システム・運用#95

フェーズドアレイアンテナ — ビームを位相で電子的に操向する

パラボラアンテナは向きを変えるのに巨大な構造物ごと機械的に回転させる必要があるが、平面上に並べた多数の小さな素子アンテナに与える位相を電子的にずらすだけで、ビームの向きを瞬時に変えられるフェーズドアレイの原理を、アレイファクタの導出・グレーティングローブの設計基準・走査損失の数式とともに理解する。

前提知識: アンテナアレイ合成 — 複数アンテナのコヒーレント合成でG/Tを底上げする

フェーズドアレイアレイファクタグレーティングローブ走査損失AESA

この回で学ぶこと

アンテナアレイ合成の回では、「アレイ」という言葉を、物理的に独立した複数のパラボラアンテナ(たとえばゴールドストーンの70mアンテナと複数の34mアンテナ)が、それぞれ受信した信号を受信後に電気的に足し合わせる技術として学びました。あの回で導いた (G/T)array=i(G/T)i(G/T)_{array}=\sum_i(G/T)_i という式は、各アンテナがそれぞれ独自に(機械的に)探査機の方向を向いていることを前提としており、合成が起きるのはあくまで各受信機のベースバンド出力を足し合わせる段階でした。

この回で扱うフェーズドアレイアンテナ (phased array antenna) は、名前は似ていますが、原理的にまったく異なる技術です。フェーズドアレイは、単一の平面(あるいは緩やかな曲面)上に、波長程度の間隔で規則的に並べられた多数の小さな素子アンテナ(パッチアンテナやダイポールなど)から構成されます。それぞれの素子は個別には広いビーム(ほぼ無指向性)しか作れませんが、各素子に与える信号の位相を電子的に(移相器やデジタル信号処理で)ずらしてから足し合わせることで、全体として鋭いビームを作り出し、しかもそのビームの向きを、アンテナ自体を一切動かさずに電子的に変えることができます。

つまりこの回のテーマは、アンテナアレイ合成の回のような「複数のアンテナからの受信結果を後段で足す」話ではなく、アンテナそのものの中で位相を制御することで指向性パターンそのものを作り、操向する話です。さらにこれは、アンテナ自動追尾の回で学んだ、方位角・仰角の2軸サーボモータでパラボラを機械的に回転させ続ける「機械的追尾」とも対照的です。フェーズドアレイでは、ビーム方向の変更にモータもギアも慣性モーメントも関与しません。位相の設定値を書き換えるだけで、原理上マイクロ秒〜ミリ秒のオーダーでビームの向きが切り替わります。

この回では、次の3つを数式で追います。

  1. NN個の等間隔素子アンテナに、目標方向 θ0\theta_0 に応じた位相を与えると、なぜ遠方界のパターンがその方向に鋭いビームを作るのか——アレイファクタの導出
  2. 素子間隔を波長に対して広く取りすぎると生じる、不要な副ビーム「グレーティングローブ」を避けるための設計基準
  3. ビームを傾けて走査するほど、実効的な開口面積が見かけ上縮小してしまう「走査損失」の数式的な説明

最後に、能動フェーズドアレイ(AESA)の実務での使われ方を、衛星通信地上局や次世代の地上局アーキテクチャの動向とあわせて見ていきます。

直感的導入 — スタジアムのウェーブで指向性を作る

スタジアムの観客席で「ウェーブ」が起きる様子を思い浮かべてください。観客一人ひとりが、隣の人よりほんの少しだけ遅れて立ち上がると、個々人の動きはただの上下運動でしかないのに、全体としては観客席を横切っていく1つの「波」として見えます。しかも、各観客が立ち上がるタイミングのズレ(遅延)を調整すれば、この波が伝わっていく方向は自由に変えられます——隣の人との遅延を大きくすれば波は速く横に流れ、遅延をゼロにすれば全員が同時に立ち上がり、波は「その場に留まる」(横方向には伝わらない)ように見えるでしょう。

フェーズドアレイアンテナの素子アンテナは、この観客席の一人ひとりに相当します。各素子は個別には(観客一人の上下運動のように)ほぼ全方向に電波を放射するだけの、指向性の弱いアンテナです。しかし、隣り合う素子に与える位相(電気的な「タイミングのズレ」)を、ある規則(隣接素子ごとに一定量ずつずらす)に従って設定すると、遠方から見たときに、各素子からの電波が特定の方向でだけ位相が完全に揃って強め合い(コヒーレントに足し合わされ)、それ以外の方向ではランダムに近い位相関係になって打ち消し合います。その結果、全体としては特定方向にだけ鋭く伸びるビームが立ち上がります。そして、隣接素子間の位相差という「タイミングのズレ」の量を電子的に変更するだけで、このビームが強め合う方向——観客席のウェーブが伝わる方向に相当するもの——を瞬時に変えられるのです。

これが、パラボラアンテナのように反射鏡ごと物理的に回転させなくても、フェーズドアレイがビーム方向を電子的に変えられる理由の直感です。以下、この直感を段階的に数式に落とし込みます。

アレイファクタの導出 — 位相の帳尻合わせでビームを作る

幾何学的な位相差

簡単のため、NN個の同一の素子アンテナが、間隔 dd で一直線上に等間隔に並んだリニアアレイを考えます(nn番目の素子の位置は xn=ndx_n = ndn=0,1,,N1n=0,1,\dots,N-1)。十分遠方(遠方界)から、アレイの法線(ブロードサイド方向、θ=0\theta=0)から角度 θ\theta だけ傾いた方向を見ているとします。

このとき、nn番目の素子から出た電波が、観測点まで届くのにかかる伝搬距離は、00番目の素子を基準にすると、幾何学的に ndsinθnd\sin\theta だけ短く(あるいは長く)なります。これは、遠方界近似のもとでは各素子からの波面がほぼ平行になり、隣接素子間の経路長差が一定値 dsinθd\sin\theta になることによります。波数 k=2π/λk=2\pi/\lambda を使うと、この経路長差に対応する位相差は nkdsinθnkd\sin\theta です。したがって、すべての素子を同位相(ϕn=0\phi_n=0)で励振した場合、nn番目の素子からの寄与は、基準素子に対して

ejnkdsinθe^{jnkd\sin\theta}

という位相回転を余分に持って観測点に到達します。これがアレイファクタの出発点です。

位相を与えてビームを操向する

ここまでは全素子を同位相で励振する場合の話でした。フェーズドアレイの核心は、各素子にあらかじめ意図的な位相オフセット ϕn\phi_n を与えておくことです。目標のビーム方向を θ0\theta_0 としたとき、

ϕn=nkdsinθ0\phi_n = -n\,kd\sin\theta_0

という位相をnn番目の素子の励振に与えます(符号は、後で見るように θ=θ0\theta=\theta_0 方向で位相差を打ち消すための「先読みの遅れ」です)。この状態で、角度 θ\theta 方向におけるnn番目の素子からの寄与の位相は、幾何学的な位相 nkdsinθnkd\sin\theta と、素子自身に与えた位相オフセット ϕn\phi_n の和になるので、

nkdsinθ+ϕn=nkdsinθnkdsinθ0=nkd(sinθsinθ0)nkd\sin\theta + \phi_n = nkd\sin\theta - nkd\sin\theta_0 = n\,kd(\sin\theta-\sin\theta_0)

これをNN個の素子について足し合わせたものがアレイファクタ (Array Factor, AF) です。

AF(θ)=n=0N1ejnkd(sinθsinθ0)AF(\theta) = \sum_{n=0}^{N-1} e^{jn\,kd(\sin\theta-\sin\theta_0)}

これは、アンテナアレイ合成の回で見た「各アンテナの受信信号を位相を揃えて足し合わせる」コヒーレント合成と、数式の骨格としては同じ「位相を揃えて足し合わせる」操作です。しかし決定的に違うのは、あちらは受信後の信号処理として位相を較正・補正していたのに対し、こちらは送受信の瞬間にアンテナ自体の指向性パターンを形作る位相制御である点です。

幾何級数として解く

AF(θ)AF(\theta) は公比 ejkd(sinθsinθ0)e^{jkd(\sin\theta-\sin\theta_0)} の等比数列の和なので、ψkd(sinθsinθ0)\psi \equiv kd(\sin\theta-\sin\theta_0) と置くと、

AF(θ)=n=0N1ejnψ=1ejNψ1ejψ=ej(N1)ψ/2sin(Nψ/2)sin(ψ/2)AF(\theta) = \sum_{n=0}^{N-1} e^{jn\psi} = \frac{1-e^{jN\psi}}{1-e^{j\psi}} = e^{j(N-1)\psi/2}\cdot\frac{\sin(N\psi/2)}{\sin(\psi/2)}

したがって振幅パターンは、

AF(θ)=sin(Nψ/2)sin(ψ/2),ψ=kd(sinθsinθ0)\boxed{|AF(\theta)| = \left|\frac{\sin(N\psi/2)}{\sin(\psi/2)}\right|, \qquad \psi = kd(\sin\theta-\sin\theta_0)}

という、ディリクレ核(周期的sinc関数)の形になります。θ=θ0\theta=\theta_0 のとき ψ=0\psi=0 となり、sin(Nψ/2)/sin(ψ/2)N\sin(N\psi/2)/\sin(\psi/2)\to N(L’Hoˆpital\text{L'Hôpital}の定理、あるいは分子分母をテイラー展開すれば確認できます)という分母・分子ともにゼロになる極限を取るため、AF(θ0)=N|AF(\theta_0)|=N という最大値に達します。これがまさに、各素子からの寄与が θ=θ0\theta=\theta_0 方向でぴったり同位相になり、振幅が単純に NN倍に積み上がる(コヒーレント合成の)状態です。θ0\theta_0 以外の方向では、ψ0\psi\neq0 となり、NN個の複素数がバラバラの位相で足し合わされるため、平均的には打ち消し合って振幅が大きく落ち込みます。

ビーム幅(第一ヌル・半値幅)

AF(θ)|AF(\theta)| が最初にゼロになる(第一ヌルnull)のは、sin(Nψ/2)=0\sin(N\psi/2)=0 かつ sin(ψ/2)0\sin(\psi/2)\neq0、すなわち Nψ/2=±πN\psi/2=\pm\pi、つまり ψ=±2π/N\psi=\pm2\pi/N のときです。θ\thetaθ0\theta_0 からわずかにずれた量を Δθθθ0\Delta\theta\equiv\theta-\theta_0 とすると、sinθsinθ0+cosθ0Δθ\sin\theta\approx\sin\theta_0+\cos\theta_0\,\Delta\theta と1次近似できるので、

ψkdcosθ0Δθ\psi \approx kd\cos\theta_0\,\Delta\theta

これを ψ=2π/N\psi=2\pi/N に代入して第一ヌルの角度 Δθnull\Delta\theta_{null} について解くと、

Δθnull=2πNkdcosθ0=λNdcosθ0\Delta\theta_{null} = \frac{2\pi}{N\,kd\cos\theta_0} = \frac{\lambda}{Nd\cos\theta_0}

(k=2π/λk=2\pi/\lambda を使いました。)半値幅(HPBW)は、この第一ヌル幅のおよそ0.886倍という、一様励振リニアアレイに対する標準的な近似式で与えられます。

θ3dB0.886λNdcosθ0[rad]\theta_{3\text{dB}} \approx 0.886\,\frac{\lambda}{Nd\cos\theta_0} \quad [\text{rad}]

これは、アンテナ自動追尾の回で見たパラボラアンテナのビーム幅の経験式 θ3dB70λ/D\theta_{3\text{dB}}\approx 70\lambda/D(度単位)と、本質的に同じ「開口が波長に対して大きいほどビームが細くなる」という物理を表しています。実際、L=NdL=Nd をアレイの物理的な開口長とみなせば、θ3dB0.886(180/π)λ/L50.8λ/L\theta_{3\text{dB}}\approx 0.886\,(180/\pi)\,\lambda/L\approx 50.8\,\lambda/L 度となり、係数はパラボラの経験式(58〜70程度)とは異なりますが、これは一様励振(すべての素子を同じ振幅で駆動する)とパラボラの典型的なテーパ照射分布とで、開口面上の振幅分布が異なるためです。式の中に**cosθ0\cos\theta_0の因子**が現れていることに注意してください——ビームをブロードサイドから傾けるほど(θ0\theta_0が大きいほど)、ビーム幅は 1/cosθ01/\cos\theta_0 で広がっていきます。この因子は次に扱う走査損失と表裏一体の関係にあります。

グレーティングローブ — 素子間隔が広すぎると偽のビームが生じる

なぜ余分なピークが生まれるのか

前節の AF(θ)|AF(\theta)| の式は、ψ=kd(sinθsinθ0)\psi = kd(\sin\theta-\sin\theta_0)00 のときだけでなく、2π2\pi の整数倍になるたびに、分母 sin(ψ/2)\sin(\psi/2) も分子 sin(Nψ/2)\sin(N\psi/2) も同時にゼロになり、同じ AF=N|AF|=N という最大値を取ります。つまり、ψ=2πm\psi = 2\pi m(mm00 以外の整数)を満たす角度 θ\theta でも、主ビームとまったく同じ強度の副ビークが立ってしまいます。これをグレーティングローブ (grating lobe) と呼びます。

ψ=2πm\psi=2\pi msinθ\sin\theta について解くと、グレーティングローブが現れる方向 θg\theta_g は、

kd(sinθgsinθ0)=2πmsinθg=sinθ0+mλdkd(\sin\theta_g - \sin\theta_0) = 2\pi m \quad\Longrightarrow\quad \sin\theta_g = \sin\theta_0 + m\,\frac{\lambda}{d}

グレーティングローブは、素子間隔 dd が波長 λ\lambda に対して大きいほど(λ/d\lambda/d が小さいほど)、主ビームの近くに寄ってきてしまいます。逆に dd が波長に対して十分小さければ、m0m\neq0 のグレーティングローブは sinθg>1|\sin\theta_g|>1 となって「実在しない角度」に押し出され、可視領域(90°θ90°-90°\le\theta\le90°、すなわち 1sinθ1-1\le\sin\theta\le1)には現れません。

設計基準の導出

実用上重要なのは、ビームを θ0=0\theta_0=0(ブロードサイド)から最大走査角 θmax\theta_{max} まで走査する間、常にグレーティングローブが可視領域の外に留まってくれることです。最も厳しくなるのは m=1m=-1 のグレーティングローブが、ビームを最大角 θ0=θmax\theta_0=\theta_{max} まで振ったときに、可視領域の反対側の端(sinθg=1\sin\theta_g=-1、すなわち θg=90°\theta_g=-90°)にちょうど到達してしまう場合です。この境界条件を式に立てると、

sinθg=sinθmaxλd1\sin\theta_g = \sin\theta_{max} - \frac{\lambda}{d} \le -1

これを d/λd/\lambda について解くと、

λd1+sinθmaxdλ1+sinθmax\frac{\lambda}{d} \ge 1+\sin\theta_{max} \quad\Longrightarrow\quad \boxed{d \le \frac{\lambda}{1+\sin\theta_{max}}}

素子間隔 dd をこの上限より小さく設計すれば、走査角が ±θmax\pm\theta_{max} の範囲にある限り、グレーティングローブは可視領域に入り込みません。 走査範囲を全周(θmax=90°\theta_{max}=90°sinθmax=1\sin\theta_{max}=1)まで確保したい場合は dλ/2d\le\lambda/2 が要求され、これが「素子間隔は半波長程度」というフェーズドアレイ設計の経験則の根拠になっています。逆に走査範囲を θmax=30°\theta_{max}=30°程度に限定してよいなら、dλ/(1+0.5)=2λ/3d\le\lambda/(1+0.5)=2\lambda/3 まで間隔を広げられ、同じ素子数でより大きな開口(=より細いビーム)を実現できる、というトレードオフが生まれます。

走査損失 — ビームを傾けるほど有効開口が縮む

幾何学的な開口の見かけ上の縮小

もう1つ、フェーズドアレイに固有の効果が走査損失 (scan loss) です。平面上に素子を並べたアレイの物理的な開口面積を A0A_0 とします。ブロードサイド方向(θ0=0\theta_0=0)から見れば、電波はこの開口面にほぼ垂直に入射・放射されるため、開口全体が有効に使われます。しかし、ビームを角度 θ0\theta_0 だけ傾けると、その方向から見た開口の幾何学的な投影面積は、平らな板を斜めから見たときに面積が小さく見えるのとまったく同じ理屈で、

Aeff(θ0)=A0cosθ0A_{\text{eff}}(\theta_0) = A_0\cos\theta_0

に縮小します。斜め方向から見ると、開口面上の各点における実効的な波面の位相基準面が傾き、同じ開口でも実質的に「集められる」あるいは「放射できる」電力が幾何学的に目減りするためです。

利得とdB損失への換算

開口アンテナの利得(ブロードサイド方向)は、実効開口面積にほぼ比例します——G04πA0/λ2G_0 \approx 4\pi A_0/\lambda^2 という関係(アンテナ自動追尾の回G/Tの回で扱った開口効率の議論の基礎にある式です)。したがって、走査によって実効開口が A0cosθ0A_0\cos\theta_0 に縮むと、走査方向の利得も同じ比率で低下します。

G(θ0)4πAeff(θ0)λ2=4πA0cosθ0λ2=G0cosθ0G(\theta_0) \approx \frac{4\pi A_{\text{eff}}(\theta_0)}{\lambda^2} = \frac{4\pi A_0\cos\theta_0}{\lambda^2} = G_0\cos\theta_0

これをdB表示に直すと、走査損失は、

Lscan(dB)=10log10cosθ0\boxed{L_{\text{scan}}(\text{dB}) = 10\log_{10}\cos\theta_0}

という、極めて簡潔な式になります。たとえば θ0=60°\theta_0=60° まで走査すると cos60°=0.5\cos60°=0.5 なので Lscan=10log100.53.0L_{\text{scan}}=10\log_{10}0.5\approx-3.0 dB、θ0=45°\theta_0=45° では cos45°0.707\cos45°\approx0.707 なので Lscan1.5L_{\text{scan}}\approx-1.5 dB の利得低下が生じます。これは、前節で導いたビーム幅の式に現れた 1/cosθ01/\cos\theta_0 の広がり因子と表裏一体の関係にあります——開口が投影的に縮む(cosθ0\cos\theta_0倍)からこそ、回折の効果でビームは相対的に広がり(1/cosθ01/\cos\theta_0倍)、その結果として利得(単位立体角あたりに集中できる電力)がcosθ0\cos\theta_0倍に落ちる、という一貫した物理描像です。

実際のフェーズドアレイでは、これに加えて各素子自身が持つ指向性パターン(素子ファクタ、element factor)も走査角に応じて緩やかに低下するため、実測される走査損失は cosθ0\cos\theta_0 よりもやや急峻(しばしば cos1.5θ0\cos^{1.5}\theta_0 程度)になることが知られていますが、本質的な物理起源は本節で導いた開口の幾何学的投影にあります。この理由から、実用的なフェーズドアレイは走査範囲を ±60°\pm60° 程度に制限して運用されることが多く、それ以上の角度をカバーする必要がある場合は、複数の平面アレイ(パネル)を異なる向きに組み合わせて全体の視野を広げる設計がよく取られます。

実務での使われ方

能動フェーズドアレイ(AESA)— 素子ごとの送受信モジュール

初期のフェーズドアレイは、1台の送信機・受信機からの信号を、給電回路網でN個の素子に分配し、各素子の手前に置いた移相器で位相だけを調整する受動(パッシブ)フェーズドアレイでした。現代のレーダー・通信用フェーズドアレイの主流は、これをさらに進化させた能動電子走査アレイ (Active Electronically Scanned Array, AESA) です。AESAでは、すべての素子(あるいは素子の小グループ)ごとに、独立した固体増幅器・移相器・送受信切り替え回路を集積したT/Rモジュール (Transmit/Receive module) を搭載します。数百〜数千個のT/Rモジュールを個別にデジタル制御することで、次のような、機械的に駆動するパラボラアンテナには実現できない機能が可能になります。

  • 瞬時のビーム操向: 前節までで見た通り、位相の設定値を書き換えるだけでビーム方向を変えられるため、マイクロ秒〜ミリ秒オーダーでビームを次々に振り替えられます。
  • 複数ビームの同時形成: 受信側では、同じ素子群から得た信号に対して異なる位相重みを複数セット並列に適用する(デジタルビームフォーミング)ことで、単一の開口から複数方向のビームを同時に作り出せます。これにより、1基のアンテナで複数の目標(複数の探査機・複数の衛星)を同時に追尾・通信することが可能になります。
  • グレースフル・デグラデーション: T/Rモジュールの一部が故障しても、残りの素子でビームは形成され続け、性能はわずかに劣化するだけで運用を継続できます(単一の給電系統に依存するパラボラアンテナにはない耐障害性です)。

衛星通信地上局への応用

低軌道(LEO)衛星コンステレーションを相手にする地上局・ユーザー端末では、機械駆動式のパラボラでは追従が間に合わないほど、衛星が空を高速に横切ります。ある1機の衛星が地平線から地平線まで見えている時間はわずか数分程度で、しかも仰角方向の角速度がパスの途中で急激に変化するため、モータで駆動するアンテナでは追尾の俊敏さに限界があります。この課題に対し、Ku/Ka帯を使う多くのLEOコンステレーション用ユーザー端末(民生の衛星ブロードバンドサービスの受信端末など)は、可動部を持たない平面フェーズドアレイを採用しており、公開されている分解調査(ティアダウン)によれば、素子数はおよそ1,000〜1,600個程度、走査範囲は天頂から±50〜60°程度と推定されています。ビームを電子的に振ることで、1機の衛星から別の衛星へ、可動部の物理的な移動時間なしに瞬時に追尾対象を切り替えられる点が、機械式パラボラに対する決定的な優位性です。

また、複数の衛星地上局運用事業者や宇宙機関でも、多数の低軌道衛星と短時間で次々に交信する必要のある地上局(いわゆる Ground-Station-as-a-Service)において、機械駆動アンテナに代えてフェーズドアレイ型アンテナを導入する動きが進んでいます。DSN概論の回で見たような、公転運動がゆっくりで数時間〜数日にわたって視野内に留まり続ける深宇宙探査機を相手にするDSNの70m/34mパラボラとは異なり、地球を周回する衛星は相対角速度が桁違いに大きいため、電子的な瞬時操向という特性がとりわけ大きな価値を持つ運用形態だと言えます。

レーダーにおける先行例

フェーズドアレイ技術は、もともとは軍用・民生用のレーダーで先行して実用化されてきました。多数の目標を同時に追尾する必要のある艦載防空レーダーや、地球周回軌道上の物体を常時監視する宇宙状況監視(SSA)レーダーなどが代表例で、後者では、太平洋クェゼリン環礁に設置されたSバンドのAESAレーダー(米宇宙軍が運用)のように、単一のフェーズドアレイ開口だけで広い扇状の空域を同時に監視し、多数の物体を並行して追尾する運用が行われています。これらのレーダー分野で確立された「素子ごとのT/Rモジュール」「デジタルビームフォーミング」といった要素技術が、そのまま衛星通信用の地上局アンテナにも転用されている、というのが今日的な技術の流れです。

演習問題

  1. N=32N=32個の素子を d=0.5λd=0.5\lambda の間隔で並べたリニアアレイで、ビームを θ0=30°\theta_0=30° に向けたい。本文の式 ϕn=nkdsinθ0\phi_n=-n\,kd\sin\theta_0 を使って、n=0,1,2,3,4,5n=0,1,2,3,4,5 の各素子に与えるべき位相 ϕn\phi_n を、ラジアン単位で具体的に求めよ(kd=πkd=\pi であることを利用せよ)。得られた値が π/2\pi/2 の整数倍に揃うのはなぜか、d=0.5λd=0.5\lambda という間隔の選び方と関連づけて説明せよ。

  2. 走査範囲として θmax=45°\theta_{max}=45° まで確保したいフェーズドアレイを設計する。グレーティングローブを避けるための条件式 dλ/(1+sinθmax)d\le\lambda/(1+\sin\theta_{max}) を使って、許容される素子間隔の上限を λ\lambda の何倍かで求めよ。また、この間隔で N=64N=64 素子のリニアアレイを組んだ場合の物理的な開口長を λ\lambda の単位で求めよ。

  3. あるフェーズドアレイをブロードサイドから θ0=60°\theta_0=60° まで走査した。本文の式 Lscan(dB)=10log10cosθ0L_{\text{scan}}(\text{dB})=10\log_{10}\cos\theta_0 を使って走査損失をdBで求めよ。また、ブロードサイド時の実効開口面積に対して、θ0=60°\theta_0=60° における実効開口面積は何%になるか求めよ。この結果と、本文で述べた「実用的なフェーズドアレイの走査範囲がしばしば±60°\pm60°程度に制限される」という設計上の慣行との関係を考察せよ。

  4. アンテナアレイ合成の回で学んだ「複数の独立したパラボラアンテナを受信後に合成する」アンテナアレイと、この回のフェーズドアレイは、どちらも「複数のアンテナ」「位相を揃える」という言葉が出てくるため混同されやすい。両者の違いを、(a) 各アンテナ(素子)が物理的に独立か一体の開口の一部か、(b) 位相の調整が信号処理段階(受信後)かアンテナのビーム形成そのものかの2つの観点から、自分の言葉で説明せよ。またあわせて、アンテナ自動追尾の回で学んだ機械的追尾に対して、フェーズドアレイが電子的にビームを操向できる理由を、本文のアレイファクタの位相項 ϕn=nkdsinθ0\phi_n=-n\,kd\sin\theta_0 の役割に触れながら説明せよ。

まとめと次回予告

この回では、単一の平面上に並んだ多数の小さな素子アンテナに与える位相を電子的に制御することで、ビームの方向をアンテナ自体を動かさずに操向できるフェーズドアレイアンテナの原理を学びました。各素子に ϕn=nkdsinθ0\phi_n=-n\,kd\sin\theta_0 という位相を与えると、目標方向 θ0\theta_0 でだけ各素子の寄与が同位相になり振幅が NN倍に積み上がるアレイファクタ AF(θ)=nejn(kdsinθkdsinθ0)AF(\theta)=\sum_n e^{jn(kd\sin\theta-kd\sin\theta_0)} を導出し、その振幅パターンが sin(Nψ/2)/sin(ψ/2)|\sin(N\psi/2)/\sin(\psi/2)| というディリクレ核の形を取ることを見ました。さらに、素子間隔が波長に対して広すぎると偽のビーク(グレーティングローブ)が可視領域に現れてしまうことから、dλ/(1+sinθmax)d\le\lambda/(1+\sin\theta_{max}) という設計基準を導き、ビームを傾けて走査するほど実効開口面積が幾何学的に cosθ0\cos\theta_0 倍に縮小し、利得が 10log10cosθ010\log_{10}\cos\theta_0 dBだけ低下する走査損失も定式化しました。最後に、素子ごとのT/Rモジュールを備えた能動フェーズドアレイ(AESA)が、複数ビームの同時形成や瞬時の操向を武器に、高速に空を移動する低軌道衛星コンステレーション向けの地上局・ユーザー端末で急速に普及している実務の動向にも触れました。

アンテナアレイ合成の回の受信後合成、アンテナ自動追尾の回の機械的追尾、そして今回のフェーズドアレイによる電子的なビーム操向と、地上局が「アンテナで狙いを定める」という同じ目的を、まったく異なる3つのレイヤーの技術で実現していることが見えてきました。次回は視点をもう一段先へ進め、地上局とのリンクだけでなく、探査機や周回衛星同士が互いに電波を中継し合う衛星間リンクの考え方に軽く触れます。地上のアンテナがどれほど高性能になっても届きにくい状況を、宇宙側のネットワーク構成そのものを工夫することで補うという、また異なる発想のアプローチです。

参考文献

  • R. J. Mailloux, Phased Array Antenna Handbook, 3rd ed., Artech House
  • C. A. Balanis, Antenna Theory: Analysis and Design, 4th ed., Wiley(アレイファクタ・グレーティングローブの標準的な導出)
  • M. I. Skolnik, Introduction to Radar Systems, 3rd ed., McGraw-Hill(位相走査アレイ・AESAレーダーの章)
  • J. R. Wertz, D. F. Everett, J. J. Puschell (eds.), Space Mission Engineering: The New SMAD(開口アンテナの利得・走査損失の実務的な扱い)
  • DSN Telecommunications Link Design Handbook, DSN No. 810-005(アンテナ性能パラメータの一般論)