システム・運用#94

偏波 — 直線偏波と円偏波、なぜ深宇宙リンクは円偏波を選ぶのか

電場ベクトルの振動方向という電波の隠れた自由度「偏波」を数式で定式化する。直線偏波・円偏波・楕円偏波を一般式から導出し、右旋・左旋円偏波(RHCP/LHCP)の定義、偏波損失係数(PLF)、そして探査機の姿勢変動やファラデー回転に円偏波が強い理由を追う。

前提知識: 開口アンテナ理論の基礎 — 利得の式はどこから来るのか

偏波円偏波偏波損失係数ファラデー回転アンテナ理論

この回で学ぶこと

開口アンテナ理論の回パラボラアンテナの幾何設計の回では、利得・実効開口面積・ビーム幅といった「電波がどれだけの強さで、どれだけ細く集まるか」を扱ってきました。しかしそこでは、電波を特徴づけるもう1つの重要な自由度に一度も触れていません。それが**偏波(polarization)**です。

電波は電場ベクトル E\mathbf{E} と磁場ベクトル H\mathbf{H} が伝搬方向に垂直な平面内で振動しながら進む横波です。この電場ベクトルが「どの向きに、どう振動しているか」を表すのが偏波で、送信アンテナと受信アンテナの偏波がぴったり一致していなければ、たとえ利得もリンクマージンも十分でも、受信電力は理論値より大きく目減りしてしまいます。逆に、この性質をうまく使うと、探査機の姿勢が多少揺れても通信リンクを維持できたり、電離圏や惑星間空間を通過する際の偏波面の回転(ファラデー回転)の影響を受けにくくしたりできます。

この回では、電場ベクトルの一般式から出発して、直線偏波・円偏波・楕円偏波がどう数式的に区別されるのかを導き、**右旋円偏波(RHCP)・左旋円偏波(LHCP)の定義を確認し、偏波のミスマッチがどれだけ受信電力を損なうかを表す偏波損失係数(Polarization Loss Factor, PLF)**を定式化します。最後に、なぜ多くの深宇宙探査機・地上局リンクが円偏波を標準として採用しているのか、その工学的な理由を数式に基づいて理解します。

直感的導入 — 電場は「向き」を持つ

ロープの端を持って上下に揺らすと、ロープを伝わる波は常に鉛直面内で振動します。これに対して、腕を円を描くように動かして揺らすと、波は伝わりながららせん状にねじれていきます。電波もこれとよく似ていて、電場ベクトルが常に1つの平面内で振動する波(直線偏波)と、電場ベクトルの先端が伝搬方向に垂直な面内でぐるぐると円を描きながら進む波(円偏波)があります。

身近な例で言えば、地上のFMラジオやテレビ放送のアンテナは、水平または垂直に伸びた棒状・素子状のアンテナで直線偏波を送受信します。カーラジオのアンテナが送信局のアンテナの向き(水平・垂直)と大きくずれていると受信感度が落ちる、という経験がある人もいるかもしれません。これはまさにこれから定式化する偏波ミスマッチの一例です。

深宇宙探査機の場合、事情はもっと厳しくなります。探査機は打ち上げ後の姿勢制御の都合や、スピン安定化(機体をコマのように回転させて姿勢を安定させる方式)、あるいは軌道上での通常の姿勢変更によって、地球から見たときにアンテナがロール方向(視線軸まわり)に回転していきます。もし探査機・地上局の双方が直線偏波を使っていたら、このロール角がずれるたびに受信電力が変動し、最悪の場合は偏波面が90°ずれてほぼ通信が途絶してしまいます。この問題への工学的な解答が円偏波であり、この回の後半で数式からその理由を導きます。

偏波の数式的定義 — 一般式から直線・円・楕円偏波を導く

伝搬方向を +z+z 軸に取り、xx-yy 平面内で振動する電場を考えます。一般に、xx 成分と yy 成分は同じ角周波数 ω\omega を持ちますが、振幅と位相がそれぞれ独立です。空間中のある固定点(たとえば z=0z=0)での電場を、時間 tt の関数として次のように書きます。

E(t)=Excos(ωt)x^+Eycos(ωt+δ)y^\mathbf{E}(t) = E_x \cos(\omega t)\,\hat{x} + E_y \cos(\omega t + \delta)\,\hat{y}

ここで Ex,Ey0E_x, E_y \ge 0 はそれぞれの成分の振幅、δ\deltayy 成分が xx 成分に対して持つ位相差です。この1つの式の中に、直線偏波・円偏波・楕円偏波のすべてが含まれています。δ\delta と振幅比 Ex/EyE_x/E_y の組み合わせによって、電場ベクトルの先端が xx-yy 平面内にどんな軌跡を描くかが決まります。

これを見るために、tt を消去して Ex(t),Ey(t)E_x(t), E_y(t) の間の関係式(軌跡の方程式)を求めます。加法定理から

Ey(t)Ey=cos(ωt)cosδsin(ωt)sinδ=Ex(t)Excosδsin(ωt)sinδ\frac{E_y(t)}{E_y} = \cos(\omega t)\cos\delta - \sin(\omega t)\sin\delta = \frac{E_x(t)}{E_x}\cos\delta - \sin(\omega t)\sin\delta

これを sin(ωt)sinδ\sin(\omega t)\sin\delta について整理し、sin2(ωt)=1(Ex(t)/Ex)2\sin^2(\omega t) = 1-\big(E_x(t)/E_x\big)^2 を代入して ωt\omega t を消去すると(整理の過程は演習問題で確認してください)、次の偏波楕円(polarization ellipse)の方程式が得られます。

(Ex(t)Ex)22(Ex(t)Ex)(Ey(t)Ey)cosδ+(Ey(t)Ey)2=sin2δ\boxed{\left(\frac{E_x(t)}{E_x}\right)^2 - 2\left(\frac{E_x(t)}{E_x}\right)\left(\frac{E_y(t)}{E_y}\right)\cos\delta + \left(\frac{E_y(t)}{E_y}\right)^2 = \sin^2\delta}

これは (Ex(t),Ey(t))(E_x(t), E_y(t)) 平面上での一般的な楕円の方程式であり、電場ベクトルの先端は時間とともにこの楕円を一周ずつなぞります。δ\delta の値によって、この楕円は次のように退化・特殊化します。

直線偏波(δ=0\delta = 0 または π\pi)。 δ=0\delta=0 を代入すると、右辺は sin20=0\sin^2 0=0 となり、左辺は完全平方の形にまとまります。

(ExExEx(t)ExEy(t)Ey)2=0Ey(t)=EyExEx(t)\left(\frac{E_x}{E_x} \cdot \frac{E_x(t)}{E_x}- \frac{E_y(t)}{E_y}\right)^2 = 0 \quad\Longrightarrow\quad E_y(t) = \frac{E_y}{E_x}\,E_x(t)

つまり Ex(t)E_x(t)Ey(t)E_y(t) は常に一定の比例関係にあり、電場ベクトルの先端は原点を通る1本の直線上を往復するだけです。この直線が xx 軸となす傾き角(偏波角)は τ=arctan(Ey/Ex)\tau = \arctan(E_y/E_x) です。δ=π\delta=\pi の場合も同様に直線偏波になりますが、傾きの符号が逆になります(演習問題1)。これが**直線偏波(linear polarization)**です。

円偏波(δ=±π/2\delta = \pm\pi/2 かつ Ex=Ey=E0E_x=E_y=E_0)。 δ=±π/2\delta=\pm\pi/2 では cosδ=0, sin2δ=1\cos\delta=0,\ \sin^2\delta=1 なので、楕円の方程式は

(Ex(t)Ex)2+(Ey(t)Ey)2=1\left(\frac{E_x(t)}{E_x}\right)^2 + \left(\frac{E_y(t)}{E_y}\right)^2 = 1

という、軸に沿った楕円になります。さらに Ex=Ey=E0E_x=E_y=E_0(振幅が等しい)という条件を加えると、これは

Ex(t)2+Ey(t)2=E02E_x(t)^2 + E_y(t)^2 = E_0^2

という、半径 E0E_0完全な円になります。これが円偏波(circular polarization)です。振幅比が1からずれると(かつ δ=±π/2\delta=\pm\pi/2 のまま)軸に沿った楕円のままであり、これは楕円偏波(elliptical polarization)の特別な場合です。一般に、δ\delta0,π0,\pi でも ±π/2\pm\pi/2 でもなく、かつ ExEyE_x \ne E_y の場合は、傾いた楕円になります——これが最も一般的な楕円偏波で、直線偏波と円偏波はその両極端(退化した特殊ケース)にあたります。

右旋・左旋円偏波(RHCP/LHCP)の定義

円偏波には、電場ベクトルが時計回りに回るか反時計回りに回るかという、もう1つの区別があります。IEEE規格(IEEE Std 145, IEEE Standard for Definitions of Terms for Antennas)の慣例では、伝搬方向を向けた右手の親指に対し、指が巻き付く向きに電場ベクトルが時間とともに回転していれば右旋円偏波(Right-Hand Circular Polarization, RHCP)、左手で同じ関係が成り立てば**左旋円偏波(Left-Hand Circular Polarization, LHCP)**と定義されます。

これを具体的に確かめてみましょう。伝搬方向 +z+z に右手の親指を向けると、右手の法則(right-hand rule, x^×y^=z^\hat{x}\times\hat{y}=\hat{z})から、指は xx 軸から yy 軸へ向かう向きに巻き付きます。したがって、電場ベクトルの先端が時間とともに +x+yxy+x \to +y \to -x \to -y の順に回転していれば右旋円偏波です。Ex=Ey=E0E_x=E_y=E_0δ=π/2\delta=-\pi/2 の場合を4つの時刻でたどってみると、

ωt\omega tEx(t)=E0cosωtE_x(t)=E_0\cos\omega tEy(t)=E0cos(ωtπ/2)E_y(t)=E_0\cos(\omega t - \pi/2)
00E0E_000
π/2\pi/200E0E_0
π\piE0-E_000
3π/23\pi/200E0-E_0

軌跡は (E0,0)(0,E0)(E0,0)(0,E0)(E_0,0)\to(0,E_0)\to(-E_0,0)\to(0,-E_0) とたどり、これはまさに +x+yxy+x\to+y\to-x\to-y の順です。したがって

δ=π2 (Ey が Ex より90°遅れる)    RHCP,δ=+π2    LHCP\boxed{\delta = -\frac{\pi}{2}\ (E_y\text{ が }E_x\text{ より90°遅れる}) \implies \text{RHCP}, \qquad \delta = +\frac{\pi}{2} \implies \text{LHCP}}

(伝搬方向を +z+zEx=EyE_x=E_y とした場合。)GPS/GNSS衛星の航法信号、そして後述するように多くの深宇宙探査機のダウンリンクは、このRHCPを標準として採用しています。

円偏波の実用上の利点 — 姿勢変動への耐性

直感的導入で触れた問題を、ここで数式的に見通しよく理解できます。直線偏波では、送受信アンテナの偏波面(傾き角 τ\tau)がロール角のずれによって食い違うと、電場ベクトルの向きそのものが変わってしまうため、受信できる成分が cosτ\cos\tau 倍(電力では cos2τ\cos^2\tau 倍、後述のPLF)に減ってしまいます。傾きが 90°90° になれば理想的には受信電力はゼロです。

一方、円偏波では電場ベクトルの先端がそもそも円を描いて絶えず全方向を向いているため、送受信アンテナの間に相対的なロール回転(視線軸まわりの回転)があっても、回転角そのものは受信電力に影響しません。これは次節のPLFの一般式から数式的にも裏付けられます。探査機がスピン安定化されていたり、姿勢制御中にロール角が予測できない形で変動したりする場面では、この「ロール角に対する不変性」が決定的な利点になります。

偏波損失係数(PLF)の定式化

偏波のミスマッチによって受信電力がどれだけ減るかを定量化するのが**偏波損失係数(Polarization Loss Factor, PLF)**です。厳密な定義には、電場を複素ベクトル(フェーザ)として表す必要があります。式 E(t)=Re[(Exx^+Eyejδy^)ejωt]\mathbf{E}(t) = \mathrm{Re}\big[(E_x\hat{x} + E_y e^{j\delta}\hat{y})\,e^{j\omega t}\big] に対応する複素フェーザベクトルを E~=Exx^+Eyejδy^\tilde{\mathbf{E}} = E_x\hat{x} + E_y e^{j\delta}\hat{y} とし、これを正規化した単位複素ベクトルを偏波ベクトル ρ^=E~/E~\hat{\rho} = \tilde{\mathbf{E}}/|\tilde{\mathbf{E}}| と呼びます。

到来する電波の偏波ベクトルを ρ^w\hat{\rho}_w、受信アンテナが(送信するとしたら)放射するであろう偏波ベクトルを ρ^a\hat{\rho}_a とすると、PLFは次の内積のコサイン則で定義されます。

PLF=ρ^wρ^a2(0PLF1)\boxed{\mathrm{PLF} = \left|\hat{\rho}_w \cdot \hat{\rho}_a^{*}\right|^2 \qquad (0 \le \mathrm{PLF} \le 1)}

複素共役 ρ^a\hat{\rho}_a^{*} が付くのは、受信アンテナが最大効率で受信できる偏波状態は、そのアンテナが送信するときの偏波状態の複素共役になる(電磁気学的な時間反転の関係)という一般的な事実によります。PLFが1なら電力損失なし(完全整合)、0なら理論上まったく受信できない(完全直交)ことを意味し、しばしば PLFdB=10log10(PLF)\mathrm{PLF_{dB}} = 10\log_{10}(\mathrm{PLF}) とdB表示されます。

ケース1: 直線偏波どうしが角度 ψ\psi だけずれている場合。 直線偏波は実数ベクトルなので複素共役を取っても値は変わりません。ρ^w=x^\hat{\rho}_w = \hat{x}ρ^a=cosψx^+sinψy^\hat{\rho}_a = \cos\psi\,\hat{x} + \sin\psi\,\hat{y} とおくと、

PLF=x^(cosψx^+sinψy^)2=cos2ψ\mathrm{PLF} = |\hat{x}\cdot(\cos\psi\,\hat{x}+\sin\psi\,\hat{y})|^2 = \cos^2\psi

これが冒頭で述べた「直線偏波の傾きがずれると cos2ψ\cos^2\psi 倍に減衰する」という関係の厳密な導出です。ψ=90°\psi=90°PLF=0\mathrm{PLF}=0(完全な偏波ヌル)になることも確認できます。

ケース2: 円偏波どうし、同じ旋回方向。 前節の結果から RHCP\mathrm{RHCP} の偏波ベクトルは ρ^=(x^jy^)/2\hat{\rho} = (\hat{x}-j\hat{y})/\sqrt{2} です。送受ともRHCP\mathrm{RHCP}なら ρ^w=ρ^a=(x^jy^)/2\hat{\rho}_w=\hat{\rho}_a=(\hat{x}-j\hat{y})/\sqrt{2} で、

PLF=x^jy^2x^+jy^22=1j222=12=1\mathrm{PLF} = \left|\frac{\hat{x}-j\hat{y}}{\sqrt2}\cdot\frac{\hat{x}+j\hat{y}}{\sqrt2}\right|^2 = \left|\frac{1-j^2}{2}\right|^2 = |1|^2 = 1

損失ゼロです。しかもこの計算には送受アンテナの向き(方位角)がまったく登場しません——円偏波どうしなら、視線軸まわりにどれだけ相対回転していても PLF=1\mathrm{PLF}=1 のままであることが数式から直接示せます。

ケース3: 円偏波どうし、逆の旋回方向(RHCP対LHCP)。 LHCP\mathrm{LHCP} の偏波ベクトルは ρ^=(x^+jy^)/2\hat{\rho}=(\hat{x}+j\hat{y})/\sqrt2 です。ρ^w=(x^jy^)/2\hat{\rho}_w=(\hat{x}-j\hat{y})/\sqrt2(RHCPの電波)をLHCP\mathrm{LHCP}アンテナ(ρ^a=(x^jy^)/2\hat{\rho}_a^{*}=(\hat{x}-j\hat{y})/\sqrt2)で受けようとすると、

PLF=x^jy^2x^jy^22=1+j222=02=0\mathrm{PLF} = \left|\frac{\hat{x}-j\hat{y}}{\sqrt2}\cdot\frac{\hat{x}-j\hat{y}}{\sqrt2}\right|^2 = \left|\frac{1+j^2}{2}\right|^2 = |0|^2 = 0

理論上まったく受信できません。旋回方向を取り違えると致命的なミスマッチになることが分かります。

ケース4: 円偏波と直線偏波。 ρ^w=x^\hat{\rho}_w = \hat{x}(直線偏波)、ρ^a=(x^+jy^)/2\hat{\rho}_a^{*} = (\hat{x}+j\hat{y})/\sqrt2(RHCPアンテナ)とすると、

PLF=x^x^+jy^22=122=12\mathrm{PLF} = \left|\hat{x}\cdot\frac{\hat{x}+j\hat{y}}{\sqrt2}\right|^2 = \left|\frac{1}{\sqrt2}\right|^2 = \frac{1}{2}

常に3 dBの損失が生じますが、重要なのはこの 1/21/2 という値が送受の相対角度に一切依存しないことです。直線偏波どうしのミスマッチのような「角度によっては損失ゼロ、角度によっては完全ヌル」という極端な変動がなく、常に一定の(そして予測可能な)3 dBの損失で済みます。

一般の楕円偏波に対する統一公式。 以上の特殊ケースはすべて、軸比(axial ratio)r1r \ge 1(長軸/短軸の比、直線偏波は rr\to\infty、円偏波は r=1r=1)と、2つの楕円の長軸のなす角 ψ\psi、そして旋回方向が一致するかどうかを表す符号 χ\chi(χ=+1\chi=+1: 同旋回、χ=1\chi=-1: 逆旋回)を使うと、次の1つの式にまとめられることが知られています。

PLF=12[1+4χrwra+(1rw2)(1ra2)cos2ψ(1+rw2)(1+ra2)]\mathrm{PLF} = \frac{1}{2}\left[1 + \frac{4\chi\, r_w r_a + (1-r_w^2)(1-r_a^2)\cos2\psi}{(1+r_w^2)(1+r_a^2)}\right]

この式に rw=ra=1r_w=r_a=1(円偏波どうし)を代入すると ψ\psi の項が消えて PLF=(1+χ)/2\mathrm{PLF}=(1+\chi)/2、つまり同旋回なら1、逆旋回なら0となり、ケース2・3と一致します。また rw,rar_w,r_a\to\infty(直線偏波どうし)の極限を取ると PLFcos2ψ\mathrm{PLF}\to\cos^2\psi に収束し、ケース1と一致します(演習問題4)。

この一般式には、実務上とても重要な帰結が1つ隠れています。ra=1r_a=1(受信アンテナが理想的な円偏波)のとき、(1ra2)=0(1-r_a^2)=0 となるため、ψ\psi に依存する項が rwr_w の値によらず 消えてしまいます。つまり、受信側が円偏波アンテナでありさえすれば、到来波の偏波の向き ψ\psi がどう変化してもPLFは変わりません。 これが、探査機の姿勢変動だけでなく、次節で述べるファラデー回転による偏波面の回転に対しても円偏波が「鈍感」でいられる、数式的な根拠です。

実務での使われ方

CCSDSと深宇宙探査機の標準。 CCSDS(宇宙データシステム諮問委員会)の無線周波数・変調系の勧告書(たとえばPCM/PSK/PMの回で触れた CCSDS 401.0-B)は、深宇宙リンクの偏波として右旋円偏波(RHCP)を標準的な選択肢として規定しています。ボイジャー、カッシーニ、はやぶさ2、MRO(火星偵察衛星)など、多くのNASA・JAXAの深宇宙探査機が、Xバンド・Kaバンドのダウンリンクに円偏波を採用しています。DSNの34m・70mアンテナは、多くがRHCP・LHCPの両方を同時に受信できるデュアル円偏波フィードを備えており、これは通常運用でのロバスト性に加え、後述するレーダー科学観測にも利用されます。

GNSS(全球測位衛星システム)とファラデー回転。 GPSをはじめとするGNSS衛星の航法信号は、一貫してRHCPで送信されています。GNSS信号は電離圏を通過して地上の受信機に届きますが、電離圏中の自由電子とプラズマがつくる磁化プラズマ媒質を電波が通過すると、**ファラデー回転(Faraday rotation)**と呼ばれる現象により、直線偏波の偏波面が伝搬距離と電子密度・磁場に応じて回転してしまいます。回転角はおおよそ周波数の2乗に反比例するため、L帯(GPSは約1.2〜1.6 GHz)のような比較的低い周波数では無視できない大きさになり得ます。もしGNSS信号が直線偏波だったら、電離圏の状態(時刻・太陽活動・場所)によって受信電力が予測しづらく変動してしまいますが、RHCPで送受信していれば、前節の一般式が示す通り偏波面がどれだけ回転してもPLFはほぼ影響を受けません。深宇宙探査機のXバンド・Kaバンドリンクでも、電離圏や太陽コロナ・惑星間空間プラズマを通過する際に同種のファラデー回転が起こり得ますが、周波数が高いぶん回転角自体はGNSSのL帯よりずっと小さく、円偏波の採用はいわば「保険」としての意味合いも大きくなります。

衛星放送・通信での周波数再利用。 静止衛星による直接放送(DBS)やFSS(固定衛星通信)の一部の系では、同じ周波数帯域をRHCPとLHCPという直交する2つの円偏波チャンネルに割り当てることで、限られた周波数資源のまま実質的にチャンネル数(あるいは容量)を倍増させる**偏波による周波数再利用(polarization frequency reuse)**が使われています。これはケース3で見た「逆旋回どうしのPLFがゼロに近い」という性質を積極的に利用したものです。

直線偏波が使われる場面との対比。 一方で、すべての用途で円偏波が優れているわけではありません。地上の固定点間を結ぶマイクロ波中継回線や、多くのVSAT(超小型地球局)システムでは、アンテナの向きが物理的に固定されており相対的なロール変動が問題にならないため、より単純なフィード構造で実現できる直線偏波(垂直・水平の2チャンネルでの周波数再利用)が使われることも多くあります。また、地球観測用の**偏波合成開口レーダー(polarimetric SAR)**では、地表面の粗さや植生の構造といった散乱特性を調べるために、水平(H)・垂直(V)の直線偏波の組み合わせ(HH・HV・VH・VVの散乱行列)をあえて個別に測定します。この用途では、円偏波では潰れてしまう「H成分とV成分の違い」そのものが観測したい物理情報であるため、直線偏波が本質的に必要とされます。

演習問題

  1. δ=π\delta=\pi の場合について、偏波楕円の方程式 (Ex(t)/Ex)22(Ex(t)/Ex)(Ey(t)/Ey)cosδ+(Ey(t)/Ey)2=sin2δ\left(E_x(t)/E_x\right)^2 - 2\left(E_x(t)/E_x\right)\left(E_y(t)/E_y\right)\cos\delta + \left(E_y(t)/E_y\right)^2=\sin^2\delta から出発して、δ=0\delta=0 の場合と比べて直線の傾きの符号がどう変わるかを示してください。

  2. Ex=3E_x=3, Ey=4E_y=4, δ=0\delta=0 の電場について、(a) この波が直線偏波・円偏波・楕円偏波のどれに分類されるか、(b) 偏波角 τ=arctan(Ey/Ex)\tau=\arctan(E_y/E_x) を求めてください。

  3. 送信アンテナがRHCP、受信アンテナも軸比 ra=1r_a=1 の理想的なRHCPだが、送信波の偏波面(仮に少し楕円化していて rw=1.2r_w=1.2 だったとする)の向き ψ\psi が姿勢変動で 0°から 90°90°まで変化したとします。本文の一般式 PLF=12[1+4χrwra+(1rw2)(1ra2)cos2ψ(1+rw2)(1+ra2)]\mathrm{PLF}=\frac12\left[1+\dfrac{4\chi r_wr_a+(1-r_w^2)(1-r_a^2)\cos2\psi}{(1+r_w^2)(1+r_a^2)}\right] を使って、ψ\psi によらずPLFが一定になることを式変形で確認してください(χ=+1\chi=+1、同旋回)。

  4. 本文の一般式で rw=ra=rr_w=r_a=r\to\infty(直線偏波どうし)の極限を取ると PLFcos2ψ\mathrm{PLF}\to\cos^2\psi に収束することを示してください。ヒント: 分子・分母を r4r^4 で割ってから極限を取ると見通しがよくなります。

まとめと次回予告

電場ベクトルの一般式 E(t)=Excos(ωt)x^+Eycos(ωt+δ)y^\mathbf{E}(t) = E_x\cos(\omega t)\hat{x}+E_y\cos(\omega t+\delta)\hat{y} から出発し、位相差 δ\delta と振幅比 Ex/EyE_x/E_y の組み合わせによって、直線偏波・円偏波・楕円偏波という一見バラバラな概念が、同じ偏波楕円の方程式の特殊ケースとして統一的に記述できることを見ました。さらに右旋・左旋円偏波(RHCP/LHCP)の定義を右手の法則から確認し、偏波損失係数(PLF)を偏波ベクトルの内積として定式化することで、円偏波が探査機の姿勢変動やファラデー回転に対して数式的にロバストであることを示しました。

次回は、この回で扱ってきた「1つの反射鏡アンテナの偏波特性」から視点を広げ、電子走査フェーズドアレイアンテナに軽く触れます。多数の素子を組み合わせて、機械的にアンテナを振り向けることなく電気的にビーム方向を走査する仕組みと、そこでの偏波・利得の考え方がどう変わってくるのかを見ていきます。

参考文献

  • C. A. Balanis, Antenna Theory: Analysis and Design, Wiley
  • IEEE Std 145-2013, IEEE Standard for Definitions of Terms for Antennas
  • CCSDS 401.0-B, Radio Frequency and Modulation Systems, Part 1: Earth Stations and Spacecraft
  • DSN Telecommunications Link Design Handbook, DSN No. 810-005
  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76
  • J. D. Kraus, R. J. Marhefka, Antennas: For All Applications, McGraw-Hill