システム・運用#38

DSN概論 — 3局体制が支える深宇宙通信システムの全体像

PCM/PSK/PM、PLL、レンジング、アンテナ追尾…これまで個別に学んできた技術は、すべてNASA/JPLのDeep Space Network(DSN)という1つの巨大システムの部品だった。ゴールドストーン・マドリード・キャンベラが経度約120度おきに配置される幾何学的理由と、アンテナ利得の式からDSNの全体像を数式で理解する。

前提知識: pll

DSNアンテナ利得リンクバジェット運用国際協力

この回で学ぶこと

ここまでの回で、私たちは深宇宙通信を構成する要素技術を1つずつ積み上げてきました。PCM/PSK/PMでビット列がどう電波の位相に乗るかを見て、PLLで地上局が微弱な残留搬送波をどう追尾し続けるかを学び、トランスポンダレンジングで探査機との距離・速度をどう測るかを扱い、アンテナ自動追尾では巨大なパラボラアンテナ自体を探査機の方向に向け続ける機械的な追尾問題も見ました。

しかし、これらの技術はすべて宙に浮いて存在しているわけではありません。それらを実際に24時間365日、休みなく運用しているのは、NASA/JPL(ジェット推進研究所)が運営する**Deep Space Network(DSN、深宇宙ネットワーク)**という、地球規模の巨大な地上局システムです。この回では、いったん個々の信号処理の詳細から視点を引き上げ、「そもそもDSNとはどういうシステムなのか」という全体像を扱います。特に、なぜ地上局が3か所、しかも経度でほぼ等間隔に配置されているのかという幾何学的な設計思想、そしてこれまで断片的に登場してきたアンテナ利得・EIRP・G/TG/T といった量が、DSNという具体的なハードウェアの中でどう実現されているのかを、数式とともに理解します。

直感的導入: なぜ地球上に3か所も要るのか

深宇宙探査機との通信リンクを考えるとき、見落とされがちですが本質的な制約が1つあります。地球は自転している、ということです。

地上に固定されたアンテナから見ると、天球上の(地球から見て十分遠い)天体はほぼ静止しているのに対し、地球の自転によって地上局の「見上げる方向」は1日に1回転します。つまり、どんなに高性能なアンテナを1か所だけに建てても、地球がぐるっと回って探査機がその局から見て地平線の下に沈んでしまえば、通信は物理的に途絶します。深宇宙探査機は惑星間空間を飛行している間、姿勢を自分で大きく変えて別の方角の地上局を探すことはできません(そもそも探査機側のアンテナは地球の方向にほぼ固定的に向けられています)。したがって、探査機を24時間切れ目なく追跡し続けたいなら、地球上の異なる経度に、複数の地上局を配置するしかないのです。

では何か所必要でしょうか。地球は24時間で1回転(360度)します。1つの地上局が実用上、地平線近くの大気減衰や山岳による遮蔽を避けて安定して通信できる仰角を考えると、実際に使える時間は1日のうちおよそ8〜12時間程度です。これを逆に言えば、約120度(24時間の3分の1)おきに地上局を置けば、常にどこか1局は探査機を十分な仰角で見晴らせることになります。これがDSNが世界に散らばる3つの局群、

  • ゴールドストーン (Goldstone, カリフォルニア州, アメリカ)
  • マドリード近郊 (Madrid, スペイン)
  • キャンベラ近郊 (Canberra, オーストラリア)

を、経度にしておよそ120度おきに配置している理由です。この配置により、地球がどの向きに自転していても、地球のどこかの局が常に(理論上は)任意の深宇宙探査機を視野に収めることができ、地上局の切り替え(ハンドオーバー)を挟みながら、探査機との通信リンクを原理的に途切れなく維持できます。実務上は各局のハンドオーバーの際にわずかな重複時間帯(オーバーラップ)を設け、片方の局がロックを確立してからもう片方が閉局する、という運用がなされます。

アンテナ利得の定式化: G=η(πDλ)2G = \eta\left(\dfrac{\pi D}{\lambda}\right)^2

DSNのアンテナは、この「常時追跡」という運用要求だけでなく、「数億km彼方からの 101610^{-16} W オーダーの微弱な信号を検出する」という感度の要求も同時に満たさなければなりません。感度を決める最大の物理パラメータがアンテナの利得(gain) GG です。

変調損失の回で、アンテナの実効開口面積 AeA_e と利得の関係式

G=4πAeλ2G = \frac{4\pi A_e}{\lambda^2}

を導入しました。これは開口面積さえ分かれば任意のアンテナ形状に適用できる一般式ですが、DSNのような円形パラボラ反射鏡アンテナでは、これを開口の物理的な直径 DD で書き直すと設計上より扱いやすくなります。

円形開口の物理的な面積は Aphys=π(D/2)2=πD2/4A_{\text{phys}} = \pi(D/2)^2 = \pi D^2/4 です。しかし実際のパラボラアンテナでは、反射鏡表面の製作誤差、給電部(フィード)による開口のブロッキング(遮蔽)、照射パターンの不均一性(エッジテーパ)など、さまざまな要因によって、この物理的な面積のすべてが理想的に電波を集められるわけではありません。この「実際にどれだけ有効に使えているか」を表す無次元の係数が開口効率(aperture efficiency) η\eta(0<η<10<\eta<1)で、

Ae=ηAphys=ηπD24A_e = \eta\, A_{\text{phys}} = \eta\,\frac{\pi D^2}{4}

と定義されます。これを先ほどの G=4πAe/λ2G=4\pi A_e/\lambda^2 に代入すると、

G=4πλ2ηπD24=ηπ2D2λ2G = \frac{4\pi}{\lambda^2}\cdot \eta\,\frac{\pi D^2}{4} = \eta\,\frac{\pi^2 D^2}{\lambda^2}

すなわち、

G=η(πDλ)2\boxed{G = \eta\left(\frac{\pi D}{\lambda}\right)^2}

という、DSNのアンテナ利得を語るうえで基本となる式が得られます。実用的なDSNの大口径パラボラアンテナでは η0.55\eta \approx 0.550.70.7 程度の値が典型的です(周波数帯や個々のアンテナの光学系設計によって変動します)。この式は、アンテナ自動追尾の回で扱ったビーム幅の経験式 θ3dB70λ/D\theta_{3\text{dB}}\approx 70\lambda/D とちょうど表裏の関係にあります。開口径 DD を大きくする、あるいは波長 λ\lambda を短くする(周波数を上げる)ほど、利得 GGD2D^2 あるいは 1/λ21/\lambda^2 で大きく伸びる一方、ビーム幅は 1/D1/D あるいは λ\lambda に比例して細くなり、ポインティング精度の要求が厳しくなる、という表裏一体のトレードオフです。

34mアンテナと70mアンテナの利得差

DSNの代表的なアンテナ口径である34mと70mについて、同じ周波数・同じ開口効率のもとでの利得差を計算してみましょう。デシベル表示の利得は GdB=10log10η+20log10D20log10λ+定数G_{\text{dB}} = 10\log_{10}\eta + 20\log_{10}D - 20\log_{10}\lambda + \text{定数} の形をしているので、η\etaλ\lambda が共通であれば、口径の違いによる利得差だけが直接比較できます。

ΔGdB=20log10(D70D34)=20log10(7034)20log10(2.06)6.27 dB\Delta G_{\text{dB}} = 20\log_{10}\left(\frac{D_{70}}{D_{34}}\right) = 20\log_{10}\left(\frac{70}{34}\right) \approx 20\log_{10}(2.06) \approx 6.27\ \text{dB}

つまり70mアンテナは34mアンテナに比べて、口径が約2.06倍であるために利得が約6.3 dB(電力比でおよそ4.2倍)高くなります。この差は決して小さくなく、後述するように、太陽系外縁天体探査機のような極めて信号の弱いミッションでは、70mアンテナ(あるいは複数の34mアンテナを電気的に合成するアレイ運用)でなければリンクが成立しないケースが実際にあります。

リンクバジェットの中でのDSNの役割

変調損失の回で、リンクバジェット方程式

PRN0=EIRPLpath+GTk[dB表記]\frac{P_R}{N_0} = EIRP - L_{path} + \frac{G}{T} - k \quad \text{[dB表記]}

を扱いました。この式に現れる各項のうち、探査機側が担うのは送信電力とアンテナ利得を合わせた EIRPEIRP(等価等方輻射電力)だけです。残りの3項——伝搬損失 LpathL_{path}(幾何学的に決まり、どちらの努力でも変えられない)、そして受信性能を集約した G/TG/T——のうち、G/TG/T を実現しているのがまさにDSNの地上局そのものです。

GT=GRTsys\frac{G}{T} = \frac{G_R}{T_{\text{sys}}}

分子の受信アンテナ利得 GRG_R は、この回で導出した G=η(πD/λ)2G=\eta(\pi D/\lambda)^2 によって、口径 DD を大きくすることで稼げます。一方、分母の TsysT_{\text{sys}}(受信系全体の雑音温度)は、低雑音増幅器(LNA)の物理的な冷却(極低温冷凍機による数K〜数十Kレベルの冷却)や、大気・宇宙背景放射・アンテナ自体の熱雑音の寄与を最小化することで下げられます。DSNの巨大な口径のパラボラアンテナと、極低温に冷却された高感度受信機は、まさにこの G/TG/T を最大化するための2本柱です。

さらに、この利得 GG を活かすには、PLLの回で見た搬送波の電気的な追尾と、アンテナ自動追尾の回で見たビームの機械的な追尾の両方が必須です。アンテナが探査機の方向から θ3dB\theta_{3\text{dB}} の何割かでもズレれば、ポインティング損失 Lpoint12(θ/θ3dB)2L_{\text{point}}\approx -12(\theta/\theta_{3\text{dB}})^2 の分だけ実効的な GG は目減りしてしまいます。つまり、DSNという「システム」は、巨大な開口(利得)・低雑音の受信機(TsysT_{\text{sys}})・精密な機械追尾(ポインティング)・安定した位相追尾(PLL)という、これまで個別に学んできた要素すべてが同時に機能してはじめて、リンクバジェット上の G/TG/T という1つの数値として結実するものだと言えます。

実務での使われ方

3局の具体的なアンテナ構成

DSNの各局(ゴールドストーン、マドリード、キャンベラ)には、それぞれ以下のような複数のアンテナが配置され、複数のミッションを同時並行で支えています。

  • 70mアンテナ(DSSナンバーで各局に1基ずつ、計3基): 各局のフラッグシップとなる最大口径のアンテナで、外惑星探査機や太陽系外縁天体探査機のように受信電力が極めて微弱なミッション、あるいは非常に高いデータレートを必要とするミッションに割り当てられます。ボイジャー1号・2号との通信は現在もこの70mアンテナ級の設備(および複数アンテナのアレイ合成)に強く依存しています。
  • 34m BWG(Beam Waveguide)アンテナ: 各局に複数基配置されている、DSNの現在の主力アンテナです。BWGは、フィード(給電部)や低雑音増幅器などの精密機器を、可動する反射鏡構造の先端ではなく、地上近くの安定した局舎内に設置し、複数の鏡面(ビーム導波管)を介して電波を伝送する設計です。これにより保守性が大きく向上し、複数の周波数帯(S/X/Kaバンドなど)を1つのアンテナで柔軟に切り替えて運用できます。
  • 34m HEF(High Efficiency)アンテナ: BWGが普及する以前から使われてきた、開口効率を高めることに特化した設計の34mアンテナです。フィードが反射鏡の焦点に直接配置されるカセグレン光学系に近い構成を取り、BWGに比べるとやや単純な構造ながら高い開口効率を実現します。

これらのアンテナ群を使って、DSNは同時に30以上のミッション(地球周回のものを含む)をスケジューリングしながら運用しています。1つのアンテナを複数の探査機が奪い合う形になるため、JPL内のスケジューリング部門が数週間〜数か月先までの追跡時間を各ミッションに割り当てる、複雑な資源配分の調整業務(DSNスケジューリング)が常時行われています。特にクリティカルフェーズ(打ち上げ直後、軌道投入、着陸、フライバイなど)では、他ミッションの通常観測時間を融通してでも優先的にアンテナ時間が確保されます。

国際協力: JAXAの臼田局・内之浦局

深宇宙探査は米国だけの営みではありません。JAXA(宇宙航空研究開発機構)も、長野県の臼田宇宙空間観測所(64mアンテナ)や、鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所に深宇宙対応のアンテナを保有し、「はやぶさ」「あかつき」などの日本の深宇宙探査機を追跡してきました。しかし日本国内の局だけでは、地球の自転により1日のうち限られた時間しか対象の探査機を追跡できません。

そこでNASA/JPLとJAXA(あるいはESAなど他の宇宙機関)の間では、互いの地上局を融通し合う**クロスサポート(cross support)**協定が結ばれており、たとえばDSNの局が日本の探査機の追跡を代行したり、逆に臼田局がNASAの探査機を一時的にサポートしたりすることが実際に行われています。これを技術的に可能にしているのが、周波数帯・変調方式・レンジング方式などをCCSDS標準に沿って共通化しておくという、これまでの回で扱ってきた技術仕様の標準化そのものです。異なる宇宙機関のハードウェアが物理的に「同じ言葉を話せる」ことが、国際協力による地上局の相互運用(インターオペラビリティ)の大前提になっています。この国際協力・相互運用の仕組みについては、今後の回でさらに詳しく扱います。

演習問題

  1. DSNの34mアンテナがXバンド(λ3.57\lambda \approx 3.57 cm)で動作しており、開口効率 η=0.65\eta = 0.65 であるとする。G=η(πD/λ)2G=\eta(\pi D/\lambda)^2 を使ってこのアンテナの利得を真数で求め、さらにデシベル(10log10G10\log_{10}G、単位dBi)で表せ。

  2. 問1と同じ開口効率・周波数で70mアンテナの利得をdBiで求めよ。本文中で導いた ΔGdB6.27\Delta G_{\text{dB}}\approx 6.27 dB という34m→70mの差と整合しているか確認せよ。

  3. 地球が24時間で1回転するとして、地上局がある地点で探査機を実用上追跡できる仰角の範囲を「1日のうちX時間」とみなすとき、局数をNN、必要な最小重複(オーバーラップ)時間をゼロと仮定すると、局を何度おきに配置すれば24時間切れ目のない追跡が可能か、NN を使った一般式で表せ。DSNの N=3N=3 の場合の角度と一致するか確認せよ。

  4. なぜDSNは34m級のアンテナを複数基運用しつつ、70m級のアンテナもあえて維持しているのか。アンテナ利得の式、G/TG/T、そして「複数ミッションの同時運用」という運用上の制約の3つの観点から、自分の言葉で説明せよ。

まとめと次回予告

この回では、これまで個別に学んできたPCM/PSK/PM・PLL・トランスポンダ・レンジング・アンテナ自動追尾といった要素技術が、すべてDeep Space Network(DSN)という1つの巨大な運用システムの部品であることを確認しました。ゴールドストーン・マドリード・キャンベラという3つの局が経度でおよそ120度おきに配置されているのは、地球の自転のもとで探査機を切れ目なく追跡し続けるための、シンプルながら本質的な幾何学的設計です。またアンテナ利得の式 G=η(πD/λ)2G=\eta(\pi D/\lambda)^2 を通じて、34mアンテナと70mアンテナの性能差を定量的に理解し、DSNが担っているのはリンクバジェット方程式における G/TG/T という受信性能そのものであることを見ました。さらに、DSNが複数ミッションを同時に運用する巨大な共同利用施設であること、JAXAの臼田局・内之浦局のような他国の地上局との国際協力(クロスサポート)によって成り立っていることにも触れました。

次回は、これまで扱ってきたアナログ的な受信機の構成(PLL、位相検波器、ミキサー)が、近年どのように**SDR(Software-Defined Radio、ソフトウェア無線)**へと置き換わってきているのかに軽く触れます。アンテナで受けた電波をできるだけ早い段階でデジタル信号に変換し、その後の復調・追尾処理の大部分をソフトウェアで実装するというこの潮流が、DSNのような大規模地上局システムの柔軟性や更新性にどう影響しているのかを見ていきます。

参考文献

  • DSN Telecommunications Link Design Handbook, DSN No. 810-005
  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76
  • NASA/JPL, DSN Deep Space Network (公式解説資料、ゴールドストーン・マドリード・キャンベラの局構成)
  • J. R. Wertz, D. F. Everett, J. J. Puschell (eds.), Space Mission Engineering: The New SMAD
  • JAXA宇宙科学研究所, 臼田宇宙空間観測所・内之浦宇宙空間観測所 運用資料