システム・運用#48

降雨減衰 — Ka帯化の代償を統計的に設計する

G/Tの回で伏線を張った「Ka帯は天候に脆弱」という論点を正式に回収する。ITU-RのkR^αモデルで降雨減衰を定式化し、超過確率にもとづくリンクマージン設計と、DSNのサイトダイバーシティ・バンドフォールバック運用までを数式で追う。

前提知識: g-over-t

降雨減衰Ka帯リンクマージン大気伝搬損失ITU-R

この回で学ぶこと

G/Tの回の最後で、私たちは1つの宿題を残しました。同じ開口径・開口効率のアンテナであれば、Xバンド(f8.4f\approx8.4 GHz)からKa帯(f32f\approx32 GHz)へ移行するだけで利得が

ΔGdB=20log10(328.4)11.6 dB\Delta G_{\text{dB}} = 20\log_{10}\left(\frac{32}{8.4}\right) \approx 11.6\ \text{dB}

も伸びる、という非常に魅力的な数字を見ました。晴天時であれば、この利得の伸びはTsysT_{sys}のわずかな増加を上回り、Ka帯のG/TG/TはXバンドを凌駕します。しかし本文中では同時に、「Ka帯は水蒸気・降雨による吸収・散乱の影響をXバンドよりもはるかに強く受けるため、降雨時にはTsysT_{sys}が急激に悪化し、G/TG/Tが大きく崩れる」という弱点にも触れ、「この論点は今後のレッスンで降雨減衰というテーマとして正式に扱う」と予告しました。この回はその宿題を回収します。

具体的には次の4つを数式で追います。

  1. 大気伝搬損失の周波数依存性の全体像 — 酸素・水蒸気の吸収線が周波数のどこにあり、S/X帯ではなぜ無視できて、Ka帯以上でなぜ急激に効いてくるのか
  2. 降雨減衰の物理的起源(雨滴による散乱・吸収)と、それをべき乗則 γR=kRα\gamma_R=kR^\alpha で近似するITU-R勧告のモデル
  3. 降雨強度から全減衰量を求めるための「有効伝搬距離」という考え方
  4. 降雨減衰は決定論的な一定値ではなく確率分布を持つ、という事実にもとづく統計的リンクマージン設計の思想

最後に、DSNが実際にKa帯運用でこの問題にどう対処しているか(サイトダイバーシティ、Xバンドへのフォールバック、天候予報を用いた運用計画)を見て、「帯域幅が広く取れてアンテナ利得も上がる」というKa帯の魅力と、この降雨脆弱性というトレードオフを、実務がどう天秤にかけているかを確認します。

直感的導入 — なぜ周波数を上げると空が「濁ってくる」のか

電波が大気中を伝搬するとき、何にも邪魔されない真空中の伝搬と比べて、必ずいくらかのエネルギーが失われます。この余分な損失を大気伝搬損失(atmospheric attenuation)と呼びます。損失の原因は主に2つで、(1) 大気を構成する気体分子(酸素分子 O2\mathrm{O_2}、水蒸気分子 H2O\mathrm{H_2O})が特定の周波数で電波のエネルギーを吸収する共鳴吸収と、(2) 雨滴や雲粒のような、電波の波長に対して無視できない大きさを持つ粒子による散乱・吸収です。

ここで直感的に押さえておきたいのは、これらの損失メカニズムが「周波数が上がるほど強くなる」という共通の性質を持つことです。分子の共鳴吸収は特定の周波数(酸素は60GHz帯・118GHz帯、水蒸気は22GHz帯・183GHz帯などに吸収線を持つ)に集中しますが、これらの吸収線から離れたS帯(2.3\approx2.3GHz)やXバンド(8.4\approx8.4GHz)ではその裾野の影響すら小さく、実務上は無視できるレベルにとどまります。ところがKa帯(地上局のアップリンク・ダウンリンクでは32\approx32GHz、G/Tの回で使った代表値)まで周波数を上げると、水蒸気吸収線(2222GHz)の裾野に半分足を踏み入れ始め、大気の影響が無視できなくなってきます。

雨滴による散乱・吸収はさらに顕著です。雨滴の典型的な直径は0.50.533mm程度で、これはXバンドの波長(3.6\approx3.6cm)に対しては十分小さく電波はほとんど「気づかず」通り抜けますが、Ka帯の波長(9\approx9mm)になると雨滴のサイズと波長が同程度のオーダーに近づき、電波が雨滴によって効率よく散乱・吸収されるようになります(電磁波散乱理論でいうミー散乱領域に近づく、という言い方もできます)。つまり**「周波数を上げてアンテナ利得を稼ぐ」というG/Tの回で見た戦略は、同時に「大気という新たな敵と正面から向き合う」ことと表裏一体である**、というのがこの回全体を貫く直感です。

大気伝搬損失の周波数依存性 — 全体像

大気伝搬損失を周波数の関数として俯瞰すると、次のような構造が見えてきます。

Latm(f)=Lgas(f)+Lrain(f)+Lcloud/fog(f)L_{atm}(f) = L_{gas}(f) + L_{rain}(f) + L_{cloud/fog}(f)

ここで LgasL_{gas} は酸素・水蒸気による気体吸収、LrainL_{rain} は降雨減衰、Lcloud/fogL_{cloud/fog} は雲・霧による減衰(一般に降雨よりずっと小さい)です。深宇宙通信で実務上重要になるのは主に LgasL_{gas}LrainL_{rain} の2つです。

気体吸収 Lgas(f)L_{gas}(f) は、ITU-R勧告(P.676など)にモデル化された酸素・水蒸気の吸収線モデルにもとづいて計算され、天頂方向(仰角90°)でおおむね次のような大まかな傾向を示します。

  • S帯・Xバンド(f10f\lesssim10GHz): 天頂減衰は0.10.1dB程度以下で、多くのリンクバジェット計算では無視するか、固定の小さなマージン(数十分の1dB)として織り込むだけで済みます。
  • Ka帯(f32f\approx32GHz): 晴天時でも天頂減衰が0.10.10.30.3dB程度まで増加し、無視はできないもののまだ致命的ではありません。
  • 60GHz帯(酸素吸収線の直上): 天頂減衰が数dB〜十数dBに達し、地上-地上間の見通し外通信に使われるほど強く減衰するため、逆に深宇宙通信のような長距離見通し内リンクには不向きな帯域です。

この気体吸収は、晴天時であっても常に存在する「ベースラインの損失」であり、リンクバジェットには固定値(あるいは仰角の関数)として比較的素直に織り込めます。これに対して次節で扱う降雨減衰は、時間的に大きく変動する確率的な現象であり、まったく異なる設計思想を要求します。

降雨減衰の物理とkRαkR^\alphaモデル

比減衰量の物理的な意味

降雨減衰を定量化する第一歩は、単位距離あたりにどれだけ電波が減衰するかを表す比減衰量(specific attenuation) γR\gamma_R(単位: dB/km)を定義することです。物理的には、電波が雨滴の集合を通過する際に、個々の雨滴による散乱断面積・吸収断面積の合計(消散断面積)と、単位体積あたりの雨滴の数密度分布から導かれる量です。厳密には、雨滴の直径分布 N(D)N(D)(典型的にはMarshall-Palmer分布などの経験分布)と、Mie散乱理論から計算される個々の雨滴の消散断面積 σext(D,f)\sigma_{ext}(D, f) を使って、

γR=4.343×1030σext(D,f)N(D)dD[dB/km]\gamma_R = 4.343\times10^{-3}\int_0^\infty \sigma_{ext}(D,f)\, N(D)\, dD \quad [\text{dB/km}]

という積分で厳密に計算できます(係数4.343=10/ln104.343=10/\ln10は、真数の減衰係数[1/km]をdB/kmに変換する定数)。しかしこの積分は雨滴径分布や複素屈折率の周波数依存性まで含む複雑な計算で、リンク設計の実務でいちいち解くには重すぎます。

ITU-Rのべき乗則近似

そこで実務上は、この複雑な積分の結果を、降雨強度 RR(単位: mm/h、地上の雨量計で観測できる量)のべき乗則で近似するという、ITU-R勧告P.838に規定された経験的モデルが広く使われます。

γR=kRα[dB/km]\boxed{\gamma_R = k\,R^\alpha \quad [\text{dB/km}]}

ここで係数 kk と指数 α\alpha は、周波数・偏波(水平偏波・垂直偏波)・降雨温度に依存する回帰係数で、ITU-Rの表に周波数ごとの数値として与えられています。この式が実務上便利なのは、複雑な散乱理論の中身を一切知らなくても、地上の雨量計で測れる降雨強度 RR さえ分かれば、比減衰量が簡単な代数式で求まるという点にあります。

定性的な振る舞いを押さえておきましょう。kk は周波数が上がるほど単調に増加し(高い周波数ほど同じ雨でもよく減衰される、前節の直感の数式版)、α\alpha はおおむね0.80.81.31.3程度の値を取ります(周波数帯によって1をまたいで増減します)。Ka帯(32\approx32GHz、水平偏波)では、目安として k0.09k\approx0.09α1.0\alpha\approx1.0 程度の値になります(正確な数値は偏波・仰角補正を含めてITU-R P.838の最新版を参照する必要があります)。仮にこの目安値を使うと、降雨強度 R=10R=10 mm/h(並の大雨)のとき、

γR0.09×101.0=0.9 dB/km\gamma_R \approx 0.09 \times 10^{1.0} = 0.9\ \text{dB/km}

という比減衰量が得られます。Xバンド(8.4\approx8.4GHz)ではこれと同じ降雨強度でもkkの値が一桁以上小さく、比減衰量は0.10.1dB/km程度にとどまります。この一桁の差こそが、「Ka帯は降雨に弱い」という主張の数式的な正体です。

有効伝搬距離と全減衰量

比減衰量 γR\gamma_R が分かっても、それだけでは全減衰量は求まりません。電波が雨の中をどれだけの距離伝搬するか、という伝搬距離の情報が必要です。

素朴に考えると、地上局から見て降雨セル(雨が降っている領域)を電波が実際に通過する幾何学的な距離 LgeomL_{geom} を使い、全減衰量を A=γR×LgeomA=\gamma_R\times L_{geom} とすれば良さそうに思えます。しかし実際の降雨は空間的に一様ではなく、降雨強度は水平方向にも鉛直方向にもむらがあります(雨雲の中心部は強く、縁は弱い、といったように)。単純に地上の雨量計で測った降雨強度 RR を使って比減衰量を求め、それに幾何学的な伝搬距離をそのまま掛けると、電波が実際に通過する不均一な降雨の総和を過大評価してしまいます。

そこでITU-R勧告(P.618)では、この不均一性を補正するための有効伝搬距離(effective path length) LeffL_{eff} という概念を導入します。

Leff=Lgeom×rpL_{eff} = L_{geom}\times r_p

ここで rpr_p は縮小係数(reduction factor、0<rp10<r_p\le1)で、降雨セルの水平方向の相関距離や降雨強度そのものに依存する経験的な補正係数として、ITU-R勧告に回帰式の形で与えられます(降雨強度が強いほど、降雨セルは空間的に狭く集中する傾向があるため、rpr_pは小さくなる、という定性的な傾向を持ちます)。この有効伝搬距離を使うことで、全減衰量は

A=γR×Leff=kRα×Lgeom×rp[dB]\boxed{A = \gamma_R \times L_{eff} = k\,R^\alpha \times L_{geom}\times r_p \quad [\text{dB}]}

という形で表せます。幾何学的伝搬距離 LgeomL_{geom} 自体も、地上局の仰角 θel\theta_{el} と降雨層の高さ(等雨量高度、緯度や季節に依存)から、単純な三角関数

Lgeom=hrainhstationsinθelL_{geom} = \frac{h_{rain} - h_{station}}{\sin\theta_{el}}

によって求まります(hrainh_{rain}は降雨層の上端高度、hstationh_{station}は地上局の標高)。仰角が低いほど電波が大気中を斜めに長く通過するため LgeomL_{geom} が伸びる、という直感がそのまま式に表れています。これが、深宇宙局が低仰角のパスをできるだけ避け、なるべく天頂に近い仰角でコンタクトを計画したがる理由の1つでもあります。

統計的リンクマージン設計 — 超過確率という発想

ここまでの議論は「ある降雨強度 RR が観測されたときに、減衰量 AA がいくらになるか」という条件付きの計算でした。しかし実際のリンク設計者が知りたいのは、これとは似て非なる問い、すなわち**「どれだけの減衰量マージンを積んでおけば、年間のうちどれだけの時間、リンクが成立するか」**です。この問いに答えるには、降雨強度(したがって減衰量)を確率変数として扱う必要があります。

超過確率という考え方

ある地点の降雨強度 RR は、1年を通して観測すると、ほとんどの時間はゼロ(晴天)で、まれに非常に強い値を取る、というきわめて偏った統計分布に従います。ITU-R勧告(P.837)は、世界の各地域について、降雨強度がある値 RR を超える時間の割合(年間のパーセンテージ)を表す累積分布を提供しています。これを超過確率(exceedance probability) pp と呼び、R0.01R_{0.01}(年間0.01%0.01\%の時間だけ超過する降雨強度)のような形で表記します。

比減衰量の式 γR=kRα\gamma_R=kR^\alpha と有効伝搬距離の式を組み合わせれば、降雨強度の超過確率をそのまま減衰量の超過確率に変換できます。すなわち、

Ap=kRpα×Leff(Rp)A_{p} = k\,R_p^{\alpha}\times L_{eff}(R_p)

という関係を通じて、「年間p%p\%の時間だけ超過する降雨強度 RpR_p」から「年間p%p\%の時間だけ超過する減衰量 ApA_p」が計算できます。RR が単調増加関数 γR=kRα\gamma_R=kR^\alpha を通して AA に変換される(ただし LeffL_{eff} 自体も弱くRRに依存する)ため、RR の超過確率分布がそのまま(近似的に)AA の超過確率分布に対応します。

マージン設計への落とし込み

この超過確率 ApA_p こそが、リンクマージン設計の核心的な入力です。設計者は、ミッション要求(たとえば「年間の可用性は99.9%99.9\%以上、つまりリンク断絶を年間0.1%0.1\%以下の時間に抑えたい」)から、許容できる超過確率 pp(この例ではp=0.1p=0.1)を定め、対応する減衰量 A0.1A_{0.1} をITU-Rモデルから計算し、その値を降雨マージンとしてG/Tの回変調損失の回で扱ったリンクバジェット方程式に追加のマイナス項として織り込みます。

PRN0降雨込み=PRN0晴天Ap\frac{P_R}{N_0}\bigg|_{\text{降雨込み}} = \frac{P_R}{N_0}\bigg|_{\text{晴天}} - A_p

重要なのは、pp を小さく(可用性要求を厳しく)取るほど ApA_p は急激に増大するという点です。降雨強度の分布は裾が長い(強い雨ほど稀だが、ゼロではない確率で発生する)ため、たとえば「99%99\%の時間で成立すればよい」(p=1p=1)場合に必要なマージンと、「99.99%99.99\%の時間で成立させたい」(p=0.01p=0.01)場合に必要なマージンとでは、後者が前者を大きく上回ります。これはちょうどG/Tの回で見た「開口径を大きくするコストが DD のべき乗で急増する」議論と同じ構造で、「あと少しの可用性」を追い求めるほど、必要な設備・マージンのコストが不釣り合いに跳ね上がるという収穫逓減の関係がここにも現れます。したがって実務上のマージン設計は、「絶対にリンクを切らさない」という不可能な目標を追うのではなく、ミッションが許容できる断絶時間(たとえば科学データの一部再送信で穴埋めできる程度の時間か、クリティカルなコマンド送信中は決して切れてはならないか、といったミッションフェーズごとの重要度)にもとづいて、経済的に合理的な pp を選ぶ、という統計的な最適化問題になります。

実務での使われ方

DSNのKa帯運用における降雨減衰対策

NASA/JPLのDSN(Deep Space Network)は、2000年代以降、複数の深宇宙ミッションでKa帯ダウンリンクの運用実績を積み重ねてきました(たとえばカッシーニ探査機のKa帯実験、そして近年の多くの科学ミッションでの標準的なKa帯ダウンリンク採用)。G/Tの回で見た通り、Ka帯は晴天時に大きなG/TG/T優位を持ち、広い帯域幅を確保しやすいため高速データダウンリンクに適していますが、DSNはこの降雨減衰という弱点に対して、主に3つのアプローチで対処しています。

  • サイトダイバーシティ(site diversity): DSNは3つの局(米国ゴールドストーン、スペインのマドリード、オーストラリアのキャンベラ)を地球上でおよそ120°120°おきに配置しています。この主目的は地球の自転による24時間連続追尾の実現ですが、副次的な効果として、複数の候補局の天候が独立にふるまうことを利用し、あるパス(コンタクト時間帯)で予定局が降雨中であっても、地理的に離れた別の局に切り替える(あるいは元々複数局で並行受信する)ことで、降雨の影響を統計的に薄める運用が検討・実施されています。降雨セルの空間スケールは数km〜数十km程度であり、数百km以上離れた局同士が同時に強い雨に見舞われる確率は低いため、このダイバーシティは有効に機能します。
  • Xバンドへのフォールバック: 多くの深宇宙探査機はKa帯とXバンドの両方の送信機を搭載しており(あるいはKa帯downlink・Xバンド up/downlinkのハイブリッド構成)、Ka帯パスで大きな降雨減衰が予想される、あるいは実際に発生した場合には、データレートを下げてXバンドに切り替える、またはKa帯のデータレートを動的に下げる(適応的符号化変調、adaptive coding and modulation)ことでリンクを維持する運用が行われます。これは「Ka帯の高速性」と「Xバンドの堅牢性」を状況に応じて使い分ける、アンテナ切り替えの回で見たHGA/MGA/LGAの使い分けと同じ思想のリンク設計です。
  • 天候予報を用いた運用計画: DSNは各局周辺の気象予報データを運用計画に組み込み、強い降雨が予想される時間帯には、あらかじめその局へのハイレート(Ka帯)パスの割り当てを避けたり、重要度の低いデータのダウンリンクをその時間帯に回したりするスケジューリングを行います。これは、DSN概論の回で触れた「限られたアンテナ資源を多数のミッションで分け合う」スケジューリング問題に、気象という新たな制約条件を持ち込むものです。

Ka帯を選ぶかどうかの判断

このように、Ka帯化は「帯域幅が広く取れる」「同じ開口径でアンテナ利得が上がる」という明確な利点を持つ一方で、降雨減衰という統計的リスクを常に抱え込みます。実務上のミッション設計では、この利点とトレードオフを、ミッションが要求するデータ量・可用性・許容断絶時間に照らして評価します。たとえば、大量の科学データ(高解像度画像・スペクトルデータなど)を定期的にダウンリンクする必要があり、多少のリンク断絶は再送信で補えるミッションであればKa帯の高速性の恩恵は大きく、逆に着陸機のクリティカルフェーズのように一瞬たりともコマンドリンクを切らせられない局面では、降雨に弱いKa帯単独運用は避け、Xバンド(あるいはさらに堅牢なS帯)を主とする設計が選ばれます。この判断はまさに、この回で導いた超過確率にもとづくマージン設計そのものであり、統計モデルの数字がミッション設計の意思決定に直結する好例です。

演習問題

  1. あるKa帯リンク(仰角θel=40°\theta_{el}=40°)において、降雨層の高さがhrain=4h_{rain}=4km、地上局の標高がhstation=1h_{station}=1kmであるとする。幾何学的伝搬距離 Lgeom=(hrainhstation)/sinθelL_{geom}=(h_{rain}-h_{station})/\sin\theta_{el} を計算し、さらに縮小係数 rp=0.6r_p=0.6 を用いて有効伝搬距離 LeffL_{eff} を求めよ。

  2. 問1の LeffL_{eff} を用い、ITU-Rのべき乗則モデル γR=kRα\gamma_R=kR^\alphak=0.09k=0.09α=1.0\alpha=1.0(Ka帯・水平偏波の目安値)としたとき、降雨強度 R=15R=15 mm/h における全減衰量 A=γR×LeffA=\gamma_R\times L_{eff} をdBで求めよ。同じ計算をXバンドの目安値(k=0.007k=0.007α=1.0\alpha=1.0)で行い、Ka帯とXバンドの減衰量の比を求めよ。

  3. あるDSN局で、年間1%1\%の時間を超過する降雨強度に対応する減衰量がA1=1.5A_1=1.5dB、年間0.01%0.01\%の時間を超過する減衰量がA0.01=8A_{0.01}=8dBだったとする。可用性要求が「年間99%99\%の時間でリンク成立」の場合と「年間99.99%99.99\%の時間でリンク成立」の場合とで、それぞれ何dBの降雨マージンをリンクバジェットに積む必要があるか答え、後者の要求がどれだけ「割高」であるかを議論せよ。

  4. なぜDSNの3局(ゴールドストーン・マドリード・キャンベラ)を用いたサイトダイバーシティが、降雨減衰対策として有効に機能するのか、降雨セルの空間スケールという観点から自分の言葉で説明せよ。また、もし3局がすべて同じ大陸の隣接した都市にあったとしたら、この対策はどう機能しなくなるかについても触れよ。

まとめと次回予告

Ka帯化がもたらす11.611.6dBという魅力的な利得の伸びは、G/Tの回で見た通り晴天時には確かな優位性ですが、この回で見たように、周波数が水蒸気吸収線・雨滴散乱の効きやすい領域に近づくことの代償でもあります。降雨減衰は比減衰量 γR=kRα\gamma_R=kR^\alpha というべき乗則で近似でき、有効伝搬距離 LeffL_{eff} を掛けることで全減衰量 AA が求まりますが、降雨強度自体が確率変数であるため、リンクマージンの設計は「一定の減衰量を差し引く」という単純な話ではなく、超過確率にもとづく統計的な最適化問題になります。DSNはこの問題に、サイトダイバーシティ・バンドフォールバック・天候予報を組み合わせた運用でこたえています。

次回は、この回でも触れた「地上局との幾何学的な見通し」というテーマをさらに広げ、探査機が地球から見て太陽のほぼ真後ろに入り込む**太陽合(solar conjunction)**が引き起こす、降雨とはまた別種のリンク劣化(太陽コロナによる位相雑音・信号劣化)の問題に軽く触れます。

参考文献

  • ITU-R Recommendation P.838, Specific Attenuation Model for Rain for Use in Prediction Methods
  • ITU-R Recommendation P.618, Propagation Data and Prediction Methods Required for the Design of Earth-Space Telecommunication Systems
  • ITU-R Recommendation P.837, Characteristics of Precipitation for Propagation Modelling
  • ITU-R Recommendation P.676, Attenuation by Atmospheric Gases and Related Effects
  • DSN Telecommunications Link Design Handbook, DSN No. 810-005 (Atmospheric Attenuation / Ka-band Design モジュール)
  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76
  • J. R. Wertz, D. F. Everett, J. J. Puschell (eds.), Space Mission Engineering: The New SMAD