang, W. Su, “InterPlaNetary Internet: state-of-the-art and research challenges,” Computer Networks, 2003
  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76
  • J. R. Wertz, D. F. Everett, J. J. Puschell (eds.), Space Mission Engineering: The New SMAD