システム・運用#99

探査機のEMI/EMC設計 — 同じ筐体の中で電波を汚さないための電磁両立性

探査機には通信機だけでなく観測センサ・デジタル回路・モータ・スイッチング電源が同じ狭い筐体に同居し、互いにノイズの加害者にも被害者にもなりうる。伝導性干渉と放射性干渉という2つの経路を区別し、LNAが拾う微弱信号がデジタル回路のクロック高調波にいかに脆弱かを干渉波対信号波比の数式で議論した上で、シールディング・接地・ボンディング・ESD対策とEMC試験プロセスを理解する。

前提知識: 探査機RFフロントエンド設計 — ダイプレクサと冗長系が支える1機の通信システム

EMIEMCシールディング接地・ボンディングESD

この回で学ぶこと

探査機RFフロントエンドの回では、トランスポンダ・TWTA・LNA・アンテナといった無線系の部品が、1枚のバス構体の上でダイプレクサや冗長スイッチを介してどう配線されているかを見ました。しかし探査機のバス構体に載っているのは無線系だけではありません。姿勢制御用のリアクションホイールやスラスタ駆動回路、太陽電池からの電力を安定化するスイッチング電源、科学観測用のCCD・分光器・磁力計、そしてこれらすべてを統括するオンボードコンピュータのデジタル回路——これら全部が、しばしば1辺1メートルにも満たない筐体の中にぎゅう詰めに収められています。

これらの機器は、電気的には独立していても、電磁的には決して独立していません。ある回路が発生させた電気的なノイズが、別の回路の動作を妨害してしまう現象を**電磁干渉(EMI, Electromagnetic Interference)と呼び、探査機に搭載されるすべての機器が、互いに干渉を与えず、かつ与えられても正常に動作し続けられるように設計する工学分野を電磁両立性(EMC, Electromagnetic Compatibility)**と呼びます。この回では、

  1. ノイズが伝わる2つの経路——伝導性干渉(電源ラインなどの導体を伝わる)と放射性干渉(空間を電磁波として伝わる)——を区別する
  2. LNAの回で学んだような、極めて微弱な信号を扱う受信系が、機内のデジタル回路が出すクロック高調波にどれほど脆弱かを、干渉波対信号波比という数式で定量化する
  3. **シールディング(電磁遮蔽)**の原理を、導体中の電磁波の減衰(表皮効果)から導出し、その効果がなぜ周波数に強く依存するかを見る
  4. 接地(グラウンディング)・ボンディング・ESD(静電気放電)対策という、EMC設計の残り3本柱を扱う
  5. 実際のEMC試験(電波暗室でのエミッション試験・イミュニティ試験)がどのようなプロセスで行われているかを概観する

を扱います。ゴールは、「なぜ探査機の設計図には、無線の性能とは一見無関係に見える『金属で覆う』『ケーブルを編組シールドで包む』『機体各部をボンディングストラップでつなぐ』といった指示が山ほど書き込まれているのか」を、物理と数式の両面から理解できるようになることです。

直感的導入

探査機の中を、防音が全くされていない小さなワンルームマンションだと想像してください。そこには静かな声で会話したい2人(通信機のLNAが拾う、地球からの微弱なアップリンク信号)がいる一方で、同じ部屋には掃除機をかける人(モータやスラスタの駆動回路)、大音量で音楽をかける人(スイッチング電源のスイッチングノイズ)、そして絶え間なく独り言をつぶやき続ける人(オンボードコンピュータのクロック信号とその高調波)が同居しています。壁で仕切られていない1つの部屋の中では、これらの音はすべて空気を伝って(放射性干渉)、あるいは床や壁を伝って(伝導性干渉)混ざり合い、静かな会話をしたい2人の邪魔をします。

地上の通信設備であれば、送信アンテナと受信アンテナを数十メートル、数百メートル離して設置したり、ノイズ源となる機器を別の建屋に隔離したりすることで、この問題をある程度「距離」で解決できます。しかし探査機ではそれができません。すべての部品が、質量制約というシビアな要求のもとで、可能な限り小さく軽い1つの構体に押し込められます。しかもLNAの回で見たように、受信系が検出しようとしている信号は、送信管(TWTA)が出力するワットオーダーの電力や、デジタル回路のロジックICが切り替わる際に生じるノイズに比べて、実に10桁以上も小さいピコワット(あるいはそれ以下)のオーダーです。この途方もない電力差のある信号同士を、わずか数十センチという至近距離に同居させなければならないところに、探査機EMC設計の本質的な難しさがあります。

数式定式化

干渉の2つの経路 — 伝導性干渉と放射性干渉

EMIは、ノイズ源(エミッタ)から被害機器(ビクティム)へとエネルギーが伝わる経路によって、大きく2種類に分類されます。

**伝導性干渉(conducted interference)**は、電源ラインや共通の信号線、あるいは構体そのものを介して、電流や電圧の形でノイズが物理的な導体を伝って伝播するものです。典型例は、スイッチング電源のパワートランジスタが数百kHz〜数MHzでオン・オフを繰り返す際に生じるリップル電流が、電源母線(パワーバス)を通じて他の負荷機器の電源端子にまで伝わってしまう現象です。

**放射性干渉(radiated interference)**は、ノイズ源となる回路そのものがアンテナのように振る舞い、空間に電磁波としてエネルギーを放射し、それが被害機器の回路(あるいはそこにつながるケーブル)に電磁誘導で結合してしまうものです。典型例は、オンボードコンピュータのクロック発振器やデータバスの配線が、その基本周波数だけでなく高い次数の高調波まで含めて微弱な電波を放射し、それが近傍にあるRF受信系の回路やケーブルに飛び込んでしまう現象です。

この2つの経路は独立に対策する必要があります。伝導性干渉には主にフィルタリング(電源ラインにLCフィルタを挿入し、ノイズ電流が伝わる帯域を減衰させる)で対処し、放射性干渉には主にシールディング(ノイズ源または被害機器を導体で覆い、空間結合そのものを遮断する)で対処します。ただし実際には両者は独立ではなく、たとえば1本のケーブルが放射源から拾った放射性ノイズを、そのまま伝導性ノイズとして別の機器の入力端子まで運んでしまう、というように相互に変換されることも多く、EMC設計では両方を同時に扱う必要があります。

LNAへの脅威を定量化する — 干渉波対信号波比

被害機器の代表として、LNAの回で扱った受信系を考えましょう。LNAの入力に到達する所望信号(地球からのアップリンク信号、あるいは深宇宙からのダウンリンク信号)の電力を PSP_S とします。探査機RFフロントエンドの回で述べた通り、この電力は典型的にピコワット(101210^{-12} W、90\approx -90 dBm)のオーダーかそれ以下という、極めて小さな値です。

一方、同じ筐体内のデジタル回路(オンボードコンピュータ、データバス、A/D変換器のサンプリングクロックなど)は、数MHz〜数百MHzの矩形波クロックで動作しています。矩形波は理想的な正弦波と異なり、フーリエ級数展開すると基本波の整数倍の周波数に無数の高調波成分を持ちます。

vclk(t)=4Vπk=1,3,5,1ksin(2πkfclkt)v_{clk}(t) = \frac{4V}{\pi}\sum_{k=1,3,5,\ldots}^{\infty} \frac{1}{k}\sin(2\pi k f_{clk} t)

これは方形波(デューティ比50%)のフーリエ級数で、kk 次高調波の振幅は基本波の 1/k1/k でしか減衰しません。したがって基本周波数 fclkf_{clk} が例えば数十MHzであっても、その高調波は数GHzのRF受信帯域にまで無視できない振幅で伸びてきます。この高調波の一部が、伝導性経路(電源ライン経由)あるいは放射性経路(基板パターンやケーブルからの漏洩)を通じてLNAの入力に結合してしまうと、干渉電力 PIP_I として所望信号に重畳されます。

この脅威の深刻さを表す指標が、**干渉波対信号波比(ISR, Interference-to-Signal Ratio)**です。

ISR [dB]=10log10 ⁣(PIPS)\text{ISR}\ [\text{dB}] = 10\log_{10}\!\left(\frac{P_I}{P_S}\right)

数値例で見てみましょう。仮に対策を何もしない場合、デジタル回路のクロック高調波がノイズ源の直近(基板上、あるいは筐体内の数センチ〜数十センチという至近距離)で生み出す実効的な干渉電力が PI,raw20P_{I,\text{raw}} \approx -20 dBm 程度あったとします(ロジックICは通常3〜5V・数十mAというオーダーで動作しており、その電流の急峻な立ち上がり・立ち下がりが生む広帯域スペクトルの振幅は、決して無視できる大きさではありません)。これに対し所望信号は PS120P_S \approx -120 dBm 程度(アップリンクのコマンド受信しきい値として現実的な値)だとすると、対策前のISRは

ISRraw=20(120)=100 dB\text{ISR}_{\text{raw}} = -20 - (-120) = 100\ \text{dB}

というとてつもない値になります。所望信号よりも干渉のほうが10桁(100 dB)も強いということです。深宇宙リンクの受信機は、AWGN雑音モデリングの回で見た熱雑音 kTsysBkT_{sys}B という極めて低いノイズフロアの上で、わずかなマージンで所望信号を検出できるように設計されています。そこにこれほど強い干渉が紛れ込めば、たとえ本来のリンクバジェットが十分に成立していても、通信は事実上不可能になります。

EMC設計の目標は、このISRを、リンクの許容できる劣化量(たとえば所望信号に対して干渉を20-20 dB以下、すなわちISRを20-20 dB以下)まで押し下げることです。必要な合計抑圧量(シールディング・フィルタリング・接地対策すべてを合わせた実効的な減衰量)は、

Required Attenuation=ISRrawISRtarget=100(20)=120 dB\text{Required Attenuation} = \text{ISR}_{\text{raw}} - \text{ISR}_{\text{target}} = 100 - (-20) = 120\ \text{dB}

というオーダーになります。120 dBという数字は、電力比にして 101210^{12} 倍、すなわち1兆分の1にまで干渉を減衰させなければならないということを意味します。 これほど巨大な抑圧量を、シールディング・フィルタリング・接地・ケーブル配置の工夫を積み重ねることで実現するのが、これから見ていくEMC設計の役割です。

シールディングの原理 — 導体による電磁波の減衰

導体中の電磁波と表皮効果

放射性干渉を抑える最も基本的な手段は、ノイズ源または被害機器を導体(通常はアルミニウムや鋼鉄の筐体)で覆うことです。ではなぜ導体で覆うと電磁波が減衰するのでしょうか。マクスウェル方程式に立ち返って導出します。

導体内部では、変位電流(誘電率 ε\varepsilon に比例する項)よりも伝導電流(導電率 σ\sigma に比例する項)が圧倒的に支配的です(σωε\sigma \gg \omega\varepsilon、これを「良導体近似」と呼びます)。この近似のもとでマクスウェル方程式(ファラデーの法則とアンペールの法則)を組み合わせると、導体内部の電界 EE が満たす波動方程式は、通常の(自由空間の)波動方程式とは異なる形になります。

2E=jωμσE\nabla^2 \vec{E} = j\omega\mu\sigma\, \vec{E}

導体表面に垂直に zz 軸を取り、平面波が zz 方向に伝搬すると仮定すると、この方程式の解は

E(z)=E0eγz,γ=jωμσE(z) = E_0\, e^{-\gamma z}, \qquad \gamma = \sqrt{j\omega\mu\sigma}

という減衰しながら伝搬する波になります。ここで j=(1+j)/2\sqrt{j} = (1+j)/\sqrt{2} であることを使うと、伝搬定数 γ\gamma

γ=(1+j)ωμσ2=1+jδ,δ2ωμσ=1πfμσ\gamma = (1+j)\sqrt{\frac{\omega\mu\sigma}{2}} = \frac{1+j}{\delta}, \qquad \delta \equiv \sqrt{\frac{2}{\omega\mu\sigma}} = \frac{1}{\sqrt{\pi f \mu \sigma}}

と書けます。この δ\delta を**表皮深さ(skin depth)**と呼びます。γ\gamma の実部 1/δ1/\delta が振幅の減衰を、虚部 1/δ1/\delta が位相の遅れ(伝搬)を担っており、つまり導体表面から深さ δ\delta だけ内部に入ると、電界の振幅はちょうど 1/e0.371/e \approx 0.37 倍まで減衰します。δ\delta が周波数 ff の平方根に反比例して小さくなることから分かる通り、周波数が高いほど電流や電磁界は導体のごく表面の薄い層に押しやられ(表皮効果)、内部まで深く侵入できなくなります。

吸収損失の周波数依存性(数値例)

導体を厚さ tt の板として、電磁波がこれを通り抜けようとするときの減衰量(吸収損失, Absorption Loss)は、振幅が et/δe^{-t/\delta} 倍になることから、

A [dB]=20log10 ⁣(et/δ)=8.686tδ=8.686tπfμσA\ [\text{dB}] = 20\log_{10}\!\left(e^{t/\delta}\right) = 8.686\,\frac{t}{\delta} = 8.686\, t\sqrt{\pi f \mu \sigma}

と求まります。数値を入れて実感してみましょう。探査機の筐体に一般的なアルミニウム(導電率 σ3.5×107\sigma \approx 3.5\times10^7 S/m、比透磁率 μr1\mu_r \approx 1)を例に取ります。

低周波の場合(f=100f = 100 kHz、スイッチング電源のスイッチング周波数に近いオーダー):

δ=1π(105)(4π×107)(3.5×107)2.7×104 m=0.27 mm\delta = \frac{1}{\sqrt{\pi (10^5)(4\pi\times10^{-7})(3.5\times10^7})} \approx 2.7\times10^{-4}\ \text{m} = 0.27\ \text{mm}

厚さ t=1t = 1 mm のアルミパネルなら t/δ3.7t/\delta \approx 3.7 で、吸収損失は A8.686×3.732A \approx 8.686 \times 3.7 \approx 32 dB 程度です。決して小さくはありませんが、突出して大きいわけでもありません。

高周波の場合(f=1f = 1 GHz、デジタル回路のクロック高調波がRF受信帯域に侵入してくる典型的な周波数):

δ=1π(109)(4π×107)(3.5×107)2.7×106 m=2.7 μm\delta = \frac{1}{\sqrt{\pi (10^9)(4\pi\times10^{-7})(3.5\times10^7)}} \approx 2.7\times10^{-6}\ \text{m} = 2.7\ \mu\text{m}

同じ厚さ t=1t=1 mm のアルミパネルなら t/δ370t/\delta \approx 370 で、吸収損失は A8.686×3703200A \approx 8.686\times370 \approx 3200 dB という、現実離れした桁数の値になります。

この2つの数値を比べると、吸収損失は周波数の平方根 f\sqrt{f} に比例して増大するため、GHz帯のRF放射に対しては、わずか1mm厚の金属板ですら理論上ほぼ完全な遮蔽を実現できることが分かります。逆に言えば、数百kHz程度のスイッチング電源の低周波磁界成分に対しては、同じ薄い金属板の遮蔽効果はずっと限定的であり、こうした低周波の磁気的な結合を抑えるには、より厚い材料や、透磁率 μr\mu_r の大きい特殊な軟磁性材料(パーマロイなど)を使う必要が出てきます。これが「シールディングの効果は周波数に強く依存する」ことの数式的な根拠です。

反射損失と開口部という現実の弱点

導体表面での減衰は吸収損失だけではありません。自由空間の波動インピーダンス η0=μ0/ε0377 Ω\eta_0 = \sqrt{\mu_0/\varepsilon_0} \approx 377\ \Omega に対して、良導体の固有インピーダンス ηc=jωμ/σ\eta_c = \sqrt{j\omega\mu/\sigma} は、RF帯において典型的にミリオーム〜オームのオーダーしかなく、両者のインピーダンスミスマッチが非常に大きいため、入射した電磁波の大部分は導体内部に侵入する前に表面で反射されてしまいます(反射損失, Reflection Loss)。総合的なシールディング効果 SESE はこの吸収損失と反射損失(および内部で多重反射する分の補正項)の和として、

SE [dB]=A+R+BSE\ [\text{dB}] = A + R + B

と表され、上で見た通りRF帯では AA だけで既に非常に大きな値になるため、健全な(継ぎ目のない)金属板そのものは、理論上ほとんど完璧な遮蔽体になります。

しかし実際の探査機の筐体は、継ぎ目のない一枚板ではありません。 パネル同士の接合部、点検用のハッチ、コネクタの取り付け穴、放熱・通気のための開口部、そして何より配線を通すためのケーブル貫通部など、無数の「隙間」が存在します。理論上どれほど厚い金属板が高いシールディング効果を持っていても、波長に対して無視できない大きさの開口部(スリット、隙間)があれば、そこから電磁波は自由に漏れ出してしまいます。このため実務上のEMC設計では、

  • パネルの継ぎ目には導電性ガスケット(金属メッシュや導電性エラストマー)を挟み、隙間なく電気的に連続させる
  • 放熱用の通気口には、開口の寸法を波長に対して十分小さく保つことで電磁波の伝搬を遮断する**遮断導波管構造(waveguide-below-cutoff)**のハニカムパネルを用いる
  • RF系統に出入りするすべてのケーブルは、コネクタの360度シールド接続(ピグテール接続ではなく、シールド編組をコネクタシェル全周で確実に接地する)を徹底する
  • 電源ラインの入出力にはEMIフィルタ(フィードスルーコンデンサやコモンモードチョーク)を挿入し、ケーブル自体がアンテナとしてノイズを機外・機内に運ぶことを防ぐ

といった対策が、金属板そのものの遮蔽性能以上に重要な設計課題になります。「筐体は金属で覆われているから安全」ではなく、**「その筐体の中で一番弱い開口部の遮蔽性能が、システム全体のシールディング効果を決める」**という考え方が、EMC設計の基本原則です。

接地・ボンディング・ESD対策

シールディングが空間結合(放射性干渉)を防ぐ手段だとすれば、接地(グラウンディング)ボンディングは、探査機を構成するすべての導体部分を電気的に一体化し、伝導性干渉やノイズ電流の逃げ道を制御する手段です。

構体全体を「共通の基準電位」として扱えるように、機体各部の金属パネル・ブラケット・機器筐体を、低インピーダンスの金属接触(ボンディングストラップ)で確実に結合することをボンディングと呼びます。理想的にはボンディング抵抗はゼロですが、実際の接合には有限の抵抗が残るため、宇宙機のEMC設計標準(たとえばMIL-STD-1541Aなど)では、構体各部間のボンディング抵抗の上限値(典型的に数ミリオーム以下)が明確に規定されます。

なぜボンディング抵抗をここまで厳しく管理する必要があるのでしょうか。もし機体の異なる2箇所(たとえば太陽電池パドルの根元と、通信機器を搭載するバス構体本体)の間のボンディングが不十分で、有限のインピーダンス ZbZ_b が残っていたとします。そこに電流 II が流れ込むと、両点間には電位差

ΔV=IZb\Delta V = I \cdot Z_b

が生じます。この電位差が、信号系のリターン電流(信号ケーブルのシールドや接地線を流れる電流)の経路にまで及ぶと、本来は同電位であるべき信号の基準電位が場所によって揺らいでしまい、これがそのまま信号に重畳するノイズ、いわゆる**グラウンドループ(ground loop)**を形成します。デジタル回路の電源リターン電流とRF受信系の接地が、共通の低品質なボンディング経路を共有してしまうと、デジタル回路のスイッチングノイズが電位差というかたちでRF受信系の基準電位を汚染し、結果として伝導性干渉としてLNAの入力にまで及んでしまうことがあります。これを避けるため、実際の探査機では信号系統ごとに独立した接地方式(単一点接地、あるいは高周波では多点接地)を使い分け、電源リターンと信号リターン、デジタル系とアナログ/RF系のグラウンドを可能な限り分離した上で、構体レベルでは前述のボンディングにより低インピーダンスで統合する、という設計が取られます。

もう1つ、接地・ボンディングと密接に関わる脅威が**静電気放電(ESD, Electrostatic Discharge)です。探査機は軌道上で、太陽風プラズマや放射線帯の荷電粒子に常時さらされており、機体表面の異なる材質(導電性コーティングの有無、誘電体パネルの露出など)の間に、周囲環境との相互作用によって不均一な電位差(差動帯電, differential charging)が蓄積することがあります。特に静止軌道(GEO)環境では、プラズマ環境の変動によって機体各部の電位が数千〜数万ボルトにも達することがあり、この電位差がある閾値を超えると、突発的な放電(アーク放電)が発生します。この放電は継続時間がナノ秒オーダーと極めて短い一方、瞬間的には非常に広帯域なスペクトルを持つ電磁パルスとして放射・伝導の両経路で機体内の電子回路に飛び込み、デジタル回路の誤動作(ビット反転、リセット)や、最悪の場合は半導体素子の物理的損傷を引き起こします。また、高エネルギー電子が誘電体材料の内部深くまで侵入して蓄積する内部帯電(deep dielectric charging)**は、材料内部で放電が起きるためさらに検出・対策が難しい脅威です。

ESD対策の基本原則は、これまで述べてきたシールディング・ボンディングの延長線上にあります。機体表面を可能な限り導電性材料(導電性塗装や導電性MLI多層断熱材)で覆い、その導電層をすべて構体接地に低インピーダンスでボンディングすることで、外部から電荷が蓄積しても速やかに機体全体で電位を均一化し、局所的な大きな電位差(差動帯電)が生じないようにします。これに加えて、内部の電子回路自体にも、静電気パルスがロジック回路の誤動作を引き起こしにくいような設計マージン(イミュニティ)を持たせることが求められます。

実務での使われ方

探査機のEMC設計は、部品や回路が完成してから後付けで検証するものではなく、ミッション初期のシステム設計段階から**EMC管理計画(EMC Control Plan)**として文書化され、開発全体を通じて継続的に検証されます。米国ではMIL-STD-461(電子機器のEMI要求)がベースとして参照されることが多く、欧州の宇宙機ではECSS-E-ST-20-07C(Electromagnetic Compatibility)が対応する標準です。これらの標準は、干渉の種類ごとに試験項目を体系的に定義しています。

  • 放射エミッション試験(RE, Radiated Emissions): 機器や探査機システム全体が、意図せず放射している電磁波のスペクトルを、外部からのノイズが遮断された**電波暗室(アネコイックチャンバ)**の中で、キャリブレーション済みのアンテナとスペクトラムアナライザ(あるいはEMI受信機)を使って測定し、規定された放射限度値(周波数ごとのマスク)を超えていないかを確認します。
  • 伝導エミッション試験(CE, Conducted Emissions): 機器の電源ラインに**LISN(Line Impedance Stabilization Network, 擬似電源回路網)**と呼ばれる既知インピーダンスの回路網を挿入し、電源ラインに漏れ出すノイズ電流のスペクトルを測定します。
  • 放射イミュニティ試験(RS, Radiated Susceptibility): 逆に、意図的に既知の強さの電磁波を機器やシステムに外部から照射し(電波暗室内に設置したアンテナから所定の電界強度を放射)、その耐性(機能が正常に維持されるか)を確認します。
  • 伝導イミュニティ試験(CS, Conducted Susceptibility): 電源ラインや信号ラインに、既知の妨害信号を注入し、機器の動作が乱されないかを確認します。

これらの試験は、まず個々の機器(ユニットレベル)ごとに行われ、その後、探査機全体を組み上げたシステムレベルでも改めて実施されます。ユニットレベルの試験に合格していても、実際に探査機として統合された状態では、ケーブルの取り回しや構体の接地状態が単体試験時と異なるため、予期しない干渉経路が新たに生まれることがあるからです。過去の宇宙開発の歴史の中では、単体では正常に動作していた機器同士を組み合わせた結果、想定していなかった経路(たとえば共通の電源母線や、近接して配線されたハーネス同士の結合)を通じてEMI問題が顕在化し、打ち上げ後の運用に支障をきたしたり、地上での統合試験段階で急遽の設計変更を強いられたりした事例が知られています。こうした教訓の蓄積が、「EMC検証はユニット単体試験だけで完結させず、必ずシステム統合後にも再検証する」「設計の初期段階からEMC管理計画を立て、後工程での手戻りを防ぐ」という、現在では標準化された開発プロセスの背景にあります。修理の効かない深宇宙探査機にとって、EMC設計の不備は打ち上げ後に発見されても直しようがないという性質上、この体系的で保守的な検証プロセスへの投資は、リンクバジェットの数dBのマージン以上に、ミッションの成否を左右しうる要素として扱われています。

演習問題

  1. あるデジタル回路のクロック高調波が、対策前にLNA入力換算で PI,raw=30P_{I,\text{raw}} = -30 dBm 相当の干渉を生んでいるとします。所望信号電力が PS=125P_S = -125 dBm、リンク設計上許容できるISRの目標値が 25-25 dB だったとき、シールディング・フィルタリング・接地対策全体で達成すべき合計抑圧量(dB)を求めてください。

  2. 導電率 σ=5.8×107\sigma = 5.8\times10^7 S/m(銅)、比透磁率 μr=1\mu_r=1 の銅板について、周波数 f=10f = 10 MHz における表皮深さ δ\delta を計算してください。また、厚さ t=0.5t = 0.5 mm の銅板の吸収損失 AA [dB] を求め、本文中のアルミニウム板(1 GHz、t=1t=1 mm)の場合と比べて、どちらがより厳しい遮蔽条件か考察してください。

  3. 構体のボンディング抵抗が Zb=5 mΩZ_b = 5\ \text{m}\Omega の箇所に、スイッチング電源のリップル電流 I=200I = 200 mA(RMS)が流れ込んだとします。この結合により生じる電位差 ΔV\Delta V を求め、この電位差が信号系の接地電位に重畳した場合、なぜそれがLNAのようなアナログ微弱信号系にとって深刻な問題になりうるのか、本文の議論を踏まえて説明してください。

  4. なぜEMC試験には、自らが出すノイズを測る「エミッション試験」だけでなく、外部からのノイズへの耐性を測る「イミュニティ試験」の両方が必要なのでしょうか。また、なぜユニット単体でのEMC試験に合格していても、探査機システム全体に統合した後に改めてEMC試験を行う必要があるのか、本文の内容を踏まえて自分の言葉で説明してください。

まとめと次回予告

この回では、探査機という修理不可能かつ極めて限られた体積の中に、通信機・観測機器・デジタル回路・モータ・電源が同居せざるを得ないことから生まれる電磁両立性(EMC)の課題を見てきました。干渉は伝導性・放射性という2つの経路で伝わり、LNAの回で扱ったような微弱信号受信系にとっては、干渉波対信号波比(ISR)にして100 dBを超えるオーダーの脅威になりうることを数値例で確認しました。この脅威に対抗する主要な手段が、導体の表皮効果を利用したシールディング(吸収損失は周波数の平方根に比例して増大する一方、実際の弱点は継ぎ目や開口部にある)、そして接地・ボンディングによる基準電位の統合とグラウンドループの防止、ESD対策としての機体表面の導電化です。これらはすべて、電波暗室でのエミッション試験・イミュニティ試験という体系的なプロセスを通じて、ユニットレベルからシステムレベルまで段階的に検証されます。

ここまで、リンクバジェットを構成する個々の要素技術(変調、雑音、増幅器、フィルタ、そして今回のEMC)を積み上げてきました。次回は視点を再び「リンク全体」に引き上げ、これまで見てきた個々のマージンや損失要因が確率的にどう振る舞うかを踏まえたリンク可用性の統計的評価に軽く触れます。晴天時のリンクバジェットが成立していても、実際の運用では大気減衰の変動や機器の経時劣化などにより、リンクが「常に」成立するとは限りません。この不確実性を、どのように定量化し、ミッション設計に織り込んでいくのかを見ていきます。

参考文献

  • MIL-STD-461, Requirements for the Control of Electromagnetic Interference Characteristics of Subsystems and Equipment
  • ECSS-E-ST-20-07C, Electromagnetic Compatibility, European Cooperation for Space Standardization
  • MIL-STD-1541A, Electromagnetic Compatibility Requirements for Space Systems
  • NASA-HDBK-4002A, Mitigating In-Space Charging Effects — A Guideline
  • H. W. Ott, Electromagnetic Compatibility Engineering, Wiley, 2009
  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76
  • J. R. Wertz, D. F. Everett, J. J. Puschell (eds.), Space Mission Engineering: The New SMAD