システム・運用#97

CubeSat/SmallSat通信システム — 極小衛星がもたらすリンクバジェットと設計哲学の転換

10cm立方の衛星が、数百kmの低軌道から地上のアマチュア無線家にビーコンを届ける。極小の電力・アンテナ・姿勢制御精度が通信系の設計をどう制約し、深宇宙探査機とは正反対の設計哲学(COTS・低冗長)をどう要求するのかを、リンクバジェットの数式で理解する。

前提知識: HGA・MGA・LGA — 探査機搭載アンテナの使い分けと指向精度の代償

CubeSatSmallSatリンクバジェット展開アンテナアマチュア無線

この回で学ぶこと

これまでのレッスンで扱ってきた探査機は、HGA・MGA・LGAの使い分けで見たように、口径数十cm〜4mクラスのアンテナと、数十W〜数百Wクラスの送信電力、そして精密な3軸姿勢制御を前提とした、質量数百kg〜数トンの「大型」探査機でした。ボイジャーやニューホライズンズのようなミッションは、通信系だけを見ても、地球から見て非常に「贅沢」な設計がされています。

しかしこの10年ほどで、まったく異なるスケールの宇宙機が爆発的に増えました。CubeSat(キューブサット)は、1辺10cmの立方体を基本単位「1U」とする超小型衛星の規格で、Cal PolyとStanford大学が策定したCubeSat Design Specificationに準拠すれば、1U(質量1.33kg程度)を基本に、3U・6U・12Uといった連結サイズまで、大学や新興企業でも比較的低コストで開発・打ち上げできます。CubeSatよりやや大きい(数十kg〜数百kg級の)衛星はSmallSatと呼ばれ、両者は連続的なスペクトルを成しています。

この回では、この極小衛星が通信系設計にもたらす制約——電力・アンテナ開口・姿勢制御精度のすべてが桁違いに小さくなること——を、前回導いた利得-ビーム幅トレードオフとリンクバジェットの式をそのままCubeSatサイズに当てはめることで数式的に理解します。そのうえで、深宇宙探査機の高信頼性設計とは対照的な、COTS(民生品転用)部品と低冗長性を許容する設計哲学がなぜ成立するのかを見ていきます。

直感的導入: 「探査機を1/1000に縮めたら何が起きるか」

思考実験をしてみましょう。ニューホライズンズ探査機(質量478kg、HGA口径2.1m、送信電力十数W)を、体積比でおよそ1/1000、質量比でもおよそ1/300に縮めたとします。すると手のひらに乗る10cm立方、質量1.3kg程度の物体になります。

このとき何が起こるでしょうか。

  • アンテナ開口が縮む: 探査機の1面がまるごと10cm四方しかないので、そこに搭載できるアンテナの物理的な大きさは、どんなに頑張ってもその面のサイズ程度に制限されます。前回学んだ GD2G\propto D^2 の関係から、開口径が1/20になれば利得はおよそ1/400(-26dB)に落ちます。
  • 発電量が縮む: 太陽電池パネルの面積も、機体の表面積に比例して縮みます。大型探査機が数m²の展開パネルで数百W〜数kWを発電するのに対し、CubeSatの機体表面に貼れる太陽電池は数十cm²程度しかありません。
  • 姿勢制御精度が縮む: 精密な星姿勢センサやリアクションホイールは、それ自体が一定の体積・質量・電力を要求する部品です。CubeSatの限られた予算の中では、大型探査機のような高精度3軸姿勢制御を積めないことが多く、姿勢が粗くしか分からない(あるいは意図的にスピン安定や受動的な磁気姿勢制御に留める)機体も珍しくありません。

つまりCubeSatの通信系は、リンクバジェットを構成するほぼすべての項が同時に不利な方向へ動くという、深宇宙探査機とは正反対の出発点に立たされています。この回では、この「全部が小さい」状況を、具体的な数式と数値で追いかけます。

利得-ビーム幅トレードオフをCubeSatサイズに当てはめる

前回、円形開口アンテナの利得とビーム幅について、次の関係を導きました。

θ3dB70λD [],G=η(πDλ)226600ηθ3dB2 (η0.55のとき)\theta_{3\text{dB}} \approx \frac{70\lambda}{D} \ [\text{度}], \qquad G = \eta\left(\frac{\pi D}{\lambda}\right)^2 \approx \frac{26600\,\eta}{\theta_{3\text{dB}}^2}\ (\eta\approx0.55\text{のとき})

これをCubeSatの1面のサイズ、D=0.1D=0.1 m(10cm)に固定して、周波数帯ごとに何が起きるか見てみましょう。開口効率は η=0.55\eta=0.55 とします。

UHF帯(437MHz、λ0.687\lambda\approx0.687 m)の場合

Dλ=0.10.6870.146\frac{D}{\lambda} = \frac{0.1}{0.687} \approx 0.146

D/λ1D/\lambda \ll 1、つまり開口がそもそも波長より小さいため、θ3dB70λ/D480\theta_{3\text{dB}}\approx70\lambda/D\approx480^\circ という物理的にあり得ない値が出てしまいます。これは式が破綻しているのではなく、「開口アンテナ」という前提(DλD\gg\lambda)そのものがこの周波数では成り立たないことを示しています。実際、UHF帯でCubeSatに搭載されるのはパラボラ的な開口アンテナではなく、モノポールやダイポール、ターンスタイル(クロスダイポール)といった、開口理論ではなく線状アンテナ理論で扱うべき素子で、利得はおおむね0〜3dBi程度、パターンはほぼ全方位に近い準無指向性になります。

Sバンド(2.45GHz、λ0.122\lambda\approx0.122 m)の場合

Dλ=0.10.1220.82\frac{D}{\lambda} = \frac{0.1}{0.122} \approx 0.82

まだDλD\gg\lambdaとは言えませんが、パッチアンテナとして機能する目安の領域には入ってきます。近似的に先の式を適用すると、

θ3dB700.8285,G0.55(π×0.82)23.6 (5.6 dBi)\theta_{3\text{dB}} \approx \frac{70}{0.82} \approx 85^\circ, \qquad G \approx 0.55\left(\pi\times0.82\right)^2 \approx 3.6 \ (\approx 5.6\ \text{dBi})

これは実在のCubeSat搭載Sバンドパッチアンテナの実測値(おおむね5〜8dBi程度)とオーダーが一致します。CubeSatが機体表面に貼り付けるだけで(展開機構なしで)まとまった指向性を得られる、現実的な下限に近い組み合わせです。

Xバンド(8.4GHz、λ0.0357\lambda\approx0.0357 m)、展開パネル D=0.3D=0.3 mの場合

Xバンドまで周波数を上げ、かつ折り畳み式の展開パネル(6Uクラスの機体からなら、収納時は機体側面に沿わせ、軌道上で30cm四方程度に展開できる)を使うと、

Dλ=0.30.03578.4,θ3dB708.48.3,G0.55(π×8.4)2383 (25.8 dBi)\frac{D}{\lambda} = \frac{0.3}{0.0357} \approx 8.4, \qquad \theta_{3\text{dB}} \approx \frac{70}{8.4} \approx 8.3^\circ, \qquad G \approx 0.55(\pi\times8.4)^2 \approx 383\ (\approx 25.8\ \text{dBi})

ここまで来て初めて、深宇宙リンクを成立させうる20dBi台後半の利得に届きます。これは後述する深宇宙探査CubeSat「MarCO」の実機とオーダーが一致する数字です。

3つの周波数帯を並べると、同じ10〜30cm程度の物理サイズに縛られたCubeSatにとって、高い周波数帯ほど「小さいままで」高い利得を稼げるという設計指針が明確になります。ただし高周波数化にはビーム幅が狭まる代償(=姿勢制御精度への要求が跳ね上がる)が伴う点は、前回のHGAの議論とまったく同じ構造です。

リンクバジェットとデータレートへの影響

前回導いたデータレートの式を再掲します。

Rb=PTGTGRLpathkTsys(Eb/N0)reqR_b = \frac{P_T\, G_T\, G_R}{L_{path}\, k\, T_{sys}\,(E_b/N_0)_{req}}

CubeSatの制約は送信電力 PTP_T にも及びます。深宇宙探査機がTWTA(進行波管増幅器)で数十W〜100W超のRF出力を生成するのに対し、CubeSatに搭載されるモジュール化された小型トランシーバは、消費電力・発熱・機体の電力予算の制約から、RF出力はおおむね0.5〜2W(27〜33dBm)程度に収まるものがほとんどです。1Uあたりの機体表面積に貼れる太陽電池が生む発電量は、太陽定数 S1361 W/m2S_\odot\approx1361\ \text{W/m}^2、セル変換効率 ηcell0.3\eta_{cell}\approx0.3、1面の面積 A=0.01 m2A=0.01\ \text{m}^2 として、単純に

PcellηcellSA0.3×1361×0.014.1 WP_{cell} \approx \eta_{cell}\, S_\odot\, A \approx 0.3\times1361\times0.01 \approx 4.1\ \text{W}

が入射光に垂直な1面あたりの理論上限ですが、実際には軌道姿勢による入射角のコサイン損失、複数面の平均化、蓄電・配電効率、他系統(コンピュータ・姿勢制御・観測機器)との電力の奪い合いを考慮すると、1Uクラスの衛星全体で使える平均電力はおよそ1〜2W、3Uクラスでも展開パネルを使わない限り数W程度にとどまります。この中からRF送信に割ける電力はさらにその一部であり、送信電力そのものが深宇宙探査機よりおよそ1〜2桁小さいことが分かります。

送信利得 GTG_T も前節で見た通り、UHF帯なら0〜3dBi、展開パネルを使ったXバンドでもせいぜい25dBi台です。これを深宇宙探査機のHGA(35〜48dBi)と比べると、GTG_T だけで10〜40dB以上の差があります。PTP_T の差(10〜20dB程度)と合わせると、PTGTP_T G_T の項だけで深宇宙探査機とCubeSatの間には50dB前後、真数で10万倍規模の差が生じることも珍しくありません。

この巨大な差を埋めているのが、伝搬損失 LpathL_{path} の項です。前回、打ち上げ直後のLGA運用が「近さのボーナス」で成立する理由を見ましたが、CubeSatの多くも同じ理屈に助けられています。多くのCubeSatは低軌道(LEO、高度300〜600km程度)を周回するため、地上局までの距離は深宇宙探査機の1天文単位(約1.5億km)スケールと比べて5〜6桁小さくLpath=20log10(4πR/λ)L_{path}=20\log_{10}(4\pi R/\lambda) の対数則により、伝搬損失もその分だけ大幅に軽くなります。したがって低軌道CubeSatは、極端に小さい PTGTP_T G_T しか持たなくても、極端に短い RR のおかげでリンクを成立させられる、というのがLEO CubeSat通信の基本的な成立条件です。

逆に言えば、低軌道を離れて深宇宙へ向かうCubeSatは、この「距離ボーナス」を失う一方でCubeSatとしてのサイズ・電力制約はそのまま残るため、通常のLEO CubeSatとは比較にならないほど厳しいリンク設計を強いられます。これは後述するMarCOの事例で具体的に見ます。

姿勢制御精度とポインティング損失の再訪

前回、ポインティング損失の近似式

Lpoint(dB)12(θerrθ3dB)2L_{\text{point}}(\text{dB}) \approx -12\left(\frac{\theta_{err}}{\theta_{3\text{dB}}}\right)^{2}

を導き、狭ビームのHGAほど姿勢誤差 θerr\theta_{err} に敏感になることを見ました。CubeSatにとってこの式は二重に不利に働きます。第一に、前節で見た通りXバンドの展開パネルアンテナでもビーム幅は10°弱とHGA並みに狭く、姿勢誤差への感度は同程度に高いままです。第二に、多くのCubeSatは高精度3軸姿勢制御(精密な星姿勢センサ+リアクションホイール)を搭載する余裕がなく、姿勢決定精度が数度〜十数度程度にとどまる機体が少なくありません。

たとえば θ3dB=8.3\theta_{3\text{dB}}=8.3^\circ(先のXバンド展開パネルの例)のアンテナに対して姿勢誤差 θerr=5\theta_{err}=5^\circ が生じたとすると、

Lpoint12(58.3)212×0.3634.4 dBL_{\text{point}} \approx -12\left(\frac{5}{8.3}\right)^2 \approx -12\times0.363 \approx -4.4\ \text{dB}

というリンクマージンを大きく食いつぶす損失が生じます。これが、CubeSatの多くがXバンドのような高利得・狭ビームのアンテナではなく、UHF・VHF・Sバンドといった、利得は低くてもビーム幅の広い(=粗い姿勢制御でも実用になる)アンテナを選ぶ、もう一つの物理的な理由です。前回導いた最適ビーム幅の式 θ3dB1.665σ\theta_{3\text{dB}}^{\ast}\approx1.665\,\sigma は、CubeSatにおいても「姿勢制御精度 σ\sigma に見合った、無理のないビーム幅を選ぶ」という設計指針としてそのまま有効です。

展開型アンテナという工夫

CubeSatは打ち上げ時、規格で定められた小さな射出機構(ポッド)に収納される必要があるため、軌道上で必要なアンテナ性能を発揮するには、打ち上げ時は折り畳み、軌道上で展開する機構がしばしば使われます。代表的な設計は次の通りです。

  • テープスプリング(BI-STEM/STEM)型モノポール・ダイポール・ターンスタイルアンテナ: 薄い金属テープを巻尺のように丸めて機体側面に収納し、ナイロン製の拘束ワイヤーを電流で焼き切ることで、テープ自身の弾性(スプリング)エネルギーによって真っ直ぐに展開させます。UHF・VHF帯の準無指向性アンテナで広く使われる、部品点数が少なく信頼性の高い枯れた設計です。
  • ヒンジ式パッチ/パネルアンテナ: 機体側面に折りたたんだパネルを、ばね仕掛けのヒンジで開き、ラッチで固定します。反射配列(リフレクトアレイ)アンテナのように、パネル面内の各素子の位相関係が利得に直結する設計では、展開後の平面度・位置決め精度の再現性がRF性能を左右するため、機械設計上の要求がテープスプリング型より格段に厳しくなります。
  • ヘリカルアンテナ: 円偏波を得やすく、指向性と広帯域性のバランスに優れるため、S・Xバンドの中利得アンテナとして折り畳み式・伸展式の設計が使われることがあります。

いずれの機構も、大型探査機のHGA展開機構(たとえば大型パラボラのリブ展開など)と原理は似ていますが、CubeSatでは搭載できる質量・体積・アクチュエータの選択肢がさらに限られるため、可動部を極力減らし、火工品(パイロテクニクス)ではなく低リスクな焼き切りワイヤーやばね機構に頼る、より単純な設計が好まれます。

COTSと低冗長性という設計哲学

深宇宙探査機の通信系は、これまでのレッスンで見てきた通り、数年〜数十年に及ぶミッション期間、修理不可能という制約、そして1機あたり数百億円規模の投資を背景に、宇宙用に選別・スクリーニングされた放射線耐性部品、二重化・三重化された冗長系統、徹底した地上試験によって高い信頼性を追求します。

CubeSatはこれと正反対の設計哲学を取ることが多くあります。

  • COTS(Commercial Off-The-Shelf、民生品転用)部品の積極採用: 宇宙用に個別開発・選別された部品ではなく、地上の民生電子機器で使われている汎用マイコンや無線モジュールをほぼそのまま(あるいは軽微な追加試験のみで)使用します。開発コストと期間を大幅に圧縮できる一方、宇宙放射線環境での動作実績や耐久性の保証は限定的です。
  • 単一系統(シングルストリング)設計: 通信系のトランシーバや電源系を二重化せず、1系統のみで構成することが一般的です。故障すればミッション終了のリスクを直接的に負いますが、その分だけ質量・体積・コストを抑えられます。
  • 「速く安く、多く飛ばす」という統計的なリスク許容: 個々の衛星の信頼性を高めるのではなく、開発・製造・打ち上げのサイクルを高速化し、多数機を打ち上げることで、一部の機体の故障を全体としては許容する(あるいはコンステレーションとして冗長性を機体間で分散させる)という考え方が、特に商業SmallSatコンステレーションでは主流になっています。

これは信頼性を軽視しているのではなく、「探査機1機に数十年分の予算と代替不可能性を背負わせる」深宇宙ミッションと、「短期間・低コストで技術実証や教育、あるいは多数機による面的なデータ収集を狙う」CubeSat/SmallSatミッションとでは、そもそも最適なコスト・信頼性のバランス点が異なる、というミッション設計思想の違いの表れだと理解するのが正確です。

実務での使われ方

アマチュア無線バンドとCubeSat

CubeSat、特に大学や教育目的のミッションの多くは、通信免許の取得ハードルが比較的低いアマチュア無線バンド(VHF帯の2mバンド、UHF帯の70cmバンドなど)を利用します。周波数の割り当てはIARU(国際アマチュア無線連合)のアマチュア衛星周波数調整パネルが行っており、打ち上げ前にミッションチームが申請・調整を行うのが慣例です。多くのCubeSatは、AX.25パケット通信プロトコルやモールス符号によるビーコン信号でハウスキーピングテレメトリ(バッテリ電圧、温度など)を定期的に送信しており、これは世界中のアマチュア無線家が自作の受信設備で直接デコードできる、オープンな設計になっています。

SatNOGSとグローバル分散地上局ネットワーク

DSNのような、少数の巨大パラボラアンテナを国家機関が集中運用する体制(DSN概論で扱った通り)とは対照的に、多くのCubeSatミッションは専用の地上局インフラを自前で持つ余裕がありません。この隙間を埋めているのがSatNOGS(Libre Space Foundationが運営するオープンソースのプロジェクト)のような、世界中のボランティアが持つ小型受信局(多くはRTL-SDRのような安価なソフトウェア無線受信機とYagiアンテナの組み合わせ)をネットワーク化し、衛星の軌道が観測可能な範囲に入るたびに自動でテレメトリを受信・共有する、クラウドソース型の地上局網です。ミッション側は自前の地上局を持たなくても、こうした分散ネットワークに登録するだけで、世界中から自機のテレメトリを断片的に回収できる可能性があります。これは「専用インフラを持つ余裕のない小型衛星」と「アマチュア無線コミュニティの善意のリソース」がかみ合った、CubeSat特有の運用モデルです。

深宇宙CubeSat: MarCOの特別な通信要求

CubeSatの大半は低軌道の「距離ボーナス」に支えられていますが、深宇宙へ向かうCubeSatはこの前提が崩れます。NASAのMarCO(Mars Cube One)は、2018年にInSight着陸機と相乗りで打ち上げられた2機の6U CubeSat(愛称WALL-EとEVE)で、火星到着時にInSightの大気圏突入・降下・着陸(EDL)の状況を、リアルタイムに近い形で地球へ中継したことで知られています。史上初めて深宇宙(地球近傍を超えた惑星間空間)で運用されたCubeSatです。

MarCOは通常のUHF帯CubeSat通信では到底成立しない距離(火星-地球間、最大で2億km超)を相手にする必要があったため、本文中で計算した例とオーダーの近い折り畳み式の平面反射配列(リフレクトアレイ)アンテナをXバンドに採用し、展開後は30dBi弱の利得を確保しました。送信系にはJPLが開発した小型深宇宙用トランスポンダ「Iris」を搭載し、CubeSatの電力予算の制約の中で、DSNの大型アンテナが受信できる水準の信号を送り返せるよう最適化されています。それでも実現できたデータレートは、本編で扱ってきた大型探査機のHGAが稼ぐMbps級とは比較にならないkbps〜数十kbps級にとどまり、これはCubeSatのサイズ制約と深宇宙の距離という、通常は同時に両立しない2つの厳しさを同時に背負った結果だと理解できます。MarCOの成功は、CubeSatという低コストプラットフォームでも深宇宙運用が原理的に可能であることを示した一方で、それがいかに通信系の限界に挑む設計だったかも同時に示しています。

演習問題

  1. UHF帯(437MHz、λ0.687\lambda\approx0.687 m)とSバンド(2.45GHz、λ0.122\lambda\approx0.122 m)それぞれについて、10cm四方の開口 D=0.1D=0.1 mを持つアンテナに G=η(πD/λ)2G=\eta(\pi D/\lambda)^2(η=0.55\eta=0.55)を機械的に適用した場合の利得を計算し、UHF帯での計算結果がなぜ物理的に意味を持たないかを、開口アンテナ理論の前提(DλD\gg\lambda)に言及しながら説明せよ。

  2. 本文中で求めたXバンド展開パネル(利得 GCubeSat25.8G_{CubeSat}\approx25.8 dBi)と、前回の演習で求めた大型探査機HGA(利得はそちらの計算結果を用いよ)について、RbGTR_b\propto G_T の関係を使い、送信電力・距離・地上局側の性能が同一だと仮定した場合のデータレート比を、真数およびdBで求めよ。

  3. 低軌道CubeSat(高度500km)と深宇宙探査機(距離1AU 1.5×108\approx1.5\times10^8 km)について、伝搬損失の差 ΔLpath=20log10(Rdeep/RLEO)\Delta L_{path}=20\log_{10}(R_{deep}/R_{LEO}) を計算せよ。この差が、問2で求めたHGAとCubeSat用Xバンド展開アンテナの利得差(dB)と比べてどちらが大きいかを確認し、なぜ低軌道CubeSatは極めて小さいアンテナ・送信電力でもリンクが成立するのかを、自分の言葉で説明せよ。

  4. 深宇宙CubeSatであるMarCOが、通常のLEO CubeSatとは異なり、大型の展開型Xバンドアンテナと専用の小型トランスポンダを必要とした理由を、問3で確認した「距離ボーナス」の有無という観点から説明せよ。

まとめと次回予告

CubeSat/SmallSatの通信系は、深宇宙探査機で培われてきた利得-ビーム幅トレードオフやリンクバジェットの数式そのものは変わらないまま、そこに代入される物理量(開口径、送信電力、姿勢制御精度)のすべてが桁違いに小さくなるという、極端な制約条件のもとで成立しています。低軌道の「距離ボーナス」がこの制約の多くを覆い隠している一方、MarCOのような深宇宙CubeSatはその覆いを失い、CubeSatとしては例外的に高性能な展開アンテナと専用トランスポンダを必要とします。そしてこの技術的な制約の裏には、COTS部品と低冗長性を許容することで開発コストと期間を圧縮するという、深宇宙探査機とは対照的な設計哲学があることも見ました。

次回は、この回で触れたアマチュア無線バンドの開放性やCOTS部品の採用がもたらす、もう一つの側面——コマンド認証・セキュリティ——に軽く触れます。地上局の誰もが受信・送信できてしまう(かもしれない)オープンな通信リンクで、探査機に誤ったコマンドが送り込まれないようにするには、どのような仕組みが必要になるのかを考えます。

参考文献

  • California Polytechnic State University, CubeSat Design Specification (CDS) Rev. 14
  • NASA/JPL, Mars Cube One (MarCO) Mission Press Materials
  • J. R. Wertz, D. F. Everett, J. J. Puschell (eds.), Space Mission Engineering: The New SMAD
  • Libre Space Foundation, SatNOGS Network Documentation
  • IARU Amateur Satellite Frequency Coordination Panel, Guidelines for Frequency Coordination