システム・運用#100

リンク可用性 — 「ある瞬間」のリンクバジェットから「ミッション期間全体」の統計的評価へ

modulation-lossで組み立てたリンクバジェットは、ある一瞬の条件下でのスナップショットに過ぎない。降雨減衰・太陽合・アンテナ競合など確率的に発生する劣化要因を積み重ね、ミッション期間全体を通した可用性(Availability)という指標を定式化し、固定マージン設計と統計的マージン設計の考え方の違いを数式で理解する。

前提知識: 変調損失とリンクバジェット — 搬送波とデータへの電力配分を最適化する降雨減衰 — Ka帯化の代償を統計的に設計する

リンク可用性統計的マージンリンクバジェット確率評価運用

この回で学ぶこと

変調損失とリンクバジェットの回では、PR/N0=EIRPLpath+G/TkP_R/N_0 = EIRP - L_{path} + G/T - k というリンクバジェット方程式を組み立て、変調指数 Δ\Delta による電力配分まで含めて、データ側の実効 Eb/N0E_b/N_0 を計算しました。しかしこの計算をよく見返すと、そこに入っていた数値——EIRPEIRP、距離 ddG/TG/T——は、いずれも「その瞬間」に決まる値でした。地球と探査機の距離は刻一刻と変わり、大気の状態も、地上局アンテナが実際に空いているかどうかも、時々刻々と変化します。あの回のリンクバジェットは、いわば「ある1枚の写真」を撮って、その瞬間の条件だけでリンクが成立するかを判定した計算だったのです。

しかし実際のミッションは、写真1枚では終わりません。数ヶ月から数十年に及ぶ運用期間の中で、探査機は太陽合を何度もくぐり抜け、Ka帯を使っていれば降雨減衰に何度も見舞われ、DSNのような有限のアンテナ資源を他の何十ものミッションと奪い合い続けます。これらはどれも、ある瞬間には起きているかもしれないし、起きていないかもしれない、確率的な事象です。ミッション設計者が本当に知りたいのは「今この瞬間にリンクが成立するか」ではなく、「ミッション期間全体を通して、要求されるデータレートでリンクが確立できる時間はどれくらいの割合か」という、時間軸を通して積分した統計量です。この回では、この量を**リンク可用性(Link Availability)**として正式に定義し、次の4つを数式で追います。

  1. リンク可用性の定義 — 瞬間のリンクバジェットの成立・不成立を、ミッション期間全体にわたる確率過程として捉え直す
  2. 複数の劣化要因(降雨減衰・太陽合・アンテナスケジューリング競合)を確率的に合成し、全体の非可用性(unavailability)を求める枠組み
  3. 「固定マージン設計」と「統計的マージン設計」という、リンクマージンに対する2つの異なる思想の対比
  4. 可用性要求とコスト(アンテナサイズ・送信電力)のトレードオフという、実務における意思決定の構造

直感的導入 — 「今リンクは繋がるか」から「今年何%繋がったか」へ

天気予報を例に考えてみましょう。「明日の午後3時に東京で雨が降るか」という問いには、気象モデルを使って一発で答えを出すことができます。しかし航空会社のダイヤ編成担当者が本当に知りたいのは、これとは違う種類の問いです。「成田空港は年間を通して、悪天候による欠航がどれくらいの割合で発生するか」——これが分かって初めて、便数をどれだけ確保すべきか、代替空港をどう用意すべきかを設計できます。前者は「ある瞬間の天気予報」、後者は「気候統計」です。

深宇宙通信のリンク設計にも、まったく同じ構造の問いの違いがあります。変調損失の回で組み立てたリンクバジェットは、いわば「ある瞬間の天気予報」でした。距離・アンテナ利得・変調指数といったパラメータを1組決め打ちすれば、その瞬間に Eb/N0E_b/N_0 が要求値を満たすかどうかは一意に決まります。しかし運用計画やミッション予算の意思決定に使うべきなのは「気候統計」の側、すなわちミッション期間全体を通して、どれくらいの割合の時間、リンクが要求性能を満たし続けられるかという統計量です。

この統計量を計算するには、瞬間のリンクバジェットを支配していた各パラメータ——特に大気の状態、探査機と太陽の幾何学的配置、地上局の空き具合——を、固定値ではなく確率変数として時間軸上に展開するという発想の転換が必要です。この回では、この発想の転換を数式に落とし込んでいきます。

リンク可用性の定義

まず、瞬間ごとのリンク成立・不成立を表す指標を用意します。時刻 tt において、データ検出に使える実効 Eb/N0E_b/N_0EbN0data(t)\left.\dfrac{E_b}{N_0}\right|_{\text{data}}(t) とし、要求されるビット誤り率を満たすのに必要な閾値を (EbN0)req\left(\dfrac{E_b}{N_0}\right)_{req} とすると、瞬間リンクマージンは

M(t)=EbN0data(t)(EbN0)req[dB]M(t) = \left.\frac{E_b}{N_0}\right|_{\text{data}}(t) - \left(\frac{E_b}{N_0}\right)_{req} \quad [\text{dB}]

と書けます。変調損失の回で見た通り、EbN0data(t)\left.\dfrac{E_b}{N_0}\right|_{\text{data}}(t) そのものが EIRPEIRP、経路損失 Lpath(t)L_{path}(t)G/TG/T、変調損失 LmodL_{mod}、そして降雨減衰の回で見た大気損失 A(t)A(t) など、多数の項の和(dB表記)として決まる量でした。リンクは時刻 tt において

リンク可    M(t)0\text{リンク可} \iff M(t) \ge 0

という条件を満たすときにのみ、要求データレートで確立できると判定されます。この2値の判定関数を使い、ミッション期間 [0,T][0, T] 全体で平均を取ったものがリンク可用性です。

 A  =  1T0T1[M(t)0]dt  =  Pr[M(t)0] \boxed{\ \mathcal{A} \;=\; \frac{1}{T}\int_0^T \mathbf{1}\big[M(t) \ge 0\big]\, dt \;=\; \Pr\big[M(t) \ge 0\big]\ }

ここで 1[]\mathbf{1}[\cdot] は条件が真のとき1、偽のとき0を返す指示関数です。2番目の等号は、M(t)M(t) を定常な確率過程とみなし、時間平均を集合平均(アンサンブル平均)に置き換えるエルゴード性の仮定にもとづきます。実務上は「ミッション期間中に十分多くの独立な劣化イベントのサンプルが観測される」という前提のもとでこの置き換えが正当化されます。

この定義は、古典的な信頼性工学における可用性の定義

Ainherent=MTBFMTBF+MTTRA_{inherent} = \frac{\text{MTBF}}{\text{MTBF} + \text{MTTR}}

(MTBF: Mean Time Between Failures, MTTR: Mean Time To Repair)と同じ「稼働時間 ÷ 全時間」という構造を持ちますが、決定的な違いが1つあります。MTBF/MTTRのモデルは機器の故障と修理という離散的なイベントを前提にしていますが、私たちが扱うリンク可用性の非稼働時間は、多くの場合「機器は正常に動作しているのに、伝搬環境やスケジューリングの都合でリンクマージンが一時的にマイナスになる」という、故障を伴わない環境要因によって引き起こされます。この点は、リンク可用性を「ハードウェアの信頼性」ではなく「システム全体の運用可用性」として扱う必要がある理由です。

複数劣化要因の確率的合成

M(t)M(t) がマイナスになる原因、すなわちリンクを非稼働にする要因は1つではありません。これまでの回で個別に学んできた要因を並べてみましょう。

  • 降雨減衰(): Ka帯以上でリンクマージンを食いつぶす、確率的に変動する大気損失。降雨強度の超過確率分布にもとづき、要求マージンを下回る確率 prainp_{rain} が計算できます。
  • 太陽合(): 探査機が地球から見て太陽の背後に入る時期、太陽コロナのプラズマ雑音・位相シンチレーションによってリンクが劣化、あるいは合ブラックアウト運用によって意図的に通信を止める期間。軌道力学的にほぼ決定論的に予測できる周期的なダウンタイムです。
  • アンテナスケジューリング競合(): 有限個のDSN局を数十のミッションが取り合う制約充足問題の帰結として、要求したパスが確保できない確率。

これらの要因それぞれが「非稼働(outage)」を引き起こす事象 O1,O2,,OnO_1, O_2, \ldots, O_n だとし、それぞれが独立に発生する確率を p1,p2,,pnp_1, p_2, \ldots, p_n とします。リンクは、これらのうちいずれか1つでも発生すればその瞬間は非稼働になる——つまり全要因が同時にすべて「良好」でなければリンクは稼働しません。これは信頼性工学でいう**直列系(series system)**の構造とまったく同じです。全要因が独立であれば、稼働確率(=可用性)は各要因の稼働確率の積になります。

 A=Pr[i=1nOi]=i=1n(1pi) \boxed{\ \mathcal{A} = \Pr\Big[\bigcap_{i=1}^n \overline{O_i}\Big] = \prod_{i=1}^{n} (1 - p_i)\ }

pip_i がいずれも十分小さい場合、この積を1次近似で展開すると、

A1i=1npi(したがって非可用性 1Aipi)\mathcal{A} \approx 1 - \sum_{i=1}^{n} p_i \qquad \left(\text{したがって非可用性} \ 1-\mathcal{A} \approx \sum_i p_i\right)

という非稼働確率の単純な足し合わせが得られます。これはブールの不等式(Boole’s inequality, 和集合上界)

Pr[iOi]iPr[Oi]\Pr\Big[\bigcup_i O_i\Big] \le \sum_i \Pr[O_i]

の等号近似にあたり、実務上「それぞれの要因が引き起こすダウンタイムの割合を、単純に足し合わせれば全体のダウンタイムの目安になる」という直感的な近似として広く使われます。pip_i が小さいほどこの近似は精度良く成り立ち、pip_i が大きくなる(たとえば太陽合による長期ブラックアウトのように無視できない割合を占める)場合は、近似を使わず積の形 A=i(1pi)\mathcal{A}=\prod_i(1-p_i) をそのまま計算するべきです。

独立性の仮定について。 ここまでの議論は OiO_i 同士が互いに独立であることを前提にしていますが、これは常に正しいとは限りません。たとえば同じ悪天候が、降雨減衰による劣化と、緊急メンテナンス作業によるアンテナスケジュール変更を同時に引き起こす、といった相関は現実にありえます。厳密には同時分布 Pr[O1,O2,,On]\Pr[O_1, O_2, \ldots, O_n] を評価する必要があり、相関が強い要因同士がある場合は、モンテカルロシミュレーションによって時系列を数値的に模擬し、経験的に A\mathcal{A} を推定するアプローチが取られます。一方、太陽合(軌道力学で決まる幾何学的現象)と降雨(局所気象現象)のように、物理的な発生機序がまったく異なる要因同士は、独立とみなす近似が実務上十分に妥当とされることが多く、この回ではその前提で式を進めます。

固定マージン対統計的マージン

ここまでの議論を踏まえると、リンクマージンの設計方針そのものに、2つの異なる思想があることが見えてきます。

固定マージン設計(worst-case margin design) は、想定しうる最悪の条件がすべて同時に重なっても破綻しないように、リンクバジェットにマージンを積む考え方です。

Mfixed=supt[Latm(t)+Lrain(t)+]M_{fixed} = \sup_t \big[L_{atm}(t) + L_{rain}(t) + \cdots \big]

理論上、これは可用性 A=1\mathcal{A}=1(100%)を保証する設計です。しかし降雨減衰の回で見た通り、降雨強度の分布は裾が長く、「観測史上最大の降雨強度」のような極端な値に合わせてマージンを積むと、必要な送信電力やアンテナ開口径は現実的な範囲を大きく超えてしまいます。しかもその極端な条件は、ミッション期間中に一度も現実に発生しないかもしれません。固定マージン設計は「絶対に負けない」代わりに、ほとんどの時間帯で過剰品質(オーバースペック)を運用し続けることになります。

統計的マージン設計(statistical margin design) は、これに対して「絶対に負けない」ことを最初から目指さず、**「要求される可用性 A\mathcal{A}^\ast を達成する最小のマージン」**を、劣化要因の確率分布から逆算する考え方です。

 Mstat(A)=min{M:Pr[LtotalM]A} \boxed{\ M_{stat}(\mathcal{A}^\ast) = \min \Big\{ M : \Pr\big[L_{total} \le M\big] \ge \mathcal{A}^\ast \Big\}\ }

つまり「MM 以下の損失であれば A\mathcal{A}^\ast の確率でリンクが成立する」ような最小の MM を、損失の累積分布関数から読み取る、という設計です。降雨減衰の回で扱った超過確率 ApA_p(年間 p%p\% の時間だけ超過する減衰量)は、まさにこの統計的マージンの1インスタンスでした。pp を小さく(要求可用性を高く)取るほど必要なマージンは急激に増大するため、MfixedM_{fixed} は事実上 p0p\to 0 の極限に相当します。統計的マージン設計は、この極限を避け、ミッションが許容できる非稼働時間(たとえば「年間0.1%までなら許容できる」)にもとづいて、現実的なコストでマージンを打ち切る考え方だと言えます。

固定マージンと統計的マージンの違いを、要求仕様の書き方の違いとして整理すると次のようになります。

  • 固定マージン方式の要求仕様: 「降雨強度 RR mm/h までのすべての条件でビット誤り率 10510^{-5} を満たすこと」
  • 統計的マージン方式の要求仕様: 「年間 99%99\% の時間で、データレート RbR_b bpsにおいてビット誤り率 10510^{-5} を満たすこと」

後者の書き方は、ACM(適応符号化変調)の回で見た「固定マージンに合わせて常に低いMODCODで運用するのは平常時のスループットを浪費する」という議論とも通じています。ただしACMは瞬時のSNR変動にリアルタイムに追従してMODCODを切り替える制御の話であったのに対し、この回で扱っている可用性は、そうした制御を含めたシステム全体が、ミッション期間を通じて要求仕様をどれだけの割合で満たせるかという、より長い時間スケールでの集計指標である点に注意してください。

具体的な可用性計算の数値例

ここまでの式を使い、簡略化した数値例で全体の可用性を計算してみましょう(実際のミッション設計ではさらに多くの要因や相関を考慮しますが、ここでは骨格を示します)。

あるKa帯深宇宙ミッションについて、次の非稼働確率が見積もられているとします。

  • 降雨減衰による非稼働確率: 降雨減衰の回の演習で扱ったような超過確率分布から、要求データレートを満たせない確率を prain=0.1%p_{rain} = 0.1\% とする(年間 0.1%0.1\% の時間だけ降雨マージンを超過する設計)。
  • 太陽合による非稼働確率: 会合周期(地球と探査機を隔てる公転運動の周期、たとえば火星探査機なら約780日の会合周期)ごとに、合ブラックアウト運用で約14日間ダウンタイムが発生するとすると、
pconj=14 日780 日1.8%p_{conj} = \frac{14\ \text{日}}{780\ \text{日}} \approx 1.8\%
  • アンテナスケジューリング競合による非稼働確率: DSN運用スケジューリングの回で見た資源競合により、要求したパスが確保できない確率を、過去の運用実績にもとづき psched=0.5%p_{sched} = 0.5\% とする。

これら3つが独立だとみなせる場合、全体の可用性は

A=(10.001)(10.018)(10.005)0.999×0.982×0.9950.976\mathcal{A} = (1-0.001)(1-0.018)(1-0.005) \approx 0.999 \times 0.982 \times 0.995 \approx 0.976

すなわち約 97.6%97.6\% となります。単純な足し合わせ近似を使うと 1(0.001+0.018+0.005)=0.9761 - (0.001+0.018+0.005) = 0.976 となり、この例では両者はほぼ一致します(いずれの pip_i も小さいため近似が良く効いています)。この計算から分かるのは、太陽合が全体の非可用性の大部分(1.8%1.8\%1.8%1.8\%)を占めており、降雨減衰やスケジューリング競合よりも支配的な要因になっているという点です。このように、可用性を要因ごとに分解して計算することで、限られた設計・運用リソースをどの要因の改善に優先的に投じるべきかという意思決定に直結する情報が得られます。

実務での使われ方

ミッション設計段階での可用性要求仕様

ミッションの初期段階(概念設計・予備設計フェーズ)では、科学目標やミッション運用計画にもとづいて、リンク可用性の目標値がミッション要求仕様書に明記されます。この考え方は深宇宙通信に限らず、商業衛星通信の分野でも標準的です。ITU-R勧告P.618は、衛星地球間リンクの設計手法として、年間の「不可用性目標(unavailability objective)」——たとえば 99.5%99.5\%99.9%99.9\%99.99%99.99\% といった段階的なサービスクラス——にもとづいてリンクを設計する枠組みを提供しており、これはまさにこの回で導入した統計的マージン設計の考え方そのものです。深宇宙ミッションでも、たとえば「クルーズフェーズにおいて年間 98%98\% 以上のテレメトリ受信可用性を確保する」といった形で、ミッション要求仕様書やインターフェース管理文書に定量的な可用性目標が記載され、その目標値からリンクバジェットの各マージン項(降雨マージン、指向誤差マージン、スケジューリング余裕など)が逆算されます。可用性という指標を信頼性工学の枠組みの中で扱うため、宇宙機関の依存性(dependability)関連標準であるECSS-Q-ST-30C(Space Product Assurance — Dependability)のような文書も、可用性・MTBF・MTTRといった概念の定義を宇宙機システム全体に対して与えており、リンク可用性の議論もこの上位の依存性フレームワークと整合させて記述されます。

運用実績データにもとづく事後評価

ミッションが実際に運用フェーズに入ると、DSNや各国地上局は、要求されたコンタクトパスのうち実際にデータ取得に成功した時間の割合を記録・集計します。この実績データを使い、

A実績=要求データレートでの実際の受信時間計画された全コンタクト時間\mathcal{A}_{\text{実績}} = \frac{\text{要求データレートでの実際の受信時間}}{\text{計画された全コンタクト時間}}

という形で、事後的(post-hoc)に可用性を評価します。この実績値は、設計段階で見積もった A\mathcal{A} の予測精度を検証する重要なフィードバックになるだけでなく、次期ミッションのリンク設計における統計モデルのキャリブレーションにも使われます。たとえばある地上局で降雨減衰による非稼働が想定より頻発していれば、その地域のITU-R降雨統計モデルのパラメータを見直したり、当該局へのハイレートパス割り当てポリシーを調整したりする、といった運用改善につながります。

可用性要求とコストのトレードオフ

G/Tの回で見たように、アンテナ開口径を大きくするコストは開口径のべき乗で急増します。これと同じ収穫逓減の構造が、可用性要求にもそのまま当てはまります。可用性を 99%99\% から 99.9%99.9\% に、さらに 99.99%99.99\% に上げようとするほど——いわゆる「ナインを1つ増やす」ごとに——必要な降雨マージンは非線形に増大し、それを実現するためのアンテナ開口径・送信電力・地上局冗長性(サイトダイバーシティ)への投資は不釣り合いに跳ね上がります。実務のミッション設計では、この収穫逓減のカーブを念頭に置きながら、「科学データの欠損が再送信で許容範囲内に収まるミッションフェーズ」と「一瞬たりともリンクを切らせられないクリティカルフェーズ」とを区別し、フェーズごとに異なる可用性目標(したがって異なるコスト配分)を設定するのが一般的です。着陸機の降下・着陸シーケンスのような数分間のクリティカルフェーズには、コストを度外視してでも極めて高い可用性(実質的に固定マージン設計に近い水準)を求める一方、定常的な科学データダウンリンクには 98%98\%99%99\%程度の統計的可用性目標を設定し、浮いたコストをミッション全体の予算に還元する、という設計判断がなされます。

演習問題

  1. あるミッションで、降雨減衰による非稼働確率 prain=0.3%p_{rain}=0.3\%、アンテナスケジューリング競合による非稼働確率 psched=1.2%p_{sched}=1.2\% が独立に見積もられているとします。この2要因のみを考慮したとき、全体の可用性 A=(1prain)(1psched)\mathcal{A}=(1-p_{rain})(1-p_{sched}) を厳密に計算し、さらに単純な足し合わせ近似 A1(prain+psched)\mathcal{A}\approx 1-(p_{rain}+p_{sched}) による結果と比較して、両者の差が何%ポイントかを求めてください。

  2. ある探査機の会合周期が Tsyn=600T_{syn}=600日で、1回の太陽合あたり合ブラックアウト運用期間が20日間だとします。太陽合による非稼働確率 pconjp_{conj} を求めてください。また、この探査機がKa帯とXバンドの両方の送信機を搭載しており、Xバンドでは合の影響がKa帯よりずっと小さい(合による非稼働をほぼ無視できる)としたら、ミッション運用者はどのような判断を取るべきか、この回で学んだ可用性の考え方をもとに説明してください。

  3. 固定マージン設計と統計的マージン設計について、それぞれの要求仕様の書き方の違いを自分の言葉で説明し、着陸機の降下・着陸シーケンス(数分間)と、定常的な科学データダウンリンク(数ヶ月間)とで、どちらの設計思想がより適しているかをそれぞれ理由とともに述べてください。

  4. この回で導入した「非稼働事象の独立性」という仮定が崩れる具体例を、降雨減衰・太陽合・アンテナスケジューリング競合の組み合わせの中から1つ考えてください。また、独立性が崩れている場合に、単純な積の公式 A=i(1pi)\mathcal{A}=\prod_i(1-p_i) をそのまま使うとどのような方向に誤差が生じる(可用性を過大評価するか過小評価するか)か、直感的に説明してください。

まとめと次回予告

この回では、変調損失の回で組み立てた「ある瞬間のリンクバジェット」を、ミッション期間全体にわたる確率過程として捉え直し、リンク可用性 A=Pr[M(t)0]\mathcal{A} = \Pr[M(t)\ge 0] という指標を定義しました。降雨減衰・太陽合・アンテナスケジューリング競合といった、これまでの回で個別に学んできた劣化要因を、直列系の可用性モデル A=i(1pi)\mathcal{A}=\prod_i(1-p_i) として確率的に合成する枠組みを組み立て、独立性の仮定とその限界にも触れました。さらに、リンクマージンの設計思想を「最悪ケースに合わせる固定マージン」と「確率的な要求仕様から逆算する統計的マージン」という2つの対比で整理し、実務ではミッションフェーズごとにこの2つを使い分け、可用性目標とコストのトレードオフを収穫逓減の構造の中で意思決定していることを見ました。

これでリンクバジェットの基礎(変調・電力配分)、劣化要因(降雨・太陽合)、資源制約(アンテナスケジューリング)、そしてそれらを統合する可用性という指標まで、探査機と地上局のリンクを設計・評価するための道具立てが一通り揃いました。次回は視点を少し変え、これまで人間の運用者が担ってきたパス計画・コンタクト実行・異常対応といった地上局運用の自動化に軽く触れ、可用性を「設計時に見積もる指標」から「運用ソフトウェアが自動的に最適化し続ける対象」へと発展させていく方向性を紹介します。

参考文献

  • ITU-R Recommendation P.618, Propagation Data and Prediction Methods Required for the Design of Earth-Space Telecommunication Systems
  • ECSS-Q-ST-30C, Space Product Assurance — Dependability
  • ITU-T Recommendation E.800, Definitions of Terms Related to Quality of Service
  • DSN Telecommunications Link Design Handbook, DSN No. 810-005
  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76
  • J. R. Wertz, D. F. Everett, J. J. Puschell (eds.), Space Mission Engineering: The New SMAD