変調・符号化#1

PCM/PSK/PM — 深宇宙探査機の変調方式の基礎

探査機がビットの列をどうやって電波の位相の揺れに変えて数億kmの彼方まで届けているか。CCSDS標準の伝統的変調方式PCM/PSK/PMを、信号空間・スペクトル・BERの数式付きで理解する。

変調CCSDSリンク設計BER

この回で学ぶこと

探査機と地上局の通信を勉強し始めると、必ず最初にぶつかるのが PCM/PSK/PM という略語の塊です。これは深宇宙探査機で最も伝統的に使われてきた変調方式の名前で、CCSDS(Consultative Committee for Space Data Systems、宇宙データシステム諮問委員会)の標準にも古くから規定されています。ボイジャー、はやぶさ、ボイジャーの後継機の多くがこの方式、あるいはその派生形を使ってきました。

3つの略語はそれぞれ信号処理のパイプラインの異なる段階を表しています。

  • PCM (Pulse Code Modulation): デジタルデータ(0と1のビット列)を、電気的な波形(パルス列)にどう乗せるかというベースバンド符号化の方式。
  • PSK (Phase Shift Keying): そのベースバンド信号を、副搬送波(サブキャリア)の位相に乗せる変調。
  • PM (Phase Modulation): 最終的にそれを無線周波数(RF)の主搬送波の位相に乗せる、アナログ的な位相変調。

つまり PCM/PSK/PM は「PCMで作った信号を、PSKでサブキャリアに乗せ、そのサブキャリアでRM搬送波をPM変調する」という3段構成のシステム全体を指す名前です。この回では、この3段のそれぞれを数式で追いながら、なぜこんな回りくどい構成になっているのか、そしてBER(ビット誤り率)やスペクトルにどう効いてくるのかを見ていきます。

直感的な全体像

まず言葉で全体の流れを掴みましょう。探査機の搭載コンピュータは科学データやテレメトリ(温度、電圧、姿勢角など)を0/1のビット列として持っています。これを地球に送るには、電波という連続的な物理量(電場の振幅・位相・周波数)に変換する必要があります。

PCM/PSK/PM方式では、この変換を一気にやらず、あえて2段階に分けます。

  1. まずビット列を、比較的低い周波数のサブキャリア(副搬送波、たとえば数百kHz〜MHz程度の方形波や正弦波)の位相にPSKで乗せます。
  2. 次に、そのサブキャリア信号全体を、さらに高い周波数のRF主搬送波(Xバンドなら約8.4GHz、Sバンドなら約2.3GHz)の位相にPM変調で乗せます。

なぜ2段に分けるのか。ここに深宇宙通信特有の事情が2つ隠れています。

理由1: レンジング信号と周波数分割で同居させるため。 探査機との距離を測る「測距(レンジング)」信号や、複数のテレメトリチャンネルを、同じRF搬送波の上に周波数分割で同居させたいことがあります。データはサブキャリア周波数 fscf_{sc} 付近に、レンジング信号はまた別の周波数帯に置き、それらをまとめてPMで主搬送波に乗せれば、地上局側でスペクトルを見ながら分離できます。

理由2: 残留搬送波(residual carrier)を残すため。 PM変調では変調指数を適切に選べば、主搬送波成分(データが乗っていない、純粋なトーン)をスペクトル中に残すことができます。この残留搬送波を地上局のPLL(位相同期ループ、次回扱います)がロックし続けることで、探査機の速度をドップラーシフトから測定したり、非常に弱い信号でも安定して追尾できます。これは後述する「サプレスドキャリア方式」との大きな違いです。

第1段: PCM — ビットを波形にする

まずビット列 {bk}{0,1}\{b_k\} \in \{0, 1\} を電気信号 d(t)d(t) に変換する部分です。最も基本的な符号化は NRZ-L (Non-Return-to-Zero, Level) で、

d(t)=k=akp(tkTb),ak=2bk1{1,+1}d(t) = \sum_{k=-\infty}^{\infty} a_k \, p(t - kT_b), \qquad a_k = 2b_k - 1 \in \{-1, +1\}

ここで TbT_b はビット周期、p(t)p(t) は幅 TbT_b の矩形パルスです。つまりビット0を電圧 1-1、ビット1を電圧 +1+1 に対応させ、その電圧を1ビット周期のあいだ保持します。「Non-Return-to-Zero」の名の通り、1が連続してもビット境界でゼロに戻らず、レベルを保ち続けるのが特徴です。

実際の深宇宙ミッションでは、NRZ-Lのほかに Bi-φ-L (Manchester符号) もよく使われます。Manchester符号はビット周期の前半と後半で必ず極性が反転する符号で、

pBi-ϕ(t)={+10t<Tb/21Tb/2t<Tb(ビット1の場合、ビット0はこの符号を反転)p_{\text{Bi-}\phi}(t) = \begin{cases} +1 & 0 \le t < T_b/2 \\ -1 & T_b/2 \le t < T_b \end{cases} \quad (\text{ビット1の場合、ビット0はこの符号を反転})

これはビット周期ごとに必ず遷移(トランジション)が起きるため、地上局側でのビット同期(クロック再生)がNRZより格段に容易になるという利点があります。一方で必要な帯域幅はNRZの2倍になるというトレードオフがあります。実際にどちらを選ぶかは、リンクの帯域幅の余裕と、受信機のシンボル同期性能のどちらを優先するかで決まります。

第2段: PSK — サブキャリアに位相で乗せる

次に d(t)d(t) を、周波数 fscf_{sc} のサブキャリア c(t)=cos(2πfsct)c(t) = \cos(2\pi f_{sc} t) の位相にBPSK(2値位相偏移変調)で乗せます。

ssc(t)=d(t)cos(2πfsct)s_{sc}(t) = d(t) \cdot \cos(2\pi f_{sc} t)

d(t){1,+1}d(t) \in \{-1, +1\} なので、これは実質的にサブキャリアの位相を 00π\pi の間で切り替えていることと等価です。

d(t)cos(2πfsct)=cos(2πfsct+θ(t)),θ(t)={0d(t)=+1πd(t)=1d(t) \cos(2\pi f_{sc}t) = \cos(2\pi f_{sc} t + \theta(t)), \qquad \theta(t) = \begin{cases} 0 & d(t) = +1 \\ \pi & d(t) = -1 \end{cases}

なぜ搬送波に直接乗せず、わざわざサブキャリアという中間層を挟むのか。理由は前節で触れた通り「複数の信号を周波数軸上で分離して主搬送波に同居させるため」です。深宇宙探査機では、この ssc(t)s_{sc}(t) とは別に、レンジング用の擬似雑音(PN)符号信号 r(t)r(t) を、スペクトル上で ssc(t)s_{sc}(t) と重ならない周波数帯に用意し、両方を後段のPMで一緒に主搬送波へ乗せる、という設計がよく行われます。

第3段: PM — 主搬送波を位相変調する

最後に、サブキャリア信号(および必要ならレンジング信号)を使って、RF主搬送波 cos(2πfct)\cos(2\pi f_c t) を位相変調します。PM変調された信号の一般形は、

s(t)=Acos(2πfct+θ(t))s(t) = A \cos\big(2\pi f_c t + \theta(t)\big)

ここで瞬時位相偏移 θ(t)\theta(t) が、変調指数 Δ\Delta (ラジアン単位、しばしば θmod\theta_{mod} とも表記)を使って、サブキャリア信号に比例する形で与えられます。

θ(t)=Δm(t),m(t)=cos(2πfsct+θsc(t))\theta(t) = \Delta \cdot m(t), \qquad m(t) = \cos(2\pi f_{sc} t + \theta_{sc}(t))

(m(t)m(t) が正規化されたサブキャリア変調波、θsc(t){0,π}\theta_{sc}(t) \in \{0, \pi\} がPSKで乗せたデータ位相です。)

ここが数学的に一番おもしろいところです。三角関数の合成角公式を使うと、

s(t)=Acos(2πfct)cos(Δm(t))Asin(2πfct)sin(Δm(t))s(t) = A\cos(2\pi f_c t)\cos(\Delta m(t)) - A\sin(2\pi f_c t)\sin(\Delta m(t))

m(t)m(t)±1\pm 1 近くの値を頻繁に取る(強く変調された)信号だとすると、cos(Δm(t))\cos(\Delta m(t)) の直流成分(時間平均)は、m(t)m(t)+1+11-1 を等確率で取る理想的なBPSKサブキャリアの場合、

cos(Δm(t))=cos(Δ)\overline{\cos(\Delta m(t))} = \cos(\Delta)

となります。つまり、残留搬送波(データが乗っていない純粋なトーン)の振幅は Acos(Δ)A\cos(\Delta) に比例し、データに乗る側波帯(サイドバンド)成分の電力は Asin(Δ)A\sin(\Delta) に比例するという関係が出てきます。これが「変調指数 Δ\Delta を変えると、搬送波とデータの間でパワーを配分できる」という、次回以降に扱う**変調損失(modulation loss)**の議論の出発点です。

具体的に電力の配分を見てみましょう。全送信電力を PT=A2/2P_T = A^2/2 とすると、

Pcarrier=PTcos2(Δ),Pdata=PTsin2(Δ)P_{\text{carrier}} = P_T \cos^2(\Delta), \qquad P_{\text{data}} = P_T \sin^2(\Delta)

Δ\Delta が小さいと搬送波に電力の大部分が残り(トラッキングは安定するがデータレートを上げにくい)、Δ\Deltaπ/2\pi/2 に近づくと搬送波電力はゼロに近づき、ほぼ全電力がデータ側波帯に注がれます(サプレスドキャリア的動作)。実際のミッション設計では、地上局PLLが安定に搬送波を追尾できる最低限の搬送波電力を確保しつつ、残りを可能な限りデータに回す、という最適化問題としてこの Δ\Delta の値(典型的には0.8〜1.3ラジアン程度)が選ばれます。

信号空間表現とBER

受信機の性能を評価するには、信号空間(信号点配置)で考えるのが有効です。BPSKの場合、送信され得るシンボルは2点

s1=+Eb,s0=Ebs_1 = +\sqrt{E_b}, \qquad s_0 = -\sqrt{E_b}

だけで、EbE_b は1ビットあたりのエネルギーです。加法性白色ガウス雑音(AWGN)チャネルを通ると、受信信号は

r=si+n,nN(0,N0/2)r = s_i + n, \qquad n \sim \mathcal{N}(0, N_0/2)

となり、最尤(ML)判定は単純に rr の符号を見るだけです。このときのビット誤り率は、Q関数(標準正規分布の裾の確率)を使って厳密に導出できます。

Pb=Q ⁣(2EbN0),Q(x)=12πxeu2/2duP_b = Q\!\left(\sqrt{\frac{2E_b}{N_0}}\right), \qquad Q(x) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_x^{\infty} e^{-u^2/2}\, du

ここで Eb/N0E_b/N_0 は「1ビットあたりのエネルギー対雑音密度比」で、深宇宙リンク設計における最重要パラメータです。実際にPCM/PSK/PMシステムでは、前節で見たように送信電力の一部が残留搬送波に取られるため、データに使える実効的な電力は PTsin2(Δ)P_T \sin^2(\Delta) であり、実際に受信機が得る Eb/N0E_b/N_0 は理想BPSKより悪化します。この悪化分を 変調損失(modulation loss) と呼び、次々回のレッスンで正確に定式化します。

スペクトルの形

d(t)d(t) がNRZ矩形パルス列である場合、そのパワースペクトル密度(PSD)はよく知られたsinc二乗の形になります。

Sd(f)=Ebsinc2(fTb),sinc(x)=sin(πx)πxS_d(f) = E_b \, \text{sinc}^2(f T_b), \qquad \text{sinc}(x) = \frac{\sin(\pi x)}{\pi x}

これがサブキャリア fscf_{sc} の周りに乗り(両側波帯化され)、さらにそれが主搬送波 fcf_c の周りに乗ります。実際の周波数スペクトラムアナライザでPCM/PSK/PM信号を見ると、中心に鋭い残留搬送波のスパイクがあり、その両脇にサブキャリア分だけ離れた位置にデータの側波帯ローブが広がる、という特徴的な形が観測されます。これは実運用上、地上局の運用者がスペクトラムを見ただけで「ちゃんとロックすべき搬送波が立っているか」「データがどの帯域に来ているか」を目視確認できるという実務上のメリットにもなっています。

実務での使われ方

CCSDSの勧告書 CCSDS 401.0-B (Radio Frequency and Modulation Systems) に、この方式を含む変調方式のパラメータが規定されています。歴史的には、ボイジャー1号・2号、バイキング、ガリレオなど多くのNASA深宇宙探査機がPCM/PSK/PM系の変調を使用してきました。JAXAの「はやぶさ」「あかつき」なども同様の系譜の変調方式を採用しています。

現代ではより電力効率の良いサプレスドキャリア方式(残留搬送波を持たず、Costasループなどでデータそのものから搬送波位相を再生する方式。BPSK/QPSKに畳み込み符号やLDPC符号を組み合わせたもの)への移行が進んでいますが、PCM/PSK/PMは以下のような理由で今なお現役です。

  • 低データレートかつ極めて弱い信号のミッション(たとえば太陽系外縁天体探査など)では、独立した残留搬送波によるロバストな搬送波トラッキングの価値が大きい。
  • クリティカルフェーズ(打ち上げ直後、軌道投入、着陸など)では、テレメトリの中身が読めなくても「機体が生きていて、この方向にいる」という搬送波トラッキングそのものが重要な情報になるため、あえて残留搬送波を残す設計が好まれる。
  • ドップラー計測による軌道決定(オービット・デターミネーション)は、安定した残留搬送波があるとPLLの追尾性能が良くなり、精度が上がる。

演習問題

  1. 変調指数 Δ=1.1\Delta = 1.1 rad のとき、送信電力のうち何%が残留搬送波に、何%がデータ側波帯に配分されるか計算してください。(cos2,sin2\cos^2, \sin^2 を使う)
  2. NRZ-L符号とBi-φ-L(Manchester)符号それぞれについて、ビットレート Rb=1R_b = 1 Mbps のときに必要な概算の占有帯域幅(主ローブ幅)を見積もり、両者を比較してください。
  3. Eb/N0=6E_b/N_0 = 6 dB のBPSKリンクにおけるビット誤り率 PbP_b を、Q関数の値を用いて計算してください(電卓・数値計算ツール使用可)。dB値を真数に直す変換 10(dB/10)10^{(dB/10)} を忘れずに。
  4. なぜ探査機の打ち上げ直後やクリティカルフェーズでは、データレートを犠牲にしてでも残留搬送波を残す設計が好まれるのか、この回で学んだ内容をもとに自分の言葉で説明してください。

まとめと次回予告

PCM/PSK/PMは「ビット→サブキャリア位相→主搬送波位相」という3段構成によって、(1) 複数信号(データ・レンジング)の周波数分割同居と、(2) 残留搬送波による安定したトラッキングという、深宇宙通信ならではの要求を同時に満たす、非常によく考えられた方式です。

次回は、この方式の心臓部であり、地上局が微弱な残留搬送波をどうやってロックし続けているのかという PLL(Phase-Locked Loop、位相同期ループ) を扱います。数式で言えば、今回 θ(t)\theta(t) として扱ってきた位相を、雑音まみれの受信信号からどうリアルタイムに推定するか、というフィードバック制御の理論です。

参考文献

  • CCSDS 401.0-B, Radio Frequency and Modulation Systems, Part 1: Earth Stations and Spacecraft
  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76
  • DSN Telecommunications Link Design Handbook, DSN No. 810-005
  • J. R. Wertz, D. F. Everett, J. J. Puschell (eds.), Space Mission Engineering: The New SMAD