変調・符号化#72

ACM (適応符号化変調) — チャネル状態に応じてMODCODを動かし続ける

最悪ケースの降雨減衰に合わせてマージンを固定する設計は、平常時のスループットを常に浪費している。受信SNRをフィードバックし、変調多値数・符号化率の組(MODCOD)を動的に切り替えるACMの仕組みを、固定マージン方式との定量比較とフィードバック遅延の制約まで数式で追う。

前提知識: CCSDS符号化標準の変遷 — 畳み込み符号からLDPCまで、符号化利得半世紀の軌跡

ACMMODCODDVB-S2リンクマージンフィードバック制御

この回で学ぶこと

CCSDS符号化標準の回まで、私たちは変調方式と符号化率をひとたび決めたら、そのミッションフェーズの間はずっと固定して使うという前提でリンク設計を扱ってきました。変調損失とリンクバジェットの回で組み立てたリンクバジェット方程式も、降雨減衰の回で導入した統計的マージン設計も、結局は「起こりうる最悪のリンク状態でも通信が成立するように、変調方式・符号化率・送信電力をあらかじめ固定で決めておく」という設計思想の上に成り立っていました。

しかし降雨減衰の回で見た超過確率分布が教えてくれる、もう1つの重要な事実があります。それは「本当にリンクマージンをすべて使い切るような悪天候は、年間のごくわずかな時間にしか起きない」ということです。裏を返せば、最悪ケースに合わせて固定した変調・符号化方式は、それ以外のほとんどの時間(たとえば晴天時)には過剰品質であり、本来もっと高いデータレートを送れたはずの帯域を無駄にし続けていることになります。

この回で扱うACM (Adaptive Coding and Modulation, 適応符号化変調) は、この無駄を解消するための仕組みです。受信側が瞬時のリンク品質(SNR)を推定して送信側にフィードバックし、送信側はそのつど「変調多値数」と「符号化率」の組み合わせ(MODCOD)を、あらかじめ用意されたテーブルの中から動的に選び直します。具体的には次の4つを数式で追います。

  1. リンクマージンを常に最悪ケースに固定する**固定マージン方式(CCM: Constant Coding and Modulation)**のスループットを定式化し、その非効率性を定量的に示す
  2. 受信SNRの推定・フィードバック・MODCODテーブル選択というACMの制御ループの仕組み
  3. フィードバック遅延がACMの性能に与える影響 — なぜ往復遅延の長い深宇宙リンクではACMが機能しにくく、近地球・衛星通信でこそ有効なのか
  4. DVB-S2/S2Xで標準化された実際のACMの数値例と、平均スループット改善効果

直感的導入 — 「今日の天気に合わせて服を選ぶ」

固定マージン方式は、たとえるなら「1年365日、真冬の大雪の日でも困らないように、真夏でも分厚いコートを着続ける」ような設計です。真冬の大雪という最悪の日に備えて服装(変調・符号化方式)を固定してしまうと、残り364日の大半を占める晴天の日々は、常に着ぶくれた状態で身動きが取れなくなります。

ACMはこれに対して、「今日の天気予報を見てから、その日にふさわしい服を選ぶ」という発想です。受信側(地上局や衛星の受信端末)が「今、リンクの状態はこれくらい良い(悪い)」と絶えず観測し、その情報を送信側に送り返します。送信側は、事前に用意しておいた「この着こなしならこの気温まで大丈夫」という対応表(MODCODテーブル)を参照して、そのときどきの気温に最適な服装、つまり変調多値数と符号化率の組を選び直します。晴天の日には薄着(高次変調・高符号化率=高スループット)で身軽に、悪天候の日には厚着(低次変調・低符号化率=高い頑健性)に切り替えるわけです。

以下ではこの「固定マージンの無駄」と「フィードバックによる動的最適化」を、数式で定量的に扱っていきます。

固定マージン方式(CCM)のスループットを定式化する

まず、瞬時の受信リンク品質を、シンボルあたりのエネルギー対雑音密度比 γ(t)Es/N0(t)\gamma(t) \equiv E_s/N_0(t) という時間変動する量として表します。降雨減衰の回で見たように、γ(t)\gamma(t) は晴天時の値 γclear\gamma_{\text{clear}} から、降雨減衰 A(t)A(t)(dB)の分だけ引かれた値として振る舞います。

γ(t)[dB]=γclear[dB]A(t)[dB]\gamma(t)\,[\text{dB}] = \gamma_{\text{clear}}\,[\text{dB}] - A(t)\,[\text{dB}]

A(t)A(t) はほとんどの時間ゼロに近く、まれに大きな値を取る、あの裾の長い確率分布に従うのでした。

ある変調・符号化方式(MODCOD)が実用に耐えるためには、受信 Es/N0E_s/N_0 がその方式固有のしきい値 γth\gamma_{th} 以上でなければなりません(しきい値未満では目標パケット誤り率を満たせず、実質的にリンクが成立しません)。MM 値変調・符号化率 rr のMODCODが運べるスペクトル効率は

η=rlog2M[bit/s/Hz]\eta = r\log_2 M \quad [\text{bit/s/Hz}]

です。**固定マージン方式(CCM)**では、ミッション要求(たとえば「年間p%p\,\%を超える時間はリンクが成立しなくてよい」という可用性要求)から、降雨減衰の回で導入した超過確率にもとづく設計値 ApA_p を求め、

γmin=γclearAp\gamma_{\min} = \gamma_{\text{clear}} - A_p

を最悪保証条件として定め、このリンク上で唯一のMODCODを

ηCCM=max{ηi  :  γth,iγmin}\eta_{\text{CCM}} = \max\{\, \eta_i \;:\; \gamma_{th,i} \le \gamma_{\min} \,\}

として選びます。重要なのは、このMODCODは一度選ばれたら、実際の瞬時 γ(t)\gamma(t) がいくら γmin\gamma_{\min} より良くても、常に ηCCM\eta_{\text{CCM}} のまま固定されるという点です。つまりCCM方式の平均スループットは

ηˉCCM=ηCCM(時間に依存しない定数)\bar\eta_{\text{CCM}} = \eta_{\text{CCM}} \quad (\text{時間に依存しない定数})

であり、γ(t)\gamma(t) が実際にどれだけ良くなろうと、この値からびくとも改善しません。

ACMの平均スループットと非効率性の定量評価

一方、ACMでは瞬時の γ(t)\gamma(t) に応じて、そのつど使用可能な最良のMODCODを選びます。

ηACM(t)=max{ηi  :  γth,iγ(t)}\eta_{\text{ACM}}(t) = \max\{\, \eta_i \;:\; \gamma_{th,i} \le \gamma(t) \,\}

この時間変動する ηACM(t)\eta_{\text{ACM}}(t) を長時間平均したものが、ACMの実効的な平均スループットです。γ(t)\gamma(t) が各MODCODの適用区間 ii に入っている時間割合を pip_i(確率)とすると、

ηˉACM=ipiηi=E[ηACM(t)]\bar\eta_{\text{ACM}} = \sum_{i} p_i\, \eta_i = \mathbb{E}\big[\eta_{\text{ACM}}(t)\big]

ηACM(t)ηCCM\eta_{\text{ACM}}(t) \ge \eta_{\text{CCM}} が(定義上)すべての時刻で成り立ち、しかも γ(t)\gamma(t)γmin\gamma_{\min} ぴったりに張り付いている確率はほぼゼロなので、通常は狭義の不等号

ηˉACM>ηˉCCM\bar\eta_{\text{ACM}} > \bar\eta_{\text{CCM}}

が成り立ちます。この差がどれだけ大きくなるかを、簡略化した数値例で確かめてみましょう。

簡略化MODCODテーブル(説明用の例)

MODCODしきい値 γth\gamma_{th}スペクトル効率 η\eta
A(頑健・低速)4 dB1.0 bit/s/Hz
B8 dB2.0 bit/s/Hz
C12 dB3.0 bit/s/Hz
D(高速・高SNR要求)16 dB4.0 bit/s/Hz

リンク品質の時間分布(説明用の例)

状態発生時間割合受信 Es/N0E_s/N_0選ばれるMODCOD
晴天90 %16 dBD (η=4.0\eta=4.0)
軽い降雨9 %12 dBC (η=3.0\eta=3.0)
中程度の降雨0.9 %8 dBB (η=2.0\eta=2.0)
強い降雨(設計上の最悪ケース)0.1 %4 dBA (η=1.0\eta=1.0)

このリンクをCCMで設計するなら、年間0.1%0.1\,\%の強い降雨時でも成立させる必要があるため、常にMODCOD Aを使い続けます。

ηˉCCM=1.0 bit/s/Hz(常時)\bar\eta_{\text{CCM}} = 1.0 \ \text{bit/s/Hz} \quad (\text{常時})

一方ACMなら、表の各状態で最適なMODCODを選び続けるので、

ηˉACM=0.90×4.0+0.09×3.0+0.009×2.0+0.001×1.0\bar\eta_{\text{ACM}} = 0.90\times4.0 + 0.09\times3.0 + 0.009\times2.0 + 0.001\times1.0 =3.6+0.27+0.018+0.001=3.889 bit/s/Hz= 3.6 + 0.27 + 0.018 + 0.001 = 3.889\ \text{bit/s/Hz}

スループット比は

ηˉACMηˉCCM=3.8891.03.9\frac{\bar\eta_{\text{ACM}}}{\bar\eta_{\text{CCM}}} = \frac{3.889}{1.0} \approx 3.9

同じ送信電力・同じアンテナ・同じ周波数帯を使いながら、平均スループットが約3.9倍に跳ね上がるという結果です。これは架空の単純化した例ですが、「固定マージン方式は、リンクがめったに経験しない最悪ケースのために、残り99.9%の時間の性能を犠牲にしている」というACMの本質的な非効率性の解消効果を、数式のレベルで直接示しています。

ACMの閉ループ制御: SNR推定・フィードバック・MODCOD選択

ACMを実現するには、PLLの回で見た「位相のズレを検知し、フィードバックし、補正する」という負帰還の考え方を、位相ではなくリンク品質に対して適用する制御ループが必要です。構成要素は次の3つです。

  1. SNR推定器: 受信機は、既知のパイロットシンボルや復号後の信頼度情報から、瞬時の受信 γ^(t)=Es/N0^(t)\hat\gamma(t) = \widehat{E_s/N_0}(t) を推定します。
  2. フィードバックチャネル: この推定値 γ^\hat\gamma を、リターンリンク(衛星通信であれば地球局→衛星のアップリンク、双方向リンクであれば逆方向のチャネル)を使って送信側に送り返します。
  3. MODCOD選択(送信側): 送信側はあらかじめ用意された NN 個のMODCODテーブル {(γth,i,ηi)}i=1N\{(\gamma_{th,i}, \eta_i)\}_{i=1}^N(γth,1<γth,2<<γth,N\gamma_{th,1}<\gamma_{th,2}<\cdots<\gamma_{th,N}、それぞれのMODCODは対応する γth,i\gamma_{th,i} において目標パケット誤り率 PERPER\text{PER}\le\text{PER}^\ast(たとえば10510^{-5}10710^{-7})を満たすようにCCSDS符号化標準の回で見たターボ符号・LDPC符号などで設計されています)を参照し、次の規則でMODCODを選びます。
i(t)=max{i  :  γ^(tτfb)εγth,i}i^\ast(t) = \max\Big\{\, i \;:\; \hat\gamma(t-\tau_{fb}) - \varepsilon \ge \gamma_{th,i} \,\Big\}

ここで τfb\tau_{fb} はフィードバックにかかる遅延(伝搬遅延+処理遅延)、ε\varepsilon実装マージン(implementation margin、通常0.5〜1 dB程度)です。ε\varepsilon を差し引くのは、変調損失の回ρL,min\rho_{L,\min} に運用マージンを持たせたのと同じ発想で、SNR推定誤差・フィードバックの遅れによるチャネル状態のズレ・MODCOD切り替えの粒度といった不確かさをまとめて吸収するための安全余裕です。ε\varepsilon が小さすぎると切り替え直後にPERが目標を超えてリンクが劣化し、大きすぎるとCCMに近づいてACMの利得を失う、というトレードオフがここにも現れます。

- よく設計されたLDPC・ターボ符号は、CCSDS符号化標準の回で触れた連接符号の崖(cliff)効果と同様に、しきい値 γth,i\gamma_{th,i} の前後でPERが急激に立ち上がる「ウォーターフォール」特性を持ちます。この鋭いしきい値特性があるからこそ、「γth,i\gamma_{th,i} さえ上回っていれば安全」という単純なテーブル参照ルールが実用上うまく機能します。

フィードバック遅延とチャネルのコヒーレンス時間

ACMが実際にうまく機能するかどうかは、送信側が参照する γ^(tτfb)\hat\gamma(t-\tau_{fb}) が、実際に伝送が行われる時刻 tt の真のチャネル状態 γ(t)\gamma(t) をどれだけ正確に代表しているかにかかっています。フィードバック遅延 τfb\tau_{fb} が、チャネルが変動する時間スケールに対してどれだけ大きいかを定量化してみましょう。

チャネルの瞬時品質 γ(t)\gamma(t)(dBスケール)を、平均まわりのゆらぎ成分について、自己相関がコヒーレンス時間 TcT_c で指数的に減衰する定常確率過程(1次のGauss-Markov過程)としてモデル化します。

ρ(τ)=exp ⁣(τTc)\rho(\tau) = \exp\!\left(-\frac{|\tau|}{T_c}\right)

このとき、時刻 tτfbt-\tau_{fb} で観測した値から時刻 tt の真値を推定したときの予測誤差の分散は、線形最小二乗予測の一般論から

σe2(τfb)=σγ2[1ρ(τfb)2]=σγ2[1e2τfb/Tc]\sigma_e^2(\tau_{fb}) = \sigma_\gamma^2\Big[1-\rho(\tau_{fb})^2\Big] = \sigma_\gamma^2\Big[1-e^{-2\tau_{fb}/T_c}\Big]

と書けます(σγ2\sigma_\gamma^2γ(t)\gamma(t) 自体の分散)。正規化した遅延比 κτfb/Tc\kappa \equiv \tau_{fb}/T_c を使うと、

σeσγ=1e2κ\frac{\sigma_e}{\sigma_\gamma} = \sqrt{1-e^{-2\kappa}}

という単純な関係が得られます。この式の振る舞いを見ると、

  • κ1\kappa \ll 1(τfbTc\tau_{fb} \ll T_c、フィードバックがチャネルの変動よりずっと速い)のとき、σe/σγ2κ0\sigma_e/\sigma_\gamma \approx \sqrt{2\kappa} \to 0 となり、フィードバックされた情報は現在のチャネル状態をほぼ正確に代表します。ACMは設計通りに機能します。
  • κ1\kappa \gg 1(τfbTc\tau_{fb} \gg T_c、フィードバックがチャネルの変動よりずっと遅い)のとき、ρ(τfb)0\rho(\tau_{fb})\to0 となり σe/σγ1\sigma_e/\sigma_\gamma \to 1 に漸近します。つまりフィードバックされた γ^\hat\gamma と実際の γ(t)\gamma(t) が統計的に無相関になり、フィードバック情報は「現在のチャネル状態について何も教えてくれない」のと同じになります。この状態でMODCODを選ぶことは、実質的にチャネルの周辺分布だけから(当てずっぽうで)選ぶことと変わらず、外れれば目標PERを満たせずリンクが劣化し、外れないよう安全側に倒せば結局CCMに近い保守的な選択を強いられ、ACMの利得そのものが失われます。

実務上は σe/σγ\sigma_e/\sigma_\gamma を十分小さく(目安として10〜20%程度以下)保ちたいとすると、κ0.1\kappa \lesssim 0.1、つまり τfb0.1Tc\tau_{fb} \lesssim 0.1\,T_c という設計目安が得られます。

近地球・衛星通信の場合。 静止衛星(GEO)通信を例に取ると、往復伝搬遅延は 2×36,000 km/c2402\times36{,}000\ \text{km}/c \approx 240 ms、処理遅延を含めても τfb\tau_{fb} はたかだか1秒程度です。降雨減衰の時間変動は、降雨セルが空間的・時間的にゆっくり進化するため、コヒーレンス時間 TcT_c はおおむね数十秒〜数分のオーダーです。したがって

κ=τfbTc1 s30 s0.030.1\kappa = \frac{\tau_{fb}}{T_c} \approx \frac{1\ \text{s}}{30\ \text{s}} \approx 0.03 \ll 0.1

となり、ACMは十分に有効に機能します。低軌道(LEO)衛星ではさらに τfb\tau_{fb} が短くなるため、なおさら好条件です。

深宇宙リンクの場合。 PLLの回降雨減衰の回で扱ってきたような深宇宙探査機を考えると、地球からの片道光時間(OWLT)は火星でも約4〜24分、それより遠い探査機ではさらに長くなります。ACMのフィードバックが往復伝搬(探査機→地球→探査機)を経由するなら、τfb\tau_{fb} は片道光時間の2倍、すなわち数十分のオーダーになります。仮にチャネル変動(地上局側の大気・降雨減衰)のコヒーレンス時間が近地球リンクと同程度のTcT_c\sim数十秒〜数分だとすると、

κ=τfbTc103 s程度10102 s1\kappa = \frac{\tau_{fb}}{T_c} \sim \frac{10^3\ \text{s程度}}{10\text{〜}10^2\ \text{s}} \gg 1

となり、フィードバックされたSNR情報は伝送時点のチャネル状態をほとんど代表しません。これが、往復遅延の長い深宇宙リンクで高速な閉ループACMが本質的に機能しにくい理由です。降雨減衰の回で紹介したDSNの運用(Ka帯のデータレートを下げる、あるいはXバンドにフォールバックする)は、この制約を踏まえて、瞬時のSNRフィードバックに頼る高速な閉ループ制御ではなく、天気予報にもとづき数時間〜数日前にあらかじめスケジュールされた、低速な切り替えとして実装されています。これは本質的には「TcT_c よりずっと長い時間スケールでしか状態を知りようがないなら、その長い時間スケールに合わせて意思決定すればよい」という、この節で導いた関係式と整合する運用上の知恵だと言えます。

実務での使われ方

ACMがもっとも広く実用化されているのは、地上のデジタル衛星放送・衛星通信規格 DVB-S2(ETSI EN 302 307)です。DVB-S2は、APSKの回で扱ったQPSK・8PSK・16APSK・32APSKとLDPC符号(符号化率 1/41/4 から 9/109/10)を組み合わせた28種類のMODCODをあらかじめ規定しており、代表的な組み合わせのしきい値とスペクトル効率の目安は次の通りです。

MODCOD(目安)必要 Es/N0E_s/N_0(目安)スペクトル効率 η\eta
QPSK 1/42.4-2.4 dB約 0.49 bit/s/Hz
QPSK 1/21.01.0 dB約 0.99 bit/s/Hz
QPSK 3/45.55.5 dB約 1.49 bit/s/Hz
8PSK 2/36.66.6 dB約 1.77 bit/s/Hz
16APSK 3/49.09.0 dB約 2.97 bit/s/Hz
32APSK 3/412.712.7 dB約 3.70 bit/s/Hz
32APSK 9/1016.116.1 dB約 4.41 bit/s/Hz

(正確な値は偏波・ロールオフ率・フレーム長により変わるため、ETSI EN 302 307の最新の表を参照する必要があります。)後継規格のDVB-S2X(ETSI EN 302 307-2)では、この間をさらに細かく埋める追加MODCOD(非常に低SNR向けのスプレッドスペクトラムモード、256APSKまでの高次変調)が追加され、0.050.05 dB刻みという極めて細かい粒度でチャネル状態に追従できるようになっています。これは、この回で見た「ηth,i\eta_{th,i} の刻みが細かいほど、実際の γ(t)\gamma(t) にぴったり合ったMODCODを選べ、無駄なマージンが減る」という理屈をそのまま追求したものです。

降雨減衰の影響を強く受けるKu帯・Ka帯のVSAT(超小型地球局)サービスや衛星ブロードバンド回線では、ACM(DVB-S2の用語ではしばしばVCM/ACMモードと呼ばれます)の導入により、最悪ケースの降雨マージンに合わせて固定変調・固定符号化率で運用する場合と比較して、平均スループットがおおむね2〜3倍程度改善するという報告が業界文献でしばしば紹介されています。これは、この回の簡略化した数値例で得た約3.9倍という数字と同じオーダー感であり、「固定マージン方式の無駄」という直感が、現実のシステムでも同様の規模で効いていることを裏づけています。

深宇宙通信の文脈では、CCSDSの近地球・高速テレメトリ向け勧告 CCSDS 131.2-B(APSKの回で扱った、8PSK・16APSK・32APSKとLDPC符号を組み合わせる規格)にも、リンク状態に応じてMODCODを切り替えるVCM/ACMモードが用意されています。ただし前節で見た通り、往復遅延が短い近地球ミッション(月・地球周回・近傍小天体探査など)ではこのACMモードが実用的に機能する一方、往復遅延が数十分に達する深宇宙ミッションでは、瞬時フィードバックに頼る高速なACMではなく、より長い時間スケールでの運用計画的な切り替えにとどまる、という使い分けがなされています。

演習問題

  1. 次のMODCODテーブルとリンク品質の時間分布を用いて、CCMの固定スループット ηˉCCM\bar\eta_{\text{CCM}} とACMの平均スループット ηˉACM\bar\eta_{\text{ACM}} を計算し、両者の比を求めてください。

    MODCODテーブル: E(γth=6\gamma_{th}=6 dB, η=1.5\eta=1.5)、F(γth=10\gamma_{th}=10 dB, η=2.5\eta=2.5)、G(γth=14\gamma_{th}=14 dB, η=3.5\eta=3.5)

    時間分布: 95%の時間でγ=14\gamma=14 dB、4%の時間でγ=10\gamma=10 dB、1%の時間でγ=6\gamma=6 dB(可用性要求は年間99%以上のためMODCOD Eを最悪ケースとして固定運用するとする)

  2. あるLEO衛星リンクで、フィードバック遅延 τfb=50\tau_{fb}=50 ms、チャネルのコヒーレンス時間 Tc=5T_c=5 s であるとします。正規化遅延比 κ=τfb/Tc\kappa=\tau_{fb}/T_c と、予測誤差比 σe/σγ=1e2κ\sigma_e/\sigma_\gamma=\sqrt{1-e^{-2\kappa}} を計算し、このリンクでACMが有効に機能すると言えるか判定してください。

  3. ある深宇宙探査機の片道光時間(OWLT)が12分であるとします。往復のフィードバック遅延 τfb\tau_{fb} を見積もり(処理遅延は無視してよい)、チャネルのコヒーレンス時間が Tc=60T_c=60 s の場合の κ=τfb/Tc\kappa=\tau_{fb}/T_c を計算してください。この結果から、なぜ深宇宙リンクでは瞬時フィードバックにもとづく高速な閉ループACMではなく、天気予報にもとづく数時間〜数日単位の低速なバンド・データレート切り替えが選ばれるのか、この回の議論にもとづいて説明してください。

  4. MODCOD選択規則 i(t)=max{i:γ^(tτfb)εγth,i}i^\ast(t)=\max\{i:\hat\gamma(t-\tau_{fb})-\varepsilon\ge\gamma_{th,i}\} に含まれる実装マージン ε\varepsilon を大きく取りすぎた場合と、小さく取りすぎた場合とで、それぞれどのような問題が生じるか、この回で学んだ内容(パケット誤り率のウォーターフォール特性、フィードバック遅延によるチャネル推定の不確かさ)を踏まえて説明してください。

まとめと次回予告

ACMは、「リンクマージンを常に最悪ケースに合わせて固定する」という従来の設計思想を、「受信SNRを継続的にフィードバックし、変調多値数と符号化率の組(MODCOD)をそのつど最適なものに切り替える」という動的な設計思想へと置き換えるものです。固定マージン方式(CCM)のスループットが降雨などの最悪ケースにずっと張り付いたままであるのに対し、ACMは晴天時の余剰リンクマージンを高スループットへと変換し続けます。この回の簡略化した数値例では約3.9倍、DVB-S2の実運用でもおおむね2〜3倍程度という、同じオーダーのスループット改善効果が確認できました。ただしACMの効果は万能ではなく、フィードバック遅延 τfb\tau_{fb} がチャネルのコヒーレンス時間 TcT_c に対して十分小さいこと(τfbTc\tau_{fb}\ll T_c)が前提条件であり、この条件が崩れる往復遅延の長い深宇宙リンクでは、高速な閉ループACMの代わりに、より長い時間スケールでの計画的な切り替えが用いられていることも見ました。

次回は少し話題を変え、これまで暗黙のうちに「理想的で完璧に安定している」と仮定してきた発振器(VCO・USOなど)が、実際には避けられない位相雑音を持つという話に軽く触れます。搬送波の位相そのものにゆらぎが乗るこの現象は、PLLの追尾性能や高次変調の判定精度にも静かに効いてくる、もう1つの重要な劣化要因です。

参考文献

  • ETSI EN 302 307-1, Digital Video Broadcasting (DVB); Second Generation Framing Structure, Channel Coding and Modulation Systems for Broadcasting, Interactive Services, News Gathering and Other Broadband Satellite Applications (DVB-S2)
  • ETSI EN 302 307-2, DVB-S2 Extensions (DVB-S2X)
  • CCSDS 131.2-B, Flexible Advanced Coding and Modulation Scheme for High Rate Telemetry Applications
  • ITU-R Recommendation P.618, Propagation Data and Prediction Methods Required for the Design of Earth-Space Telecommunication Systems
  • DSN Telecommunications Link Design Handbook, DSN No. 810-005
  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76