システム・運用#149

アンテナ指向誤差バジェット — 複数の誤差要因からポインティング精度を設計する

アンテナ・タイプの回で登場した指向誤差θ_errは、これまで単一の量として扱われてきた。実際には構造・熱・姿勢決定・姿勢制御・地上局追尾という独立した誤差要因が積み重なって生じる。RSS(二乗和平方根)合成則と系統誤差・ランダム誤差の区別を数式で押さえ、ミッション要求から各要因への予算配分を設計する誤差バジェット表の作り方を学ぶ。

前提知識: アンテナ自動追尾 — コニカルスキャンとモノパルスでビームを向け続けるHGA・MGA・LGA — 探査機搭載アンテナの使い分けと指向精度の代償

ポインティング誤差誤差バジェットRSS姿勢制御アンテナ設計

この回で学ぶこと

HGA・MGA・LGAの回では、探査機アンテナのボアサイトと地球の真の方向とのズレを角度誤差 θerr\theta_{err} という1つの記号で表し、ポインティング損失の式

Lpoint(dB)12(θerrθ3dB)2L_{\text{point}}(\text{dB}) \approx -12\left(\frac{\theta_{err}}{\theta_{3\text{dB}}}\right)^{2}

を導きました。地上局アンテナ自動追尾の回でも、同じ式が地上局の巨大パラボラに対して現れ、ビーム幅が細くなるほど要求される指向精度が厳しくなることを見ました。しかしこの2つの回では、θerr\theta_{err} という数値がどこから来るのかについては深入りせず、「姿勢誤差」「アンテナの向き」という漠然とした一言で片付けてきました。

現実には、θerr\theta_{err} は単一の物理現象から生じる量ではありません。探査機側であれば、構造の製造公差、太陽照射による熱変形、姿勢決定センサーの精度、姿勢制御系がその決定値にどれだけ正確に追従できるか——性質のまったく異なる複数の誤差要因が、それぞれ独立に、しかし同時に効いてきます。地上局側であれば、これに加えてアンテナ自体の重力・風・熱変形と、自動追尾の閉ループ精度が加わります。θerr\theta_{err} という1つの数字は、これら複数の要因が積み重なった結果であって、原因そのものではありません。

この回では、(1) 指向誤差を構成する典型的な誤差要因をカタログ化し、(2) それらが統計的に独立でランダムな場合にどう合成されるかという RSS(Root Sum Square, 二乗和平方根)則を導出し、(3) 系統誤差(バイアス)とランダム誤差をなぜ・どう区別すべきかを整理したうえで、(4) ミッション要求から出発して各誤差要因に予算を配分していく誤差バジェット表の設計プロセスを見ていきます。これは個々の誤差要因の物理(すでに学んだ姿勢決定・追尾の理論)と、システム全体のリンク設計(これまで扱ってきたリンクバジェット)とをつなぐ、システムズエンジニアリング的な橋渡しの回です。

直感的導入: なぜ1つの数字では設計できないのか

たとえるなら、アーチェリーの選手が的の中心からどれだけ外れるかを考えてみましょう。矢の着地点のズレは、単一の原因では説明できません。弓自体のわずかな個体差(構造的な要因)、気温によって弦の張力が変わること(熱的な要因)、選手が的までの距離や風をどれだけ正確に見積もれているか(狙いを定める精度、つまり「認識」の誤差)、そして選手が実際に狙った方向へどれだけ正確に矢を放てるか(「実行」の誤差)——これらすべてが独立に効いて、最終的な着地点のばらつきを作ります。

探査機のアンテナ・ポインティングも同じ構造を持っています。「探査機がどちらを向いていると認識しているか」(姿勢決定)と、「探査機が実際にその向きへどれだけ正確に到達・維持できるか」(姿勢制御)は、まったく別の誤差源です。星が見えなくても正確に矢を放てる選手はいませんし、逆に的の位置を完璧に知っていても手がぶれれば矢は外れます。さらに探査機の場合は、弓自体(構造)が太陽に炙られて反ってしまう(熱変形)という、アーチェリーにはない要因まで加わります。

もし設計者が「指向誤差は0.3度以内に抑えること」という要求だけを渡されたとしたら、それをどう実現すればよいか途方に暮れてしまいます。星姿勢センサーをどこまで良くすればいいのか、構造の製造公差をどこまで詰めればいいのか、姿勢制御則の帯域をどこまで上げればいいのか——という「配分」の問題を解かない限り、要求は絵に描いた餅のままです。この配分を体系的に行う道具が、これから見ていく誤差バジェットです。

数式定式化

誤差要因の分解

まず、θerr\theta_{err} に寄与する典型的な誤差要因を、探査機側と地上局側に分けて整理します。それぞれの誤差は、ボアサイト方向のズレとして角度の次元(度、分角、秒角)で表されます。

探査機搭載アンテナ(HGA/MGA)の場合

  • 構造的誤差 σstruct\sigma_{struct}: アンテナ反射鏡と機体構造(姿勢基準座標系)との間の製造・組立公差によるアライメントのズレ。アンテナフィード系の設計の回で見たホーンの取り付け公差や、パラボラアンテナの幾何設計の回で扱った焦点位置の精度も、このフィード位置の誤差に含まれます。焦点位置からフィードが横方向に δ\delta だけズレて設置されると、ビーム軸そのものが角度
θsquintBDFδfe\theta_{\text{squint}} \approx \text{BDF}\cdot\frac{\delta}{f_e}

だけ傾く(スクイントする)ことが知られています。ここで fef_e は実効焦点距離、BDF(Beam Deviation Factor)は反射鏡の光学系で決まる係数(おおむね0.7〜1程度)です。展開式アンテナの場合はこれに展開機構のガタや繰り返し精度も加わります。

  • 熱的誤差 σthermal\sigma_{thermal}: 太陽照射が構造の片側だけを加熱することによる非対称な熱変形。フィード支持構造の長さ \ell に温度勾配 ΔT\Delta T が生じると、線膨張係数 α\alpha を使って先端のたわみは概ね δthαΔT\delta_{th}\approx\alpha\,\Delta T\,\ell と見積もられ、対応する角度誤差は θthermalδth/fe\theta_{thermal}\approx\delta_{th}/f_e 程度になります。日照・日陰の切り替わり(食の前後)では、構造が新しい熱平衡に落ち着くまでの過渡的な変形が生じ、これは太陽角度に対してある程度再現性のある成分と、そのときどきの熱履歴に依存するランダムな成分の両方を含みます。

  • 姿勢決定誤差 σADS\sigma_{ADS}: スタートラッカーによる姿勢決定の回で見た、恒星観測から推定される姿勢の不確かさ(ボアサイト直交2軸でおよそ数秒角〜十数秒角)。これにスタートラッカーの搭載フレームとアンテナのボアサイト軸との間のアライメント誤差、そしてスタートラッカーがブラインドになった間のジャイロ積分によるドリフトが加わります。これは「探査機が自分の向きをどれだけ正確に知っているか」の誤差です。

  • 姿勢制御誤差 σcontrol\sigma_{control}: 姿勢決定誤差とは異なり、こちらは「探査機が指令された姿勢に、実際にどれだけ正確に到達・維持できるか」という誤差です。リアクションホイールのトルク分解能や不感帯、太陽輻射圧などの外乱トルクに対する定常偏差、制御則の帯域幅で決まる追従遅れなどが寄与します。姿勢決定誤差(知識の誤差、Pointing Knowledge Error)と姿勢制御誤差(実行の誤差、Pointing Control Error)を区別するのは、GN&C(誘導・航法・制御)工学で標準的な考え方です。両者は物理的な起源がまったく異なる(前者はセンサーの測定雑音、後者はアクチュエータと制御ループの性能)ため、独立な誤差要因として別々に扱う必要があります。

地上局アンテナの場合

  • アンテナ自動追尾の回で見たように、地上局側にはさらに(i) アンテナ構造自体の重力変形・風荷重・熱変形(ポインティングモデルで補正してもなお残るモデル残差)、(ii) サーボ機構の機械的な分解能・バックラッシュ、(iii) コニカルスキャンやモノパルスによる追尾誤差検出そのもののSNR限界による誤差 σtrack\sigma_{track}(信号が弱いほど、和・差チャンネルの比の推定精度が劣化する)、という誤差要因が加わります。

これらはどれも、物理的な発生メカニズムが根本的に異なる独立した誤差源です。次にこれらをどう合成して全体の θerr\theta_{err} を求めるかを見ます。

誤差の合成則: RSS(二乗和平方根)

nn 個の誤差要因 ε1,ε2,,εn\varepsilon_1,\varepsilon_2,\dots,\varepsilon_n が、それぞれ平均ゼロ(バイアス成分をあらかじめ差し引いた後)、分散 σi2\sigma_i^2 を持つ確率変数であり、かつ互いに統計的に独立であるとします。全体の誤差はこれらの単純な和

εtotal=ε1+ε2++εn\varepsilon_{total} = \varepsilon_1 + \varepsilon_2 + \cdots + \varepsilon_n

で表されるとすると、期待値は E[εtotal]=0E[\varepsilon_{total}]=0 のままですが、分散は

Var(εtotal)=E ⁣[(i=1nεi)2]=i=1nσi2+ijCov(εi,εj)\mathrm{Var}(\varepsilon_{total}) = E\!\left[\left(\sum_{i=1}^n \varepsilon_i\right)^2\right] = \sum_{i=1}^n \sigma_i^2 + \sum_{i\neq j} \mathrm{Cov}(\varepsilon_i,\varepsilon_j)

となります。独立性の仮定から共分散項 Cov(εi,εj)=0 (ij)\mathrm{Cov}(\varepsilon_i,\varepsilon_j)=0\ (i\neq j) がすべて消えるため、

Var(εtotal)=i=1nσi2σtotal=σ12+σ22++σn2\mathrm{Var}(\varepsilon_{total}) = \sum_{i=1}^n \sigma_i^2 \qquad \Longrightarrow \qquad \boxed{\sigma_{total} = \sqrt{\sigma_1^2+\sigma_2^2+\cdots+\sigma_n^2}}

というRSS(Root Sum Square)則が得られます。この式が持つ重要な性質は、単純な線形和 σ1+σ2++σn\sigma_1+\sigma_2+\cdots+\sigma_n よりも常に小さい(等号は1つの要因を除いてすべてゼロの場合のみ)ということです。独立なランダム誤差は、互いに強め合うことも弱め合うこともランダムに起こるため、「全部が同時に最悪の方向に揃う」という最悪ケースの線形和よりも、統計的には穏やかな値に収まります。逆に言えば、誤差要因の数が多いほど、個々の要因を多少緩めても全体の σtotal\sigma_{total} はそれほど増えない(√nでしか効かない)という性質もあり、これが後述する予算配分の考え方の土台になります。

独立性の仮定が崩れる場合の注意。 RSS則は誤差要因が互いに独立であることが前提です。もし2つの要因が共通の物理的原因を持つ場合(たとえば熱変形と、熱によって特性が変化するセンサーのバイアスドリフトが、同じ太陽角度に同時に依存するような場合)、それらは正の相関を持ち、実際の合成誤差はRSSの予測値よりも大きくなり得ます。誤差バジェットを構築する際には、各要因が本当に独立とみなせるかどうかを吟味することが、数式そのものと同じくらい重要な設計判断になります。

系統誤差(バイアス)とランダム誤差の区別

RSS則は、あくまで平均ゼロのランダム誤差にのみ適用できることに注意が必要です。誤差要因の中には、時間的にほとんど変化しない系統誤差(バイアス) bib_i ——たとえば較正しきれなかったアライメント誤差の残差や、モデル化しきれなかった熱変形の平均的な傾き——が含まれることがあります。バイアスは「平均すればゼロになる」性質を持たないため、RSSの根号の中に無条件で放り込むと、誤差の深刻さを過小評価してしまいます。

正しい扱い方は、各誤差要因についてまず可能な限り較正・モデル化を行ってバイアス成分 bib_i を除去し、残った較正しきれない残差だけをランダム誤差 σi\sigma_i としてRSSの対象にすることです。そのうえで、どうしても残ってしまう未較正のバイアス bb (複数の残存バイアスがあれば、最悪の場合を見込んでその代数和、あるいは符号が分からない場合は絶対値の和)を、ランダム項のRSSとは別に、次のように直接加算する扱いが一般的です。

θerr,worst=b+kσtotal=b+kiσi2\theta_{err,\text{worst}} = |b| + k\,\sigma_{total} = |b| + k\sqrt{\sum_i \sigma_i^2}

ここで kk は要求される信頼水準に対応する係数(たとえば正規分布を仮定して95%を保証したいなら k2k\approx2、99.7%相当の厳しい保証なら k3k\approx3)です。バイアス項をRSSの根号の外に置くのは、バイアスが「その場その場でランダムに変動して平均されていく」量ではなく、「一度きりの、ある固定された値として実現し続ける」量だからです。1機の探査機にとって、製造で生じたアライメントのズレは打ち上げから運用終了まで(熱変形など時間変化する要因を除けば)ほぼ一定であり、平均化によって薄まることはありません。この区別を怠ると、バイアスの寄与を実力以上に軽く見積もってしまう、誤差バジェット設計における典型的な落とし穴になります。

誤差バジェット表の構築

以上を踏まえ、実際の設計プロセスは次のような流れになります。

  1. ミッション要求からトップレベルの許容誤差を逆算する。 HGA・MGA・LGAの回のポインティング損失の式を、許容できる最大損失 LmaxL_{max} から θerr\theta_{err} について解き直すと、
θbudget=θ3dBLmax12\theta_{budget} = \theta_{3\text{dB}}\sqrt{\frac{|L_{max}|}{12}}

というトップレベルの誤差予算 θbudget\theta_{budget} が得られます。これが、以下で配分するすべての誤差要因のRSS合計が満たすべき上限です。

  1. 誤差要因を洗い出し、それぞれに暫定的な配分を割り当てる。 前節でカタログ化した σstruct,σthermal,σADS,σcontrol\sigma_{struct}, \sigma_{thermal}, \sigma_{ADS}, \sigma_{control}(地上局なら σtrack\sigma_{track} も)のそれぞれに、達成が見込める1σ値を仮に割り当てます。最も単純な出発点は、nn 個の要因すべてが均等に効くと仮定する均等配分です。RSS則から、nn個の要因すべてが同じ値 σ\sigma を持つなら σtotal=σn\sigma_{total}=\sigma\sqrt n なので、
σi=θbudgetn(i=1,,n)\sigma_i = \frac{\theta_{budget}}{\sqrt n}\qquad(i=1,\dots,n)

がそれぞれの初期割り当ての目安になります。

  1. 技術的な難易・コストに応じて配分を調整する(不均等配分)。 均等配分はあくまで出発点であり、実際には要因ごとに「タイトにする難易度」が大きく異なります。たとえば構造アライメントは製造工程の見直しで比較的安価に詰められる一方、姿勢決定精度はスタートラッカーという既製品センサーの性能で頭打ちになりがちです。そこで、詰めやすい要因には厳しめの配分を、原理的な限界に近い要因には緩めの配分を与える、という不均等な配分に調整していきます。RSSの性質上、すでに支配的な(大きな)要因をわずかに削る方が、すでに小さい要因をさらに削るよりも全体の σtotal\sigma_{total} への効き目が大きいため、「一番大きい寄与から順に削る」のが効率的な配分戦略になります。

  2. RSSで合成し、要求とのマージンを確認する。 各要因の配分値を σtotal=iσi2\sigma_{total}=\sqrt{\sum_i\sigma_i^2} で合成し、σtotal\sigma_{total}(および未較正バイアスを加えた θerr,worst\theta_{err,\text{worst}})が θbudget\theta_{budget} に対してどれだけの余裕(マージン)を持つかを確認します。開発の初期段階では、後工程で判明する未知の誤差要因や設計変更に備えて、意図的に大きめのマージン(たとえば予算の20〜40%程度)を残しておき、設計が進み各要因の実測値が固まってくるにつれてマージンを消費していく、という「マージン運用」の考え方は、リンク可用性の回で見た統計的マージン設計とも通じる、システムズエンジニアリング全般に共通する思想です。

数値例(探査機HGA)。 リンク設計プロセスの実践ウォークスルーの回で組み立てた架空の火星探査機「MRO-X」のHGA(開口径 D=2.5D=2.5 m、Xバンド λ3.57\lambda\approx3.57 cm)を例に取りましょう。半値幅は本文と同じ経験式で

θ3dB70λD=70×3.57cm250cm1.0\theta_{3\text{dB}} \approx \frac{70\lambda}{D} = \frac{70\times3.57\text{cm}}{250\text{cm}} \approx 1.0^\circ

と求まります。ミッション側が、リンクマージンをこれ以上大きく食いつぶさないよう、指向誤差による追加損失を Lmax=0.2L_{max}=0.2 dB以内に抑えたいという要求を出したとすると、誤差予算は

θbudget=θ3dB0.2121.0×0.1290.129\theta_{budget} = \theta_{3\text{dB}}\sqrt{\frac{0.2}{12}} \approx 1.0^\circ\times0.129 \approx 0.129^\circ

です。これを4つの要因に配分してみます。

誤差要因配分(1σ、度)
構造的誤差(フィード位置・アライメント公差)0.05
熱的誤差(非対称熱変形)0.04
姿勢決定誤差(スタートラッカー+ジャイロ)0.07
姿勢制御誤差(制御則の残差)0.06
RSS合計0.052+0.042+0.072+0.0620.112\sqrt{0.05^2+0.04^2+0.07^2+0.06^2}\approx0.112

RSS合計は約 0.1120.112^\circ で、予算 0.1290.129^\circ に対して約13%13\%のマージンを残しています。もし均等配分をそのまま適用していたら 0.129/40.0650.129/\sqrt4\approx0.065^\circ となり、姿勢決定誤差(センサー性能で頭打ちになりやすい)にとって特に厳しい割り当てになっていたはずで、それよりも姿勢決定に多めの予算を回し、比較的詰めやすい構造・熱誤差を小さく抑える、という不均等配分の方が現実的な設計になっていることが分かります。この Lmax=0.2L_{max}=0.2 dBという追加損失は、リンク設計プロセスの実践ウォークスルーの回で得られたリンクマージン +3.3+3.3 dBから直接差し引かれ、指向誤差バジェットを織り込んだ実効マージンは +3.1+3.1 dB程度まで目減りすることになります。

実務での使われ方

誤差バジェットという設計手法自体は、アンテナ・ポインティングに限らず、光学系の照準精度、機械部品の公差スタックアップ、レーダーの測角精度など、複数の独立な誤差源が積み重なるあらゆる精密工学の分野で標準的に使われている考え方です。宇宙機のGN&C(誘導・航法・制御)分野では特に、APE(Absolute Pointing Error, 絶対指向誤差)PKE(Pointing Knowledge Error, 指向知識誤差)・**PDE/RPE(Pointing/Relative Dynamic Error, 指向安定度あるいはジッター)**という3つのカテゴリーに誤差を大別し、それぞれについて個別にRSSベースの予算表を作るのが一般的な実務です。この回で見た「姿勢決定誤差」はPKEに、「姿勢制御誤差」はAPEの主要な構成要素に、また短時間の振動的な変動はRPE(ジッター)に、それぞれおおむね対応しています。

DSN(Deep Space Network)側でも、アンテナ自動追尾の回で触れた「ポインティングモデル」の較正プロセスは、まさにこの誤差バジェットの考え方の実践です。DSN Telecommunications Link Design Handbook(DSN No. 810-005)のアンテナ性能に関するモジュールでは、重力変形・熱変形・風荷重・エンコーダ分解能・サーボ追従誤差・電波天文的な基準天体によるモデル較正残差といった個々の誤差要因が、それぞれ独立な寄与として整理され、RSS的に合成した全体の指向精度が、周波数帯(S帯・X帯・Ka帯)ごとの要求仕様と照らし合わされます。Ka帯のように許容誤差が数秒角オーダーまで厳しくなる帯域では、コニカルスキャン・モノパルスによる閉ループ追尾がSNR限界まで詰められて初めて、開ループのポインティングモデルだけでは到達できない精度域に届く、という設計判断がなされています。

さらにこの指向誤差バジェットは、単独で完結するものではなく、G/Tの回DSN概論で見たリンクバジェット方程式の中の LpointL_{point} という1つの損失項として、EIRP・自由空間伝搬損失・受信系のG/Tなど他の項と並んで組み込まれます。リンク設計プロセスの実践ウォークスルーの回で組み立てたリンクバジェット表(DSN Link Design Control Tableのミニチュア版)には、実は LpointL_{point} の行が意図的に空けられたままでした。この回で見た誤差バジェットの手法こそが、その空欄を埋める作業です。探査機側の構造・熱・姿勢決定・姿勢制御という誤差要因と、地上局側の追尾・構造変形という誤差要因を、それぞれ独立にRSS合成してから、HGA・MGA・LGAの回のポインティング損失の式に通し、両者を合算した損失値としてリンクバジェット表の1行に組み込む——これが実務におけるリンク設計プロセスの一部としての、指向誤差バジェットの位置づけです。ここでもマージンの考え方はリンク可用性の回で見た確率的な劣化要因の積み重ねと同じ発想であり、「ある一瞬の最良条件」ではなく「ミッション期間を通じて現実的に起こりうる誤差の広がり」を前提に設計するという、深宇宙通信システム全体に共通する保守的な設計哲学の一部になっています。

演習問題

  1. あるX帯HGA(θ3dB=1.5\theta_{3\text{dB}}=1.5^\circ)について、4つの独立な誤差要因の1σ値が、構造的誤差 0.050.05^\circ、熱的誤差 0.040.04^\circ、姿勢決定誤差 0.090.09^\circ、姿勢制御誤差 0.070.07^\circ であったとする。RSS則を用いて全体の指向誤差 σtotal\sigma_{total} を求め、対応するポインティング損失 LpointL_{point}(dB)を Lpoint12(θerr/θ3dB)2L_{point}\approx-12(\theta_{err}/\theta_{3\text{dB}})^2 から計算せよ。

  2. ある探査機の指向誤差予算が θbudget=0.25\theta_{budget}=0.25^\circ であり、独立な誤差要因が5個あるとする。すべての要因を均等に配分する場合、各要因に割り当てられる1σ値はいくらか。また、実際の設計では均等配分ではなく不均等配分がしばしば選ばれる理由を、本文の議論に基づいて説明せよ。

  3. ある地上局アンテナのポインティング誤差に、較正しきれなかった系統誤差(バイアス)b=0.05b=0.05^\circ と、独立なランダム誤差要因のRSS合計 σtotal=0.18\sigma_{total}=0.18^\circ があるとする。信頼水準99.7%相当(k=3k=3)での最悪ケース誤差 θerr,worst=b+kσtotal\theta_{err,\text{worst}}=|b|+k\sigma_{total} を計算し、これを「バイアスも含めて単純にRSSしてしまう」誤った計算 b2+σtotal2\sqrt{b^2+\sigma_{total}^2} の結果と比較せよ。要求誤差が 0.350.35^\circ だった場合、それぞれの計算方法で「要求を満たす」という判定がどう変わるか論じよ。

  4. アンテナ自動追尾の回の演習問題2で求めたDSN 70mアンテナ・Ka帯(θ3dB\theta_{3\text{dB}}は同問題の答えを使用)における許容ポインティング誤差(0.3dB損失に対応)を誤差予算 θbudget\theta_{budget} とみなす。この予算を、サーボ機構残差 2.02.0 秒角、構造(重力・風・熱)変形のモデル残差 3.03.0 秒角、モノパルス追尾のSNR限界による誤差 3.53.5 秒角という3つの要因に配分した場合のRSS合計を求め、予算に対するマージン(%)を計算せよ。もし受信SNRが低下してモノパルス追尾誤差が 5.05.0 秒角まで悪化した場合、マージンはどう変化するか。

まとめと次回予告

この回では、HGA・MGA・LGAの回アンテナ自動追尾の回でこれまで単一の記号として扱ってきた指向誤差 θerr\theta_{err} が、実際には構造・熱・姿勢決定・姿勢制御、そして地上局側の追尾誤差という、性質の異なる複数の独立な誤差要因の積み重ねであることを見ました。統計的に独立なランダム誤差は σtotal=iσi2\sigma_{total}=\sqrt{\sum_i\sigma_i^2} というRSS則で合成され、単純な線形和よりも常に穏やかな値に収まる一方、較正しきれない系統誤差(バイアス)はRSSの根号の外で別扱いする必要があること、そしてミッション要求から逆算した誤差予算を、均等配分から出発しつつ技術的な難易度に応じて不均等に調整していくのが、実務における誤差バジェット表の設計プロセスであることを確認しました。

個々のアンテナ・個々の探査機の指向精度を積み上げるこの考え方は、1機の探査機と1つの地上局の関係を超えて、多数の衛星が連携する大規模なシステムにも応用が利きます。次回は視点を大きく引き上げ、コンステレーション設計トレードオフに軽く触れます。何百・何千機もの衛星をどの高度に何機配置するかという意思決定にも、今回見たような「個々の要求を積み上げてシステム全体の設計を決める」という発想が形を変えて現れることを見ていきます。

参考文献

  • DSN Telecommunications Link Design Handbook, DSN No. 810-005(アンテナ性能・ポインティングモデルに関するモジュール)
  • J. R. Wertz (ed.), Spacecraft Attitude Determination and Control, Kluwer Academic Publishers(誤差バジェット・APE/PKE/RPEの分類に関する章)
  • J. R. Wertz, D. F. Everett, J. J. Puschell (eds.), Space Mission Engineering: The New SMAD(誤差バジェットとマージン設計の考え方)
  • F. L. Markley, J. L. Crassidis, Fundamentals of Spacecraft Attitude Determination and Control, Springer, 2014
  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76