システム・運用#150

コンステレーション設計トレードオフ — 高度・衛星数・コストの三すくみ

メガコンステレーションのネットワークトポロジより一段上流にある問い、そもそも何機の衛星をどの高度に配置するかというミッション設計を扱う。視野角の幾何学からカバレッジに必要な衛星数を導出し、低軌道ほど有利なリンクバジェットと、高軌道ほど有利な衛星数・コストという根本的なトレードオフを、StarlinkとOneWebの設計思想の違いから読み解く。

前提知識: メガコンステレーション通信アーキテクチャ — 衛星群を1つのネットワークにする

メガコンステレーション軌道設計リンクバジェットミッション設計コスト分析

この回で学ぶこと

メガコンステレーション通信アーキテクチャの回では、数百〜数千機の衛星がすでに配置され、衛星間リンク(ISL)で結ばれている状態を出発点として、そのネットワークがどうトポロジを持ち、どうルーティングされるかを見ました。Walker constellationの規則性がもたらす格子状トポロジ、ネットワーク直径 D(N)=O(N)D(N) = O(\sqrt{N})、そして真空中伝搬による地上ファイバーに対するレイテンシ優位性——これらはすべて「衛星群がすでにそこにある」ことを前提にした議論でした。

しかしこの回で扱うのは、それよりもさらに上流にある問いです。そもそも、その衛星群は何機であるべきで、どの高度に配置されるべきなのか。 これはネットワークエンジニアリングの問題である以前に、ミッション設計(mission design)の問題です。衛星を1機打ち上げるにも、製造・打ち上げ・運用に莫大なコストがかかります。高度を低くすれば地上との通信距離が縮まり、電波の伝搬遅延も自由空間損失も小さくなって有利になりますが、その代わり1機がカバーできる地表の範囲が狭くなり、地球全体をカバーするために必要な衛星数が増えてしまいます。逆に高度を上げれば少ない衛星数で済みますが、今度は伝搬遅延とリンクバジェットで不利になります。

この回では、(1) 軌道高度とカバレッジの幾何学的な関係を視野角(仰角)から定式化し、(2) 高度が伝搬遅延とリンクバジェットにどう効くかを見た上で、(3) 衛星数の増加がコスト構造(製造・打ち上げ・運用)にどうスケールするかを整理し、最後に(4) StarlinkとOneWebという対照的な設計選択を、この数式の上で比較します。

直感的導入: 「何機、どの高度に」という一番最初の意思決定

コンステレーションを設計する技術者が最初に直面する問いは、意外なほど単純な形をしています。「衛星1機は、地表のどれだけの範囲を同時に見渡せるか」。これが分かれば、地球全体(あるいはサービス対象地域)を隙間なく覆うのに何機必要かがおおよそ決まります。

衛星が低い軌道を飛んでいるほど、地球という球面の丸みによって、1機が見渡せる範囲は狭くなります。真下(直下点)から少しでも横にずれると、視線は地球の丸みに遮られてすぐ地平線の下に沈んでしまうからです。逆に高い軌道であれば、地球の丸みの影響が相対的に小さくなり、1機がより広い範囲を見渡せます。これは日常的な感覚とも一致します。低いビルの屋上から見える範囲より、高い山の頂上から見える範囲の方が広いのと同じ理屈です。

この「1機あたりのカバレッジ範囲」こそが、この回の全ての議論の出発点になります。まずこれを数式で厳密に定式化しましょう。

軌道高度とカバレッジの幾何学

視野角(仰角)と地心角の関係

地球を半径 RER_E の完全な球とし、衛星が地表からの高度 hh の円軌道を飛んでいるとします。衛星の地球中心からの距離は

R=RE+hR = R_E + h

です。地上のある観測点(利用者端末や地上局)が衛星と通信するには、衛星が地平線からある程度以上高い位置にいる必要があります。これは大気による減衰や、周囲の建物・地形による遮蔽を避けるためで、この最低限必要な角度を最小仰角 εmin\varepsilon_{\min}(local horizontal からの見上げ角)と呼びます。

地球中心 OO、地上観測点 GG、衛星 SS の3点でできる三角形 OGSOGS を考えます。点 GG における地平線は、地球中心方向 GO\overrightarrow{GO} に対して直角なので、辺 GSGS と辺 GOGO のなす角(三角形の内角)は 90+ε90^\circ + \varepsilon になります。また衛星から見て、直下点方向(nadir)と観測点方向 GSGS のなす角を視野角(nadir angle)η\eta とすると、三角形の内角の和が 180180^\circ であることから、地球中心における角度(地心角 λ\lambda、直下点から観測点までの中心角)は

λ+(90+ε)+η=180λ=90εη\lambda + (90^\circ + \varepsilon) + \eta = 180^\circ \quad\Longrightarrow\quad \lambda = 90^\circ - \varepsilon - \eta

となります。η\eta は正弦定理から求まります。三角形 OGSOGS において辺 OG=REOG = R_E の対角が η\eta、辺 OS=ROS = R の対角が 90+ε90^\circ+\varepsilon なので、

sinηRE=sin(90+ε)R=cosεRsinη=RERcosε\frac{\sin\eta}{R_E} = \frac{\sin(90^\circ+\varepsilon)}{R} = \frac{\cos\varepsilon}{R} \quad\Longrightarrow\quad \sin\eta = \frac{R_E}{R}\cos\varepsilon

これを λ=90εη\lambda = 90^\circ - \varepsilon - \eta に代入すれば、最小仰角 εmin\varepsilon_{\min} を満たす最大地心角(=1機の衛星がカバーできる地表の角半径)λmax\lambda_{\max} が高度 hh の関数として求まります。

λmax(h)=90εminarcsin ⁣(RERE+hcosεmin)\lambda_{\max}(h) = 90^\circ - \varepsilon_{\min} - \arcsin\!\left(\frac{R_E}{R_E+h}\cos\varepsilon_{\min}\right)

この式が持つ性質を確認しましょう。hh が大きくなると RE/(RE+h)R_E/(R_E+h) は小さくなるので arcsin()\arcsin(\cdot) の値、つまり η\eta は小さくなります。η\eta が小さくなれば λmax=90εminη\lambda_{\max} = 90^\circ - \varepsilon_{\min} - \eta は大きくなります。すなわち高度が上がるほど、1機がカバーできる地心角(角半径)は単調に増加します。 これが「高い軌道ほど広く見渡せる」という直感を正確に定式化したものです。

カバレッジに必要な衛星数

地心角 λmax\lambda_{\max} を半径とする球冠(spherical cap)が、衛星1機がカバーできる地表面積に対応します。半径1の単位球面上で、頂角(半頂角)λ\lambda の球冠が占める立体角は

Ω(λ)=2π(1cosλ)\Omega(\lambda) = 2\pi(1-\cos\lambda)

であり、これは全球の立体角 4π4\pi に対して

fcover(λ)=Ω(λ)4π=1cosλ2f_{\text{cover}}(\lambda) = \frac{\Omega(\lambda)}{4\pi} = \frac{1-\cos\lambda}{2}

の割合を占めます。地球全体を隙間なく1重にカバーするために理論上必要な最小衛星数は、この面積割合の逆数として

Nmin(h)=1fcover(λmax(h))=21cosλmax(h)N_{\min}(h) = \frac{1}{f_{\text{cover}}(\lambda_{\max}(h))} = \frac{2}{1-\cos\lambda_{\max}(h)}

と見積もれます。これは球冠どうしが理想的に隙間なく敷き詰められる(完全な球面テセレーション)という楽観的な仮定のもとでの下限であり、実際のWalker constellationのような規則配置ではこれより多少多い衛星数が必要になりますが、オーダーとしての振る舞いを掴むには十分です。

高度 hh が小さいほど λmax(h)\lambda_{\max}(h) は小さく、1cosλmax1-\cos\lambda_{\max} も小さくなるため、Nmin(h)N_{\min}(h) は大きくなります。低軌道ほど、地球全体をカバーするのに必要な衛星数が増える——これがこの節で導きたかった中心的な関係です。

具体的な数値で確認しましょう。地球半径 RE=6378R_E = 6378 km、最小仰角を εmin=25\varepsilon_{\min}=25^\circ(利用者端末アンテナの典型的な設計値)とします。

  • h=550h = 550 km(Starlinkの主要シェルに近い高度): λmax8.45\lambda_{\max} \approx 8.45^\circNmin184N_{\min} \approx 184
  • h=1200h = 1200 km(OneWebの高度): λmax15.29\lambda_{\max} \approx 15.29^\circNmin57N_{\min} \approx 57

高度がおよそ2.2倍になるだけで、理論上の最小必要衛星数はおよそ3分の1まで減ります。もちろん実際のStarlinkやOneWebの衛星数はこの理論下限よりずっと多いのですが(理由は後述します)、「高度を上げるほど必要な衛星数は減る」というオーダーの関係は、この単純なモデルだけでもはっきりと見て取れます。

軌道高度と遅延・リンクバジェットのトレードオフ

前節では高度を上げることの利点(必要衛星数の減少)を見ました。しかし高度を上げると、今度は個々のリンクの品質が悪化します。ここでは伝搬遅延とリンクバジェットの2つの観点から、これを定式化します。

スラントレンジ(斜め距離)

観測点から衛星までの実際の距離(スラントレンジ)dd は、三角形 OGSOGS に余弦定理を適用することで、仰角 ε\varepsilon の関数として次のように書けます。

d(ε,h)=RE[(RE+hRE)2cos2ε    sinε]d(\varepsilon, h) = R_E\left[\sqrt{\left(\frac{R_E+h}{R_E}\right)^2 - \cos^2\varepsilon} \;-\; \sin\varepsilon\right]

この式は ε=90\varepsilon=90^\circ(衛星が真上、天頂)のとき d=hd = h になることが確認できます(直下点までの距離はそのまま高度に等しい)。一方 ε=εmin\varepsilon = \varepsilon_{\min} のとき、dd は通信リンクとして許容される範囲での最大値 dmax(h)=d(εmin,h)d_{\max}(h) = d(\varepsilon_{\min}, h) を取ります。この最悪ケースのスラントレンジが、リンク設計上もっとも厳しい条件になります。

εmin=25\varepsilon_{\min}=25^\circ のとき、

  • h=550h=550 km: dmax1123d_{\max} \approx 1123 km(天頂での 550550 km の約2倍)
  • h=1200h=1200 km: dmax2205d_{\max} \approx 2205 km(天頂での 12001200 km の約1.8倍)

高度が上がるほど、最悪ケースのスラントレンジも大きくなることが分かります。

伝搬遅延

メガコンステレーション通信アーキテクチャの回で見た通り、真空中を伝搬する電波の速度は光速 cc そのものです。片道の伝搬遅延は単純に

tprop(ε,h)=d(ε,h)ct_{\text{prop}}(\varepsilon, h) = \frac{d(\varepsilon,h)}{c}

で与えられます。最悪ケース(ε=εmin\varepsilon = \varepsilon_{\min})の片道遅延を比較すると、

tprop(550km)1123×1033.0×1083.7 ms,tprop(1200km)2205×1033.0×1087.4 mst_{\text{prop}}(550\text{km}) \approx \frac{1123\times10^3}{3.0\times10^8} \approx 3.7\ \text{ms}, \qquad t_{\text{prop}}(1200\text{km}) \approx \frac{2205\times10^3}{3.0\times10^8} \approx 7.4\ \text{ms}

高度がおよそ2.2倍になると、この最悪ケースの片道遅延もおよそ2倍になります。往復(ユーザ端末→衛星→ゲートウェイ→衛星→ユーザ端末のような経路を考えれば実際には4回分)で見れば、この差はミリ秒オーダーで積み重なり、前回の回で論じたような低遅延を売りにする応用(高頻度取引、リアルタイム通信)にとっては無視できない差になります。

自由空間損失とリンクバジェット

距離が伸びれば、電波の伝搬に伴うエネルギーの拡散損失、すなわち**自由空間損失(Free-Space Path Loss, FSPL)**も増加します。周波数 ff の電波が距離 dd を伝搬したときの自由空間損失は

LFS=(4πdfc)2L_{FS} = \left(\frac{4\pi d f}{c}\right)^2

デシベル表示にすると、

LFS[dB]=20log10d+20log10f+20log10 ⁣(4πc)L_{FS}[\text{dB}] = 20\log_{10}d + 20\log_{10}f + 20\log_{10}\!\left(\frac{4\pi}{c}\right)

となり、距離が10倍になれば損失は20 dB増加するという、リンク設計者にとってはお馴染みの関係が現れます。KuKu 帯下り回線を想定して f=12f = 12 GHz とし、先ほどの最悪ケーススラントレンジを代入すると、

LFS(550km 最悪ケース)175.0 dB,LFS(1200km 最悪ケース)180.9 dBL_{FS}(550\text{km 最悪ケース}) \approx 175.0\ \text{dB}, \qquad L_{FS}(1200\text{km 最悪ケース}) \approx 180.9\ \text{dB}

その差はおよそ 5.9 dB です。これは決して小さな差ではありません。リンクバジェット(受信電力 == 送信電力 ++ 送信アンテナ利得 ++ 受信アンテナ利得 LFS- L_{FS} - その他損失)の観点からは、高度を1200 kmにした瞬間に約5.9 dB分の余裕を、送信電力の増強か、アンテナ利得(=アンテナの大型化、あるいはより指向性の高いビームフォーミング)によって埋め合わせなければならないことを意味します。アンテナを大きくすれば衛星の質量・コストが増え、送信電力を上げれば電源系(太陽電池パネル・バッテリ)の規模が増えます。つまり高度を上げてリンクバジェットが悪化した分は、衛星1機あたりのコスト増という形で跳ね返ってくるのです。

トレードオフの整理

以上を整理すると、高度 hh に対して次の2つの量が反対方向に動くという、根本的な緊張関係が見えてきます。

Nmin(h):単調減少(高度を上げるほど必要衛星数は減る)N_{\min}(h): \text{単調減少} \qquad \big(\text{高度を上げるほど必要衛星数は減る}\big) dmax(h), LFS(h), tprop(h):単調増加(高度を上げるほどリンクは不利・遅延は増加)d_{\max}(h),\ L_{FS}(h),\ t_{\text{prop}}(h): \text{単調増加} \qquad \big(\text{高度を上げるほどリンクは不利・遅延は増加}\big)

低軌道を選べば、個々のリンクは短距離・低遅延・低損失で有利になりますが、そのぶん衛星数を増やさなければ地球全体をカバーできません。高軌道を選べば、少ない衛星数で済みますが、個々のリンクの品質(遅延・リンクバジェット)を確保するために衛星1機あたりの設計(アンテナ・送信電力)をより強力にする必要があります。「衛星を増やして個々を軽くするか、衛星を減らして個々を重くするか」という、この根本的なトレードオフこそが、コンステレーション設計の出発点です。

衛星数とコストのスケーリング

前節までで「高度が下がると必要衛星数 NN が増える」ことを見ました。ではその衛星数の増加は、コストにどう効いてくるのでしょうか。ここでは製造・打ち上げ・運用という3つのコスト要素を順番に見ていきます。

製造コスト: 量産効果(学習曲線)

航空宇宙産業では古くから、同じ製品を繰り返し製造するほど単位コストが下がるという経験則が知られています。これを定式化したのが**Wright’s law(ライトの法則、学習曲線モデル)**です。累積生産数が2倍になるごとに単位コストが一定の割合(進捗率 pp、たとえば p=0.85p=0.85 なら「2倍になるたびにコストが85%に、すなわち15%削減される」)で下がると仮定すると、nn 番目の生産までの累積を経た平均単位コスト C(n)C(n)

C(n)=C1na,a=log2pC(n) = C_1 \cdot n^{-a}, \qquad a = -\log_2 p

と書けます(C1C_1 は最初の1機の製造コスト)。p=0.85p=0.85 のとき a0.235a \approx 0.235 です。この式に n=4096 (=212)n = 4096\ (=2^{12}) を代入すると、

C(4096)C1=40960.2350.142\frac{C(4096)}{C_1} = 4096^{-0.235} \approx 0.142

すなわち4096機目までの平均単位コストは、最初の1機のわずか14%程度まで下がる計算になります。衛星数 NN 機を製造する総コストは、単純化すればおよそ NC(N)=C1N1aN \cdot C(N) = C_1 N^{1-a} という、NN より緩やかに増える(劣線形の)スケーリングになります。この量産効果があるからこそ、低軌道・多数機戦略が単純な「NN 倍のコスト」にはならない、というのがこの節の要点です。ただしこの効果を引き出すには、少数機を個別設計するのではなく、同一設計の衛星を大量生産できる製造ライン(自動化された組立工場など)への先行投資が前提になります。

打ち上げコスト: 1回の打ち上げで運べる機数

打ち上げコストは、ロケット1回あたりの費用 ClaunchC_{\text{launch}} を、1回の打ち上げで軌道に投入できる衛星機数 BB で割った、衛星1機あたりの実効コスト Claunch/BC_{\text{launch}}/B として近似できます。BB はロケットのペイロード質量 MlauncherM_{\text{launcher}} と衛星1機の質量 msatm_{\text{sat}} から

BMlaunchermsatB \approx \left\lfloor \frac{M_{\text{launcher}}}{m_{\text{sat}}} \right\rfloor

と見積もれます。ここで衛星の質量 msatm_{\text{sat}} には、姿勢制御用の推進剤に加えて、大気抵抗による軌道降下を補正するための軌道保持(station-keeping)推進剤が含まれます。この推進剤量は高度が低いほど大きくなります(大気密度が高いため)。つまり低軌道の衛星は個々の質量が増えがちで、BB が小さくなる方向に働き、打ち上げコストの面では不利になり得ます。一方で衛星を小型・軽量に設計できれば BB を大きく取れ、NN が多くても総打ち上げ回数を抑えられます。実際のメガコンステレーションでは、1回の打ち上げで数十機をまとめて投入する設計(専用のディスペンサー機構による分離)が広く採用されており、これによって「衛星数が多い」ことの打ち上げコスト面での不利をかなりの程度相殺しています。

運用コスト: 監視対象の増加

宇宙ネットワークの管理の回で見たように、運用中のネットワークを継続的に監視するコストは、監視対象となるネットワーク要素の数に応じて増加します。メガコンステレーション通信アーキテクチャの回の+グリッド型トポロジでは、各衛星が4本のISLを持つため、コンステレーション全体のリンク総数はおよそ 2N2N(1本のリンクは2機で共有されるため)、監視対象の総数(衛星本体 + リンク)はオーダーとして

E=O(N)|E| = O(N)

で増加します。すなわち衛星数を増やす低軌道戦略は、運用面でも監視対象の線形増加という形でコストを押し上げます。同回で論じたポーリング・トラップの仕組みや自動化の度合いが、この線形増加の傾き(比例係数)をどこまで小さくできるかを左右します。

総コストの構造

以上を粗くまとめると、ミッション全体の総コストは、高度 hh(したがって Nmin(h)N_{\min}(h))の関数として概念的に

Ctotal(h)N(h)C1N(h)a製造(量産効果あり)  +  N(h)B(h)Claunch打ち上げ  +  copsN(h)TmissionTlife(h)運用(補充打ち上げを含む)C_{\text{total}}(h) \approx \underbrace{N(h)\cdot C_1 N(h)^{-a}}_{\text{製造(量産効果あり)}} \;+\; \underbrace{\frac{N(h)}{B(h)}\, C_{\text{launch}}}_{\text{打ち上げ}} \;+\; \underbrace{c_{\text{ops}}\cdot N(h) \cdot \dfrac{T_{\text{mission}}}{T_{\text{life}}(h)}}_{\text{運用(補充打ち上げを含む)}}

という形に整理できます。ここで Tlife(h)T_{\text{life}}(h) は衛星の軌道寿命(高度が低いほど大気抵抗で短くなる)で、寿命が短ければミッション期間 TmissionT_{\text{mission}} を通じて衛星を何度も補充しなければならず、実効的な機数がさらに増えることを表しています。この式そのものを精密に解く必要はありませんが、「低軌道戦略は NN が増えて製造・運用コストを押し上げる一方、量産効果と打ち上げの相乗り効率がその増加分をある程度緩和し得る」という力学を掴んでおくことが、次節の実例を理解する鍵になります。

実務での使われ方

SpaceXのStarlinkは、高度およそ540〜570 kmの複数シェルに、当初計画の4,408機から拡張を重ね、現在までに数千機規模(将来的な認可上限は42,000機規模)を投入する、この回で見た「低軌道・多数機」戦略の代表例です。この選択の背景には、この回で導いた2つの要因が同時に効いています。

第一に、低軌道は前節で見た通り伝搬遅延とリンクバジェットの両面で有利であり、Starlinkが重視する低遅延ブロードバンド(オンラインゲーム、ビデオ会議など)という用途に直結します。第二に、これは本文中では扱いませんでしたが、低軌道ゆえに1機あたりのカバレッジ(地心角 λmax\lambda_{\max})が狭いことは、裏を返せば地表を細かいセルに分割して、同じ周波数を空間的に何度も再利用できることを意味し、システム全体としての通信容量(スループット)を高める方向にも働きます。低軌道戦略は、単にリンク遅延・リンクバジェットで有利なだけでなく、周波数再利用による容量増加という副次的な利点も持っているのです。

その代償として必要衛星数は膨大になり、また高度550 km付近では大気抵抗の影響で軌道寿命がおよそ5年程度と短く、継続的な衛星の補充(打ち上げ)が前提の運用になります。SpaceXはこれを、再使用可能なFalcon 9ロケットによる打ち上げコストの低減と、衛星を自社工場で高頻度に量産する体制(前節のWright’s lawが効きやすい生産方式)によって経済的に成立させている、というのがこの設計選択の骨子です。短い軌道寿命は運用コストの面では不利ですが、デブリ化した衛星が自然に大気圏へ再突入して燃え尽きやすいという、軌道デブリ低減の観点では利点にもなっています。

OneWeb: 高軌道・少数機によるリーンな設計

これに対しOneWebは、高度およそ1200 km、極軌道に近い傾斜角87.4°に、約648機という、Starlinkよりはるかに少ない衛星数で全球カバレッジを実現する設計を選びました。この回のモデルに照らせば、高度を上げたことで λmax\lambda_{\max} が大きくなり、Nmin(h)N_{\min}(h) が小さくなる方向の選択です。

この設計は、Starlinkほどのコンシューマー向け超低遅延・大容量を第一目標とはせず、企業・政府向けのバックホール回線や、船舶・航空機など地上インフラの乏しい地域への接続性を主な用途としています。前節で見た通り、高度を上げた分だけ個々のリンクの遅延・リンクバジェットは悪化しますが(この回の計算では最悪ケース片道遅延がStarlinkのおよそ2倍、自由空間損失もおよそ6 dB増)、それでも静止軌道(高度約35,786 km、片道遅延は240 ms超)に比べれば圧倒的に低遅延であり、想定用途には十分な性能です。少ない衛星数は、製造・打ち上げ・運用のすべての面で総コストを抑えられるという利点があり、Starlinkとは異なる経済性を持つ設計として成立しています。ただし高度1200 kmは大気抵抗の影響が小さく軌道寿命が長い一方、それは裏を返せばミッション終了後の自然な軌道降下による処分(デオービット)が期待しにくいことも意味し、より確実な能動的デオービット能力の確保が求められます。

その他の実例との比較

AmazonのKuiperは高度およそ590〜630 kmに約3,236機を計画しており、Starlinkと同じ「低軌道・多数機・容量重視」の設計思想に近い選択をしています。一方、音声・IoTなど狭帯域サービスに特化したIridium(現行世代Iridium NEXT)は、高度約780 kmに稼働機66機(6軌道面×11機、ほかに予備機)という、比較的少ない機数で全球をカバーしています。Iridiumのように必要な通信容量が小さいシステムでは、この回で導いた「純粋なカバレッジ幾何学からの理論下限 NminN_{\min}」に近い、無駄の少ない機数設計が成立します。実際、高度780 km・最小仰角およそ8°程度という設計値をこの回の式に当てはめると理論下限はおよそ33機と計算され、実際の66機はその約2倍——単純な1重カバレッジではなく、常時2機以上が視野に入るような余裕を持たせた設計になっていることが読み取れます。これに対しStarlinkのように大容量を狙うシステムでは、実際の機数は周波数再利用による容量要求が支配的になり、この回のカバレッジ幾何学だけから見た理論下限をはるかに超える規模になります。

演習問題

  1. 地球半径 RE=6378R_E = 6378 km、最小仰角 εmin=40\varepsilon_{\min} = 40^\circ(より厳しい、都市部での高仰角要求を想定)とする。高度 h=550h=550 km と h=1200h=1200 km のそれぞれについて、地心角 λmax\lambda_{\max} と理論上の最小必要衛星数 NminN_{\min} を計算し、本文中の εmin=25\varepsilon_{\min}=25^\circ の場合の結果と比較して、最小仰角の要求が厳しくなる(角度が大きくなる)ことがカバレッジ設計にどう影響するか説明せよ。

  2. 高度 h=550h=550 km、最小仰角 εmin=25\varepsilon_{\min}=25^\circ のとき、スラントレンジの最悪値 dmaxd_{\max} を求め、周波数 f=20f=20 GHz(Ka帯上り回線を想定)における自由空間損失 LFSL_{FS} をdBで計算せよ。同じ高度で天頂方向(ε=90\varepsilon=90^\circ)の LFSL_{FS} と比較し、その差(dB)がリンク設計上何を意味するか論じよ。

  3. Wright’s lawにおいて進捗率(学習率)p=0.90p=0.90(2倍になるごとにコストが10%削減)とする。最初の1機の製造コストを C1C_1 としたとき、累積生産数が n=1024n=1024 機に達した時点での平均単位コスト C(1024)/C1C(1024)/C_1 を求めよ。本文中の p=0.85p=0.85 の場合の結果と比較し、進捗率のわずかな違いが大規模コンステレーションの総製造コストにどれほど大きな影響を持つか考察せよ。

  4. この回で導いた「Nmin(h)N_{\min}(h) は高度の増加関数として減少し、dmax(h)d_{\max}(h)LFS(h)L_{FS}(h)tprop(h)t_{\text{prop}}(h) は増加する」というトレードオフを踏まえ、もしあなたが北極海航路の船舶向け通信サービス(利用者数は少ないが、極域という地理的制約があり、低遅延よりも安定した可用性が優先される)を新規に設計するとしたら、Starlink型(低軌道・多数機)とOneWeb型(高軌道・少数機)のどちらの設計思想に近づけるべきか、この回で学んだ数式的な根拠とともに自分の言葉で説明せよ。

まとめと次回予告

この回では、メガコンステレーション通信アーキテクチャの回で前提としていた「衛星群がすでに配置されている」状態のさらに上流にある、軌道高度と衛星数をどう決めるかというミッション設計の問題を扱いました。仰角の幾何学から、高度が上がるほど1機あたりのカバレッジが広がり必要衛星数が減ること(Nmin(h)N_{\min}(h) の単調減少)を導き、一方で高度が上がるほどスラントレンジ・伝搬遅延・自由空間損失が増加してリンクバジェットが悪化すること(dmax(h)d_{\max}(h)LFS(h)L_{FS}(h)tprop(h)t_{\text{prop}}(h) の単調増加)を確認しました。この二つの相反する傾向こそが、コンステレーション設計における根本的なトレードオフです。さらに、製造(量産効果・Wright’s law)・打ち上げ・運用という3つのコスト要素が衛星数 NN にどうスケールするかを整理し、StarlinkとOneWebという対照的な実例が、それぞれ異なる最適点をこのトレードオフの上に選んでいることを見ました。

次回は、これだけ多数の衛星や地上局・リンクを運用する以上、避けて通れない信頼性工学と冗長設計理論に軽く触れます。1機、あるいは1本のリンクが故障しても、システム全体としての機能をどう維持するか。この回で「何機配置するか」を考えたのに続き、次回は「その機数のうち何機まで故障を許容できるか」という、コンステレーションの頑健性そのものを定量的に扱う理論を見ていきます。

参考文献

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  • J. R. Wertz, D. F. Everett, J. J. Puschell (eds.), Space Mission Engineering: The New SMAD
  • I. del Portillo, B. Cameron, E. Crawley, “A Technical Comparison of Three Low Earth Orbit Satellite Constellation Systems to Provide Global Broadband,” Acta Astronautica
  • T. P. Wright, “Factors Affecting the Cost of Airplanes,” Journal of the Aeronautical Sciences, 1936
  • FCC/ITU 周波数調整申請書類(Starlink、OneWeb、Kuiper Systemの軌道殻パラメータに関する公表情報)