システム・運用#52

光通信・DSOC — 波長を短くするとアンテナ利得はどこまで上がるのか

これまで電波(RF)を前提にしてきた深宇宙通信に、波長がRFの1万分の1以下しかない可視光〜近赤外のレーザーを持ち込むとどうなるか。アンテナ利得の式にλ=1550nmを代入して桁違いの利得を確認し、その代償としての極端な指向精度要求・大気擾乱・雲による遮断を、NASAのDSOC(サイキ探査機搭載)の実データとともに理解する。

光通信DSOCレーザー通信リンク設計フォトンカウンティング

この回で学ぶこと

ここまでのすべてのレッスンは、暗黙のうちに1つの前提を共有していました。それは「探査機と地球の通信は電波(RF)で行う」という前提です。PCM/PSK/PMのサブキャリアも、PLLが追尾する残留搬送波も、アンテナ利得の式も、G/Tも、すべてXバンド(約8.4GHz、波長にして約3.6cm)やKa帯(約32GHz、波長約9.4mm)といった、波長にしてセンチメートルからミリメートルのオーダーの電磁波を扱ってきました。

この回では、その前提そのものを外します。波長をさらに4〜5桁短くして、可視光〜近赤外のレーザー光(波長にしておよそ1マイクロメートル、1 μm=1000 nm1\ \mu\text{m}=1000\ \text{nm}のオーダー)を使う光通信(optical communications)、あるいは**レーザー通信(laser communications)**という選択肢を扱います。

なぜ今さら波長を変えるだけの話にレッスン1回分を割くのか。理由は、アンテナ理論の回で導いた利得の式

G=η(πDλ)2G = \eta\left(\frac{\pi D}{\lambda}\right)^2

を思い出すとすぐに分かります。この式の中で、開口径 DD をどれだけ大きくできるかは構造重量・打ち上げフェアリングの制約でほぼ頭打ちですが、波長 λ\lambda を短くする効果は2乗で効いてきます。RFの波長をミリメートルからマイクロメートルまで4桁短くすれば、利得は理屈のうえで8桁(80dB近く)変わりうるということです。この回では、この「波長を短くするだけでどれだけ得をするか」を具体的な数値で確認し、その裏返しとして生じる指向精度・大気・天候という新しい課題を数式とともに追い、最後にNASA/JPLが実際に深宇宙で実証したDSOC (Deep Space Optical Communications) ミッションの実例を見ます。

直感的導入: 「同じ懐中電灯でも、ビームを絞れば絞るほど遠くまで届く」

電波と光は、どちらも同じマクスウェル方程式に従う電磁波です。両者の違いは本質的には波長だけであり、通信という観点から見れば「アンテナ(電波の場合はパラボラ反射鏡、光の場合は望遠鏡)を使って、送信側でエネルギーを狭い方向に集め、受信側でその狭いビームを再び集める」という仕組みは共通しています。

懐中電灯を思い浮かべてください。同じ電池・同じ光源でも、反射鏡やレンズを使ってビームを鋭く絞り込めば絞り込むほど、遠くまで明るく届かせることができます。アンテナ理論の回で見た通り、この「どれだけ鋭く絞れるか」は、開口の大きさを波長の単位で測った量、つまり D/λD/\lambda で決まります。波長がセンチメートル単位のRFでは、D/λD/\lambda を大きくするには文字通りアンテナを大きくするしかありませんでした。しかし波長がマイクロメートル単位の光では、手のひらに乗るような小さな望遠鏡でも、D/λD/\lambda の値がRFの巨大パラボラアンテナを軽々と上回ってしまいます。これが光通信の最大の魅力であり、この回全体を貫く主題です。

もちろん、話はそう単純ではありません。ビームを鋭く絞るということは、その分だけ「狙いを外したときの許容範囲」が極端に狭くなるということでもあります。さらに光は電波と違って、雲に完全に遮られてしまうという、RFにはなかった弱点も抱えています。以下ではこれらを順に数式で追っていきます。

数式定式化

1. アンテナ利得と波長 — 桁違いの利得

まず本題の利得計算から始めます。アンテナ理論の回で導出した式を再掲します。

G=η(πDλ)2G = \eta\left(\frac{\pi D}{\lambda}\right)^2

具体的な数値で比較してみましょう。RF側の代表例として、開口径 D=2 mD=2\ \text{m}、開口効率 η=0.55\eta=0.55 のXバンド(f=8.4 GHzf=8.4\ \text{GHz}λ=c/f3.57 cm\lambda = c/f \approx 3.57\ \text{cm})アンテナを考えます。

GRF=0.55(π×20.0357)20.55×3.10×1041.70×104  10log10GRF42.3 dBiG_{RF} = 0.55\left(\frac{\pi \times 2}{0.0357}\right)^2 \approx 0.55 \times 3.10\times10^4 \approx 1.70\times10^4 \ \Longrightarrow\ 10\log_{10}G_{RF}\approx 42.3\ \text{dBi}

一方、光側は実際のDSOCフライト用レーザー送信機と同じ諸元、開口径 D=0.22 mD=0.22\ \text{m}(わずか22cm!)、波長 λ=1550 nm=1.55×106 m\lambda = 1550\ \text{nm} = 1.55\times10^{-6}\ \text{m}、開口効率を控えめに η=0.5\eta=0.5 として計算します。

Gopt=0.5(π×0.221.55×106)20.5×1.99×10119.9×1010  10log10Gopt110.0 dBiG_{opt} = 0.5\left(\frac{\pi \times 0.22}{1.55\times10^{-6}}\right)^2 \approx 0.5\times 1.99\times10^{11} \approx 9.9\times10^{10}\ \Longrightarrow\ 10\log_{10}G_{opt}\approx 110.0\ \text{dBi}

驚くべきことに、開口径がRFアンテナの9分の1(物理的な集光面積では約80分の1)しかない22cmの望遠鏡が、利得にして約68dB、真数で約600万倍も上回ります。 これは全面的に λ2\lambda^2 の効果です。波長比 (λRF/λopt)2=(0.0357/1.55×106)25.3×108(\lambda_{RF}/\lambda_{opt})^2 = (0.0357/1.55\times10^{-6})^2 \approx 5.3\times10^8 という桁違いの因子が、開口面積比の不利((0.22/2)20.012(0.22/2)^2\approx0.012倍)を軽く帳消しにして余りある、というのがこの計算の核心です。これが「なぜ探査機にわずか20cm級の望遠鏡を積むだけで、数メートル級のRFアンテナに匹敵、あるいはそれを凌駕するリンク性能が狙えるのか」という光通信の存在意義そのものです。

2. ビーム幅と指向精度 — 利得の代償

利得が上がるということは、アンテナ理論の回のビーム幅の式が示す通り、ビームがそれだけ鋭く(細く)なるということと表裏一体です。同じ回で導いた円形開口のビーム幅の経験式

θ3dB [deg]58λD\theta_{3\text{dB}}\ [\text{deg}] \approx 58\,\frac{\lambda}{D}

を、上と同じ2つのケースに当てはめてみましょう。

θRF58×0.035721.043730 arcsec\theta_{RF} \approx 58\times\frac{0.0357}{2} \approx 1.04^\circ \approx 3730\ \text{arcsec} θopt58×1.55×1060.224.1×1041.5 arcsec\theta_{opt} \approx 58\times\frac{1.55\times10^{-6}}{0.22} \approx 4.1\times10^{-4\circ} \approx 1.5\ \text{arcsec}

RFアンテナのビーム幅が「1度」程度、つまり指向誤差が多少あってもビームの中に相手が入っていてくれる余裕があったのに対し、光のビーム幅はわずか1.5秒角(1度の2400分の1)しかありません。比を取ると θRF/θopt2500\theta_{RF}/\theta_{opt}\approx 2500 倍、実に3桁近くビームが鋭くなっています。

この鋭さは諸刃の剣です。受信側でこれだけ狭いビームを外さずに送信し続けるには、探査機・地上局双方の姿勢決定・追尾精度がマイクロラジアンのオーダーで要求されます。しかも光速有限性のため、地上局から見た探査機の見かけの位置と、実際に電波(光)を送るべき未来の位置(指向先角、point-ahead angle)にはズレが生じ、これを往復の光行時間から正確に補正し続けなければなりません。PLLの回でRF搬送波の位相をサブラジアンの精度で追尾する話をしましたが、光通信ではこれと同種の追尾問題が、角度領域でマイクロラジアン精度という、はるかに厳しい形で現れることになります。探査機の姿勢制御系(スタートラッカーやジャイロ)だけでこの精度を単独で保証するのは非常に困難なため、実務では地上から探査機に向けてビーコン光(標識光)を送り、探査機側がそれを見て自分の指向誤差をリアルタイムに補正する、という設計が採られます(後述)。

3. 大気の擾乱と雲による遮断 — RFにはなかった弱点

RFでは大気はほぼ透明な媒質でした(G/Tの回で触れたように、Ka帯であっても降雨時以外は大気減衰は小さな補正項にすぎません)。しかし可視光〜近赤外の波長では、大気は決して無視できない存在になります。

シンチレーション(scintillation)。 大気中の温度・密度の乱流的な揺らぎは、屈折率をランダムに変動させ、地上に届く光波面を歪めます。この効果はフリード・パラメータ r0r_0(大気の乱流がコヒーレントな波面を保てる典型的なスケール、地上望遠鏡で数cm〜十数cm程度)で特徴づけられ、望遠鏡の開口が r0r_0 より大きいと、受信スポットの強度がランダムに揺らぐ「またたき」が生じます。この劣化を補償するために、地上受信局では大気ゆらぎをリアルタイムに測定して反射鏡の形状を高速に補正する**補償光学(adaptive optics)**が使われることがあります。

雲による完全な遮断。 RFにとって薄い雲はほぼ透明ですが、可視光〜近赤外にとって雲は事実上の不透明体です。厚い雲がリンク経路に入れば、光リンクは(補償光学をもってしても)ほぼ完全に途絶します。これはRFリンクにおける降雨減衰(数dBの追加損失としてG/Tの回で触れた)とは質的に異なる弱点です。RFでは「悪天候でもマージンを削って何とか繋がる」余地がありましたが、光では「晴れているか、繋がらないか」という、ほぼ二値的なリスクとして設計に織り込む必要があります。この対策は後述の実務セクションで扱います。

4. リンクバジェットとフォトン計数検出 — 量子限界に近づく感度

リンクバジェットの骨格そのものは光通信でもRFと共通です。変調損失の回G/Tの回で使った

PRN0=EIRPLpath+GTk[dB表記]\frac{P_R}{N_0} = EIRP - L_{path} + \frac{G}{T} - k \quad \text{[dB表記]}

という「送信側の実効放射電力 - 経路損失 ++ 受信側の利得対雑音比 - 定数」という図式は、光通信でも「送信望遠鏡の利得 - 幾何学的な広がり損失 ++ 受信望遠鏡・検出器の性能 - 定数」という形でそのまま対応づけられます。

決定的に違うのは、受信機を特徴づける「雑音」の正体です。これまでのすべてのレッスンで、AWGNの回以来一貫して「受信機の熱雑音はガウス分布に従う連続量」として扱い、雑音温度 TsysT_{sys}・雑音スペクトル密度 N0=kTsysN_0=kT_{sys}、そしてQ関数によるBER評価(PCM/PSK/PMの回)という枠組みを使ってきました。これは、受信電力に対して1シンボルあたり非常に多数の光子(あるいは熱雑音電子)が関与する、いわば「連続量」とみなせる領域での近似です。

光通信、特に深宇宙のように受信電力が極端に微弱なリンクでは、この前提が崩れます。1550nmの光子1個が運ぶエネルギーは、

Ephoton=hf=hcλ=(6.626×1034)(2.998×108)1.55×1061.28×1019 J0.80 eVE_{photon} = h f = \frac{hc}{\lambda} = \frac{(6.626\times10^{-34})(2.998\times10^{8})}{1.55\times10^{-6}} \approx 1.28\times10^{-19}\ \text{J} \approx 0.80\ \text{eV}

(覚えやすい経験則として E[eV]1240/λ[nm]E[\text{eV}] \approx 1240/\lambda[\text{nm}] があり、1240/15500.801240/1550\approx0.80 eV と一致します)。受信電力がピコワット〜フェムトワット級まで落ち込む深宇宙リンクでは、単位時間あたりに届く光子の個数そのものが数えられるほど少なくなり、信号は「連続的な電力の揺らぎ」としてではなく「離散的な光子の到来イベント」として扱う方が物理的に正確になります。この極限では受信機の性能は、フォトン計数(photon-counting)、すなわち到来した光子を1個単位で検出できる検出器によって決まり、支配的な雑音はガウス分布の熱雑音ではなく、光子の到来間隔がランダムに揺らぐ**ポアソン過程としての量子雑音(ショット雑音)**になります。

このため、光通信の変調方式にはBPSK/QPSKのような連続波の位相変調ではなく、**PPM(Pulse Position Modulation、パルス位置変調)がよく使われます。PPMは1シンボル周期を多数の短いタイムスロットに分割し、そのどのスロットで光を送ったかにビット情報を乗せる方式で、「位相の連続的な基準」を必要とせず、「光が来たか来ないか(あるいは何個来たか)」という離散的な情報だけで復調できるため、極端に光子数が少ないフォトン飢餓(photon-starved)な環境でも高い符号化利得を引き出せます。地上受信局には、ほぼ100%に近い量子効率(入射した光子をほぼ取りこぼさずに検出できる能力)を持つ極低温の超伝導ナノワイヤ単一光子検出器(SNSPD, Superconducting Nanowire Single-Photon Detector)**が使われ、これによって受信機の感度は熱雑音限界ではなく、量子力学的な検出限界に近いところまで引き上げられます。これは、この講座がこれまで前提にしてきた「Eb/N0E_b/N_0 とQ関数によるガウス統計のBER評価」という枠組み(検出理論の回参照)そのものが、光通信の極限的なレジームでは「ポアソン統計に基づく光子計数検出理論」に置き換わることを意味しています。

実務での使われ方

DSOC — サイキ探査機搭載の深宇宙光通信実証

この回で扱った理論を実際の深宇宙ミッションで検証したのが、NASA/JPLの DSOC (Deep Space Optical Communications) 技術実証機です。DSOCは2023年10月に打ち上げられた小惑星探査機**サイキ(Psyche)**に相乗りする形で搭載され、地球からの巡航フェーズの間、深宇宙での高速光通信の実現性を検証しました。

探査機側(フライト・レーザー・トランシーバ、FLT)。 前節の計算でそのまま使った通り、口径22cmの望遠鏡を用い、波長1550nm、平均送信光電力4Wでダウンリンクデータを送信します。

地上側の受信(ダウンリンク)。 カリフォルニア州パロマー天文台の口径5.1m(200インチ)ヘール望遠鏡が、光子計数用に開発された64画素のSNSPDアレイ(JPL製)を装備し、ダウンリンク光信号の受信に使われました。

地上側の送信(アップリンク・ビーコン)。 JPLの光通信望遠鏡研究施設(OCTL)があるカリフォルニア州テーブルマウンテンから、波長1064nm・kW級のアップリンクビーコンレーザーが探査機に向けて照射されます。これは前節で述べた「探査機側だけでは指向精度を確保しきれない」問題への対処で、探査機はこの地上ビーコン光を自らのカメラで捉え、それを基準に自分の望遠鏡の指向を補正しながら、正確な指向先角でダウンリンク光をパロマーに送り返します。

実証された性能。 DSOCは複数のマイルストーンで性能を実証しました。

  • 地球からの距離約3100万km(約1900万マイル)の距離で、最大267 Mbpsのダウンリンクを達成。
  • 距離約3億8600万km(約2億4000万マイル)というはるかに遠い距離でも、持続6.25 Mbps(瞬間最大8.3 Mbps)のダウンリンクに成功。
  • 2024年12月には、地球から約4億9400万km(約3億700万マイル、地球と火星の最遠距離を上回る距離)という、光通信としての新記録距離でのデータ送信を達成。
  • 探査機の指向精度は目標を上回るマイクロラジアン級を実証しました。
  • NASAは、DSOCが同程度のサイズ・電力のRF通信システムと比べて少なくとも10倍以上高いデータレートを達成したと総括しています。これはまさにこの回で見た λ2\lambda^2 の利得優位が、実際のミッションデータとして裏付けられた結果です。
  • DSOCは2025年9月2日、当初のすべての技術目標を上回って任務を終了しました。

天候リスクへの対処 — 複数地上局サイトという発想

前節で述べた「雲による完全な遮断」というリスクは、DSOCの運用でも現実の制約として現れました。単一の地上受信局(パロマー)に依存する限り、その地域の天候が悪ければリンクそのものが成立しません。これはRFのDSN局のネットワーク運用(晴天・降雨を問わずほぼ常時運用可能)とは対照的です。

このため、将来の運用フェーズを見据えた光通信アーキテクチャでは、気候特性の異なる複数の地上局サイトを地理的に分散配置し、少なくとも1局が晴天である確率を高めるという考え方が重視されています。実際、NASAがRF中継衛星として運用してきたTDRSの光通信版にあたるレーザー通信リレー実証機 (LCRD, Laser Communications Relay Demonstration) の地上セグメントでは、カリフォルニア州(テーブルマウンテン)とハワイ州(ハレアカラ)という、気象条件が独立に近い2箇所の地上局を用意し、片方が曇天でももう片方でリンクを継続できるようにする、という設計判断がなされています。DSOCおよびそれに続く光通信ミッション群でも、この「地上局の地理的冗長化」が、光通信特有の弱点(雲による遮断)に対する主要な運用上の解答として位置づけられています。

標準化の動き

光通信は依然として技術実証の色合いが強い分野ですが、標準化も進んでいます。CCSDS(宇宙データシステム諮問委員会)は CCSDS 141.0-B, Optical Communications Physical LayerCCSDS 142.0-B, Optical Communications Coding and Synchronization という青book(正式勧告)を整備しており、1550nm/1064nmそれぞれの高速光通信フォーマットについての実験仕様(Orange Book)も公開されています。CCSDSの符号化標準の回で見たRF向け標準群と同様に、光通信もミッション間の相互運用性を見据えた標準化の段階に入りつつあります。

演習問題

  1. 本文の数値例にならい、開口径 D=0.3 mD=0.3\ \text{m}、波長 λ=1064 nm\lambda=1064\ \text{nm}(開口効率 η=0.6\eta=0.6)の光望遠鏡アンテナの利得 GG をdBiで求め、開口径 D=3 mD=3\ \text{m}、Ka帯(f=32 GHzf=32\ \text{GHz}、開口効率 η=0.6\eta=0.6)のRFアンテナの利得と比較せよ。開口面積の比と利得の比、それぞれどちらが「得」をしているかを数値で示せ。

  2. 問1の2つのアンテナについて、本文で使ったビーム幅の経験式 θ3dB[deg]58λ/D\theta_{3\text{dB}}[\text{deg}]\approx 58\lambda/D を用いてそれぞれのビーム幅を度・秒角の両方で求め、比を計算せよ。この比が、探査機の姿勢制御系(スタートラッカー・ジャイロ等)にどのような追加要求を課すか、PLLの回で扱った位相追尾の考え方とも対比しながら論じよ。

  3. 波長1064nmの光子1個のエネルギー Ephoton=hc/λE_{photon}=hc/\lambda をジュールおよびeV単位で求めよ。さらに、平均送信光電力が4Wであるとき、送信機が1秒あたりに放出する光子の個数 N=P/EphotonN=P/E_{photon} を求めよ。この値が非常に大きい一方で、なぜ地球に届く光子は「数えられる」ほど少なくなるのか、経路損失の観点から説明せよ。

  4. なぜRFリンクでは「降雨時でもマージンを削って何とか繋がる」という運用が可能なのに対し、光通信リンクでは「雲があれば実質的に繋がらない」というほぼ二値的なリスクになるのか、大気に対する電波と光の透過特性の違いを踏まえて説明せよ。また、この問題に対してNASAが採用している「複数地上局サイトの地理的分散」という対策が、なぜ有効なのかも論じよ。

まとめと次回予告

この回では、これまで暗黙の前提だった「深宇宙通信=電波」という枠組みを外し、波長を4〜5桁短くした光(レーザー)通信を扱いました。アンテナ理論の回の利得の式 G=η(πD/λ)2G=\eta(\pi D/\lambda)^2λ1550 nm\lambda\approx1550\ \text{nm} を代入するだけで、わずか22cmの望遠鏡がメートル級のRFアンテナを利得で凌駕するという桁違いの優位性が生まれることを確認し、その代償として、マイクロラジアン級の指向精度要求、大気シンチレーション、そして雲による完全な遮断という、RFにはなかった新しい課題が生じることも見ました。またリンクバジェットの骨格自体はRFと共通でありながら、検出器がフォトン計数ベースになることで、雑音の統計モデルがガウス分布から量子限界に近いポアソン統計へと移り変わることにも触れました。最後に、これらすべてが理論上の話にとどまらないことを、NASA/JPLのDSOC(サイキ探査機搭載)が達成した実データ——267 Mbpsのダウンリンク、RF比10倍超のデータレート、そして地球-火星最遠距離を超える記録的な通信距離——で確認しました。

次回は、この光通信を含む深宇宙リンクを、探査機から地球へ直接送るのではなく、中継衛星を経由して届ける中継通信アーキテクチャに軽く触れます。RFの世界でTDRSが果たしてきた役割を、光通信の世界でLCRDのような静止軌道上の光中継ノードがどう引き継ごうとしているのか、という発展的な話題です。

参考文献

  • NASA/JPL, Deep Space Optical Communications (DSOC) ミッション概要・成果報告資料
  • CCSDS 141.0-B, Optical Communications Physical Layer
  • CCSDS 142.0-B, Optical Communications Coding and Synchronization
  • CCSDS 141.10-O-1 / 141.11-O-1, Optical High Data Rate (HDR) Communication — 1550 nm / 1064 nm
  • H. Hemmati (ed.), Deep Space Optical Communications, Wiley-JPL Deep Space Communications and Navigation Series
  • B. Robinson et al., “Overview of the Deep Space Optical Communications (DSOC) Technology Demonstration,” SPIE / IEEE 関連論文
  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76