システム・運用#41

開口アンテナ理論の基礎 — 利得の式はどこから来るのか

これまで複数のレッスンで天下り的に使ってきたアンテナ利得の式 G=η(πD/λ)² を、指向性・実効開口面積・相反定理から電磁気学的に導出する。開口効率を左右するテーパー・遮蔽・表面誤差(Ruze式)、そしてビーム幅の式の起源までを数式で理解する。

アンテナ理論開口効率指向性Ruze式ビーム幅

この回で学ぶこと

これまでのレッスンで、私たちはアンテナ利得の式を何度も使ってきました。変調損失の回では実効開口面積 AeA_e と利得の関係式 G=4πAe/λ2G=4\pi A_e/\lambda^2 を「フリスの伝達公式を導くための道具」として天下り的に導入し、DSN概論ではそこから円形パラボラの利得式 G=η(πD/λ)2G=\eta(\pi D/\lambda)^2 を代数的に組み立て、アンテナ自動追尾の回ではビーム幅の経験式 θ3dB70λ/D\theta_{3\text{dB}}\approx 70\lambda/D を「よく知られた近似式」として使いました。

いずれも、なぜその式の形になるのかという電磁気学的な根拠には立ち入りませんでした。この回では、いったん個々の通信方式の話から離れて、なぜアンテナの利得が開口面積に比例し、波長の2乗に反比例するのかという、開口アンテナ理論の基礎に立ち返ります。具体的には、指向性(directivity)と利得(gain)の定義から出発し、相反定理(reciprocity)とフリスの伝達公式の考え方を使って G=4πAe/λ2G=4\pi A_e/\lambda^2 という一般関係式そのものを導き、さらに開口効率を下げる物理的要因(照度分布のテーパー、遮蔽、表面誤差)を1つずつ数式で追います。最後に、ビームパターンが開口分布のフーリエ変換であるという見方から、ビーム幅の式の起源をスケッチします。

直感的導入: アンテナは「送信」と「受信」の二重人格を持つ

アンテナは奇妙な素子です。送信機につなげば電波を空間に放射する装置になり、受信機につなげば空間の電波を集めて電気信号に変える装置になります。同じ金属構造物が、見方によって「放射パターンを持つ送信源」にも「集光面積を持つ受信面」にもなるわけです。

この2つの姿——送信時の指向性(特定方向にどれだけ電波を集中させて放射できるか)と、受信時の実効開口面積(入射してくる電力密度をどれだけの面積分だけ集められるか)——は、直感的には無関係な量に見えます。指向性は角度分布の話であり、実効開口面積は面積の話だからです。しかし電磁気学の相反定理は、この2つが実は同じ物理的実体の裏表であり、任意のアンテナについて厳密に比例することを教えてくれます。この比例関係を突き止めることが、この回の最初の目標です。

指向性・利得・実効開口面積の定義

まず3つの量を正確に定義します。

放射強度(radiation intensity) U(θ,ϕ)U(\theta,\phi) は、アンテナから角度 (θ,ϕ)(\theta,\phi) 方向へ、単位立体角あたりに放射される電力です(単位 W/sr)。アンテナが放射する全電力 PradP_{rad} は、これを全立体角にわたって積分したものです。

Prad=4πU(θ,ϕ)dΩP_{rad} = \oint_{4\pi} U(\theta,\phi)\, d\Omega

指向性(directivity) D(θ,ϕ)D(\theta,\phi) は、その方向の放射強度が、もし全電力 PradP_{rad} を全方向に均等にばらまいた場合(平均放射強度 Prad/4πP_{rad}/4\pi)の何倍かを表す無次元量です。

D(θ,ϕ)=U(θ,ϕ)Prad/4π=4πU(θ,ϕ)PradD(\theta,\phi) = \frac{U(\theta,\phi)}{P_{rad}/4\pi} = \frac{4\pi U(\theta,\phi)}{P_{rad}}

最大値 D0maxθ,ϕD(θ,ϕ)D_0 \equiv \max_{\theta,\phi} D(\theta,\phi) を単に「指向性」と呼ぶことも多く、以下でもボアサイト(最大放射方向)の値としてこの記法を使います。指向性は純粋に放射パターンの形だけで決まる幾何学的な量で、アンテナに電力損失(導体損・誘電体損)が一切なければ、これがそのまま利得になります。

利得(gain) GG は、指向性に、アンテナ自体の電力損失を表す放射効率 ηrad\eta_{rad}(0<ηrad10<\eta_{rad}\le 1)を掛けたものです。

G=ηradD0G = \eta_{rad}\, D_0

金属反射鏡でできたパラボラアンテナでは導体損はごくわずかで ηrad\eta_{rad} は0.98〜0.99程度と1に近く、後述するように現実のアンテナで利得を大きく損なう要因は、この放射効率ではなく、開口の使い方そのものにあります。

実効開口面積(effective aperture) AeA_e は受信時の定義です。アンテナに入射する平面波の電力密度(ポインティングフラックス)を SS [W/m²] とし、そのアンテナが整合負荷に取り出せる最大受信電力を PRP_R とすると、

PR=SAeP_R = S \cdot A_e

によって AeA_e が定義されます。AeA_e は面積の次元を持ちますが、アンテナの物理的な面積そのものとは限らないことに注意してください(たとえば細い1本のダイポールにも有限の AeA_e があります)。

相反定理とフリスの伝達公式から G/AeG/A_e の普遍性を導く

ここからが本題です。GGAeA_e という一見別々の量が、実はどんなアンテナについても同じ比例定数で結ばれていることを示します。

任意の2つのアンテナ1・2を、互いに整合が取れた状態でボアサイトを向け合わせ、遠方界の距離 rr だけ離して置きます。

実験A: アンテナ1が電力 PtP_t を送信する。アンテナ2の位置での電力密度は、変調損失の回で使った電力密度の式と同じ考え方で S=PtG1/(4πr2)S = P_t G_1/(4\pi r^2) となり、アンテナ2が受け取る電力は

PR,A=SAe2=PtG1Ae24πr2P_{R,A} = S \cdot A_{e2} = \frac{P_t\, G_1\, A_{e2}}{4\pi r^2}

実験B: 今度は役割を入れ替え、アンテナ2が同じ電力 PtP_t を送信し、アンテナ1が受信する。

PR,B=PtG2Ae14πr2P_{R,B} = \frac{P_t\, G_2\, A_{e1}}{4\pi r^2}

ここで電磁気学の**相反定理(reciprocity theorem)**を使います。線形・受動な媒質(空気やアンテナの金属導体はこの条件を満たします)では、2つのアンテナ間の伝達特性は送受の向きによらず対称であることが一般に証明されます。直感的に言えば、「アンテナ1で送りアンテナ2で受ける」回路と「アンテナ2で送りアンテナ1で受ける」回路は、同じ送信電力に対して同じ受信電力を与える、ということです。したがって

PR,A=PR,BG1Ae2=G2Ae1G1Ae1=G2Ae2P_{R,A} = P_{R,B} \quad\Longrightarrow\quad G_1 A_{e2} = G_2 A_{e1} \quad\Longrightarrow\quad \frac{G_1}{A_{e1}} = \frac{G_2}{A_{e2}}

アンテナ1・2はまったく任意に選んだものだったので、この比 G/AeG/A_eアンテナの設計によらない普遍定数でなければなりません。これを kk とおきます。

GAe=k(すべてのアンテナに共通)\frac{G}{A_e} = k \quad (\text{すべてのアンテナに共通})

普遍定数 kk の値: 微小ダイポールによる較正

相反定理は kk が普遍的であることは保証しますが、その値までは教えてくれません。値を決めるには、指向性 D0D_0 と実効開口面積 AeA_e の両方を、それぞれ独立な方法で計算できる「基準アンテナ」が1本あれば十分です。教科書的にもっともよく使われる基準は、波長に比べて十分短い**微小ダイポール(ヘルツダイポール)**です。

指向性の計算。 微小ダイポールの放射強度は、ダイポール軸から測った角度 θ\theta に対して U(θ)=Umaxsin2θU(\theta) = U_{max}\sin^2\theta という形になることが、マクスウェル方程式から導かれる遠方界の式から分かります。これを積分すると、

Prad=02π ⁣ ⁣0πUmaxsin2θsinθdθdϕ=2πUmax0πsin3θdθ=2πUmax43=8π3UmaxP_{rad} = \int_0^{2\pi}\!\!\int_0^{\pi} U_{max}\sin^2\theta \cdot \sin\theta\, d\theta\, d\phi = 2\pi U_{max}\int_0^\pi \sin^3\theta\, d\theta = 2\pi U_{max}\cdot\frac{4}{3} = \frac{8\pi}{3}U_{max}

0πsin3θdθ=4/3\int_0^\pi \sin^3\theta\, d\theta = 4/3 は標準的な積分公式です。)これより

D0=4πUmaxPrad=4πUmax(8π/3)Umax=32=1.5D_0 = \frac{4\pi U_{max}}{P_{rad}} = \frac{4\pi U_{max}}{(8\pi/3)U_{max}} = \frac{3}{2} = 1.5

実効開口面積の計算。 一方、整合負荷につながれた微小ダイポールが平面波を受信するときの実効開口面積は、回路理論(入射電界による開放電圧と放射抵抗への最大電力伝送)から独立に導出でき、その結果は

Ae=3λ28πA_e = \frac{3\lambda^2}{8\pi}

という、これも教科書でよく知られた値になります。

2つを比較する。 同じダイポールについて D0D_0AeA_e が両方分かったので、比を取れば普遍定数 kk が求まります。

k=AeD0=3λ2/8π3/2=λ24πk = \frac{A_e}{D_0} = \frac{3\lambda^2/8\pi}{3/2} = \frac{\lambda^2}{4\pi}

放射効率 ηrad1\eta_{rad}\approx 1(微小ダイポールも損失を無視すれば GD0G\approx D_0)として k=Ae/Gk=A_e/G と読み替えれば、これがすべてのアンテナに共通の定数です。したがって、

G=4πAeλ2\boxed{G = \frac{4\pi A_e}{\lambda^2}}

という、変調損失の回で天下り的に導入した式が、相反定理とダイポールによる較正から厳密に導かれました。この式の美しさは、ダイポールのような単純な線状アンテナから、数十mのパラボラ反射鏡まで、形状によらずまったく同じ比例定数で成り立つという点にあります。

開口効率: 実効開口面積を物理的な開口面積に結びつける

パラボラアンテナのような開口アンテナ(aperture antenna)では、実効開口面積 AeA_e を、目に見える反射鏡の物理的な開口面積 AphysA_{phys} と比較するのが自然です。円形パラボラの物理的な開口面積は直径 DD を使って Aphys=πD2/4A_{phys} = \pi D^2/4 ですが、実際のアンテナは物理的な面積のすべてを理想的に電波の収集に使えるわけではありません。この「実際にどれだけ有効に使えているか」を表す無次元係数が開口効率(aperture efficiency) η\eta(0<η<10<\eta<1)で、

Ae=ηAphys=ηπD24A_e = \eta\, A_{phys} = \eta\,\frac{\pi D^2}{4}

これを G=4πAe/λ2G=4\pi A_e/\lambda^2 に代入すると、

G=4πλ2ηπD24=ηπ2D2λ2=η(πDλ)2G = \frac{4\pi}{\lambda^2}\cdot \eta\,\frac{\pi D^2}{4} = \eta\,\frac{\pi^2 D^2}{\lambda^2} = \boxed{\eta\left(\frac{\pi D}{\lambda}\right)^2}

これで、DSN概論で使った式にたどり着きました。ここまでの議論の要点は、この式が2つのまったく異なる起源を持つ因子の積だということです。1つは相反定理という普遍的な電磁気学の定理(4π/λ24\pi/\lambda^2)、もう1つは個々のアンテナの「作りの良さ」を表す開口効率 η\eta です。以下では、この η\eta を下げる物理的な要因を1つずつ見ていきます。

開口効率を下げる要因

現実のパラボラアンテナの開口効率は、複数の独立な損失要因の積として分解できます。

η=ηillumηspilloverηblockageηsurfaceηrad\eta = \eta_{illum}\cdot \eta_{spillover}\cdot \eta_{blockage}\cdot \eta_{surface}\cdot \eta_{rad}\cdots

照度分布のテーパー(ηillum\eta_{illum})。 パラボラの焦点に置かれたフィード(給電部)は、反射鏡の中心付近をより強く、縁に近づくほど弱く照らします。この振幅分布の不均一さを**テーパー(taper)**と呼びます。もし開口全体を完全に一様な振幅・位相で照らせれば(ηillum=1\eta_{illum}=1)、開口面積を最大限に使い切ることができ、最も細いビーム(最大の指向性)が得られます。しかしテーパーをかけて縁を弱く照らすと、開口を使い切れない分だけ指向性は下がります(ηillum<1\eta_{illum}<1、典型的には0.7〜0.9程度)。

なぜあえて指向性を犠牲にしてテーパーをかけるのでしょうか。理由は次のスピルオーバーと表裏一体です。

スピルオーバー(ηspillover\eta_{spillover})。 フィードのビームは反射鏡の縁できっちり切れるわけではなく、一部は反射鏡からはみ出して周囲の(暖かい)地面や空を照らしてしまいます。この漏れた電力の割合がスピルオーバー損失です。フィードの照射を反射鏡の縁でも強いまま(一様に近く)保つとスピルオーバーは増え、逆に縁で大きく絞る(テーパーを強くかける)とスピルオーバーは減りますが、その代わり ηillum\eta_{illum} が下がります。したがって ηillum\eta_{illum}ηspillover\eta_{spillover} の間には設計上のトレードオフがあり、実務ではこの積 ηillumηspillover\eta_{illum}\eta_{spillover} を最大化するテーパー量(典型的には開口の縁で中心よりおよそ10〜12 dB弱く照らす、「エッジテーパー-12 dB」程度)が選ばれます。

遮蔽(ηblockage\eta_{blockage})。 カセグレン光学系のサブリフレクタや、フィードを支える支柱(フィードレッグ)は、開口の一部を物理的に遮ってしまいます。この遮られた面積の分だけ実効的な集光面積が減り、さらに遮蔽物の縁での回折によってサイドローブも増えます。

表面誤差(ηsurface\eta_{surface})。 反射鏡の表面は、パネルの製作誤差、重力によるたわみ、熱変形などによって、理想的な放物面から微小にずれます。この効果は後で数式として詳しく扱います(Ruze式)。

これらすべてを掛け合わせたものが、DSN概論で「実用的なDSNの大口径パラボラアンテナでは η0.55\eta\approx0.55〜0.7程度」と述べた数値の中身です。

Ruze式: 表面誤差による利得低下

表面誤差 ηsurface\eta_{surface} の効果を、実際に数式で追ってみましょう。理想的な放物面は、焦点から出たすべての光線(電波)を反射後に等しい光路長で開口面まで届け、開口上で位相のそろった平面波を作ります。しかし反射鏡表面のある点が、理想の放物面から法線方向に ε(x,y)\varepsilon(x,y) だけずれているとすると、その点で反射した波は往復で 2ε(x,y)2\varepsilon(x,y) 分だけ余分な(あるいは不足した)経路を進むことになり、対応する位相誤差は

ϕ(x,y)=2πλ2ε(x,y)=4πε(x,y)λ\phi(x,y) = \frac{2\pi}{\lambda}\cdot 2\varepsilon(x,y) = \frac{4\pi\,\varepsilon(x,y)}{\lambda}

となります。ボアサイト方向の利得は、開口面上のすべての点からの寄与を位相をそろえて足し合わせた大きさに比例するので、位相誤差がある場合の利得は、理想的な場合(位相誤差ゼロ)に対する比として

ηsurface=ejϕ(x,y)2\eta_{surface} = \left|\left\langle e^{j\phi(x,y)}\right\rangle\right|^2

と書けます(ここで \langle\cdot\rangle は開口面上での平均)。表面誤差 ε(x,y)\varepsilon(x,y) が、反射鏡表面上の多数の独立な微小変形の重ね合わせとして生じる、平均ゼロ・分散 σε2\sigma_\varepsilon^2 のランダムな量であると仮定すると(中心極限定理により、位相誤差 ϕ(x,y)\phi(x,y) も近似的にガウス分布に従います)、ガウス分布の特性関数の性質から

ejϕeσϕ2/2,σϕ=4πσελ\left\langle e^{j\phi}\right\rangle \approx e^{-\sigma_\phi^2/2}, \qquad \sigma_\phi = \frac{4\pi\sigma_\varepsilon}{\lambda}

が成り立ちます。したがって、

ηsurface=exp[(4πσελ)2]\boxed{\eta_{surface} = \exp\left[-\left(\frac{4\pi\sigma_\varepsilon}{\lambda}\right)^2\right]}

これがRuze式と呼ばれる、アンテナ工学で非常に広く使われる近似式です(J. Ruze, 1966年の論文にちなみます)。この式の本質は、表面誤差の影響が σε/λ\sigma_\varepsilon/\lambda の2乗、つまり波長に対する相対的な誤差の大きさで効いてくるという点です。同じ絶対的な表面精度(たとえばRMSで0.5mm)でも、波長が短い(周波数が高い)帯域ほど σε/λ\sigma_\varepsilon/\lambda が大きくなり、指数関数的に利得が損なわれます。これが「周波数が高くなるほど表面精度要求が厳しくなる」ことの数式的な根拠です。

具体的に、σε=0.5\sigma_\varepsilon = 0.5 mm の反射鏡をXバンド(λ35.7\lambda\approx35.7 mm)で使う場合を見てみましょう。

σϕ=4π×0.535.70.176 rad,ηsurface=e0.17620.969\sigma_\phi = \frac{4\pi\times 0.5}{35.7}\approx 0.176\ \text{rad}, \qquad \eta_{surface} = e^{-0.176^2}\approx 0.969

損失はわずか -0.14 dB程度で、実用上ほとんど無視できます。同じ反射鏡をKaバンド(λ9.4\lambda\approx9.4 mm)で使うとどうなるかは、演習問題で計算してみてください。波長が4分の1近くになるだけで、損失の桁が劇的に変わることが分かるはずです。

遠方界とフラウンホーファー距離

ここまでの議論(相反定理、利得の定義)は暗黙に、アンテナから観測点までの距離が十分に遠く、放射された波が観測点付近で局所的に平面波とみなせる「遠方界(far field)」にあることを前提にしていました。この前提が崩れる近距離の領域を含めると、アンテナの周囲は大きく3つの領域に分けられます。内側から順に、リアクティブ近傍界(誘導性・容量性のエネルギーが支配的で、伝搬する電力とは呼べない領域)、放射近傍界(フレネル領域)(電力は放射されているが、開口上の各点からの距離の違いによる波面の曲率がまだ無視できない領域)、そして**遠方界(フラウンホーファー領域)**です。

遠方界とみなせる境界の距離 RffR_{ff} は、開口上の中心と縁からの経路長の差が無視できるほど小さいという条件から導かれます。開口の半径を D/2D/2、観測距離を RR(RDR\gg D)とすると、開口の縁から観測点までの距離は、中心からの距離よりも近似的に

R2+(D/2)2R(D/2)22R=D28R\sqrt{R^2+(D/2)^2} - R \approx \frac{(D/2)^2}{2R} = \frac{D^2}{8R}

だけ長くなります(2項展開の1次近似)。この経路長差が引き起こす位相誤差が実用上無視できる程度である、という経験的な基準として、経路長差を λ/16\lambda/16 以下に抑える(対応する位相誤差はおよそ π/8\pi/8 ラジアン以下)という条件がよく使われます。

D28Rλ16R2D2λ\frac{D^2}{8R} \le \frac{\lambda}{16} \quad\Longrightarrow\quad R \ge \frac{2D^2}{\lambda}

これより、遠方界の境界距離(フラウンホーファー距離)は

Rff=2D2λ\boxed{R_{ff} = \frac{2D^2}{\lambda}}

と定義されます。この距離より遠くでのみ、アンテナ利得・ビームパターンといった「遠方界の量」が意味を持つことになります。大口径・高周波のアンテナほど RffR_{ff} は大きくなり、後の演習問題で見るように、DSNクラスの大アンテナでは地上での測定さえ困難なほど巨大な距離になります。

ビームパターン = 開口分布のフーリエ変換(ビーム幅の式のスケッチ)

最後に、アンテナ自動追尾の回で使ったビーム幅の経験式 θ3dB70λ/D\theta_{3\text{dB}}\approx 70\lambda/D がどこから来るのかをスケッチします。

遠方界における放射パターンは、開口面上の電界分布(振幅・位相)を、角度方向の空間周波数についてフーリエ変換したものとして得られることが、ホイヘンスの原理に基づく開口積分(radiation integral)から示されます。これはPCM/PSK/PMの回で見た「矩形パルスのスペクトルがsinc関数になる」という時間・周波数のフーリエ変換の関係と、数学的にまったく同じ構造です——違いは、時間・周波数の代わりに、開口上の空間座標と角度(空間周波数)の対応になっているだけです。

もっとも単純化した例として、幅 DD の1次元開口を、振幅 E0E_0 で一様に照らした場合(テーパーなし、ηillum=1\eta_{illum}=1)を考えます。角度 θ\theta 方向の遠方界振幅は、

F(θ)D/2D/2E0ejkxsinθdx=E0Dsinc ⁣(Dsinθλ),sinc(u)=sin(πu)πuF(\theta) \propto \int_{-D/2}^{D/2} E_0\, e^{j k x \sin\theta}\, dx = E_0 D\, \text{sinc}\!\left(\frac{D\sin\theta}{\lambda}\right), \qquad \text{sinc}(u)=\frac{\sin(\pi u)}{\pi u}

これはPCM/PSK/PMで見たNRZパルスのスペクトルとまったく同じ sinc 関数の形です。正規化電力パターン F(θ)/F(0)2=sinc2(Dsinθ/λ)|F(\theta)/F(0)|^2 = \text{sinc}^2(D\sin\theta/\lambda) が半分(-3dB)に落ちる点は、sinc2(u)=1/2\text{sinc}^2(u)=1/2 を解いて u0.443u\approx0.443 と求まるので、微小角近似 sinθθ\sin\theta\approx\theta のもとで

θ3dB(half)0.443λD[rad],θ3dB=2θ3dB(half)0.886λD [rad]50.8λD [度]\theta_{3\text{dB(half)}} \approx \frac{0.443\lambda}{D} \quad\text{[rad]}, \qquad \theta_{3\text{dB}} = 2\theta_{3\text{dB(half)}} \approx \frac{0.886\lambda}{D}\ \text{[rad]} \approx \frac{50.8\,\lambda}{D}\ \text{[度]}

これは1次元の一様照度開口という単純化されたモデルでの結果です。実際の円形パラボラ開口についてこの積分を(ベッセル関数を使って)実行すると、一様照度の場合の係数は約 5858 に上がります。さらに、先ほど見た通り実際のアンテナはスピルオーバーを抑えるために縁を弱く照らすテーパーをかけており、テーパーは開口の実効的な広がりを狭める(≒開口をわずかに小さく使う)方向に働くため、ビームはさらに太くなります。この効果を積み重ねると、実用的な照度分布に対する経験的な係数が 58〜70 程度の範囲に収まる、というのがアンテナ自動追尾の回の脚注で触れた「係数70」の正体です。つまり 一様照度で得られる最も細いビーム(最大の指向性)と、スピルオーバーを抑えるためのテーパーによる若干の広がりとの間のトレードオフの結果として、実務でよく使われる係数70という値が出てきているのです。

実務での使われ方

Kaバンド化と表面精度のアップグレード。 NASA/JPLのDSN 70mアンテナは、もともとS/Xバンド(数GHz帯)での運用を主眼に設計・建設されました。Ruze式が示すように、表面精度に対する要求は波長に反比例して厳しくなるため、同じ反射鏡をより高い周波数のKaバンド(約32 GHz、λ9.4\lambda\approx9.4 mm)で高効率に使うには、パネルの再調整やサブリフレクタ光学系の改良など、実際に表面精度を大きく向上させる改修が必要でした。DSNの各局で行われてきたKaバンド対応化プロジェクトは、まさにこのRuze式のトレードオフに直接対応する実務上の投資です。

測定の困難さとフラウンホーファー距離。 DSNの70mアンテナをKaバンドで考えると、フラウンホーファー距離は Rff=2D2/λ2×702/0.00941.0×106R_{ff}=2D^2/\lambda \approx 2\times70^2/0.0094 \approx 1.0\times10^6 m、すなわち約1,000 kmにも達します。地上でこれだけの距離を確保して素直に遠方界測定を行うのは非現実的であるため、実際の大口径アンテナの性能評価には、近傍界(至近距離)で電界を精密に走査測定し、数学的に遠方界パターンへ変換する近傍界測定(near-field holography)や、反射鏡・レンズを使って人工的に平面波を作り出すコンパクトアンテナ測定レンジといった技術が使われます。

開口効率の内訳。 DSN概論で触れた η0.55\eta\approx0.55〜0.7という数値は、この回で見たテーパー効率・スピルオーバー効率・遮蔽効率・表面誤差効率(Ruze)・放射効率などをすべて掛け合わせた結果です。34m BWG(ビーム導波管)アンテナと34m HEF(高効率)アンテナの名前の違いにも表れているように、光学系の設計(フィードをどこに置き、電波をどう反射鏡へ導くか)は、これらの各効率、特にスピルオーバーと遮蔽の配分を最適化するための工学的な選択の積み重ねです。

演習問題

  1. 放射強度が U(θ)=Umaxcos2θU(\theta) = U_{max}\cos^2\theta(0θπ/20\le\theta\le\pi/2、上半球のみに放射し下半球には放射しない理想化されたモデル)で与えられるアンテナの指向性 D0D_0 を、この回で使った積分の手順にならって求めてください。(0π/2cos2θsinθdθ\int_0^{\pi/2}\cos^2\theta\sin\theta\, d\theta を計算すればよい。)

  2. 本文中でXバンド(λ35.7\lambda\approx35.7 mm)における σε=0.5\sigma_\varepsilon=0.5 mmの表面誤差の効果を計算しました(ηsurface0.969\eta_{surface}\approx0.969)。同じ表面誤差を持つ反射鏡をKaバンド(λ9.4\lambda\approx9.4 mm)で使った場合の ηsurface\eta_{surface} をRuze式から計算し、dB損失で表してください。また、Ka帯で損失を0.5 dB以内に抑えるには、RMS表面誤差 σε\sigma_\varepsilon をどの程度まで小さくする必要があるか求めてください。

  3. DSNの34mアンテナについて、XバンドとKaバンドそれぞれのフラウンホーファー距離 Rff=2D2/λR_{ff}=2D^2/\lambda を計算し、地球から静止衛星軌道(高度約35,786 km)までの距離や、地球から月までの平均距離(約384,400 km)と比較してください。34mアンテナと70mアンテナとで、RffR_{ff} はどちらがどれだけ大きくなるか(口径の何乗に比例するか)も確認してください。

  4. なぜ実際のパラボラアンテナは、指向性を最大化する一様照度ではなく、あえて縁を弱く照らすテーパー付きの照度分布を採用するのでしょうか。ηillum\eta_{illum}ηspillover\eta_{spillover}、そしてビーム幅の式で見た「テーパーがビームを太くする」効果の3点を踏まえて、自分の言葉で説明してください。

まとめと次回予告

この回では、これまで複数のレッスンで当然のように使ってきたアンテナ利得の式の電磁気学的な根拠を掘り下げました。相反定理とフリスの伝達公式の考え方から、利得 GG と実効開口面積 AeA_e の比 G/Ae=4π/λ2G/A_e=4\pi/\lambda^2 がアンテナの形状によらない普遍定数であることを示し、微小ダイポールという具体的な基準アンテナでその値を較正しました。さらに開口効率 η\eta を、テーパー・スピルオーバー・遮蔽・表面誤差(Ruze式)という独立な要因の積として分解し、ビームパターンが開口分布のフーリエ変換であるという見方から、ビーム幅の経験式 θ3dB70λ/D\theta_{3\text{dB}}\approx70\lambda/D の由来をスケッチしました。

次回は、この回で得た開口理論の枠組みを土台に、実際にパラボラアンテナを設計する際の具体的な話に軽く触れます。焦点距離と口径の比(f/D比)の選び方や、カセグレン系・グレゴリアン系・ビーム導波管(BWG)といった光学系の違いが、この回で見たスピルオーバーや遮蔽の配分にどう影響するのか、という設計者の視点からの話です。

参考文献

  • C. A. Balanis, Antenna Theory: Analysis and Design, Wiley
  • J. D. Kraus, R. J. Marhefka, Antennas: For All Applications, McGraw-Hill
  • J. Ruze, “Antenna Tolerance Theory — A Review,” Proceedings of the IEEE, vol. 54, no. 4, pp. 633–640, 1966
  • DSN Telecommunications Link Design Handbook, DSN No. 810-005(Antenna Performanceに関するモジュール)
  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76