システム・運用#96

衛星間リンク(ISL) — 1本の中継ホップから、多対多のメッシュへ

周回機を1機だけ経由する2ホップ中継から一歩進み、数百〜数千機の衛星が互いにレーザー・RFでリンクを結び合う衛星間リンク(ISL)のメッシュネットワークを扱う。なぜメガコンステレーションでISLが不可欠になるのかを幾何学的に示し、リンク幾何・ハンドオーバー・トポロジ設計を数式とStarlinkの実例で理解する。

前提知識: 中継通信アーキテクチャ — ローバーと周回機が支える2ホップリンク光通信・DSOC — 波長を短くするとアンテナ利得はどこまで上がるのか

衛星間リンクISLメガコンステレーションレーザー通信ネットワークトポロジ

この回で学ぶこと

中継通信アーキテクチャの回では、火星のローバーが周回機という1機の中継点を経由して地球と通信する、「ローバー ↔ 周回機 ↔ 地球」という単一の2ホップ経路を扱いました。あの回の主題は、リンクバジェットという1つの厳しい制約を、近距離区間と長距離区間という2つの独立な問題に分割することでした。

この回で扱うのは、その発想をさらに一歩進めた世界です。中継点が1機だけでなく、数百機から数千機規模の衛星が、互いに直接リンクを結び合うとしたらどうなるでしょうか。ある衛星から別の衛星へ、さらに別の衛星へと、まるでインターネットのルータがパケットを次々に転送するように、衛星同士のリンクを何度も乗り継いでデータを運ぶ——これが衛星間リンク(Inter-Satellite Link, ISL)によって構成されるメッシュ状のネットワークです。

中継通信アーキテクチャの回の主役が「1本の中継ホップをどう設計するか」であったのに対し、この回の主役は「多数のホップが動的に組み替わりながら形成するネットワーク全体を、どう設計するか」です。衛星同士の相対運動によってリンク相手は周期的に変わり(ハンドオーバー)、リンク距離も刻一刻と変化します。さらに光通信・DSOCの回で学んだレーザー通信の高利得・狭ビームという性質は、大気のない衛星間の伝搬路では地上-衛星間光通信が抱えていた弱点(雲による遮断)を持たないため、ISLの主役技術として特に有利に働きます。この回では、ISLが「なぜ必要か」を幾何学的に、「どう成立するか」をリンクバジェットとハンドオーバーの数式で、「どう組むか」をネットワークトポロジの設計思想として順に見ていきます。

直感的導入: 地上局が見えない場所でも、データは地球を一周できる

DSN概論で見たように、地上局が探査機・衛星と通信できるのは、地上局から見てその衛星が地平線より上にいる(可視範囲にある)時間帯に限られます。低軌道(高度500〜1200km程度)を周回する衛星の場合、この可視範囲はさらに厳しく制限されます。地球は丸く、地上局のアンテナは地表に固定されているため、衛星が地上局の視野に入っている時間は1周回(約90〜100分)のうちのごく一部にすぎません。

ここでメガコンステレーション、たとえば数千機規模の低軌道通信衛星群を考えてみましょう。地上局(ゲートウェイ)は地球上のあらゆる場所に建てられるわけではありません。海洋上・極域上空・地上局が政治的・地理的な理由で設置できない地域の上空を衛星が通過するとき、その衛星はどの地上局からも見えないという状況が頻繁に発生します。もしすべての衛星が「自分の真下(あるいは可視範囲内)の地上局とだけ通信する」という中継通信アーキテクチャの回以前の素朴な直接リンクの発想にとどまっていたら、こうした「地上局の視野外」にいる衛星は、地上とデータをやり取りする手段を持たないことになります。

ここでISLが本質的な役割を果たします。地上局が見えない場所にいる衛星でも、近くを飛んでいる別の衛星とはリンクを結べる可能性が高いという点に注目してください。海洋上空の衛星Aが地上局を見つけられなくても、Aから見て隣の軌道面や同じ軌道面上を飛んでいる衛星Bは、Aとリンクを結べます。さらにBもだめならC、というように、衛星から衛星へバケツリレー式にデータを転送していけば、最終的にどこかの地上局が見える衛星にたどり着き、そこで地球に降ろせるわけです。

衛星AISL衛星BISL衛星CISLISL衛星Nダウンリンク地上局\text{衛星}_A \xrightarrow{\text{ISL}} \text{衛星}_B \xrightarrow{\text{ISL}} \text{衛星}_C \xrightarrow{\text{ISL}} \cdots \xrightarrow{\text{ISL}} \text{衛星}_N \xrightarrow{\text{ダウンリンク}} \text{地上局}

これは中継通信アーキテクチャの回で見た「ローバー→周回機→DSN」という2ホップのリレーと同じ発想の延長線上にありますが、決定的に異なるのはホップ数が固定の1つではなく、必要な数だけ動的に連結されるという点です。この「衛星が衛星のための中継点にもなる」という構図こそが、メガコンステレーションにISLが不可欠とされる最大の理由です。地上局のカバレッジという地理的な制約から、コンステレーション全体のデータ転送能力を実質的に切り離せる——これがISLメッシュネットワークの価値です。

なぜレーザーISLが有利なのか: 大気減衰という制約からの解放

光通信・DSOCの回では、地上局-探査機間の光通信(RF比で桁違いの利得を持つ一方、大気シンチレーションと雲による完全な遮断という弱点を抱える)を扱いました。あの回で導いたアンテナ利得の式を思い出しましょう。

G=η(πDλ)2G = \eta\left(\frac{\pi D}{\lambda}\right)^2

波長 λ\lambda を可視光〜近赤外(たとえば 15501550 nm)まで短くすると、利得は波長の2乗に逆比例して跳ね上がります。光通信・DSOCの回で計算したように、開口径わずか22cmの望遠鏡が、口径2mのX帯RFアンテナを利得にして約68dBも上回るという結果でした。この利得の恩恵は、通信の相手が地上局であろうと別の衛星であろうと変わりません。

問題は、あの回で見た代償の側です。地上-衛星間の光リンクは、大気を往復して伝搬しなければならないため、次の2つの弱点を常に抱えていました。

  1. シンチレーション: 大気乱流による波面の歪みで、補償光学などの追加的な対策が必要。
  2. 雲による完全な遮断: 厚い雲がリンク経路にあれば、リンクはほぼ完全に途絶する。「晴れているか、繋がらないか」というほぼ二値的なリスク。

衛星間リンクでは、この2つの弱点がまるごと解消されます。2機の衛星はどちらも大気圏の外(真空中)にいるため、伝搬路は地表からの高度によっては数百kmから数千kmに及ぶこともありますが、その全経路が真空です。大気減衰も、シンチレーションも、雲による遮断も、原理的に一切発生しません。つまりISLは、光通信の「利得が桁違いに高い」という長所だけを享受し、「大気が絡む短所」を最初から持たない、光通信にとって最も理想的な伝搬環境なのです。

Lpath(dB)=20log10 ⁣(4πRλ)(ISLでは大気減衰項がゼロ)L_{path}(\text{dB}) = 20\log_{10}\!\left(\frac{4\pi R}{\lambda}\right) \quad (\text{ISLでは大気減衰項がゼロ})

これに対し、RF(マイクロ波・ミリ波帯)によるISLも技術的には可能で実際に使われていますが、アンテナ理論の基礎で見た通り、同じ開口径であれば波長の長いRFはビーム幅が広く指向利得も低くなります。限られた衛星搭載スペースで高いデータレートを得たい場合、レーザーISLの利得優位はここでも効いてきます。加えてRFは電波干渉・周波数免許の調整が必要になる一方、レーザーは極めて狭いビームゆえに地上の他システムへの干渉や周波数調整の懸念が小さいという運用上の利点もあります。こうした理由から、現代の大規模メガコンステレーションではレーザーISLが主力技術として採用される傾向にあります。

リンク幾何学: 相手はなぜ変わり続けるのか

中継通信アーキテクチャの回で扱った火星の周回機は、常にローバーの真上を飛んでいるわけではなく、「パス」と呼ばれる限られた時間帯にしか可視範囲に入りませんでした。ISLでも似た問題が起きますが、事情はさらに複雑です。衛星ネットワーク上のほぼすべてのノードが同時に動いているからです。

軌道面内リンクと軌道面間リンク

メガコンステレーションでは、多数の衛星が複数の**軌道面(orbital plane)**に分かれて周回しています。ISLの相手の取り方には大きく2種類あります。

同一軌道面内リンク(in-plane ISL)。 同じ軌道面を、同じ高度・同じ速度で周回する隣接衛星との間のリンクです。両衛星は同じ軌道力学に従うため、軌道が安定していれば両者の相対距離 Rin-planeR_{\text{in-plane}} はほぼ一定に保たれます。

Rin-plane2(RE+h)sin ⁣(Δϕ2)R_{\text{in-plane}} \approx 2(R_E + h)\sin\!\left(\frac{\Delta\phi}{2}\right)

ここで RER_E は地球半径、hh は軌道高度、Δϕ\Delta\phi は同一軌道面内で隣接する衛星同士がなす中心角の差です。この式は、同じ円軌道上の2点間の弦の長さ(コード長)を表しています。軌道面内リンクは相対速度がゼロに近く保たれるため、リンク相手を頻繁に切り替える必要がなく、安定した恒常的なリンクとして設計しやすいという特徴があります。

軌道面間リンク(cross-plane ISL)。 異なる軌道面を飛ぶ衛星同士のリンクです。両者は一般に異なる軌道傾斜角や昇交点の位相を持つため、相対速度・相対距離の両方が時々刻々と変化し、特に極域に近い緯度では隣接軌道面同士がすれ違うように接近・離反を繰り返します。軌道面間のリンク距離は、2機の衛星の位置ベクトル r1,r2\vec{r}_1, \vec{r}_2 を使って一般に

Rcross-plane(t)=r1(t)r2(t)R_{\text{cross-plane}}(t) = \left\lVert \vec{r}_1(t) - \vec{r}_2(t) \right\rVert

と表され、軌道面内リンクのようにほぼ一定にはなりません。特に軌道傾斜角の異なる衛星群同士では、相対速度が数km/s〜十数km/sのオーダーに達することもあり、リンク幾何は絶えず変化し続けます。

ハンドオーバーの必然性

軌道面間リンクのように相手との相対位置が変化し続ける場合、ある瞬間には最適だったリンク相手が、時間が経つにつれて指向角の限界を超えたり、地球の縁(リム)に遮蔽されたりして、リンクを維持できなくなります。このため衛星は、**リンク相手を周期的に切り替える(ハンドオーバーする)**ことを前提に設計されなければなりません。

光通信・DSOCの回で見た通り、レーザーリンクはビーム幅が極めて狭く(角度にして秒角オーダー)、指向精度への要求が厳しいという特徴がありました。ISLでもこれは変わらず、むしろ送信側・受信側の両方が同時に高速で移動しているため、地上局-探査機間の光通信よりもさらに難度の高い追尾問題になります。ハンドオーバーの瞬間には、旧リンク相手との追尾を打ち切り、新リンク相手を探索・捕捉(アクイジション)し、精密な指向合わせを完了してからでなければ再びデータを流し始められません。この捕捉・追尾に要する時間 TacqT_{acq} の間はリンクが使えないため、ネットワーク設計では

ηlink=TlinkTacqTlink\eta_{link} = \frac{T_{link} - T_{acq}}{T_{link}}

のような「リンク稼働率」を考慮し、ハンドオーバー頻度をむやみに増やさないトポロジ設計(次節)や、複数のリンク先を同時に維持できるような搭載端末数の設計が重要になります。

リンクバジェットへの影響: 距離の違いがそのまま利得の違いになる

軌道面内リンクと軌道面間リンクとでは、リンク距離の性格が大きく異なるため、リンクバジェットの設計もそれぞれ個別に最適化する必要があります。アンテナ理論の基礎G/Tの回で導いたリンク方程式

CN0[dB-Hz]=EIRPLpath+GTk\frac{C}{N_0}[\text{dB-Hz}] = EIRP - L_{path} + \frac{G}{T} - k

を思い出すと、LpathL_{path} は伝搬距離 RR の対数に比例して増加するため(Lpath20log10RL_{path} \propto 20\log_{10} R)、同一軌道面内の近接衛星(距離にしてせいぜい数千km)と、遠い異なる軌道面上の衛星(場合によっては1万km近く、あるいは対地球方向の縁に近い幾何ではさらに長くなりうる)とでは、要求されるリンクバジェットが大きく異なります。

ΔLpath(dB)=20log10 ⁣(Rcross-plane,maxRin-plane)\Delta L_{path}(\text{dB}) = 20\log_{10}\!\left(\frac{R_{\text{cross-plane,max}}}{R_{\text{in-plane}}}\right)

たとえば軌道面内リンクの距離が約 10001000 km、軌道面間の最遠リンクが約 50005000 km だとすると、

ΔLpath=20log10 ⁣(50001000)=20log10(5)14 dB\Delta L_{path} = 20\log_{10}\!\left(\frac{5000}{1000}\right) = 20\log_{10}(5) \approx 14\ \text{dB}

という差が生じます。この差を埋めるために、軌道面間リンクではより高い送信電力・より狭いビーム(高利得の望遠鏡)・より高感度な受信機を要求するか、あるいは距離が伸びすぎる幾何(たとえば衛星と衛星の間に地球本体が入り込んでしまう配置)ではそもそもリンクを結ばず、別の経路を使うといった設計判断が行われます。この「リンクごとに個別の予算を組む」という考え方自体は、中継通信アーキテクチャの回でHop 1とHop 2を独立に最適化した発想の直接の延長ですが、ISLメッシュではこの「区間ごとの最適化」をネットワーク中のリンクの数だけ同時に行う必要がある、というスケールの違いがあります。

ネットワークトポロジの設計思想

多数の衛星が互いにリンクを結べるとはいえ、実際にはすべての衛星対を結ぶわけではありません。搭載できるレーザー端末の数には限りがあり(現実的には1機あたり数基程度)、また指向・追尾の複雑さを考えると、結ぶべきリンクは慎重に選ぶ必要があります。ここで採用される代表的な設計思想が、**+グリッド型トポロジ(+Grid topology)**です。

+グリッド型は、各衛星が次の4方向のリンクを持つという設計です。

各衛星のISL={前方内軌道面, 後方内軌道面}同一軌道面内: 2本  +  {左隣接軌道面, 右隣接軌道面}隣接軌道面間: 2本\text{各衛星のISL} = \underbrace{\{\text{前方内軌道面, 後方内軌道面}\}}_{\text{同一軌道面内: 2本}} \;+\; \underbrace{\{\text{左隣接軌道面, 右隣接軌道面}\}}_{\text{隣接軌道面間: 2本}}

つまり各衛星は、自分と同じ軌道面を前後に飛ぶ2機の衛星、および両隣の軌道面にいる衛星2機の、合計4機と恒常的にリンクを結びます。この4方向のリンクを衛星群全体で組み合わせると、地球全体を覆う格子(グリッド)状のメッシュネットワークが形成されます。名前の「+」は、各ノードから伸びる4本のリンクが十字(+)の形に配置されることに由来します。

この設計には明確な合理性があります。

  • 同一軌道面内リンクは相対運動がほぼゼロなので、恒常的で安定なリンクとして維持しやすい。 前節で見た通り、軌道面内リンクは距離がほぼ一定であり、ハンドオーバーの頻度も低く抑えられます。
  • 隣接軌道面とだけリンクを結ぶことで、軌道面間リンクの距離と相対速度を最小限に抑えられる。 遠く離れた軌道面と無理にリンクを結ぼうとすると、前節で見たリンクバジェットの悪化やハンドオーバーの複雑さが跳ね上がるため、隣の軌道面までに限定するのが現実的です。
  • グリッド全体として見たとき、任意の2衛星間に複数の経路が存在する(冗長性)。 ある1本のリンクが天候・機器故障・遮蔽などで使えなくなっても、グリッド上の別の経路を迂回すればデータは目的地に届きます。これは地上のインターネットにおけるルーティングの考え方と本質的に同じです。

ただし、極域に近い緯度では隣接軌道面同士が収束・交差するため、軌道面間リンクの幾何が急激に変化し、ハンドオーバーが特に頻繁かつ困難になる領域(しばしば「極域の縫い目」のように扱われる)が生じます。この領域では軌道面間リンクを維持しない、あるいは異なる接続戦略を取るといった設計上の工夫が必要になります。

こうしたトポロジ設計とルーティングの問題——ネットワーク全体としてどの経路にデータを流すのが最適か、リンクの一時的な切断にどう対処するか——は、DTNの回で扱った「間欠的にしか接続できない環境でのネットワーク設計」という問題意識と地続きです。ISLメッシュは接続自体は(+グリッドの設計により)比較的安定していますが、それでもリンクの切り替え・遮蔽・輻輳は避けられず、動的に変化するトポロジの上でどうルーティングするかという問題は、次回以降に扱うメガコンステレーション通信アーキテクチャの中心的な話題になります。

実務での使われ方

Starlinkのレーザーメッシュネットワーク

ISLを大規模に実用化している代表例が、SpaceXのStarlinkコンステレーションです。初期の衛星群は地上のゲートウェイ局を介したベントパイプ型の通信に依存していましたが、後継世代の衛星にはレーザーによるISL端末が標準搭載されるようになりました。SpaceXの公表資料によれば、レーザーリンクを介した衛星間の光学クロスリンクは、1リンクあたり数十Gbpsから100Gbpsを超えるオーダーのスループットを実現しているとされています。極域上空のように地上ゲートウェイが存在しない、あるいは海洋上を飛ぶ機体でも、レーザーISLを介して別の衛星まで転送し、地上ゲートウェイの見えるところまでバケツリレーすることで、事実上地球全域でのサービス提供を可能にしています。実際、極域や洋上での運用を含む一部のサービス地域では、レーザーISLの存在が地上ゲートウェイの疎らな配置を補う決定的な役割を果たしていると報告されています。

他の商用メガコンステレーション計画(AmazonのKuiperや、中国が計画する複数の低軌道コンステレーションなど)でも、同様にレーザーISLの搭載が計画・実装されつつあり、大規模な低軌道通信衛星群における標準的な設計要素になりつつあります。

深宇宙探査への波及: 月・火星圏の中継網構想

ISLの発想は地球低軌道のメガコンステレーションだけにとどまりません。中継通信アーキテクチャの回で触れたNASAのLunaNet構想やESAのMoonlight計画は、月を周回する複数の中継衛星同士を将来的にISLで結び、単一の中継衛星の可視範囲に縛られない、より柔軟な月面通信網を構築することを見据えています。月の場合、月面から中継衛星が見えない時間帯(月の裏側にいる、地平線の下にいるなど)が周期的に発生するため、複数の中継衛星がISLで協調し合うことで、より高いカバレッジ率を実現できると期待されています。

さらに長期的には、火星圏においても同様の発想——複数の火星周回機がISLで相互に連携し、単一の周回機のパスに依存しない、より頑健な火星表面ミッションの中継網を構築する構想——が研究段階で議論されています。これは中継通信アーキテクチャの回で見た「1機の周回機に依存したStore-and-Forward」を、「複数機が協調するメッシュ的な中継網」へと発展させる方向性であり、地球低軌道のメガコンステレーションで培われたISL技術・トポロジ設計の知見が、将来の深宇宙探査インフラにも波及していく可能性を示しています。

標準化の状況

ISLに関する技術は各事業者・機関が独自に開発を進めている段階のものが多く、地上-衛星間通信ほど成熟した国際標準は整っていませんが、CCSDSでも宇宙間リンクの相互運用性を見据えた検討が進められています。将来的に異なる事業者・異なる国のコンステレーション同士が相互接続する(「宇宙のインターネット」のような発想)ためには、CCSDSの符号化標準の回で見たような相互運用性の枠組みが、ISLの世界にも拡張されていく必要があると考えられています。

演習問題

  1. 高度 h=550h=550 km の円軌道上で、同一軌道面内の隣接衛星が地球中心から見て Δϕ=3\Delta\phi = 3^\circ 離れているとする。地球半径を RE=6378R_E = 6378 km として、軌道面内リンクの距離 Rin-plane=2(RE+h)sin(Δϕ/2)R_{\text{in-plane}} = 2(R_E+h)\sin(\Delta\phi/2) を求めよ。

  2. 本文の式 ΔLpath=20log10(Rcross-plane,max/Rin-plane)\Delta L_{path} = 20\log_{10}(R_{\text{cross-plane,max}}/R_{\text{in-plane}}) を用い、問1で求めた軌道面内リンク距離を Rin-planeR_{\text{in-plane}} とし、軌道面間の最遠リンク距離を Rcross-plane,max=4500R_{\text{cross-plane,max}} = 4500 km としたとき、両リンクの自由空間伝搬損失の差(dB)を求めよ。この差が、軌道面間リンク用の端末に対してどのような設計要求(送信電力・利得)を課すか、アンテナ理論の基礎の利得の式を踏まえて論じよ。

  3. 光通信・DSOCの回では、地上-衛星間の光通信が「雲による完全な遮断」という弱点を抱えていることを学んだ。衛星間リンク(ISL)ではこの弱点がなぜ原理的に発生しないのか、伝搬経路の物理的な違いに基づいて説明せよ。また、それでもなお衛星間リンクの成立を妨げうる要因(遮蔽・幾何学的制約など)にはどのようなものがあるか、本文の内容を踏まえて挙げよ。

  4. +グリッド型トポロジにおいて、各衛星が同一軌道面内に2本、隣接軌道面間に2本、合計4本のISLしか持たないのはなぜか。すべての衛星対を直接リンクで結ぶ「フルメッシュ」型と比較しながら、搭載端末数・ハンドオーバーの複雑さ・リンクバジェットという3つの観点から、+グリッド型が採用される理由を論じよ。

まとめと次回予告

この回では、中継通信アーキテクチャの回で学んだ「1機の中継衛星を経由する2ホップリンク」を、「多数の衛星が互いにリンクを結び合うメッシュネットワーク」へと拡張しました。地上局のカバレッジという地理的制約から、コンステレーション全体のデータ転送能力を切り離すことがISLの核心的な価値であることを幾何学的に確認し、光通信・DSOCの回で学んだレーザー通信の高利得という長所が、大気の存在しない衛星間伝搬路では地上-衛星間光通信の弱点(大気シンチレーション・雲による遮断)を伴わずに享受できることを見ました。さらに、軌道面内リンクと軌道面間リンクとでリンク幾何学・ハンドオーバー頻度・リンクバジェットが大きく異なること、そしてそれらを踏まえた+グリッド型トポロジという設計思想が、安定性・冗長性・実装可能性のバランスを取っていることを確認しました。Starlinkに代表される商用メガコンステレーションでの実用化例、そして月・火星圏の将来的なISL活用構想にも触れました。

次回は、こうしたISLメッシュを含むメガコンステレーション全体の通信アーキテクチャを、より広い視野で扱います。数百〜数千機規模の衛星群を統合的に運用するための地上セグメント設計や、ユーザ端末(CubeSat/SmallSatを含む小型衛星の通信システム)がこうした巨大なネットワークとどう接続するのか、といった発展的な話題を見ていきます。

参考文献

  • SpaceX, Starlink 技術概要資料(レーザー衛星間通信に関する公表情報)
  • I. del Portillo, B. Cameron, E. Crawley, “A Technical Comparison of Three Low Earth Orbit Satellite Constellation Systems to Provide Global Broadband,” Acta Astronautica
  • CCSDS 141.0-B, Optical Communications Physical Layer
  • NASA, LunaNet Interoperability Specification
  • J. R. Wertz, D. F. Everett, J. J. Puschell (eds.), Space Mission Engineering: The New SMAD
  • M. Handley, “Delay is Not an Option: Low Latency Routing in Space,” Proc. ACM HotNets(低軌道メガコンステレーションのISLルーティングに関する研究)
  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76