システム・運用#205

光地上局ネットワークの設計 — 「雲があれば繋がらない」を可用性の数式に落とす

光リンクは雲に対して減衰ではなく完全遮断で応答するため、単一局の晴天率(典型60〜70%)がそのままリンク可用性の上限になる。サイトダイバーシティによる可用性1-(1-p)^Nの基本式と、気象の空間相関がそれをどう楽観バイアスに変えるかを定式化し、局配置の多目的最適化・大気路程sec z・昼間背景光・動的ハンドオーバー・光子バケツ型大口径受信までを、DSOC/パロマー、ESA OGSの実例とともに設計論としてまとめる。

前提知識: レーザー通信端末の設計 — 数μradのビームを外さずに狙い続ける機構

光通信地上局可用性サイトダイバーシティ運用設計

この回で学ぶこと

前回のレーザー通信端末の設計では、探査機に載せる側、すなわちフライト・レーザー・トランシーバの光学系・指向系・熱設計を扱いました。今回は視点を180度反転させ、その光を地球で受ける側 — 光地上局(OGS, Optical Ground Station)のネットワーク全体をどう設計するかを扱います。

ここで真っ先に断っておくべきことがあります。RFの地上局ネットワークであるDSNの設計論を、そのまま光に持ち込むことはできません。DSNの3局(ゴールドストーン・マドリード・キャンベラ)が経度方向に約120度ずつ離れて配置されているのは、地球の自転に対して「常にどこか1局から探査機が見える」という幾何学的可視性を保証するためでした。局配置の理由は天球上の幾何だけで決まり、天候は(Ka帯の降雨減衰のような数dBの追加損失を除けば)設計の主役ではありませんでした。

光地上局では、この優先順位が入れ替わります。幾何学的に探査機が見えていても、その局の上空に雲があればリンクは成立しません。光地上局ネットワークの設計とは、本質的に「気象統計に対する冗長設計」である — これがこの回を貫く主題です。以下では、

  1. 雲による遮断が「減衰」ではなく「ゼロ」であることが可用性設計に何をもたらすか
  2. 複数局を置いたときの可用性 1(1p)N1-(1-p)^N という基本式と、その独立仮定がなぜ楽観的すぎるか
  3. 晴天率・気象相関・経度分散・コストを同時に扱う局配置の多目的最適化
  4. 雲以外の大気の影響 — シンチレーション、大気路程 secz\propto \sec z、昼間の背景光
  5. 運用中に受信局を切り替える動的ハンドオーバーと、そのためのバッファリング
  6. 受信望遠鏡は天文台品質である必要がない、という「光子バケツ」の設計思想

を順に見ていきます。

直感的導入: 「減衰」と「遮断」は設計上まったく別の概念である

まず、なぜ光の地上局設計がRFと質的に違うのかを、数字の感覚で掴んでおきましょう。

Ka帯の降雨減衰で扱ったように、RFリンクでは悪天候は LrainL_{rain} という追加損失項として現れます。仮に激しい雨で10dBの追加損失が生じても、それはリンクバジェットの中で「マージンを10dB食う」あるいは「データレートを1/10に落とす」という連続的に交渉可能な劣化です。ミッション運用者は、悪天候が予報されたらデータレートを下げ、符号化率を下げ、それでもリンクを維持できます。RFにおける天候は、性能を削る変数です。

光リンクでは、光学的に厚い雲による減衰は数十dBから、しばしば100dBを超えます。リンクバジェット上のマージンがせいぜい数dBの世界で100dBの損失が入るということは、実務上「リンクは存在しない」ことと同義です。データレートを落としても、符号化利得を積んでも、送信電力を上げても回復しません。光における天候は、性能を削る変数ではなく、リンクの存在そのものを決めるスイッチです。

この二値性が、可用性設計を一変させます。RFなら「99%の時間で10Mbps以上、99.9%の時間で1Mbps以上」という連続的な可用性曲線を描けますが、光では「リンクがあるか、ないか」という0/10/1の確率変数を扱うことになります。そして単一の地上局のリンク可用性の上限は、その地点の晴天率そのもので頭打ちになります。

世界の良好な天文観測サイトでも、通信に使える晴天(cloud-free line of sight)の割合は典型的に 60〜70% 程度です。つまり最良のサイトを1つ選んで巨大な望遠鏡を建てても、リンクは年間の3〜4割は成立しない。これは深宇宙ミッションの運用計画としては受け入れがたい数字です。光地上局が最初から「ネットワーク」として構想されるのは、単一局では原理的に可用性が足りないという、この身も蓋もない事実が出発点になっているからです。

数式定式化

1. 単一局の可用性と、リンク方程式との分離

まず可用性の定義を整理します。ある光地上局 ii が時刻 tt にリンクを成立させられる条件は、独立な2つの条件の積として書けます。

Ai(t)=Vi(t)幾何学的可視性×Ci(t)気象条件A_i(t) = \underbrace{V_i(t)}_{\text{幾何学的可視性}} \times \underbrace{C_i(t)}_{\text{気象条件}}
  • Vi(t){0,1}V_i(t) \in \{0,1\}: 探査機が局 ii の空に、運用可能な最低仰角 εmin\varepsilon_{min} 以上で見えているか。これは天体力学だけで決まる決定論的な量です(DSNのスケジューリングで扱った可視ウィンドウと同じ計算)。
  • Ci(t){0,1}C_i(t) \in \{0,1\}: 探査機方向の視線上が雲に遮られていないか。これは確率変数であり、Pr[Ci=1]=pi\Pr[C_i = 1] = p_i をその局の晴天率と呼びます。

RFの地上局設計では Ci1C_i \approx 1 とみなして ViV_i だけを最適化していました。光ではこの CiC_i が主役になります。重要なのは、CiC_i はリンクバジェットの中の項ではなく、リンクバジェットの外側にある確率的なゲートだという点です。前回の端末設計で積み上げた Eb/N0E_b/N_0 の議論は、Ci=1C_i=1 という条件付き確率の下でのみ意味を持ちます。設計文書のうえでも、光通信では「リンクバジェット」と「リンク可用性」を別章立てで扱うのが通例です。

2. サイトダイバーシティ — 独立仮定の下での基本式

そこで NN 局を配置します。各局の晴天確率が pip_i で、気象が局間で統計的に独立であると仮定すると、全局が同時に曇っている確率は積で書けるので、少なくとも1局が使える確率(ネットワーク可用性)は

Anet=1i=1N(1pi)A_{net} = 1 - \prod_{i=1}^{N} (1 - p_i)

となります。すべての局が同じ晴天率 pp を持つ等質なネットワークなら、

Anet=1(1p)NA_{net} = 1 - (1-p)^N

という、この回で最も基本的な式が得られます。p=0.65p=0.65 として数値を入れてみましょう。

N=1:Anet=0.650N=2:Anet=10.352=0.878N=3:Anet=10.353=0.957N=4:Anet=10.354=0.985N=5:Anet=10.355=0.995\begin{aligned} N=1: &\quad A_{net} = 0.650 \\ N=2: &\quad A_{net} = 1 - 0.35^2 = 0.878 \\ N=3: &\quad A_{net} = 1 - 0.35^3 = 0.957 \\ N=4: &\quad A_{net} = 1 - 0.35^4 = 0.985 \\ N=5: &\quad A_{net} = 1 - 0.35^5 = 0.995 \end{aligned}

局を増やすと可用性は 11指数的に近づきます。逆に言えば、目標可用性 AtargetA_{target} を達成するのに必要な局数は対数で決まります。

Nln(1Atarget)ln(1p)N \ge \frac{\ln(1 - A_{target})}{\ln(1 - p)}

p=0.65p=0.65Atarget=0.99A_{target}=0.99 なら Nln(0.01)/ln(0.35)=(4.605)/(1.050)4.39N \ge \ln(0.01)/\ln(0.35) = (-4.605)/(-1.050) \approx 4.39、すなわち5局。この「数局で99%に届く」という見通しの良さが、光地上局ネットワーク構想の理論的な支柱になっています。

3. 空間相関 — 独立仮定はなぜ楽観的すぎるのか

ところが、この 1(1p)N1-(1-p)^N という式はほぼ確実に可用性を過大評価します。理由は単純で、気象は独立ではないからです。同じ前線、同じ低気圧、同じ季節風が数百kmから千km規模の広がりを持って移動する以上、近接した2局の雲の有無は強く相関します。極端な話、隣り合わせに2局建てれば N=2N=2 でも可用性は pp のままで、まったく改善しません。

これを定量化しましょう。2局の晴天事象を示す確率変数 C1,C2C_1, C_2 の相関係数を ρ\rho とします。ベルヌーイ変数の分散は p(1p)p(1-p) なので、共分散は

Cov(C1,C2)=ρp(1p)\mathrm{Cov}(C_1, C_2) = \rho \, p(1-p)

同時晴天確率は Pr[C1=1,C2=1]=p2+ρp(1p)\Pr[C_1=1, C_2=1] = p^2 + \rho p(1-p) となり、これを使って同時曇天確率を求めると、

Pr[C1=0,C2=0]=12p+Pr[C1=1,C2=1]=(1p)2+ρp(1p)\Pr[C_1=0, C_2=0] = 1 - 2p + \Pr[C_1=1,C_2=1] = (1-p)^2 + \rho\, p(1-p)

したがって2局ネットワークの可用性は

Anet(2)=1(1p)2ρp(1p)A_{net}^{(2)} = 1 - (1-p)^2 - \rho\, p(1-p)

独立の場合(ρ=0\rho=0)からの劣化量が ρp(1p)\rho\,p(1-p) という形で明示的に現れました。p=0.65p=0.65ρ=0.5\rho=0.5(数百km程度しか離れていない2局の典型値)を入れると、

Anet(2)=10.12250.5×0.65×0.35=10.12250.1138=0.764A_{net}^{(2)} = 1 - 0.1225 - 0.5 \times 0.65 \times 0.35 = 1 - 0.1225 - 0.1138 = 0.764

独立仮定の 0.8780.878 に対して 0.7640.76411ポイントもの過大評価です。ρ=1\rho=1(完全相関、実質同じ場所)なら Anet(2)=10.12250.2275=0.65=pA_{net}^{(2)} = 1 - 0.1225 - 0.2275 = 0.65 = p となり、確かに1局と同じに戻ることが確認できます。この式の ρ\rho の項は、サイトダイバーシティ設計における「どれだけ離せば効くのか」という問いをそのまま数式にしたものです。

相関距離。 実際の設計では、2地点間の距離 dd に対する相関の減衰を、指数モデル

ρ(d)=ρ0exp ⁣(dd0)\rho(d) = \rho_0 \exp\!\left(-\frac{d}{d_0}\right)

で近似することがよく行われます。d0d_0 は**相関距離(decorrelation distance)**で、気象・気候レジームによりますが、雲の有無に関しては数百km以上、季節スケールの気候特性まで含めれば1000kmを超えるオーダーで見積もるのが安全側です。この式から、局間距離を相関距離の3倍取れば ρ\rhoe30.05e^{-3}\approx0.05 まで落ち、ほぼ独立とみなせることが分かります。

ただし注意すべきは、ρ\rho を小さくするのは距離だけではないという点です。気候レジームが異なることのほうが本質的で、たとえば地中海性気候の冬雨サイトと、亜熱帯高圧帯の砂漠サイトでは、雨季と乾季の位相が逆になるため、距離のわりに相関が低く(場合によっては負の相関にすら)なります。前回の光通信の回で触れたLCRDの地上セグメントが、カリフォルニア(テーブルマウンテン)とハワイ(ハレアカラ)という組み合わせになっているのは、単に離れているからではなく、大陸性の気象系と海洋性の気象系という別のレジームに属しているからだと理解すべきです。

4. 局配置の多目的最適化

以上を踏まえると、光地上局ネットワークの設計は、候補サイト集合 S\mathcal{S} から NN 個を選ぶ組合せ最適化問題として定式化できます。選択を示す二値変数 xi{0,1}x_i \in \{0,1\} を使って、

maxxAnet(x)s.t.iS(Ki+TOi)xiB,ixi=N\max_{\mathbf{x}} \quad A_{net}(\mathbf{x}) \quad \text{s.t.} \quad \sum_{i \in \mathcal{S}} \big(K_i + T\,O_i\big)\, x_i \le B, \qquad \sum_i x_i = N
  • KiK_i: サイト ii の建設コスト(望遠鏡、ドーム、道路・電力・光ファイバ等のインフラ)
  • OiO_i: 年間運用コスト、TT: 運用年数
  • BB: 総予算

目的関数 Anet(x)A_{net}(\mathbf{x}) は、独立仮定なら 1i(1pi)xi1-\prod_i (1-p_i)^{x_i} ですが、現実には相関行列 R=[ρij]\mathbf{R} = [\rho_{ij}] を含む多変量の同時分布から評価する必要があり、解析的には書き下しにくいため、実務では長期の衛星雲観測データ(数十年分の時系列)を直接使ったモンテカルロ評価に頼ります。

この最適化に効く設計変数は、大きく4つに整理できます。

(a) 晴天率 pip_i の高さ。 亜熱帯高圧帯の乾燥地(チリ・アタカマ、豪州内陸、米国南西部、北アフリカ)、および高標高地(ハワイ・マウナケア/ハレアカラ、カナリア諸島ラパルマ・テネリフェ)が有利です。標高が高いほど、雲層と水蒸気の大部分を下に置けるという二重の利点があります。

(b) 気象相関 ρij\rho_{ij} の低さ。 前節の通り、地理的距離と気候レジームの相違の両方を稼ぐ配置。

(c) 経度分散。 ここでRFのDSNと同じ論理が復活します。24時間の可視性を確保するには、経度方向に分散した局が必要です。ただし光の場合、これは可用性の要件というより「必要条件」として効きます — どれだけ晴天率が高くても、探査機が地平線の下にいる局は使えません。したがって実際の設計は「経度方向に MM 個のクラスタを置き、各クラスタ内に相関の低い nn 局を置く」という二層構造になります。ネットワーク可用性は、あるクラスタが可視である時間帯について

Anet1i可視クラスタ(1pi)A_{net} \approx 1 - \prod_{i \in \text{可視クラスタ}} (1-p_i)

と評価され、同時に可視な局の数だけが効くことに注意が必要です。総局数 NN が大きくても、地球の裏側にある局はその時刻の可用性には1ミリも寄与しません。これは前節の 1(1p)N1-(1-p)^N をそのまま使うと二重に楽観的になる、という重要な補正です。

(d) コスト Ki,OiK_i, O_i 晴天率の高いサイトはしばしば僻地の高標高地であり、道路・電力・大容量通信回線の敷設コストが跳ね上がります。晴天率が数ポイント低くても既存インフラのあるサイトのほうが、同じ予算で局数 NN を増やせて総合的な AnetA_{net} が高くなる、という逆転がしばしば起きます。1(1p)N1-(1-p)^Npp に対して線形、NN に対して指数的であることを思い出せば、予算は「1局を良くする」より「局数を増やす」に振ったほうが効率が良いという一般的な指針が導けます。これは後述する「光子バケツ」の設計思想とも直結します。

5. 雲以外の大気 — 大気路程、シンチレーション、背景光

Ci=1C_i=1(晴天)が成立したうえで、なお大気はリンク性能を劣化させます。

大気路程(エアマス)と仰角。 天頂角 zz(仰角 ε=90z\varepsilon = 90^\circ - z)の方向を見るとき、視線が通る大気の量は、平行平面大気の近似で

X(z)=secz=1cosz=1sinεX(z) = \sec z = \frac{1}{\cos z} = \frac{1}{\sin \varepsilon}

に比例します(エアマス。z=0z=0 の天頂で X=1X=1)。大気の光学的厚さを τ\tau とすると、透過率は Beer–Lambert 則により

T(z)=eτsecz,Latm[dB]=4.343τseczT(z) = e^{-\tau \sec z}, \qquad L_{atm}[\text{dB}] = 4.343\,\tau \sec z

数値を入れてみましょう。良好なサイトの近赤外での τ0.1\tau \approx 0.1 とすると、

ε=90:X=1.00,Latm=0.43 dBε=30:X=2.00,Latm=0.87 dBε=20:X=2.92,Latm=1.27 dBε=10:X=5.76,Latm=2.50 dB\begin{aligned} \varepsilon = 90^\circ:&\quad X=1.00,\quad L_{atm}=0.43\ \text{dB} \\ \varepsilon = 30^\circ:&\quad X=2.00,\quad L_{atm}=0.87\ \text{dB} \\ \varepsilon = 20^\circ:&\quad X=2.92,\quad L_{atm}=1.27\ \text{dB} \\ \varepsilon = 10^\circ:&\quad X=5.76,\quad L_{atm}=2.50\ \text{dB} \end{aligned}

吸収・散乱だけを見れば低仰角のペナルティは数dBで済みますが、問題はこの先です。

シンチレーションと結合効率。 電離圏シンチレーションがRFで問題になったのと同様に、光では対流圏の大気乱流が主役になります。乱流の強さは屈折率構造定数 Cn2(h)C_n^2(h) で記述され、これを視線に沿って積分した量からフリード・パラメータ

r0=[0.423k2seczCn2(h)dh]3/5λ6/5(secz)3/5r_0 = \left[0.423\, k^2 \sec z \int C_n^2(h)\,dh\right]^{-3/5} \propto \lambda^{6/5} (\sec z)^{-3/5}

が定義されます(k=2π/λk=2\pi/\lambda)。ここで重要なのは指数です。r0(secz)3/5r_0 \propto (\sec z)^{-3/5} なので、低仰角ほど r0r_0 は小さくなり、波面はより激しく乱れます。ε=30\varepsilon=30^\circ(secz=2\sec z=2)では、天頂に比べて r0r_023/50.662^{-3/5}\approx 0.66 倍、つまり3割以上悪化します。

r0r_0 が小さいことの実害は2つあります。第一に強度シンチレーション、すなわち受信光量のランダムな変動(またたき)で、これは深いフェードを生み、瞬時のリンク断を引き起こします。第二に、より深刻な結合効率の低下です。受信望遠鏡が集めた光を、SNSPDのような微小な検出器面や単一モードファイバに導くには、波面が揃っている必要があります。開口径 DD に対して波面の乱れが (D/r0)2(D/r_0)^2 個の独立な「スペックル」に分裂してしまうと、そのうちファイバに結合できるのはごく一部になります。この (D/r0)2(D/r_0)^2 という比が、口径を大きくしても素直に性能が上がらない理由であり、**補償光学(adaptive optics)**や、後述する多素子検出器アレイが必要になる理由です。

この2つを合わせると、低仰角運用は「数dBの追加損失」で済む話ではないことが分かります。実務では光地上局の最低運用仰角を 2020^\circ 前後、可能なら 3030^\circ 以上に設定します。これはRFのDSN局が 66^\circ 程度まで運用するのと比べてかなり厳しく、その分だけ1局あたりの可視ウィンドウが短くなり、必要な局数 NN をさらに押し上げる方向に働きます。

昼間運用と背景光。 光地上局のもう一つのRFにない制約が、背景光です。RFのG/Tの議論では、システム雑音温度 TsysT_{sys} にアンテナ雑音温度が加わり、太陽を視野に入れなければ空はほぼ「冷たい」ものでした。しかし可視光〜近赤外では、昼間の空は大気に散乱された太陽光で明るく光っており、これが検出器に直接入り込んで背景計数率を押し上げます。

フォトン計数受信機における背景光子の到来率は、

λb=LskyΩFOVArΔληhc/λ\lambda_b = \frac{L_{sky}\, \Omega_{FOV}\, A_{r}\, \Delta\lambda\, \eta}{hc/\lambda}
  • LskyL_{sky}: 空の輝度 [W·m⁻²·sr⁻¹·m⁻¹]
  • ΩFOV\Omega_{FOV}: 受信系の立体角視野 [sr]
  • ArA_r: 受信開口面積 [m²]
  • Δλ\Delta\lambda: 光学フィルタの通過帯域幅 [m]
  • η\eta: 光学系と検出器の総合効率

この式は、背景光を減らす設計手段をそのまま列挙してくれています。ΩFOV\Omega_{FOV} を絞る(視野を狭くする=指向精度をさらに要求する)、Δλ\Delta\lambda を狭くする(狭帯域の干渉フィルタを入れる。典型的に1nm以下、さらに狭い原子共鳴フィルタを使う研究もある)、そして時間軸方向にゲートをかける(PPMのスロットに同期して、信号が来ないスロットの計数を捨てる)。

とりわけ深刻なのが太陽離角(Sun-Earth-Probe角)が小さい運用状況です。探査機が太陽の近くの方向に見えるとき、受信望遠鏡は明るい昼空の、しかも太陽に近い領域を見ることになり、LskyL_{sky} が桁で跳ね上がります。RFでも太陽合(コンジャンクション)期には太陽コロナによる位相擾乱が問題になりましたが、光では背景雑音として、より低い離角から効き始めます。実務ではこれを**太陽離角の運用制約(keep-out角)**として、スケジューリングの段階で除外します。

6. ハンドオーバーとバッファリング

以上の AnetA_{net} の議論は、「複数局のうち使える局が1つでもあればよい」という前提に立っていました。しかしこれを実現するには、運用中に受信局を切り替える仕組みが要ります。

RFの世界でも局から局への引き継ぎ(ハンドオーバー)はありましたが、それは主に幾何(局の可視ウィンドウの終わり)によってスケジュールされる、数時間前から確定した予定調和的なイベントでした。光地上局のハンドオーバーはこれに加えて、気象という予測が確率的にしかできない事象によって駆動されます。

運用の骨格は次のようになります。

  1. 気象監視。 各候補局にオールスカイカメラ、雲レーダ・ライダー、可降水量計を常設し、数分〜数十分先の視線遮断を予測する。
  2. 切り替え判断。 現用局の遮断確率が閾値を超えたら、可視かつ晴天の代替局へ切り替えを発令する。
  3. 探査機側の再指向。 ここが最大の制約です。探査機のダウンリンクビームは前回見た通りマイクロラジアン級に絞られており、狙う地上局を変えるということは、探査機の指向を数マイクロラジアン〜数十マイクロラジアン動かし、新しい地上ビーコンを再捕捉するということです。しかも片道光行時間 τow\tau_{ow} の遅延があるため、地上が「切り替えろ」と送ってから実際にビームが新しい局へ向くまで、最短でも往復光行時間 2τow2\tau_{ow} 分の空白が生じます。火星距離(τow420\tau_{ow}\approx 4{-}20分)では、この空白は数十分に達します。
Tgap2τow+TreacqT_{gap} \ge 2\tau_{ow} + T_{reacq}

(TreacqT_{reacq} は探査機側のビーコン再捕捉・追尾ループ収束に要する時間。)

この TgapT_{gap} の間、探査機は「もう繋がっていない局」に向けて送信し続けているか、あるいは指向遷移中で誰にも届いていません。送ったデータは失われます。

ここで効いてくるのが、DTNで学んだ**蓄積転送(store-and-forward)**の思想です。光地上局ネットワークの運用設計は、DTNときわめて相性が良い、というより、DTNなしには成立しにくい構造になっています。

  • 探査機側は、送信済みのバンドルを地上からの**カストディ転送(custody transfer)**の受領確認が返るまで搭載メモリに保持する。ハンドオーバー中に失われたバンドルは、確認が返ってこないことで検出され、次の晴天ウィンドウで自動的に再送される。
  • リンク断は「異常」ではなく「予定された断続性(intermittent connectivity)」として扱う。これはまさにDTNが前提としている通信モデルそのものです。
  • 必要な搭載バッファ容量は、生成データレート RgenR_{gen} と最大想定断絶時間 Toutage,maxT_{outage,max} から MbufRgenToutage,maxM_{buf} \ge R_{gen} \cdot T_{outage,max} で見積もる。ここでの Toutage,maxT_{outage,max} は、ハンドオーバーの TgapT_{gap} ではなく、全可視局が同時に曇っている最長連続時間(前線の通過なら数日に及ぶ)で決まることに注意が必要です。

つまり、光地上局ネットワークの設計は地上だけで完結せず、「気象統計 → 想定される最長断絶時間 → 探査機の搭載メモリ容量」という形で、探査機側のハードウェア要求に跳ね返ってくるのです。地上局の可用性設計と探査機のメモリ設計が同じ方程式で結ばれる、というのが光通信システムエンジニアリングの特徴的な構造です。

7. 「光子バケツ」— 受信望遠鏡は天文台品質でなくてよい

最後に、コスト KiK_i を劇的に下げうる設計思想を扱います。ここまでの議論で、可用性を上げるには局数 NN を増やすのが指数的に効くと分かりました。では1局あたりのコストをどこまで下げられるか。

鍵は、通信用の受信望遠鏡に求められる性能は、天体観測用の望遠鏡とはまったく違うという点です。

天文用望遠鏡は結像性能を要求されます。天球上の互いに近い2点を分離して像を結ぶ必要があり、鏡面精度は波長の数十分の一(1550nmなら数十nm、λ/20\lambda/20 級)というオーダーで研磨・支持されなければなりません。この精度要求こそが、大口径望遠鏡の価格を口径の2.5〜3乗に比例して押し上げる主因です。

一方、通信用の受信望遠鏡が求められるのは、ほぼ集光面積だけです。視野の中にはただ1つの点光源(探査機)しかなく、他の天体と分離する必要はありません。集めた光子を、検出器の受光面に「だいたい」落とし込めれば、それが1個の光子として数えられる限り情報は失われません。要求される集光スポットのサイズは、検出器(SNSPDアレイなど)の受光面サイズと視野の設計から決まる程度で、回折限界を達成する必要はまったくないのです。

この「像の質より面積」という設計思想で作られる受信系を、しばしば**光子バケツ(photon bucket)**と呼びます。具体的には、

  • 面精度要求を大幅に緩めた、安価なセグメント鏡やスピンキャスト鏡、あるいは球面鏡(放物面より加工が容易)
  • 支持構造・ドームの簡素化(結像性能を保証するための熱制御・剛性要求が緩む)
  • 中小口径の望遠鏡を多数並べたアレイで等価集光面積を稼ぐ構成。nn 台の口径 dd の望遠鏡は、集光面積で D=dnD = d\sqrt{n} の単一望遠鏡と等価になり、しかも各素子は量産できます。

nn 台アレイの等価口径:

Atotal=nπd24Deq=dnA_{total} = n \cdot \frac{\pi d^2}{4} \quad \Longrightarrow \quad D_{eq} = d\sqrt{n}

たとえば口径1mを16台並べれば Deq=4D_{eq}=4 m相当。しかも副次的な利点として、各素子の D/r0D/r_0 が小さくなるため、素子ごとに見れば波面の乱れが少なく、大気シンチレーションの影響が緩和されます(素子間の強度変動が平均化される開口平均効果)。この発想は、RFでアンテナアレイングによって等価口径を稼いだのと構造的に同じですが、光では「合成する対象が位相ではなく光子計数」であるため、局部発振器の位相同期のような難題がなく、単純に検出イベントを足し合わせるだけで済むという点で、RFのアレイングよりむしろ簡単です。

そしてもう一つの現実的な選択肢が、既存の天文望遠鏡の間借りです。すでに世界中の良好な気象サイトには、口径数メートル級の天文望遠鏡と、それを支える道路・電力・通信・運用体制が存在します。新規に光地上局を建設する代わりに、これらの既存設備に光子計数受信機を後付けして、観測時間の一部を通信に割り当てるという運用は、KiK_i をほぼゼロに近いところまで削減します。これはネットワーク立ち上げ期のブートストラップ戦略として、実際に採用されている手法です(次節)。

実務での使われ方

DSOC / パロマー天文台ヘール望遠鏡 — 既存天文設備の間借り

前回の光通信・DSOCで見た通り、NASA/JPLのDSOC(サイキ探査機搭載)のダウンリンク受信には、カリフォルニア州パロマー天文台の口径5.1m(200インチ)ヘール望遠鏡が使われました。1948年完成というこの歴史的な望遠鏡のカセグレン焦点に、JPLが開発した64画素の超伝導ナノワイヤ単一光子検出器(SNSPD)アレイを装着し、深宇宙からの1550nm信号を光子単位で受信したのです。

これはまさに前節の「既存天文設備の間借り」の実例であり、同時に「光子バケツ」思想の裏づけでもあります。ヘール望遠鏡の光学系は天体撮像のために設計されていますが、DSOCが使ったのはその結像性能ではなく、20㎡を超える集光面積のほうでした。また64画素のアレイ検出器を使ったのは撮像のためではなく、大気乱流で (D/r0)2(D/r_0)^2 個に分裂したスペックルを取りこぼさずに拾うためです — 前節で述べた結像品質と結合効率の議論が、そのままハードウェア構成に現れています。

アップリンクビーコンには、同じくカリフォルニア州テーブルマウンテンにあるJPLの**光通信望遠鏡研究施設(OCTL)**の1m望遠鏡が使われ、送信局と受信局が地理的に分かれている点も特徴的です。これは、kW級のビーコンレーザーを撃つ施設と、単一光子を数える極低温検出器を置く施設とでは要求が正反対(前者は出力、後者は徹底的な迷光排除)であるためで、光地上局ネットワークの設計では送信サイトと受信サイトを別に最適化するという選択肢が常にあります。

ESA OGS(テネリフェ島) — 天文台サイトを転用した光地上局

欧州側の代表例が、ESAのOptical Ground Station (OGS) です。カナリア諸島テネリフェ島のテイデ天文台(標高約2400m)に設置された口径1mのツェルコフ・クーデ型望遠鏡で、1990年代から光通信の実験・実証に使われてきました。

このサイト選定自体が、この回の議論をよく体現しています。カナリア諸島は亜熱帯高圧帯に位置し、貿易風の逆転層の上に山頂が突き出るため、雲の大半を眼下に置ける — 世界有数の晴天率と大気安定度を持つ天文サイトです。ESAはそこに既に存在した天文台インフラを活用しました。OGSは静止軌道のArtemis衛星との光リンク実証(SILEXペイロード)、低軌道のSOTA/OICETSなど日本側との相互実験、地上から月・惑星間距離を模した長距離リンク実験、そして量子鍵配送の実験(同じテイデ天文台内の別望遠鏡との144km水平リンク)にまで使われており、単一の局が長期にわたって多用途に使い倒される、光地上局の典型的なライフサイクルを示しています。

一方でOGSは、単一局であることの限界も同時に示しています。テネリフェの天候が悪ければ、その実験パスは失われます。ESAはこの点を踏まえ、より高い晴天率を求めてギリシャ・クレタ島など地中海地域の追加サイト調査や、ポルトガル、スペイン本土等での局整備を進めており、単局からネットワークへの移行が現在進行中の課題として位置づけられています。

光地上局ネットワーク構想の現状

2020年代半ばの時点で、深宇宙向けの光地上局は「実証局が世界に数局」という段階にあり、DSNのような完成されたネットワークはまだ存在しません。しかし各機関の構想は共通の方向を向いています。

  • NASA。 DSNの将来アーキテクチャに光通信能力を統合する計画が検討されており、既存のDSN複合施設(ゴールドストーン、マドリード、キャンベラ)に光地上局を併設する案や、それとは別に晴天率を基準に選んだ独立サイト群を構築する案が議論されています。既存DSN局の位置は経度分散のために選ばれたもので、必ずしも晴天率が最良ではないため、「幾何最適な既存サイトに併設するか、気象最適な新サイトを開くか」というトレードオフがそのまま論点になっています。また、月・近地球向けにはハワイ・ハレアカラとテーブルマウンテンによるLCRDの2局体制が既に運用実績を持っています。
  • ESA。 前述のOGSに加え、深宇宙向けにはESTRACK(ESAの地上局網)への光通信能力の追加が検討されています。
  • JAXA・その他機関。 光地上局の整備と、国際的な相互運用による**局の相互利用(cross-support)**が構想されています。RFの世界でDSN・ESTRACK・JAXAの局が相互支援協定によって融通し合ってきたのと同様に、光でも各国の局を1つの仮想ネットワークとして使えれば、実質的な NN を増やし、しかも地球規模で気象相関 ρ\rho の低い組み合わせが得られます。これは各機関が単独で NN 局を建設するより圧倒的に経済的であり、光地上局ネットワークが本質的に国際協調的な性格を持つ理由でもあります。

標準化。 CCSDSでは光通信の物理層(CCSDS 141.0-B)・符号化同期(CCSDS 142.0-B)の勧告に加え、光地上局の相互運用に関わる検討が進んでいます。ある機関の探査機の光信号を、別の機関の光地上局で受けられるようにするには、波長・変調・PPMスロット長・同期マーカー・そして運用インタフェースの標準化が不可欠であり、これは前段落の「実質的な NN を増やす」戦略の技術的な前提条件です。

演習問題

  1. ある光地上局の晴天率が p=0.70p = 0.70 であるとする。(a) 気象が完全に独立と仮定したとき、ネットワーク可用性 Anet=1(1p)NA_{net} = 1-(1-p)^NN=1,2,3,4N=1,2,3,4 について計算せよ。(b) Atarget=0.995A_{target} = 0.995 を達成するのに必要な最小の局数 NNNln(1Atarget)/ln(1p)N \ge \ln(1-A_{target})/\ln(1-p) から求めよ。(c) さらに、これらの局のうち任意の時刻に同時に可視なのは平均で全体の1/3にすぎないとすると、(b)の答えは実際には何局に修正されるべきか論じよ。

  2. 2局のネットワークを考える。両局とも p=0.70p=0.70、相関係数 ρ\rho が指数モデル ρ(d)=0.9exp(d/d0)\rho(d) = 0.9\exp(-d/d_0)、相関距離 d0=400d_0 = 400 km に従うとする。(a) 本文の式 Anet(2)=1(1p)2ρp(1p)A_{net}^{(2)} = 1-(1-p)^2-\rho\,p(1-p) を用いて、局間距離 d=100,400,1200d = 100, 400, 1200 km のそれぞれについて Anet(2)A_{net}^{(2)} を計算せよ。(b) 独立仮定(ρ=0\rho=0)の値と比較し、過大評価の量を求めよ。(c) この結果から、「2局目をどこに置くか」の設計指針を自分の言葉でまとめよ。

  3. 光地上局の運用最低仰角を εmin\varepsilon_{min} とする。大気の光学的厚さを τ=0.12\tau = 0.12 として、(a) ε=90,30,20,10\varepsilon = 90^\circ, 30^\circ, 20^\circ, 10^\circ における大気路程 secz=1/sinε\sec z = 1/\sin\varepsilon と大気損失 Latm=4.343τseczL_{atm}=4.343\,\tau\sec z [dB] を求めよ。(b) フリード・パラメータの依存性 r0(secz)3/5r_0 \propto (\sec z)^{-3/5} を用い、天頂での r0=12r_0 = 12 cm として各仰角での r0r_0 を求めよ。(c) 口径 D=1D=1 m の望遠鏡について (D/r0)2(D/r_0)^2 を各仰角で計算し、この値が単一モードファイバへの結合効率にどう影響するかを述べよ。(d) 以上を踏まえ、なぜ光地上局の εmin\varepsilon_{min} が、RFのDSN局(66^\circ 程度)よりはるかに高く設定されるのかを、損失(a)と波面(b)(c)の寄与を分けて論じよ。

  4. 火星周回機が光ダウンリンクを行っており、片道光行時間 τow=12\tau_{ow} = 12 分、探査機側のビーコン再捕捉時間 Treacq=3T_{reacq} = 3 分、データ生成レート Rgen=50R_{gen} = 50 Mbps とする。(a) 地上が気象悪化を検知してからハンドオーバーが完了するまでの最小空白時間 Tgap2τow+TreacqT_{gap} \ge 2\tau_{ow}+T_{reacq} を求め、その間に失われうるデータ量をGB単位で計算せよ。(b) さらに、全可視局が同時に曇る最長連続時間を36時間と見積もったとき、必要な搭載バッファ容量 MbufRgenToutage,maxM_{buf} \ge R_{gen}\cdot T_{outage,max} をTB単位で求めよ。(c) この結果が、DTNのカストディ転送という仕組みの必要性をどう裏づけるかを説明せよ。

  5. 予算 BB が固定されており、口径 DD の受信望遠鏡のコストが天文台品質では KD2.7K \propto D^{2.7}、光子バケツ品質では KD2.0K \propto D^{2.0} でスケールするとする。(a) 同じ予算で、天文台品質の5m望遠鏡1台を建てる代わりに、光子バケツ品質の望遠鏡を何台建てられるか、口径1mの素子を仮定して概算せよ(比例定数は光子バケツのほうが1/5とする)。(b) その台数 nn から等価口径 Deq=dnD_{eq}=d\sqrt{n} を求め、5m単一望遠鏡と比較せよ。(c) 集光面積が同等だとしても、素子を分散配置した場合とドーム1棟に集約した場合とで、可用性 AnetA_{net} の観点からどちらが有利か論じよ。

まとめと次回予告

この回では、レーザー通信端末が送り出した光を受け取る側、光地上局ネットワークの設計論を扱いました。出発点は「雲は光リンクを減衰させるのではなく完全に遮断する」という二値性であり、そこから単一局のリンク可用性が晴天率(典型60〜70%)で頭打ちになるという厳しい制約が導かれました。

これに対する解答がサイトダイバーシティであり、独立仮定の下では Anet=1(1p)NA_{net} = 1-(1-p)^N という指数的に 11 へ近づく式が得られます。しかし気象は空間相関を持つため、この式は ρp(1p)\rho\,p(1-p) という項の分だけ楽観的であり、局を「離す」だけでなく異なる気候レジームに置くことが本質的でした。さらに、同時に可視な局しか可用性に寄与しないという幾何学的制約から、局配置は「経度方向のクラスタ × クラスタ内の気象分散」という二層構造の多目的最適化になることを見ました。

晴天が確保された後も、大気路程 secz\sec z による損失、r0(secz)3/5r_0 \propto (\sec z)^{-3/5} に従う波面劣化と結合効率の低下、昼間の背景光 λb\lambda_b という制約が残り、これらが光地上局の最低運用仰角をRFよりはるかに高い水準に押し上げます。運用面では、気象駆動の動的ハンドオーバーが往復光行時間ぶんの不可避な空白 TgapT_{gap} を生み、それを吸収する仕組みとしてDTNの蓄積転送・カストディ転送が地上局設計と探査機のメモリ設計を結びつけることを確認しました。そして、通信用受信望遠鏡は結像品質ではなく集光面積が本質であるという「光子バケツ」の思想が、NN を増やすほうが pp を上げるより効率が良いという可用性の数式と結びついて、安価な大口径鏡・多素子アレイ・既存天文望遠鏡の間借りという実装戦略を正当化します。DSOCがパロマー天文台のヘール望遠鏡を、ESAがテネリフェの天文台サイトをそれぞれ光地上局として使っているのは、まさにこの帰結です。

次回は、ここまで扱ってきた深宇宙のリンク設計から少し視点を変え、地球から約150万km離れた太陽-地球ラグランジュ点L2に浮かぶ宇宙望遠鏡、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の通信アーキテクチャを軽く覗いてみます。深宇宙というほど遠くはないが地球周回軌道でもない、という独特の距離にある観測装置が、大量の科学データをどう地球へ送っているのか、という実例研究です。

参考文献

  • H. Hemmati (ed.), Deep Space Optical Communications, Wiley–JPL Deep Space Communications and Navigation Series
  • NASA/JPL, Deep Space Optical Communications (DSOC) ミッション概要・成果報告資料
  • ESA, Optical Ground Station (OGS), Teide Observatory, Tenerife 施設資料
  • CCSDS 141.0-B, Optical Communications Physical Layer
  • CCSDS 142.0-B, Optical Communications Coding and Synchronization
  • CCSDS 734.2-B, Bundle Protocol Specification(蓄積転送・カストディ転送)
  • ITU-R P.1621 / P.1622, Propagation data and prediction methods required for the design of Earth-space systems operating between 20 THz and 375 THz(光地上-宇宙間伝搬・雲の統計)
  • D. L. Fried, “Optical Resolution Through a Randomly Inhomogeneous Medium,” JOSA, 1966
  • J. R. Wertz, D. F. Everett, J. J. Puschell (eds.), Space Mission Engineering: The New SMAD