システム・運用#192

サーキュレータとアイソレータ — フェライトが破る相反性、一方通行のマイクロ波

受動素子のS行列は対称になるはずなのに、サーキュレータはなぜ1→2→3→1の一方向にしか電力を通さないのか。静磁界中のフェライトでスピンが歳差運動し、右回りと左回りの円偏波に異なる実効透磁率(Polderテンソル)を与える物理から非相反性を導出し、無損失・整合・相反な3ポートが存在し得ないことの行列的証明、アイソレーション・挿入損失・VSWRという実務指標、TWTA出力段保護までを扱う。

前提知識: 探査機RFフロントエンド設計 — ダイプレクサと冗長系が支える1機の通信システム

サーキュレータアイソレータフェライト非相反性S行列

この回で学ぶこと

探査機RFフロントエンドの回では、1本のアンテナで送受信を同居させるダイプレクサや、冗長系を切り替えるスイッチを扱いました。導波管モード理論の回の末尾では、送信管とアンテナの間に挿入され「反射波を送信管に戻さずダミーロードへ吸収させる」素子として、サーキュレータとアイソレータの名前だけを紹介しました。この回は、その素子そのものを主題にします。

これらの素子には、他のどんな受動部品にもない奇妙な性質があります。電源を持たない受動素子であるにもかかわらず、電力を通す向きが決まっているのです。3つのポートを持つサーキュレータは、ポート1に入れた電力をポート2にだけ出し、ポート2に入れた電力はポート3にだけ、ポート3に入れた電力はポート1にだけ出します。逆回り(1→3 や 2→1)には通しません。

抵抗・キャパシタ・インダクタ・伝送線路・導波管・フィルタ——ここまでの回で扱ってきた受動素子はすべて、入口と出口を入れ替えても特性が変わらない**相反(reciprocal)**な素子でした。数式で言えばSパラメータ行列が対称(Sij=SjiS_{ij}=S_{ji})ということです。ではサーキュレータは何をして、この一見普遍的に見える法則を破っているのでしょうか。

この回で見ていく道筋は次の通りです。

  • 相反定理がどんな仮定の上に成り立っているのか(=どこを壊せば非相反にできるのか)
  • 静磁界中のフェライト中の電子スピンの歳差運動と、そこから導かれるPolderテンソル透磁率
  • 右回り円偏波と左回り円偏波で実効透磁率が異なるという結論、およびファラデー回転
  • 無損失・全ポート整合・相反な3ポートは存在し得ないという行列的証明と、相反性を捨てたときに現れるサーキュレータのS行列
  • アイソレータ=サーキュレータの1ポートを整合終端したもの、という構成上の関係と、送信機保護における定量的効果
  • 実務指標(アイソレーション・挿入損失・VSWR)の典型値と、温度・磁石経年変化の影響

直感的導入 — 相反性はどこから来ているのか

まず「受動素子は相反である」という経験則の出どころを確認しましょう。これは経験則ではなく、マクスウェル方程式から導かれるローレンツの相反定理の帰結です。定理の主張は、媒質の誘電率テンソル ϵˉˉ\bar{\bar{\epsilon}} と透磁率テンソル μˉˉ\bar{\bar{\mu}} がともに対称行列であれば、2つの電流源とそれが作る電磁界の間に

E1J2dV=E2J1dV\iiint \mathbf{E}_1 \cdot \mathbf{J}_2 \, dV = \iiint \mathbf{E}_2 \cdot \mathbf{J}_1 \, dV

という交換関係が成り立つ、というものです。これを回路の言葉に翻訳すると Sij=SjiS_{ij} = S_{ji}、つまり「ポート ii からポート jj への伝達は、ポート jj から ii への伝達と等しい」になります。空気も、銅も、テフロン誘電体も、これらはすべてスカラーの ϵ\epsilonμ\mu を持つ等方性媒質なので(スカラーは対角成分が等しい対称テンソルです)、それらだけで作られた回路は必然的に相反になります。

したがって、非相反な素子を作りたければ、ϵˉˉ\bar{\bar{\epsilon}}μˉˉ\bar{\bar{\mu}} を非対称にするしかありません。 これは「材料を工夫すればなんとかなる」という話ではなく、相反定理の仮定そのものを崩す唯一の方法です。そして、マイクロ波帯でこれを実現する現実的な手段が、静磁界をかけたフェライトです。

なぜ静磁界が必要なのか。物理の言葉で言えば、静磁界 H0\mathbf{H}_0 は空間に「回転の向き」という優先方向を持ち込みます。磁界は軸性ベクトル(擬ベクトル)なので、時間反転に対して符号を変えます。マクスウェル方程式そのものは時間反転対称ですが、外部から時間反転対称性を破る量(H0\mathbf{H}_0)を持ち込めば、その中の媒質は「時計回りの回転」と「反時計回りの回転」を区別できるようになります。フェライトの中の電子スピンは静磁界のまわりを一定の向きに歳差運動しており、この歳差と同じ向きに回る電磁波と逆向きに回る電磁波とでは、感じる媒質が違うのです。

日常の直感で言えば、川の流れの中を泳ぐようなものです。流れのない池なら、どちらの岸からどちらの岸へ泳いでも所要時間は同じ(相反)です。しかし流れのある川では、下流へ泳ぐのと上流へ泳ぐのとで所要時間が違います。静磁界は電磁波にとっての「川の流れ」に相当します。

フェライト中のスピン歳差運動

磁化の運動方程式

フェライト(鉄酸化物系のセラミック磁性体)は、電気的にはほぼ絶縁体でありながら強い磁性を持つ、マイクロ波工学にとって理想的な材料です。絶縁体であることが重要で、金属磁性体では渦電流損失でマイクロ波が入り込めません。

フェライト中の電子は、スピン角運動量 S\mathbf{S} とそれに比例する磁気モーメント m=γS\mathbf{m} = -\gamma \mathbf{S} を持ちます。比例定数 γ\gamma が**磁気回転比(gyromagnetic ratio)**で、自由電子スピンでは

γ=ge2me1.759×1011 C/kg,γμ02π28 GHz/T (=2.8 MHz/Oe)\gamma = \frac{g\,|e|}{2 m_e} \approx 1.759\times10^{11}\ \mathrm{C/kg}, \qquad \frac{\gamma\mu_0}{2\pi} \approx 28\ \mathrm{GHz/T}\ (=2.8\ \mathrm{MHz/Oe})

です(g2g\approx2 はランデのg因子)。この 28 GHz/T28\ \mathrm{GHz/T} という数字は、この分野で最も頻繁に使う換算係数なので覚えておく価値があります。

外部静磁界 H0\mathbf{H}_0 の中に置かれた磁気モーメントには、トルク T=μ0m×H0\mathbf{T} = \mu_0\,\mathbf{m}\times\mathbf{H}_0 が働きます。角運動量の時間変化はトルクに等しいので、単位体積あたりの磁化 M\mathbf{M}(モーメント密度)について

dMdt=μ0γM×H\frac{d\mathbf{M}}{dt} = -\mu_0\gamma\, \mathbf{M}\times\mathbf{H}

が成り立ちます。これがランダウ・リフシッツ方程式(損失項を省いた形)です。

この式の構造をよく見てください。右辺は M\mathbf{M}H\mathbf{H}外積なので、dM/dtd\mathbf{M}/dt は常に M\mathbf{M}H\mathbf{H} の両方に垂直です。したがって M\mathbf{M} の大きさは変わらず、H0\mathbf{H}_0 との角度も変わらず、M\mathbf{M}H0\mathbf{H}_0 のまわりを一定の角速度で円錐面上を回り続けることになります。これが**ラーモア歳差(Larmor precession)**です。コマが重力の中で首を振る運動(才差運動)と完全に同じ数学構造です。

H0=H0z^\mathbf{H}_0 = H_0\hat{z} とし、M=Msz^+m(t)\mathbf{M} = M_s\hat{z} + \mathbf{m}(t)(m\mathbf{m} は微小な横方向成分)と置いて線形化すると、

dmxdt=μ0γH0my,dmydt=+μ0γH0mx\frac{dm_x}{dt} = -\mu_0\gamma H_0\, m_y, \qquad \frac{dm_y}{dt} = +\mu_0\gamma H_0\, m_x

これは角周波数

 ω0=μ0γH0 \boxed{\ \omega_0 = \mu_0\gamma H_0\ }

の円運動の方程式です。この ω0\omega_0ラーモア歳差周波数(強磁性共鳴周波数)で、文献によっては B0\mathbf{B}_0 を使って ω0=γB0\omega_0 = \gamma B_0、CGS単位系では ω0=γH0\omega_0 = \gamma H_0 と書かれます(どの単位系でも ω0/2π=28GHz/T×B0\omega_0/2\pi = 28\,\mathrm{GHz/T}\times B_0 という換算は共通です)。重要なのは回転の向きが H0\mathbf{H}_0 の向きだけで決まり、+z+zz-z かで逆になることです。 ここに、これから使う「向きの情報」がすべて詰まっています。

同様に、飽和磁化 MsM_s に対応する周波数

ωm=μ0γMs\omega_m = \mu_0\gamma M_s

を定義しておきます。代表的な材料であるYIG(イットリウム鉄ガーネット, Y3Fe5O12\mathrm{Y_3Fe_5O_{12}})では μ0Ms=4πMs0.178 T (1780 G)\mu_0 M_s = 4\pi M_s \approx 0.178\ \mathrm{T}\ (1780\ \mathrm{G}) なので、ωm/2π28×0.1785.0 GHz\omega_m/2\pi \approx 28\times0.178 \approx 5.0\ \mathrm{GHz} です。

Polderテンソル

ここに時間変化するマイクロ波磁界 hejωt\mathbf{h}\,e^{j\omega t} を重畳します。H=H0z^+hejωt\mathbf{H} = H_0\hat{z} + \mathbf{h}e^{j\omega t}M=Msz^+mejωt\mathbf{M} = M_s\hat{z} + \mathbf{m}e^{j\omega t} として運動方程式に代入し、微小量の2次を落とすと、

jωmx=ω0my+ωmhy,jωmy=ω0mxωmhx,jωmz=0j\omega m_x = -\omega_0 m_y + \omega_m h_y, \qquad j\omega m_y = \omega_0 m_x - \omega_m h_x, \qquad j\omega m_z = 0

mx,mym_x, m_y について連立方程式を解けば、

mx=ω0ωmω02ω2hx+jωωmω02ω2hy,my=jωωmω02ω2hx+ω0ωmω02ω2hym_x = \frac{\omega_0\omega_m}{\omega_0^2-\omega^2}h_x + \frac{j\omega\omega_m}{\omega_0^2-\omega^2}h_y, \qquad m_y = -\frac{j\omega\omega_m}{\omega_0^2-\omega^2}h_x + \frac{\omega_0\omega_m}{\omega_0^2-\omega^2}h_y

b=μ0(h+m)\mathbf{b} = \mu_0(\mathbf{h}+\mathbf{m}) の関係を使うと、フェライトの構成方程式は b=μˉˉh\mathbf{b} = \bar{\bar{\mu}}\,\mathbf{h}、ただし

μˉˉ=μ0(μrjκ0jκμr0001),μr=1+ω0ωmω02ω2,κ=ωωmω02ω2\bar{\bar{\mu}} = \mu_0\begin{pmatrix} \mu_r & j\kappa & 0 \\ -j\kappa & \mu_r & 0 \\ 0 & 0 & 1 \end{pmatrix}, \qquad \mu_r = 1+\frac{\omega_0\omega_m}{\omega_0^2-\omega^2}, \qquad \kappa = \frac{\omega\,\omega_m}{\omega_0^2-\omega^2}

となります。これがPolderテンソル(D. Polder, 1949)です。

この行列を見た瞬間に、非相反性の勝負は決しています。 非対角成分が +jκ+j\kappajκ-j\kappa、すなわち符号が逆の純虚数になっており、μˉˉμˉˉT\bar{\bar{\mu}} \ne \bar{\bar{\mu}}^{T}(非対称)だからです。冒頭で述べた通り、相反定理は透磁率テンソルの対称性を仮定していました。フェライトはその仮定を破ります。(なお μˉˉ\bar{\bar{\mu}} はエルミート μˉˉ=μˉˉ\bar{\bar{\mu}} = \bar{\bar{\mu}}^{\dagger} ではあるので、損失がないこと(エネルギー保存)とは矛盾しません。非相反であることと損失があることは別物です。ここは混同しやすいので注意してください。)

κ\kappa が非相反性の強さを表す量で、ωmMs\omega_m \propto M_s に比例します。静磁界がなければ(H0=0H_0=0、かつ磁区がランダムで正味 Ms=0M_s=0)κ=0\kappa=0 となり、単なる普通の(相反な)磁性体に戻ります。外部磁石は非相反性のスイッチそのものなのです。

円偏波に対する実効透磁率

Polderテンソルの物理的意味は、円偏波を基底に取り直すと一気に明快になります。直線偏波ではなく、zz 軸まわりに回転する2つの円偏波成分

h±=hxjhyh_\pm = h_x \mp j h_y

を考えると、これらが μˉˉ\bar{\bar{\mu}} の固有ベクトルになっており、対応する固有値(スカラーの実効透磁率)は

μ±=μ0(μrκ)\mu_\pm = \mu_0(\mu_r \mp \kappa)

と書けます。μr\mu_rκ\kappa の定義を代入して整理すると、驚くほど簡単な形になります。

μco=μ0(1+ωmω0ω),μct=μ0(1+ωmω0+ω)\mu_{\text{co}} = \mu_0\left(1+\frac{\omega_m}{\omega_0-\omega}\right), \qquad \mu_{\text{ct}} = \mu_0\left(1+\frac{\omega_m}{\omega_0+\omega}\right)

ここで μco\mu_{\text{co}} は**スピンの歳差と同じ向きに回る円偏波(co-rotating)が感じる実効透磁率、μct\mu_{\text{ct}}逆向きに回る円偏波(counter-rotating)**が感じる実効透磁率です。

この2つの式の違いが、この回のすべての現象の根源です。

  • 同じ向きに回る波は分母に (ω0ω)(\omega_0-\omega) を持ち、ωω0\omega\to\omega_0 で発散します。波の回転とスピンの歳差が同期し、エネルギーが効率よくスピン系に受け渡される——これが**強磁性共鳴(FMR: Ferromagnetic Resonance)**です。実際には損失(ギルバート減衰)があるので発散はせず、共鳴線幅 ΔH\Delta H で決まる有限の高さの吸収ピークになります。
  • 逆向きに回る波は分母が (ω0+ω)(\omega_0+\omega) でゼロにならないため、周波数に対して滑らかで、共鳴もほとんど吸収も起こしません。

同じ材料・同じ周波数なのに、電磁波の回転の向きだけで媒質定数が違う。 これがフェライトの非相反性の正体です。

ファラデー回転 — 非相反性が目に見える形

実効透磁率が違えば伝搬定数も違います。フェライト中を zz 方向に伝わる円偏波の伝搬定数は

β±=ωϵμ±\beta_\pm = \omega\sqrt{\epsilon\,\mu_\pm}

直線偏波は等振幅の右回り円偏波と左回り円偏波の和として書けるので(円偏波・直線偏波の回で扱った分解です)、この2成分が異なる位相速度で進むと、合成された直線偏波の偏波面が回転します。長さ LL を進んだ後の回転角は

θF=(βctβco)L2\theta_F = \frac{(\beta_{\text{ct}} - \beta_{\text{co}})L}{2}

これがファラデー回転です。決定的なのは、この回転の向きが伝搬方向ではなく静磁界の向きだけで決まることです。往路で +45+45^\circ 回った偏波が、鏡で反射して同じフェライトを逆向きに戻ってくると、さらに +45+45^\circ 回って合計 +90+90^\circ になります(元に戻って 00^\circ にはなりません)。光ファイバの偏波回転や旋光性のような相反な現象では、往復すると回転が打ち消し合って必ず元に戻ります。往復して元に戻らないというこの性質こそが非相反性の実験的な指紋であり、初期のマイクロ波アイソレータ(ファラデー回転型アイソレータ)はまさにこの 9090^\circ 回転を利用して、戻ってきた波を入口の偏波板で反射・吸収させる構成でした。

3ポートサーキュレータのS行列

無損失・整合・相反な3ポートは存在しない

材料の話から回路の話に視点を移しましょう。理想的な3ポート接合に、次の3条件を同時に課してみます。

  1. 全ポート整合: S11=S22=S33=0S_{11}=S_{22}=S_{33}=0
  2. 無損失: SS はユニタリ行列(SS=IS^{\dagger}S=I)
  3. 相反: S=STS = S^{T}、すなわち Sij=SjiS_{ij}=S_{ji}

条件1と3のもとで、S行列は

S=(0S12S13S120S23S13S230)S = \begin{pmatrix} 0 & S_{12} & S_{13} \\ S_{12} & 0 & S_{23} \\ S_{13} & S_{23} & 0 \end{pmatrix}

の形になります。ここに条件2(ユニタリ性)を課します。ユニタリ行列は各行のノルムが1、異なる行同士が直交するので、

S122+S132=1(1),S122+S232=1(2),S132+S232=1(3)|S_{12}|^2+|S_{13}|^2 = 1 \quad (1\text{行}), \qquad |S_{12}|^2+|S_{23}|^2 = 1 \quad (2\text{行}), \qquad |S_{13}|^2+|S_{23}|^2 = 1 \quad (3\text{行}) S13S23=0(1,2行の直交),S12S23=0(1,3),S12S13=0(2,3)S_{13}S_{23}^{*} = 0 \quad (1,2\text{行の直交}), \qquad S_{12}S_{23}^{*} = 0 \quad (1,3\text{行}), \qquad S_{12}S_{13}^{*} = 0 \quad (2,3\text{行})

直交条件の1つ目から S13=0S_{13}=0 または S23=0S_{23}=0 です。仮に S13=0S_{13}=0 とすると、1行の式から S12=1|S_{12}|=1、2行の式から S23=0|S_{23}|=0、しかし3行の式は S132+S232=01|S_{13}|^2+|S_{23}|^2 = 0 \ne 1 となって矛盾します。S23=0S_{23}=0 とした場合も対称的に矛盾します。

したがって「無損失・全ポート整合・相反」を同時に満たす3ポートは存在しません。 これは材料や構造の工夫の問題ではなく、行列の代数から導かれる不可能性の証明です。実際のマイクロ波部品では、この3条件のどれかを必ず諦めています。抵抗性のウィルキンソン分配器は「無損失」を諦め、単純なT分岐は「全ポート整合」を諦めます。そしてサーキュレータは「相反」を諦めた解なのです。

相反性を捨てると何が出てくるか

条件3(相反)だけを外し、条件1(整合)と2(無損失)を保ったまま解き直してみます。S11=S22=S33=0S_{11}=S_{22}=S_{33}=0 とし、行と列の両方についてユニタリ条件を課すと、

S=(001100010)S = \begin{pmatrix} 0 & 0 & 1 \\ 1 & 0 & 0 \\ 0 & 1 & 0 \end{pmatrix}

(あるいはその転置)という解が現れます。位相基準を各ポートで自由に取れることを使って係数を1に規格化してあります。この行列の意味を読み取りましょう。S21=1S_{21}=1 はポート1に入った波が全部ポート2に出ること、S32=1S_{32}=1 はポート2→ポート3、S13=1S_{13}=1 はポート3→ポート1を表します。一方 S12=S23=S31=0S_{12}=S_{23}=S_{31}=0 なので、逆回りには一切通しません。

12311 \to 2 \to 3 \to 1

これがサーキュレータです。転置の解は逆回り(13211\to3\to2\to1)のサーキュレータで、外部磁石の向きを反転させれば実際にそうなります。磁石をひっくり返すと循環の向きが反転するという実物の挙動が、S行列の転置という数学操作にそのまま対応しているのは印象的です。

実務指標 — 理想からのずれをどう測るか

実物は理想行列からずれます。そのずれを表現するのが次の3つの指標です。

挿入損失(Insertion Loss, IL) は、通すべき向きでどれだけ電力を失うかです。

IL [dB]=20log10S21IL\ [\mathrm{dB}] = -20\log_{10}|S_{21}|

理想は S21=1|S_{21}|=1IL=0IL=0 ですが、実物ではフェライトの磁気損失・誘電損失、金属導体損失、整合の不完全さで 0.20.5dB0.2\text{–}0.5\,\mathrm{dB} 程度になります。

アイソレーション(Isolation, ISO) は、通してはいけない向きでどれだけ阻止できるかです。

ISO [dB]=20log10S12ISO\ [\mathrm{dB}] = -20\log_{10}|S_{12}|

理想は \infty ですが、実物の単段Y接合サーキュレータでは帯域内で 2025dB20\text{–}25\,\mathrm{dB} 程度が典型値です。

VSWR は各ポートの整合の良さで、伝送線路理論とVSWRの回の定義通り

VSWR=1+S111S11\mathrm{VSWR} = \frac{1+|S_{11}|}{1-|S_{11}|}

です。典型的な仕様は 1.20:11.20{:}1 程度(S110.091|S_{11}|\approx0.091、リターンロス約 20.8dB20.8\,\mathrm{dB})。

この3指標は独立ではなく、同じ物理から出てくるトレードオフの関係にあります。アイソレーションが最大になる周波数は、フェライトの磁気回転効果がちょうど設計値になる1点で、そこから離れるほど劣化します。広帯域化しようとして整合回路を欲張ると挿入損失が増え、低損失を追えば帯域が狭くなります。「20dB20\,\mathrm{dB} 以上のアイソレーションを 0.3dB0.3\,\mathrm{dB} 以下の挿入損失で、比帯域 1020%10\text{–}20\% にわたって」というのが、実用的なY接合サーキュレータの落としどころです。

Y接合サーキュレータはどう動くか

実際に最も広く使われるのは、120120^\circ ずつ3方向に分岐した導波管またはストリップ線路の接合部の中心に、円板状のフェライトを置き、面に垂直方向に永久磁石でバイアスしたY接合サーキュレータです。動作原理はH. Bosma(1964)によって解析されました。

バイアスがない状態では、円板状フェライト共振器には互いに逆向きに回る2つの縮退した共振モードが存在します。ポート1から励振すると、この2モードが等振幅で重なり合い、ポート1を軸とする対称な定在波パターンができます。このとき電界の節(ヌル)はポート2とポート3の中間ではなく、対称性からポート2・3に等しく電力が分配されるだけです。

ここに静磁界を加えると、前節で見た通り2つの回転方向で実効透磁率が異なるため、縮退が解けて2モードの共振周波数がわずかに分裂します。分裂した2モードは同じ周波数で励振されると位相差を持つようになり、その重ね合わせで生じる定在波パターンは元の位置から角度 θ\theta だけ回転します。磁界の強さを調整して θ=30\theta = 30^\circ にすると、パターンの節(電界ゼロの点)がちょうどポート3の位置に重なります。すると、ポート1から入った電力はポート3にはまったく出ず、すべてポート2へ向かうことになります。

120120^\circ 対称性から、同じ議論がポート2→3、ポート3→1にもそのまま適用され、循環動作が完成します。「アイソレーションが取れている」とは、要するにアイソレートポートに定在波の節が正確に乗っている状態のことであり、周波数がずれたり磁界が設計値からずれたりすると節の位置が動いてアイソレーションが劣化する、という描像が得られます。

Y接合はこのように共振器を使うため、共鳴周波数 ω0\omega_0 よりも十分低い周波数で使う共鳴以下(below-resonance)動作が一般的です。共鳴点そのものでは前述の通り強い吸収が起きるので、共鳴を積極的に使う共鳴形アイソレータ(逆方向の波だけをFMR吸収させる方式)は、高電力・広帯域だが挿入損失が大きい別系統の素子として使い分けられます。

アイソレータ — サーキュレータの1ポートを終端する

構成上の関係

アイソレータは、3ポートサーキュレータのポート3に整合終端(ダミーロード)を取り付けて2ポート素子にしたものです。 これはアイソレータの実装のうち最も一般的な形であり、この関係を理解すれば、アイソレータの全性質がサーキュレータのS行列から自動的に導けます。

ポート3を反射係数 Γ3=0\Gamma_3 = 0 の理想終端で閉じると、ポート3からサーキュレータに戻ってくる波が存在しないので、残る2ポートのS行列は

Siso=(0010)S_{\text{iso}} = \begin{pmatrix} 0 & 0 \\ 1 & 0 \end{pmatrix}

となります。S21=1S_{21}=1(順方向は素通し)、S12=0S_{12}=0(逆方向は完全遮断)。逆方向の電力は消えてなくなるのではなく、ポート3の終端抵抗で熱になっているという点が重要です。だからこそアイソレータのダミーロードには、想定される最大の反射電力を吸収できる耐電力が要求され、大電力用では冷却フィン付きの、場合によっては水冷の終端が使われます。

送信機を反射から守る — 定量的に

クライストロン・TWTAの回SSPAの回で扱った電力増幅器は、負荷から戻ってくる反射波に弱いという共通の弱点を持ちます。

  • TWTA: 出力窓やコレクタ付近で反射波と進行波が定在波を作り、局所的な電界集中で放電(アーキング)を起こす。反射波が進行波管の中を逆行して発振(オシレーション)を誘発することもある。
  • SSPA: 出力トランジスタのドレイン・コレクタに現れる電圧が定在波で持ち上がり、耐圧を超えて破壊に至る。「ロードプル」による効率・線形性の劣化も起きる。

そして深宇宙機・地上局のどちらでも、アンテナ側の負荷インピーダンスは完全には一定になりません。アンテナ近傍の環境、導波管フランジの接続状態、温度による寸法変化、そして万一の給電系トラブルで、VSWRは設計値から動きます。

アイソレータを挟むと何が起きるかを計算しましょう。負荷(アンテナ側)の反射係数を ΓL\Gamma_L、アイソレータの逆方向アイソレーションを ISOISO [dB] とすると、送信機がアイソレータの入口で見る実効的な反射係数は、おおよそ

ΓeffS11,iso+ΓL10ISO/20|\Gamma_{\text{eff}}| \approx |S_{11,\text{iso}}| + |\Gamma_L|\cdot 10^{-ISO/20}

です(第1項はアイソレータ自身の入力整合、第2項は負荷反射がアイソレーションを通り抜けて漏れてくる分)。

数値を入れてみます。アンテナ側のVSWRが 3.0:13.0{:}1 に悪化した場合、ΓL=(31)/(3+1)=0.5|\Gamma_L| = (3-1)/(3+1) = 0.5。これがそのまま送信機に返れば、反射電力は入射の 25%25\%——20kW20\,\mathrm{kW} 送信なら 5kW5\,\mathrm{kW} が送信管に戻ることになり、確実に破壊します。ここに ISO=20dBISO=20\,\mathrm{dB}、自身の S11=0.05|S_{11}|=0.05 のアイソレータを挿入すると、

Γeff0.05+0.5×101=0.05+0.05=0.10|\Gamma_{\text{eff}}| \approx 0.05 + 0.5\times10^{-1} = 0.05+0.05 = 0.10 VSWReff=1+0.1010.101.22:1,Prefl=Γeff2Pin=0.01Pin\mathrm{VSWR}_{\text{eff}} = \frac{1+0.10}{1-0.10} \approx 1.22{:}1, \qquad P_{\text{refl}} = |\Gamma_{\text{eff}}|^2 P_{\text{in}} = 0.01 P_{\text{in}}

送信機に戻る電力は 25%25\% から 1%1\% へ、14dB14\,\mathrm{dB} 改善しました。送信機から見えるVSWRを、負荷が何であろうと 1.2:11.2{:}1 程度に「固定」してしまうのがアイソレータの本質的な機能です。増幅器設計者は、この保証があるからこそ出力段を負荷変動に対する巨大なマージンなしで設計でき、効率と出力を追求できます。

代償は挿入損失 0.3dB0.3\,\mathrm{dB} 前後、すなわち送信電力の約 7%7\% です。探査機RFフロントエンドの回で見たリンクバジェットの EIRPEIRP 計算では、この損失もダイプレクサやケーブルと並ぶ独立項として計上されます。0.3dB0.3\,\mathrm{dB} の恒久的な損失と引き換えに、14dB14\,\mathrm{dB} の保護と設計の自由度を買う」——これが探査機・地上局の双方で、ほぼ例外なくアイソレータが入っている理由です。

送受共用と受信系での使い方

サーキュレータを3ポートのまま使えば、1本のアンテナ・導波管で送信と受信を共用できます。

送信機ポート1,アンテナポート2,ポート3受信機(LNA)\text{送信機} \to \text{ポート1}, \qquad \text{アンテナ} \leftrightarrow \text{ポート2}, \qquad \text{ポート3} \to \text{受信機(LNA)}

この配線では、送信機の電力は 121\to2 でアンテナへ向かい、131\to3 には(アイソレーション分だけ減衰して)ほとんど漏れません。アンテナが受けた微弱な受信信号は 232\to3 でLNAへ向かい、212\to1(送信機側)へは漏れません。周波数で分けるダイプレクサとは異なり、周波数が同じでも分離できるのがサーキュレータの強みです。

ただし、探査機RFフロントエンドの回で見た通り、送信電力と受信電力の差は10桁以上あります。20kW20\,\mathrm{kW}(+73dBm+73\,\mathrm{dBm})の送信に対し 20dB20\,\mathrm{dB} のアイソレーションでは、LNA入力に +53dBm+53\,\mathrm{dBm}(200W200\,\mathrm{W})が漏れ込む計算になり、まったく足りません。したがって実際の地上局では、サーキュレータは主に送信機保護と経路切り分けを担い、送受の分離そのものは周波数分離(ダイプレクサ・帯域除去フィルタ)と組み合わせて、トータルで 100dB100\,\mathrm{dB} 以上のアイソレーションを確保します。サーキュレータ単体で送受共用を完結できるのは、送受の電力差が小さいレーダーや近距離無線に限られます。

実務での使われ方

深宇宙探査機の送信出力段。 探査機のTWTA/SSPAの出力直後には、ほぼ必ずアイソレータ(またはサーキュレータ+終端)が配置されます。修理不可能な探査機にとって、送信管の焼損は即ミッション終了を意味するため、0.3dB0.3\,\mathrm{dB} のリンクバジェット消費は安価な保険です。搭載機器では質量が厳しく制約されるため、導波管型よりも小型軽量なマイクロストリップ型・ストリップライン型のY接合サーキュレータ(Xバンドで数十グラム、体積は角砂糖数個分)が使われることが多くなります。さらに冗長系では、サーキュレータの向きを利用して2台のTWTAの出力を1本のアンテナ系統に結合したり、逆にスイッチと組み合わせて系統を切り分けたりする構成も取られます。

地上局送信系統。 DSNの回で扱った34m/70mアンテナの送信系では、20kW20\,\mathrm{kW} から 80kW80\,\mathrm{kW} 級のクライストロン出力を守るため、導波管モード理論の回で扱った矩形導波管(Xバンドなら WR-112 級)にフェライト板を挿入した大電力導波管サーキュレータが使われます。終端は水冷式の大電力ダミーロードで、反射電力を安全に熱として捨てます。運用上は、この終端に流れ込む電力をモニタすることがアンテナ系統の健全性の指標にもなっており、給電系に異常が生じてVSWRが上昇すると、終端の吸収電力が増えることで検知できます。多くの局では、この反射電力が閾値を超えると送信機を自動遮断するインタロックが組まれています。

アイソレーションを稼ぐための多段化。 単段のY接合サーキュレータで 2025dB20\text{–}25\,\mathrm{dB} しか取れないため、より高いアイソレーションが必要な場合はデュアルジャンクション(2段直列)アイソレータが使われます。原理的には 22 倍のdB値、実際には整合の相互作用があるため 3545dB35\text{–}45\,\mathrm{dB} 程度が得られ、挿入損失は 0.50.8dB0.5\text{–}0.8\,\mathrm{dB} に増えます。「アイソレーションを買うのに挿入損失で払う」というこの交換比率は、システム設計者が常に意識する数字です。

材料の選択。 低出力・低周波側ではYIG系ガーネットが低損失(狭い共鳴線幅 ΔH\Delta H)で好まれ、大電力や高周波側ではNi-Znスピネルフェライトやアルミ置換ガーネットが使われます。大電力ではさらにスピン波不安定性(高いRF磁界で非線形にスピン波が励起されて損失が急増する現象、Suhlの不安定性)という上限があり、この閾値を上げるためにホルミウムやジスプロシウムなどの希土類をドープして意図的に線幅を広げる、という設計が行われます。低損失と大電力耐性が相反するという、材料レベルのトレードオフです。

温度と経年変化。 サーキュレータの性能は ω0=μ0γH0\omega_0=\mu_0\gamma H_0ωm=μ0γMs\omega_m = \mu_0\gamma M_s の両方に依存し、この2つが温度に敏感です。

  • 飽和磁化 MsM_s の温度依存: MsM_s はキュリー温度に向かって単調に減少します。YIGのキュリー温度は約 560K560\,\mathrm{K}(287C287\,^\circ\mathrm{C})で、室温付近でも MsM_s は数百ppm/K のオーダーで変化します。ωm\omega_m が変われば κ\kappa が変わり、最適な回転角 3030^\circ からずれてアイソレーションが劣化します。
  • 永久磁石の温度係数: SmCo系で約 0.03 %/C-0.03\ \%/^\circ\mathrm{C}、AlNiCoで約 0.02 %/C-0.02\ \%/^\circ\mathrm{C}。バイアス磁界 H0H_0 が変われば ω0\omega_0 が直接動きます。

したがって、広い温度範囲で使う機器では磁気シャント(温度によって透磁率が変わる分流磁路)による温度補償が組み込まれます。磁石の磁束の一部を温度依存の分流路に逃がし、温度が上がって磁石が弱くなるぶんをシャントが「返す」ことで、フェライトにかかる実効磁界を一定に保つ仕組みです。それでも、探査機が経験する 30C-30\,^\circ\mathrm{C} から +70C+70\,^\circ\mathrm{C} といった広範囲では、常温での公称値よりアイソレーションが数dB劣化することを前提にマージンを取ります。

経年変化と宇宙環境。 永久磁石は長期間の運用で不可逆的な減磁を起こします。要因は熱履歴(高温で保磁力が一時的に下がり、冷却しても完全には戻らない)、強い外部磁界への曝露、そして放射線による格子欠陥です。深宇宙ミッションでは10年から数十年の運用が普通なので、打ち上げ前に**加速熱サイクル試験と磁気安定化処理(あらかじめ使用温度上限を超える熱サイクルを与えて不安定な磁区を落としておく処理)**が施され、寿命末期(EOL)でも要求を満たすようにBOL(寿命初期)時点ではマージンを持たせた設計にします。加えて、フェライト素子は永久磁石を含むため、探査機の磁気クリンリネス(磁力計を搭載する科学ミッションでは、機体自身が作る磁界が観測を汚染する)の観点からも管理対象になり、磁気シールドや配置の工夫、機体磁界モデルへの寄与の事前計測が行われます。

演習問題

  1. YIGフェライト(μ0Ms=0.178 T\mu_0 M_s = 0.178\ \mathrm{T})を使ったXバンドサーキュレータを考えます。(a) 強磁性共鳴周波数が f0=12 GHzf_0 = 12\ \mathrm{GHz} になるために必要なバイアス磁束密度 B0=μ0H0B_0 = \mu_0 H_0 を、γμ0/2π=28 GHz/T\gamma\mu_0/2\pi = 28\ \mathrm{GHz/T} を使って求めてください。(b) この状態で動作周波数 f=8.4 GHzf = 8.4\ \mathrm{GHz} における μr\mu_rκ\kappa を計算してください(ωm/2π=5.0 GHz\omega_m/2\pi = 5.0\ \mathrm{GHz})。(c) 歳差と同じ向きに回る円偏波と逆向きに回る円偏波の実効透磁率 μco/μ0\mu_{\text{co}}/\mu_0μct/μ0\mu_{\text{ct}}/\mu_0 を求め、両者が何倍違うかを述べてください。

  2. 本文の証明を自分の手で再現してください。すなわち、全ポート整合(Sii=0S_{ii}=0)・無損失(ユニタリ)・相反(S=STS=S^T)を同時に満たす3ポートS行列が存在しないことを、ユニタリ条件から導かれる6本の式を書き下して示してください。次に、相反条件だけを外したとき、S21=S32=S13=1S_{21}=S_{32}=S_{13}=1S12=S23=S31=0S_{12}=S_{23}=S_{31}=0 という行列が確かにユニタリかつ全ポート整合であることを、SS=IS^{\dagger}S = I を実際に計算して確かめてください。

  3. 探査機のTWTA(Pout=100 WP_{\text{out}} = 100\ \mathrm{W})の出口に、挿入損失 0.35 dB0.35\ \mathrm{dB}、アイソレーション 22 dB22\ \mathrm{dB}、入力反射係数 S11=0.06|S_{11}| = 0.06 のアイソレータを挿入します。アンテナ側のVSWRが 2.5:12.5{:}1 に劣化したとき、(a) アイソレータがない場合にTWTAへ戻る反射電力 [W]、(b) アイソレータがある場合の実効反射係数 Γeff|\Gamma_{\text{eff}}| と、TWTAへ戻る反射電力 [W]、(c) アンテナへ実際に届く電力 W、をそれぞれ求めてください。(d) 保護効果と電力損失を比較して、この素子を入れる判断が妥当かどうか、あなたの言葉で論じてください。

  4. 「サーキュレータは非相反素子だが、理想サーキュレータは無損失である」という文は、一見すると矛盾しているように聞こえるかもしれません。しかし本文で見た通り、これは矛盾しません。Polderテンソルが非対称だがエルミートであることと、S行列が非対称だがユニタリであることの2つの事実を対応づけながら、「非相反であること」と「損失があること」がまったく別の概念であることを説明してください。あわせて、それでもなおアイソレータを2ポート素子として見たときには逆方向の電力が失われて見えるのはなぜか、エネルギーがどこへ行くのかを述べてください。

まとめと次回予告

サーキュレータとアイソレータの非相反性は、静磁界中のフェライトで電子スピンがラーモア周波数 ω0=μ0γH0\omega_0=\mu_0\gamma H_0 で歳差運動し、その回転と同じ向きに回る円偏波と逆向きに回る円偏波とで実効透磁率が

μco=μ0(1+ωmω0ω)μct=μ0(1+ωmω0+ω)\mu_{\text{co}} = \mu_0\left(1+\frac{\omega_m}{\omega_0-\omega}\right) \ne \mu_{\text{ct}} = \mu_0\left(1+\frac{\omega_m}{\omega_0+\omega}\right)

と異なることに由来します。これはPolderテンソルの非対角成分 ±jκ\pm j\kappa が符号を違えることと同じ内容であり、透磁率テンソルの対称性を仮定するローレンツ相反定理の前提を破ります。回路の側から見ると、「無損失・全ポート整合・相反」な3ポートは行列の代数から存在し得ず、相反性を捨てた解として 12311\to2\to3\to1 の循環S行列が現れます。この3ポートの1つを整合終端すればアイソレータになり、挿入損失 0.3dB0.3\,\mathrm{dB} 前後という代償で、送信機が見る負荷VSWRを 1.2:11.2{:}1 程度に固定して出力段を反射から守ります。実物の性能はアイソレーション 2025dB20\text{–}25\,\mathrm{dB}、挿入損失 0.20.5dB0.2\text{–}0.5\,\mathrm{dB} が典型で、MsM_s の温度依存と永久磁石の温度係数・経年減磁が長期ミッションでの設計マージンを決めます。

次回は視点を再びアンテナ側に戻し、アンテナホログラフィに軽く触れます。直径70mの反射鏡の鏡面精度をミリメートル以下で測るために、遠方の電波源からの信号の振幅と位相を測定し、その二次元フーリエ変換から鏡面の凹凸マップを再構成するという、干渉計測と信号処理が交差する技術です。

参考文献

  • D. Polder, “On the Theory of Ferromagnetic Resonance,” Philosophical Magazine, vol. 40, no. 300, pp. 99–115, 1949
  • H. Bosma, “On Stripline Y-Circulation at UHF,” IEEE Transactions on Microwave Theory and Techniques, vol. 12, no. 1, pp. 61–72, 1964
  • D. M. Pozar, Microwave Engineering, 4th ed., Wiley(第9章: Theory and Design of Ferrimagnetic Components)
  • B. Lax and K. J. Button, Microwave Ferrites and Ferrimagnetics, McGraw-Hill, 1962
  • R. E. Collin, Foundations for Microwave Engineering, 2nd ed., IEEE Press
  • DSN Telecommunications Link Design Handbook, DSN No. 810-005(送信系・マイクロ波系統モジュール)
  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76