システム・運用#92

雑音指数の実測 — Y-factor法によるLNA性能検証

設計上の雑音温度と、実際に製造された増幅器の雑音温度は同じとは限らない。既知の2つの温度の雑音源を切り替えて出力雑音電力比Yを測るY-factor法の原理を数式で導出し、DSNのメーザー・HEMT増幅器の定期校正における実務手順を理解する。

前提知識: 低雑音増幅器とメーザー — システム雑音温度を極限まで下げる

雑音指数Y-factor法校正ノイズフィギュアメータ測定

この回で学ぶこと

低雑音増幅器とメーザーの回で、雑音指数 FF と雑音温度 TeT_e という量を定義し、Te=(F1)T0T_e=(F-1)T_0 という変換式や、Friisの雑音公式が「初段がすべてを決める」ことを数式で確認しました。しかしそこで扱った TeT_e は、あくまで理論上の定義でした。実際にHEMT増幅器やメーザーを設計・製造・組み立てたあと、「このLNAは本当にカタログ通り、あるいは設計通りの雑音温度3 Kを達成しているのか」を確かめるには、まったく別の問題、すなわち測定という実務的な課題に直面します。

雑音は信号のように振幅や周波数を狙って作り出すものではなく、ランダムな熱揺らぎそのものです。その「ランダムな揺らぎの強さ」を、外部から数値として引き出すにはどうすればよいのでしょうか。この回では、

  1. なぜ雑音温度を直接測ることが難しいのか、その難しさの正体を確認する
  2. Y-factor法という、雑音指数測定の業界標準手法の原理を数式で導出する
  3. 測定精度を左右する要因(温度差の取り方、測定系自体の付加雑音)を、低雑音増幅器とメーザーの回で学んだFriisの公式と接続しながら理解する
  4. 実際のノイズフィギュアメータやDSNの定期校正の実務を見る

を扱います。ゴールは、「TeT_e という量は、机上の定義があるだけでなく、実際にどうやって数値として測り出されているのか」という問いに答えられるようになることです。

直感的な導入 — 「雑音の大きさ」はどうやって測るのか

信号の周波数や位相を測るのは比較的簡単です。既知の基準信号と比較すればよいからです。しかし雑音は違います。雑音とは定義上「予測できないランダムな揺らぎ」であり、その瞬間瞬間の波形には意味がありません。測れるのは、雑音が運んでくる平均電力だけです。

さらに厄介なのは、増幅器の出力に現れる雑音電力を1回測定しただけでは、それが「増幅器自身が生み出した雑音」なのか、「入力に元々あった雑音源から来た雑音」なのかを区別できないということです。出力雑音電力 NoutN_{out} は、入力雑音と増幅器内部雑音の両方が利得 GG倍されて混ざり合った結果であり、NoutN_{out} という1つの数字だけからは TeT_eGG という2つの未知数を分離できません。

そこで測定の世界でよく使われる古典的な戦略が登場します。未知数が2つあるなら、条件を変えて2回測定し、連立方程式を立てて解けばよい、という発想です。Y-factor法は、まさにこのアイデアを体現した手法です。入力に接続する雑音源の温度を、既知の2つの値(高温 ThT_h と低温 TcT_c)の間で切り替えて2回測定することで、未知の増幅器の雑音温度 TeT_e を代数的に一意に決定します。

定式化 — 出力雑音電力のモデル

低雑音増幅器とメーザーの回で導いた通り、雑音温度 TeT_e、利得 GG、帯域幅 BB の増幅器に、雑音温度 TinT_{in} の雑音源を入力として接続したときの出力雑音電力は、

Nout=Gk(Tin+Te)BN_{out} = G\,k\,(T_{in} + T_e)\,B

でした(kk はボルツマン定数)。この式は、入力雑音 kTinBkT_{in}B と増幅器自身が追加する雑音 kTeBkT_eB の両方が、等しく利得 GG 倍されて出力に現れる、というモデルです。

ここで重要なのは、TinT_{in} は測定者が意図的に設定・制御できる量だという点です。具体的には、増幅器の入力端子に、**温度が正確に分かっている抵抗性の雑音源(termination)**を接続します。熱雑音の理論(AWGNの物理的起源の回で扱った通り)によれば、物理温度 TT の抵抗が発生する雑音電力密度は kTkT であり、この抵抗を増幅器の入力インピーダンスに整合させて接続すれば、TinT_{in} はその抵抗の物理温度そのものになります。

Y-factor法の手順と導出

測定者は、この雑音源として、物理的な温度が異なる2つのもの(高温側 ThT_h、低温側 TcT_cTh>TcT_h > T_c)を用意します。典型的には、

  • 高温側: 室温の抵抗性負荷(整合終端器)。温度はおよそ Th290T_h \approx 290 K。
  • 低温側: 液体窒素(約77 K)に浸した抵抗性負荷、あるいは専用の低雑音基準雑音源(noise diode をOFFにした状態など)。温度はおよそ Tc77T_c \approx 77 K。

この2つを、被測定増幅器の入力に順番に切り替えて接続し、それぞれの出力雑音電力 NhN_h(高温側接続時)と NcN_c(低温側接続時)を、パワーメータやスペクトラムアナライザで測定します。先の出力雑音電力の式を、それぞれの場合に適用すると、

Nh=Gk(Th+Te)B,Nc=Gk(Tc+Te)BN_h = G\,k\,(T_h + T_e)\,B, \qquad N_c = G\,k\,(T_c + T_e)\,B

という連立方程式が得られます。両式には未知数 GGTeT_e が2つ含まれていますが、GGkkBB は両式に共通して掛かっているため、2つの式のを取れば GGkkBB がすべて約分されて消えます。この比を Y-factor(Y値)と定義します。

YNhNc=Th+TeTc+TeY \equiv \frac{N_h}{N_c} = \frac{T_h + T_e}{T_c + T_e}

YY は測定器の目盛りから直接読み取れる、無次元の実測値です。これを TeT_e について解きましょう。両辺に (Tc+Te)(T_c+T_e) を掛けると、

Y(Tc+Te)=Th+TeY(T_c + T_e) = T_h + T_e YTc+YTe=Th+TeY T_c + Y T_e = T_h + T_e

TeT_e を含む項を左辺に、それ以外を右辺に集めると、

YTeTe=ThYTcY T_e - T_e = T_h - Y T_c Te(Y1)=ThYTcT_e (Y - 1) = T_h - Y T_c

したがって、

Te=ThYTcY1\boxed{T_e = \frac{T_h - Y T_c}{Y - 1}}

という、実測値 YY と既知の校正温度 Th,TcT_h, T_c だけから未知の雑音温度 TeT_e を一意に決定できる式が得られます。ここが測定原理の核心です。増幅器の利得 GG を一切知らなくても、TeT_e を求められるという点が、この方法の強みです。GG を別途正確に測るのは容易ではありませんが、Y-factor法はその困難な問題を巧妙に迂回しています。

なお、雑音指数 FF で表現したい場合は、低雑音増幅器とメーザーの回で導いた変換式 F=1+Te/T0F = 1 + T_e/T_0(T0=290T_0=290 K)にそのまま代入すればよく、

F=1+1T0ThYTcY1F = 1 + \frac{1}{T_0}\cdot\frac{T_h - Y T_c}{Y-1}

となります。

測定精度に影響する要因

温度差 ThTcT_h - T_c を大きく取ることの意味

Y-factor法の精度は、YY の測定誤差が TeT_e の誤差にどれだけ増幅されて伝わるかに左右されます。直感的に考えてみましょう。もし ThT_hTcT_c がほとんど同じ温度(たとえば Th=291T_h=291 K、Tc=290T_c=290 K)だったとすると、NhN_hNcN_c もほとんど同じ値になり、YY は1にごく近い値になります。このとき、パワーメータの読み取り誤差やわずかな系のドリフトが、Y1Y-1 という小さな分母に対して相対的に巨大な影響を及ぼし、TeT_e の計算結果は激しく暴れてしまいます。

逆に ThT_hTcT_c の差を大きく取れば(Th290T_h\approx 290 K の室温負荷と Tc77T_c\approx 77 K の液体窒素負荷など)、NhN_hNcN_c の差がはっきりと現れ、YY は1から十分離れた、余裕を持った値になります。同じ測定誤差でも、Y1Y-1 という分母が大きいぶん TeT_e の計算結果への影響は相対的に小さくなり、測定は安定します。これが、実務のY-factor測定で液体窒素冷却負荷(通称 “cold load”)がしばしば使われる理由です。単に低温を作りたいだけでなく、測定精度そのものを確保するために温度差を稼ぐという目的があるのです。

測定系自体の付加雑音と較正の必要性

もう1つの重要な問題は、実際の測定では、被測定増幅器(DUT, Device Under Test)の出力を直接読み取れるわけではなく、その後段にパワーメータやスペクトラムアナライザなど、それ自体が有限の雑音指数を持つ測定器が接続されるという点です。低雑音増幅器とメーザーの回で導いたFriisの縦続公式を思い出すと、DUT(雑音温度 TDUTT_{DUT}、利得 GDUTG_{DUT})とその後段の測定系(等価雑音温度 TmeasT_{meas})を合わせた、測定器から見た系全体の雑音温度は、

Tsystem=TDUT+TmeasGDUTT_{system} = T_{DUT} + \frac{T_{meas}}{G_{DUT}}

です。もしDUTの利得 GDUTG_{DUT} が十分大きければ、第2項は無視できるほど小さくなり、Y-factor法で得られる TeT_e はほぼ TDUTT_{DUT} そのものとみなせます。しかしDUTの利得が低い場合や、より高精度な測定が必要な場合には、この Tmeas/GDUTT_{meas}/G_{DUT} の寄与が無視できなくなります。

この問題への実務的な対処が**較正(キャリブレーション)**です。まず、DUTを接続しない状態(測定系単体)で同じY-factor測定を行い、測定系だけの雑音温度 TmeasT_{meas} をあらかじめ求めておきます。次にDUTを接続した状態で系全体の雑音温度 TsystemT_{system} を測定し、上記のFriisの関係式を TDUTT_{DUT} について解くことで、測定系自身の付加雑音の影響を差し引いた、DUT固有の雑音温度を逆算します。

TDUT=TsystemTmeasGDUTT_{DUT} = T_{system} - \frac{T_{meas}}{G_{DUT}}

この操作を行うには利得 GDUTG_{DUT} の情報が別途必要になりますが、GDUTG_{DUT} はネットワークアナライザによるS21S_{21}測定など、雑音測定とは独立した比較的容易な測定で得られます。つまり実務のワークフローは、(1) Y-factor法で雑音温度、(2) 別の測定で利得、という2つの測定を組み合わせ、Friisの公式を使って測定系の寄与を較正で取り除く、という構成になっています。

実務での使われ方

  • ノイズフィギュアメータとスペクトラムアナライザ: 実際の測定現場では、専用のノイズフィギュアメータ(Noise Figure Meter/Analyzer)、あるいはノイズフィギュア測定モードを備えたスペクトラムアナライザが広く使われます。これらの測定器には、あらかじめ校正された**雑音源(Noise Source)**という専用デバイスが接続されます。多くの雑音源はノイズダイオード(アバランシェダイオード)を利用しており、ON状態では既知の高い等価雑音温度(超過雑音比 ENR: Excess Noise Ratio という指標で規定される)を、OFF状態では室温相当の雑音温度を出力します。これにより液体窒素を用意しなくても、ON/OFFの切り替えだけで簡易的にY-factor測定ができる仕組みが実用化されています。ただし、より高精度が求められる深宇宙通信用LNAの評価では、液体窒素冷却負荷を使った測定が今なお標準的です。
  • DSNにおける定期校正: NASA/JPLのDeep Space Network(DSN)では、低雑音増幅器とメーザーの回で扱ったメーザーやHEMT増幅器について、システム雑音温度 TsysT_{sys} が運用要求を満たしていることを保証するため、定期的な較正測定が運用手順に組み込まれています。DSN Telecommunications Link Design Handbook(810-005)には、システム雑音温度の測定手順として、既知の温度を持つ基準雑音源(cold sky や hot load 相当)を使ったY-factor類似の手法が規定されています。これは、メーザーが液体ヘリウムのクライオスタットという複雑な機構を持ち、経年劣化やポンプ波源の性能変化によって雑音温度がじわじわとドリフトしうるためです。数K〜数十Kという値を扱う深宇宙受信機では、TeT_e のわずか1〜2 Kの狂いが G/TG/T 全体、ひいてはリンクマージン全体に直結するため、この定期校正は運用上きわめて重要な位置づけにあります。
  • 不確かさの管理: 実務上、Y-factor法による雑音温度測定には、雑音源そのものの校正精度(ENRの不確かさ)、インピーダンス不整合による反射、測定器自体の直線性など、複数の誤差要因が絡みます。高精度が要求される深宇宙通信の分野では、こうした不確かさをすべて積み上げて見積もる「不確かさ解析(uncertainty budget)」が測定レポートに付随することが一般的です。

演習問題

  1. ある増幅器についてY-factor法で測定を行ったところ、高温側負荷 Th=290T_h=290 K、低温側負荷 Tc=77T_c=77 K のとき Y=4.0Y = 4.0 が得られました。この増幅器の雑音温度 TeT_e をケルビン単位で求め、さらに雑音指数 FF(dB表記)に変換してください。
  2. 同じ増幅器を、もし低温側負荷として液体窒素の代わりに室温よりわずかに低い Tc=270T_c = 270 K の負荷しか用意できなかった場合を考えます。真の TeT_e は問1で求めた値のまま変わらないとして、このときの理論上の YY 値を計算し、問1のケース(Tc=77T_c=77 K)と比較してください。YY が1にどれだけ近づくかを確認し、なぜこの状況が測定精度上望ましくないかを、本文の議論を踏まえて説明してください。
  3. 被測定増幅器(DUT)の利得が GDUT=20G_{DUT} = 20 dB、後段の測定系の等価雑音温度が Tmeas=1000T_{meas} = 1000 K だったとします。Y-factor法で測定した系全体の雑音温度が Tsystem=15T_{system} = 15 K だったとき、Friisの縦続公式を使ってDUT自身の雑音温度 TDUTT_{DUT} を較正計算してください。この例から、DUTの利得が低いとき(GDUTG_{DUT}がもっと小さい場合)に較正がどれだけ重要になるかを考察してください。
  4. なぜY-factor法は、増幅器の利得 GG を事前に知らなくても雑音温度 TeT_e を求められるのか。本文中の Nh=Gk(Th+Te)BN_h = Gk(T_h+T_e)BNc=Gk(Tc+Te)BN_c = Gk(T_c+T_e)B という2つの式から出発し、比 Y=Nh/NcY=N_h/N_c を取る操作が数式的に何をしているのかを説明してください。

まとめと次回予告

雑音指数・雑音温度は理論的に定義された量であるだけでなく、Y-factor法という代数的に洗練された手法によって実測できる量でもあります。既知の2つの温度 Th,TcT_h, T_c の雑音源を切り替えて出力雑音電力比 YY を測定し、Te=(ThYTc)/(Y1)T_e = (T_h - YT_c)/(Y-1) という式に代入するだけで、増幅器の未知の利得 GG を経由せずに TeT_e を求められる、という点がこの手法の核心でした。また、温度差を大きく取るほど測定が安定すること、測定系自身の付加雑音をFriisの公式を使って較正で除去する必要があることも見ました。DSNのような実運用システムでは、こうした測定・較正が定期的に行われ、G/TG/T という重要な性能指標が保証され続けています。

これで、受信機の雑音性能を「定義する」ところから「測定・検証する」ところまで一通り扱いました。次回は少し視点を変えて、そもそもどの周波数帯を深宇宙通信に使ってよいかを定めている周波数割り当てとITU電波規則について、Xバンド・Kaバンドの使い分けを含めて軽く触れます。

参考文献

  • DSN Telecommunications Link Design Handbook, DSN No. 810-005(System Noise Temperature Calibration に関するモジュール)
  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76
  • IEEE Std 1057 および IRE Standards on Electron Tubes: “Definition of Terms for Linear Signal Flow Graphs” に由来するNoise Figure測定の標準的定義
  • Keysight Technologies (旧Agilent), Fundamentals of RF and Microwave Noise Figure Measurements, Application Note 57-1
  • H. T. Friis, “Noise Figures of Radio Receivers,” Proceedings of the IRE, vol. 32, no. 7, pp. 419–422, 1944