システム・運用#88
伝送線路理論とVSWR — アンテナと送受信機をつなぐケーブルの物理
パラボラアンテナで受けた信号が同軸ケーブルや導波管を通ってLNAやTWTAに届くまで、その「間」では何が起きているのか。分布定数線路の波動方程式から特性インピーダンス・反射係数・VSWRを導出し、ミスマッチが送信管を壊しうる理由まで数式で理解する。
この回で学ぶこと
これまでの回では、「アンテナが受信した信号」や「TWTA(進行波管増幅器)に入力される信号」を、いわば天下り的な出発点として扱ってきました。パラボラアンテナの幾何設計、LNA(低雑音増幅器)の雑音指数、クライストロンやTWTAによる電力増幅——これらはすべて「信号がすでにそこに届いている」ことを前提にした議論でした。
しかし実際の探査機や地上局では、アンテナの給電部からLNAの入力端子まで、あるいはTWTAの出力端子からアンテナの給電部まで、信号は物理的な伝送線路——同軸ケーブルや導波管——を通って運ばれます。波長がセンチメートル〜ミリメートルのオーダーであるRF信号にとって、数十cm〜数mの長さを持つこのケーブルは、もはや「ただの導線」として無視できる存在ではありません。線路のどこかでインピーダンスが不連続になっていれば、信号の一部はそこで反射され、送りたい方向とは逆向きに戻っていきます。
この回では、アンテナと送受信機の「間」を実際に繋いでいる伝送線路そのものの物理を扱います。分布定数線路の波動方程式から出発し、特性インピーダンス 、反射係数 、そして実務で最も頻繁に目にする仕様値である VSWR(電圧定在波比) を数式で導出します。最後には、なぜVSWRが探査機の高出力送信系において「壊れるかどうか」に直結する重要な管理値なのかを見ていきます。
直感的な全体像
なぜインピーダンスが不連続な点で反射が起きるのか、まずは直感的なイメージを掴みましょう。
ロープの端を持って上下に揺らし、波を送り出す状況を考えてください。ロープの途中で急に太さ(したがって単位長さあたりの質量)が変わっていたら、そこに達した波の一部は通過し、一部は跳ね返って戻ってきます。これは「ロープの機械的インピーダンス(揺らしやすさ)」が場所によって変わるために起きる現象です。
伝送線路を伝わる電圧・電流の波にも、まったく同じことが起きます。線路には特性インピーダンス (単位はΩ)という、その線路固有の「電圧と電流の比」が存在します。線路の終端に接続された負荷(たとえばアンテナやLNAの入力インピーダンス)のインピーダンス が と一致していれば、進行してきた波はエネルギーをすべて負荷に受け渡し、反射は起きません。しかし であれば、その不整合の度合いに応じて波の一部が線路上を逆走する反射波として戻っていきます。この反射波が、送りたかった信号を打ち消したり、送信機自体にダメージを与えたりする——これがこの回の主題です。
以下ではこの直感を、分布定数線路の波動方程式から出発して定量的に導いていきます。
分布定数線路の波動方程式
伝送線路の長さが波長に比べて無視できない場合、電圧・電流はもはや線路上のどこでも同じ値を取る「集中定数」ではなく、位置 とともに変化する「分布定数」として扱う必要があります。線路を微小長さ の区間に分割し、それぞれの区間を単位長さあたりの直列インダクタンス (H/m)、単位長さあたりの並列キャパシタンス (F/m) を持つ等価回路(伝送線路が低損失であれば、直列抵抗 と並列コンダクタンス は無視できます)としてモデル化すると、角周波数 の正弦波定常状態(フェーザ表示)において、次の**電信方程式(telegrapher’s equations)**が成り立ちます。
低損失線路(, )を仮定すると、
この2つの1階連立微分方程式から を消去すると、 に関する2階の波動方程式が得られます。
は伝搬定数(位相定数、単位 rad/m)で、位相速度は です。この波動方程式の一般解は、 方向に進む波と 方向に進む波の重ね合わせとして書けます。
対応する電流は、電信方程式に代入することで、
と求まります。ここで新たに現れた が特性インピーダンスです。単一方向に進む波(たとえば の純粋な前進波)に限って言えば、 が常に成り立ちます。つまり は「その線路の構造(導体形状・誘電体)だけで決まる、進行波にとっての電圧と電流の比」であり、負荷が何であるかにはいっさい依存しません。同軸ケーブルであれば内導体半径 ・外導体内半径 ・誘電体の比誘電率 を使って と書け、宇宙機の一般的なRFハーネスでは に統一されているのが標準です。
負荷における反射係数の導出
次に、この線路の終端(位置 とします)にインピーダンス の負荷が接続されている状況を考えます。負荷での電圧・電流は、オームの法則から
を満たさなければなりません。先ほどの一般解に を代入すると、
これを境界条件に代入すると、
これを について解くと、前進波の振幅に対する後退波(反射波)の振幅比、すなわち反射係数 が得られます。
この式の物理的な意味は明快です。(整合)であれば で反射は一切起きず、前進波のエネルギーはすべて負荷に吸収されます。(開放端)では 、(短絡端)では となり、いずれも入射波のエネルギーが100%反射されます(位相が反転するかどうかだけが異なります)。一般に が複素数であれば も複素数になり、 が常に成り立ちます(受動負荷、すなわち負荷が電力を消費するかしないかの場合)。
定在波とVSWRの定義
線路上に前進波と反射波が同時に存在すると、両者の干渉によって位置ごとに振幅が異なる定在波パターンが生じます。これを見るために、負荷からの距離を (、負荷に向かって進む方向を正とする)として電圧を書き直すと、
振幅の絶対値を取ると なので、
の位相が とともに回転していくため、 は に応じて周期的に増減します。 の位相がちょうど になる点(2つの波が同位相で強め合う点)で振幅は最大に、位相が になる点(逆位相で弱め合う点)で振幅は最小になります。
この最大値と最小値の比が**VSWR(Voltage Standing Wave Ratio、電圧定在波比)**です。
整合が完全()であれば で、線路上どこでも電圧振幅は一定です。反射が大きくなるほど は から乖離し、全反射()では (電圧が完全にゼロになる節ができる)に発散します。逆に を測定すれば、
として反射係数の大きさを逆算できます。VSWRは位相情報を持たない実数の比なので、ネットワークアナライザがなくても、線路に沿ってプローブを滑らせて電圧の最大・最小を実測するだけで評価できる(スロッテッドラインという古典的な測定法があります)という実務上の利点があり、これが今でも仕様値として広く使われている理由の一つです。
ミスマッチ損失とリターンロス
反射が起きるということは、負荷に届くはずだった電力の一部が発生源側に送り返され、有効に使われないということです。線路が低損失であれば、線路上のどの断面でも通過する正味の時間平均電力は等しく、入射波の電力を
とすると、反射波が持ち去る電力は 、負荷が実際に受け取る電力は
となります。これをdBで表したものが**ミスマッチ損失(mismatch loss)**です。
一方、入射電力に対する反射電力の比をdBで表したものが**リターンロス(return loss)**です。
(リターンロスは「損失」という名前ですが、値が大きいほど反射が少なく、整合が良いことを意味する点に注意してください。)
これらの量はすべてVSWRから一意に計算できるため、実務では次のような対応表が頻繁に参照されます。
| VSWR | リターンロス [dB] | 反射電力の割合 | ミスマッチ損失 [dB] | |
|---|---|---|---|---|
| 1.0 : 1 | 0.000 | 0 % | 0.00 | |
| 1.1 : 1 | 0.048 | 26.4 | 0.23 % | 0.010 |
| 1.5 : 1 | 0.200 | 14.0 | 4.0 % | 0.18 |
| 2.0 : 1 | 0.333 | 9.5 | 11.1 % | 0.51 |
| 3.0 : 1 | 0.500 | 6.0 | 25.0 % | 1.25 |
この表から分かるのは、VSWRが 程度までであれば失われる電力はわずか( dB未満)ですが、 を超えたあたりから反射電力が全体の1割を超え、無視できない損失になってくるということです。深宇宙リンクのように dBのリンクマージンすら貴重な系では、VSWRを 〜 程度に抑えることが厳しく要求されます。
実務での使われ方
受信系: なぜVSWRが常に管理される仕様値なのか。 探査機のアンテナ給電部からLNAまで、あるいは地上局のフィード系からダウンコンバータまでの間には、コネクタ・スイッチ・導波管の継ぎ目など、インピーダンスが完全に理想的とはいかない箇所が多数存在します。それぞれの継ぎ目でわずかなVSWRが生じ、その積み重ねが最終的な受信 (アンテナ利得対雑音温度比)を劣化させます。ミスマッチ損失は前節で見た通りVSWR 程度なら dB以下ですが、リンクバジェットの中でこの dBが積み重なると無視できない量になるため、RF系統図の各コンポーネントには個別にVSWR上限が仕様として割り当てられます。
送信系: VSWRが送信管そのものを壊しうる理由。 より深刻なのは、TWTAやクライストロン(前々回で扱った送信管)の出力側です。送信管が数十W〜数百Wという大電力を出力しているとき、その先の導波管や同軸ケーブル、あるいはアンテナ自体に不整合があると、反射波は送信管の出力端子までそのまま戻ってきます。この反射波は、送信管がちょうど送り出したばかりの進行波と線路上で重なり合い、局所的に電圧・電界強度がもとの進行波単体の場合よりも大きい定在波のピーク()を作り出します。高出力の送信管出力部では、この電界強度の増大が真空封止用の出力窓での放電(アーキング)や、導波管内のマルチパクタ放電を誘発するリスクとなり、最悪の場合は送信管そのものの物理的損傷につながります。また反射波として送信管側に戻ってきたエネルギーは、進行波管やクライストロンの空胴共振器の同調を乱し、増幅特性を不安定にすることもあります。
このため、実際のRFフロントエンド設計(スペースクラフトRFフロントエンドの回を参照)では、送信管の出力直後にアイソレータ/サーキュレータと呼ばれるフェライト素子を挿入し、反射波を送信管側へ戻さずダミー抵抗(ダンプロード)で吸収させる設計が標準的に取られます。さらに、反射電力を常時モニタして一定のVSWR閾値を超えた場合に送信出力を自動的に絞る「フォールドバック保護回路」を備えた送信機も多く、これはアンテナ展開の失敗や氷結、コネクタの緩みといった予期しない不整合から送信管自体を守るための安全機構です。地上局のDSN(Deep Space Network)送信系でも、高出力クライストロンの出力導波管系統は厳格なVSWR仕様(帯域全体で概ね 〜 程度以下)のもとで運用・監視されています。
測定の実際。 現代のRF系統検証では、ネットワークアナライザ(VNA)を用いて パラメータ(入力反射係数、まさに そのもの)を周波数掃引で直接測定し、そこからVSWRやリターンロスを計算するのが標準的な手法です。打ち上げ前の探査機RF系統の適合性試験(コンフォーマンステスト)では、全動作帯域にわたってVSWRが仕様を満たしているかが、他のあらゆる電気試験と並ぶ必須の確認項目として扱われます。
演習問題
- 特性インピーダンス の同軸線路の終端に (実数、抵抗性)の負荷を接続した。反射係数 とVSWRを計算してください。
- あるRF系統のVSWRが であった。このとき入射電力のうち何%が負荷に届かず反射されるか、また対応するミスマッチ損失とリターンロスをそれぞれdBで求めてください。
- TWTAの出力段でVSWRが まで悪化した場合、電圧定在波の腹(最大点)における電圧振幅は、整合が取れている場合(進行波のみ)の何倍になるか、 の式を使って求めてください。この回で学んだ内容をふまえ、この電圧の増大が送信管にとってなぜ危険なのか説明してください。
- アンテナが展開に失敗し、送信管の出力が実質的に開放端()に近い状態で接続されてしまったとします。このときの とVSWRの理論値を求め、なぜこのような故障モードに備えてアイソレータやフォールドバック保護回路が実装されているのかを、この回の議論を踏まえて自分の言葉で説明してください。
まとめと次回予告
アンテナと送受信機の間をつなぐ伝送線路は、電信方程式から導かれる特性インピーダンス という固有の性質を持ち、線路の終端インピーダンス がこの と一致していない限り、反射係数 に応じた反射波が必ず生じます。この反射波が作る定在波パターンの大きさを表すのがVSWRであり、ミスマッチ損失・リターンロスという形でリンクバジェットに直接影響するだけでなく、高出力送信系では送信管そのものを損傷させかねない実務上の重要リスク要因でもあります。
では、反射をできるだけ小さくするには——つまり を に「整合」させるには——実際にどうすればよいのでしょうか。次回は、この整合設計を視覚的かつ体系的に行うための古典的なツールであるスミスチャートと、スタブ整合・変成器といった具体的なインピーダンス整合の手法に軽く触れます。
参考文献
- D. M. Pozar, Microwave Engineering, 4th ed., Wiley
- DSN Telecommunications Link Design Handbook, DSN No. 810-005(RF系統設計・VSWR仕様に関するモジュール)
- CCSDS 401.0-B, Radio Frequency and Modulation Systems, Part 1: Earth Stations and Spacecraft
- J. R. Wertz, D. F. Everett, J. J. Puschell (eds.), Space Mission Engineering: The New SMAD