システム・運用#93
周波数分配とITU電波規則 — 誰が『Xバンドは深宇宙専用』と決めているのか
Sバンド・Xバンド・Ka帯という周波数の名前を、これまで当然の前提として使ってきた。実際にはITU(国際電気通信連合)の電波規則という国際条約が、周波数帯ごとに『誰が使ってよいか』を一次業務・二次業務という区分で細かく定めている。深宇宙研究業務専用の周波数帯がなぜ国際的に保護されているのか、その制度的な仕組みと国際調整のプロセスを整理する。
前提知識: DSN概論 — 3局体制が支える深宇宙通信システムの全体像
この回で学ぶこと
これまでの回で、私たちは「Sバンド(2.1/2.3GHz帯)」「Xバンド(7.1/8.4GHz帯)」「Ka帯(32GHz帯)」といった周波数帯の名前を、PCM/PSK/PMやDSN概論をはじめとする多くの回で、いわば「そういうものだ」という前提のもとに使ってきました。探査機はXバンドで地球に信号を送り、DSNの34mアンテナはXバンドで受信する——ここまでは技術的な事実として扱ってきましたが、一歩引いて考えると、素朴な疑問が浮かびます。なぜ探査機は勝手にどんな周波数を選んで送信してはいけないのか。そして「Xバンドの中でも7.1/8.4GHz帯は深宇宙探査機のために予約されている」という取り決めは、誰が、どうやって決めているのか。
電波は国境を越えます。ある国のある探査機が地球に向けて送る電波は、地上のあらゆる無線業務——携帯電話網、放送、気象レーダー、Wi-Fi、他国の別の衛星——と、原理的には同じ電磁スペクトルという有限の資源を奪い合っています。この資源をどう配分するかを扱っているのが、国際相互運用の回で登場したCCSDSとは別の、もう一段上位に位置する国際機関——**ITU(国際電気通信連合、International Telecommunication Union)です。この回では、ITUの電波規則(Radio Regulations)**がどのように周波数を「分配」し、なぜ深宇宙探査のためだけの専用周波数帯が国際的に確保されているのか、そして新しいミッションが新しい周波数を使う際にどのような国際調整の手続きを踏むのかを整理します。数式は少なめですが、この回を理解して初めて、これまで当然のように使ってきた「Xバンド」という言葉の背後にある制度的な重みが見えてきます。
直感的導入: 電波は有限で、かつ誰のものでもない
まず、なぜ周波数の割り当てにそもそも「調整」が必要なのかを直感的に確認しておきましょう。
電磁スペクトルには、物理法則によって決まる制約がいくつもあります。周波数が低すぎれば必要なアンテナが巨大になりすぎ、大気やイオン層による擾乱の影響も強く受けます。周波数が高すぎればKa帯の回で見たように降雨減衰が急激に効いてきます。実用上、深宇宙通信に適した周波数の範囲——おおむね数百MHzから数十GHzまで——はかなり限られており、しかもこの範囲は地上の携帯電話網、放送、気象レーダー、GPS などのGNSS、Wi-Fi、そして地球周回衛星群など、ありとあらゆる無線業務が同時に欲しがっている「一等地」でもあります。
もしある国の探査機運用者が「このミッションではこの周波数を使おう」と完全に独自に決めてしまったらどうなるでしょうか。地上のどこかで、たまたま同じ(あるいは近い)周波数を使う別の無線業務——たとえば別の国の気象レーダーや、地上の携帯電話基地局——と電波的に衝突し、互いの信号が雑音として干渉しあう可能性があります。探査機からの信号は数億km彼方から届く極めて微弱な信号であり(DSN概論で見た通り受信電力はしばしば W オーダー)、地上のわずかな漏洩電波でさえ致命的な干渉源になり得ます。逆に、探査機側が使う周波数が、地上の強力な送信設備(レーダーや放送局)の周波数と近ければ、探査機からの微弱な信号は聞き取れなくなります。
つまり周波数の割り当てには、国際相互運用の回で見た「変調方式やフレームフォーマットを標準化しないと相互運用できない」という問題とよく似た、しかしさらに根源的な問題があります。変調方式は「合わせなければ通信できない」という当事者間の問題ですが、周波数の使用は「合わせなければ、当事者ではない第三者にまで迷惑をかける」という、より広い範囲の利害調整が必要な問題なのです。この調整を、国際条約に基づいて一元的に行っているのがITUです。
定式化・整理その1: ITUという組織と電波規則の法的位置づけ
**ITU(国際電気通信連合)は国際連合の専門機関の1つで、電気通信全般(有線・無線を問わず)の国際的な標準化と調整を担っています。設立は1865年の万国電信連合にまでさかのぼる、国連システムの中でも最も古い専門機関の1つです。ITUのうち、無線通信分野を扱う部門がITU-R(Radiocommunication Sector)**であり、私たちがマルチパスフェージングの回などで既に目にした「ITU-R勧告P.681」のような番号は、まさにこのITU-Rが発行する技術勧告です。
ITUが定める**電波規則(Radio Regulations, RR)**は、単なる推奨事項ではなく、国際電気通信条約に付属する国際条約そのものという法的な重みを持っています。ITUに加盟する各国(2026年現在190を超える国連加盟国のほぼすべて)は、この電波規則に拘束される形で自国の電波法制を整備する義務を負っています。日本の電波法も、この電波規則の枠組みと整合するように制定・運用されています。CCSDSやIOAGが「参加は任意だが、参加すれば準拠が期待される」技術標準化団体であったのに対し、ITUの電波規則は加盟国を法的に拘束する条約である、という点が本質的な違いです。
電波規則の中核をなすのが周波数分配表(Table of Frequency Allocations)です。これは電磁スペクトルを多数の周波数帯に区切り、それぞれの帯域について「どの無線業務(radio service)が、どの地域で、どの優先順位で使ってよいか」を規定した巨大な表です。地域については、ITUは世界を3つの地域(Region)——Region 1(欧州・アフリカ・中東・旧ソ連圏)、Region 2(南北アメリカ)、Region 3(アジア太平洋)——に分けており、同じ周波数帯でも地域によって分配される業務が異なる場合があります。
定式化・整理その2: 一次業務と二次業務という優先順位の仕組み
周波数分配表の各帯域には、通常1つではなく複数の無線業務が同時に分配されています。同じ帯域を複数の業務で共用(シェア)すること自体は電波規則上珍しくありませんが、その際に**一次業務(primary service)と二次業務(secondary service)**という優先順位の区分が設けられます。
- 一次業務: その帯域における干渉に対して、原則として保護される権利を持つ業務。一次業務同士が同じ帯域を共用する場合は、対等な立場で相互に有害な干渉を与えないよう調整する義務を負います(電波規則ではこれを”on an equal basis”の共用と呼びます)。
- 二次業務: 一次業務に対して有害な干渉を与えてはならず、かつ一次業務からの干渉に対して保護を要求できない業務。つまり二次業務は「一次業務の邪魔をしない限りにおいて使ってよい」という、劣後した地位に置かれます。
この一次・二次の区分を数式的というより論理式的に書くなら、ある帯域を業務 (一次)と業務 (二次)が共用しているとき、
という非対称な関係が成り立つ、と整理できます。ある新しい無線システムを設計する際、まず自分たちの業務がその帯域で一次業務として分配されているかどうかを確認することが、干渉調整の出発点になります。
深宇宙探査機の通信を担う無線業務は、電波規則上深宇宙研究業務(Space Research Service, deep space)という区分に分類されます。これは電波規則が定める宇宙研究業務(Space Research Service, SRS)というより広いカテゴリの中の下位区分で、電波規則第1条の定義において「地球から200万km以上離れた宇宙(deep space)を対象とする宇宙研究」に限定して適用される特別な区分です(200万kmという境界値は、おおむね月より遠い探査を「深宇宙」とみなす、電波規則上の実務的な線引きです)。この深宇宙研究業務に対して、電波規則はいくつかの周波数帯を一次業務として、かつ他業務との共用を厳しく制限した形で分配しています。これが、なぜ特定の周波数帯が「深宇宙専用」として国際的に保護されているのかという問いへの、制度的な答えです。
定式化・整理その3: 深宇宙研究業務に分配された具体的な周波数帯
これまでの回で登場してきた深宇宙探査機の周波数帯は、実は電波規則上、深宇宙研究業務に明示的に分配された帯域にほぼ対応しています。代表的なものを整理すると、
| 周波数帯 | 具体的な周波数(概略) | 用途(電波規則上の位置づけ) |
|---|---|---|
| Sバンド | 2110–2120 MHz(地球→探査機、コマンドアップリンク) | 深宇宙研究業務(宇宙から地球方向)に一次分配 |
| Sバンド | 2290–2300 MHz(探査機→地球、テレメトリダウンリンク) | 同上(地球方向) |
| Xバンド | 7145–7190 MHz(アップリンク) | 深宇宙研究業務専用として一次分配 |
| Xバンド | 8400–8450 MHz(ダウンリンク) | 深宇宙研究業務専用として一次分配 |
| Ka帯 | 34200–34700 MHz(アップリンク) | 深宇宙研究業務に一次分配 |
| Ka帯 | 31800–32300 MHz(ダウンリンク) | 深宇宙研究業務専用として一次分配 |
とりわけXバンドの8400–8450 MHz帯とKa帯の31800–32300 MHz帯は、電波規則上深宇宙研究業務にのみ排他的に分配された(他の宇宙業務との共用すら制限された)非常に希少な帯域です。DSN概論で扱ったDSNの34mアンテナ・70mアンテナが受信するXバンドダウンリンクの周波数、そして次世代の高速データリンクとして各ミッションで採用が進むKa帯ダウンリンクの周波数は、まさにこの電波規則上の専用帯域に対応しています。
なぜこのような排他的な保護が必要なのでしょうか。理由はこの回の直感的導入で触れた通り、深宇宙探査機からの信号が桁違いに微弱だからです。もし深宇宙研究業務が地上の強力な送信設備(固定通信、放送、レーダーなど)と同じ帯域を「二次業務」として共用しなければならなかったなら、地上のわずかな漏洩電波でも探査機からの信号はかき消されてしまいます。深宇宙探査は原理的に、他の無線業務からの干渉に対して極めて脆弱な業務であるため、電波規則の中でも特に手厚い保護——一次業務としての地位、場合によっては排他的な専用分配——が与えられているのです。
実務: 新しいミッションが新しい周波数を使うまでの国際調整プロセス
周波数分配表は「この帯域はこの業務に使ってよい」という大枠を定めるものであり、個々のミッションが実際にその帯域内のどの周波数を、いつ、どの程度の電力で使うかは、また別の手続きが必要です。新しい深宇宙探査機が打ち上げに向けて周波数を確保するプロセスは、おおむね以下のような流れをたどります。
- 周波数の事前調整・登録(Advance Publication / Coordination): ミッションを計画する宇宙機関は、打ち上げの数年前から、使用予定の周波数・帯域幅・アンテナ特性・電力などのパラメータをITUに事前通知します。ITUはこれを国際周波数登録原簿(Master International Frequency Register, MIFR)の候補として公示し、既にその周波数帯を利用している他国・他機関に対して意見照会を行います。
- 他業務との干渉調整: 同じ帯域(あるいは近傍の帯域)を使う既存の衛星システムや地上業務の運用者との間で、実際に有害な干渉が生じないかを技術的に検証します。ここでの技術的検証には、Ka帯降雨減衰の回や各種リンクバジェットの回で扱ったような伝搬モデル・受信感度の計算が用いられ、必要であれば送信電力の制限や運用時間帯の調整などの合意がなされます。
- 国際周波数登録原簿への正式登録: 調整が完了すると、その周波数の使用がMIFRに正式に記録されます。これにより、当該システムは登録された周波数について国際的な保護——他国が後から同じ周波数に新しいシステムを割り当てる際に、既存の登録システムへの干渉を避ける義務を負う——を得ます。
- 運用開始後の継続的な調整: 実際に探査機が打ち上げられ運用が始まった後も、軌道変更や新規ミッションの追加などがあれば、その都度必要に応じて追加の調整が行われます。
この一連のプロセスは、国際相互運用の回で見たCCSDSの技術標準化(「どの変調方式を使うか」)とは異なるレイヤーの調整です。CCSDSの標準に沿った変調方式・符号化方式を採用していても、そもそも合法的に使える周波数がITUによって確保されていなければ、探査機は電波を送信できません。逆に言えば、周波数の確保(ITU)と、通信方式の相互運用性(CCSDS)は、深宇宙ミッションが成立するための独立した2つの前提条件であり、どちらか一方だけでは通信リンクは成立しません。
実務での使われ方
CCSDS SFCG(Space Frequency Coordination Group)による事前調整
深宇宙研究業務に関わる周波数調整の実務では、ITUへの正式な手続きに先立って、**SFCG(Space Frequency Coordination Group、宇宙周波数調整グループ)**という宇宙機関間の非公式な調整フォーラムが重要な役割を果たしています。SFCGにはNASA、ESA、JAXA、Roscosmosなど主要な宇宙機関が参加しており、新しいミッションの周波数使用計画を早期に共有し、宇宙機関同士のあいだで実務レベルの干渉調整を先に済ませてから、正式なITUへの申請に臨むという運用がなされています。これは国際相互運用の回で見たIOAG・CCSDSの2階建て構造とよく似た発想で、SFCGは周波数分野に特化した「宇宙機関間の実務調整の場」だと言えます。
メガコンステレーションによる周波数逼迫問題
近年、深宇宙研究業務の周波数保護をめぐって新たな課題が浮上しています。それが、LEOマルチパスの回でも触れた低軌道メガコンステレーション——数百機から数万機規模の通信衛星群を地球周回軌道に展開するシステム——の急増です。
メガコンステレーションが使用する周波数帯自体は、多くの場合、深宇宙研究業務が使うXバンドやKa帯の専用分配とは異なる帯域(Kuバンド、あるいはKa帯の一部)ですが、Ka帯の一部の帯域では地球周回衛星向けの分配と深宇宙研究業務向けの分配が周波数的に近接しているケースがあり、帯域外輻射(スペクトルマスクからのわずかな漏れ)や相互変調による干渉のリスクが技術的に議論されています。また、数万機規模の衛星が同時に運用される状況では、たとえ個々の衛星の送信電力が小さくても、地球全体を覆う膨大な数の送信源からの累積的な干渉(aggregate interference)が、極めて微弱な深宇宙探査機からの信号にとって無視できない雑音源になり得るという懸念が、ITU-Rの研究会合やSFCGの場で継続的に検討されています。この問題は今後、深宇宙研究業務の周波数保護のあり方を考えるうえで、ますます重要な論点になっていくと見られています。
Ka帯への移行と周波数資源の逼迫
Ka帯降雨減衰の回で扱った通り、Ka帯は降雨減衰という物理的な制約こそあるものの、より広い帯域幅を確保できるためデータレートを大幅に向上できる利点があり、多くの新しいミッションでXバンドからKa帯への移行が進んでいます。しかしKa帯もまた、衛星放送、5G/6G世代の地上通信、地球観測衛星など、多数の業務が周波数を欲しがる「激戦区」であり、深宇宙研究業務に排他的に分配された31800–32300 MHz帯という狭い帯域(500MHz幅)を、増え続けるミッション間でどう共用・スケジューリングしていくかも、SFCGレベルでの実務的な課題になっています。
演習問題
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電波規則における「一次業務」と「二次業務」の違いを、干渉に対する保護義務の観点から自分の言葉で説明してください。また、深宇宙研究業務がXバンド・Ka帯の一部で「排他的な一次分配」を受けている理由を、探査機からの受信信号電力の大きさという観点から論じてください。
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ITUの電波規則とCCSDSの技術標準は、どちらも国際的な調整の仕組みですが、法的位置づけと扱う対象が異なります。両者の違いを、「何を調整しているか」「加盟(参加)は義務か任意か」という2つの観点から整理してください。
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ある新しい深宇宙探査ミッションが、まだ電波規則上どの業務にも明確に分配されていない新しい周波数帯を使いたいと計画しているとします。本文で整理した4段階の調整プロセス(事前通知・干渉調整・登録・継続調整)のうち、どの段階で最も時間がかかると予想されるか、理由とともに考察してください。
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低軌道メガコンステレーションの急増が深宇宙研究業務の周波数保護にとって課題となりうる理由を、「帯域が近接している」ことと「累積的な干渉(aggregate interference)」という2つのメカニズムに分けて説明してください。
まとめと次回予告
この回では、これまで「Sバンド」「Xバンド」「Ka帯」として当然のように使ってきた周波数帯の名前の背後に、ITU(国際電気通信連合)の電波規則という国際条約に基づく制度的な仕組みがあることを見ました。周波数分配表における一次業務・二次業務という優先順位の区分、そして深宇宙研究業務(deep space)に排他的に分配されたXバンド8400–8450 MHz帯やKa帯31800–32300 MHz帯のような専用帯域が、探査機からの極めて微弱な信号を地上の他の無線業務からの干渉から守るために、いかに手厚く保護されているかを確認しました。また、新しいミッションが周波数を確保するまでの国際調整プロセスと、CCSDS SFCGによる宇宙機関間の実務調整、そして低軌道メガコンステレーションの急増がもたらしつつある新たな周波数逼迫の課題にも触れました。周波数の確保(ITU)と通信方式の相互運用性(CCSDS)は、深宇宙ミッションが成立するための独立した2つの前提条件です。
次回は、これまで扱ってきた変調・符号化の議論からいったん離れ、電波という物理量そのものの性質に立ち返って**偏波(直線偏波・円偏波)**を扱います。探査機と地上局のアンテナが、なぜ多くの場合わざわざ円偏波を使うのか、そして偏波のミスマッチがリンクバジェットにどう効いてくるのかを見ていきます。
参考文献
- ITU, Radio Regulations (Articles, especially Article 1 definitions and Article 5 Table of Frequency Allocations)
- CCSDS, Radio Frequency and Modulation Systems, Part 1: Earth Stations and Spacecraft, CCSDS 401.0-B
- Space Frequency Coordination Group (SFCG), Recommendations and Resolutions
- J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76
- DSN Telecommunications Link Design Handbook, DSN No. 810-005
- ITU-R, Handbook on Space Radiocommunication