変調・符号化#18

APSK — 高次変調と非線形増幅器を両立させる同心円配置

BPSK/QPSKでは足りない高速リンクの要求から、多値PSK・QAMの信号空間とシンボルあたりビット数・必要Es/N0のトレードオフを数式で導入し、TWTAの非線形歪みに強い同心円配置APSKへと至る道筋を、DVB-S2・CCSDSの数値とともに追う。

前提知識: qpsk-oqpsk

APSK16APSK32APSKTWTADVB-S2

この回で学ぶこと

QPSK/OQPSKの回では、BPSKの1次元信号空間をI/Q平面の2次元にフルに使うことで、ビット誤り率を変えずに帯域幅効率を2倍にできることを見ました。QPSKは1シンボルに2ビットを乗せます。では、なぜそこで止めるのでしょうか。3ビット、4ビット、あるいはそれ以上を1シンボルに詰め込めば、同じ帯域幅・同じシンボルレートでもっと多くのデータを送れるはずです。

近地球ミッション(月・地球周回・惑星近傍からの高速リンク)や、高解像度の科学画像・大容量観測データを送る必要のあるミッションでは、まさにこの要求が切実になります。地球からの距離が数千km〜数万km程度の近地球リンクは、深宇宙リンクに比べて受信電力にかなりの余裕があり、シャノンの通信路容量定理の回で見た分類で言えば、電力よりもむしろ帯域幅が制約になりやすい状況に近づきます。帯域幅制限領域では、高次変調によってシンボルあたりの情報量を増やすことが直接的にデータレート向上につながります。

しかし、単純に多値PSKや多値QAMのビット数を増やせばよいわけではありません。信号点を増やすと信号点間の距離が縮まり、同じ誤り率を保つためにより多くの送信エネルギーが必要になります。さらに深宇宙・衛星通信では、送信機の電力増幅器(TWTA: 進行波管増幅器)を効率よく使うために飽和点近くで動作させたいという事情があり、これが振幅変動の大きい変調方式と激しく衝突します。この回では、多値PSK・多値QAMの信号空間とEs/N0のトレードオフをまず数式で押さえ、その上でなぜ深宇宙・衛星通信の高速リンクが素直なQAMではなく APSK (Amplitude and Phase Shift Keying, 振幅位相偏移変調) という同心円状の変調方式を採用するのかを、非線形増幅器のモデルとともに定量的に理解します。

直感的な導入

信号点配置(コンステレーション)を考えるとき、平均送信エネルギーという「予算」は限られています。この予算の中で、信号点をたくさん置こうとすればするほど、点と点の間隔は必然的に狭くなります。雑音によって受信点がずれたとき、隣の信号点と間違えてしまう確率は、この点間距離が小さいほど大きくなります。つまり「1シンボルあたりのビット数を増やす」ことと「同じ誤り率を保つのに必要なエネルギー」は、常にトレードオフの関係にあります。

このトレードオフの「形」は、信号点をどう並べるかによって大きく変わります。BPSK・QPSKのように信号点を円周上(位相のみ)に並べる方式(M-PSK)を高次化していくと、点はすべて同じ半径の円周上に押し込まれるため、Mが大きくなるにつれて隣接点間の角度がどんどん狭くなり、距離の劣化が急激に進みます。一方、信号点を平面全体(振幅も位相も)に広げて配置する方式(M-QAM)であれば、2次元の面積をフルに使えるぶん、同じMでも点間距離の劣化はずっと緩やかです。これがまず押さえるべき第一の数式的事実です。

しかし、QAMには別の問題があります。QAMの信号点は振幅(原点からの距離)がバラバラで、送信波形の包絡線(エンベロープ)が広い範囲で変動します。QPSK/OQPSKの回で見たように、包絡線変動はTWTAのような非線形増幅器と極めて相性が悪く、飽和点近くで動作させるとスペクトル再成長という深刻な問題を引き起こします。APSKは、このQAMの「振幅劣化に強いが包絡線変動が激しい」という性質と、PSKの「包絡線が一定だが多値化に弱い」という性質の、ちょうど中間を狙った折衷案だと考えると理解しやすくなります。

数式定式化1: M-PSKの信号空間と必要Es/N0の急激な増大

M-PSKの信号点は、半径 Es\sqrt{E_s} の円周上に等間隔に並びます。

si(t)=2EsTscos ⁣(2πfct+2πiM),i=0,1,,M1s_i(t) = \sqrt{\frac{2E_s}{T_s}}\cos\!\left(2\pi f_c t + \frac{2\pi i}{M}\right), \qquad i = 0, 1, \dots, M-1

隣接する2つの信号点は、円周上で角度 2π/M2\pi/M だけ離れています。弦の長さの公式 d=2Rsin(Δθ/2)d = 2R\sin(\Delta\theta/2) を使うと、隣接信号点間の最小距離は

dmin=2Essin ⁣(πM)d_{\min} = 2\sqrt{E_s}\,\sin\!\left(\frac{\pi}{M}\right)

となります。AWGN通信路上でのシンボル誤り率は、最近傍点への誤り(union bound、高SNR近似)として次の形でよく近似されます。

Ps2Q ⁣(2EsN0sinπM)P_s \approx 2\,Q\!\left(\sqrt{\frac{2E_s}{N_0}}\,\sin\frac{\pi}{M}\right)

1シンボルあたり k=log2Mk=\log_2 M ビットを乗せる(Es=kEbE_s = kE_b)ので、目標の PsP_s を一定に保つために必要な Eb/N0E_b/N_0 は、QQ関数の引数を一定に保つ条件から

EbN0    1ksin2(π/M)\frac{E_b}{N_0} \;\propto\; \frac{1}{k\,\sin^2(\pi/M)}

に比例して決まります。MM が大きくなると sin(π/M)π/M\sin(\pi/M) \approx \pi/M(M1M\gg1)となるため、必要な Eb/N0E_b/N_0 はおおよそ M2/(kπ2)M^2/(k\pi^2) のオーダーで、Mの2乗に近い勢いで増大していきます。信号点が同じ円周上に押し込まれている以上、多値化すればするほど点間距離の劣化が急速に進むことが、この式から直接読み取れます。

具体的にQPSK(M=4M=4)を基準にして、8PSK・16PSKで必要な Eb/N0E_b/N_0 がどれだけ増えるかを計算してみましょう。

sinπ4=0.7071,sinπ8=0.3827,sinπ16=0.1951\sin\frac{\pi}{4} = 0.7071,\quad \sin\frac{\pi}{8} = 0.3827,\quad \sin\frac{\pi}{16} = 0.1951

これらを 1/(ksin2(π/M))1/(k\sin^2(\pi/M)) に代入し、QPSKの値を基準(0 dB)として比を取ると、

方式MMk=log2Mk=\log_2 MQPSK比必要Eb/N0E_b/N_0の増分
QPSK421.000 dB(基準)
8PSK832.28約 +3.6 dB
16PSK1646.59約 +8.2 dB

QPSKから8PSKへ1ビット増やすだけで、同じ誤り率を保つのに約3.6 dBも余分な送信エネルギーが必要になります。これがM-PSKの多値化が「割に合わなくなる」速さです。

数式定式化2: M-QAMの信号空間 — 平面をフルに使うと劣化が緩やかになる

MM が平方数(M=2kM=2^kkk偶数)の正方格子QAMは、QPSK/OQPSKの回で行った直交分解と全く同じ考え方で理解できます。QPSKがI軸・Q軸それぞれ独立な2値(BPSK)の重ね合わせだったのに対し、正方格子QAMはI軸・Q軸それぞれ独立な L=ML=\sqrt{M} 値PAM(パルス振幅変調)の重ね合わせです。

I軸(・Q軸)上のPAM振幅レベルは、隣接間隔 dd で等間隔に LL 個並びます。

a{(L1)d2,,d2,+d2,,+(L1)d2}a_\ell \in \left\{-\frac{(L-1)d}{2}, \dots, -\frac{d}{2}, +\frac{d}{2}, \dots, +\frac{(L-1)d}{2}\right\}

各レベルが等確率で選ばれるとすると、1軸あたりの平均エネルギーは等比数列の和から

EPAM=(L21)12d2E_{\text{PAM}} = \frac{(L^2-1)}{12}\,d^2

と求まります(標準的な結果)。QAMシンボルはI軸・Q軸2本分のエネルギーの和なので、L2=ML^2=M を使うと平均シンボルエネルギーは

Es,avg=2EPAM=(M1)6d2d=6Es,avgM1E_{s,\text{avg}} = 2E_{\text{PAM}} = \frac{(M-1)}{6}\,d^2 \quad\Longrightarrow\quad d = \sqrt{\frac{6E_{s,\text{avg}}}{M-1}}

QPSKのBER導出と同様、I軸・Q軸の判定は雑音分散 N0/2N_0/2 の下で独立に行われるため、1軸あたりの誤り確率は LL値PAMの最近傍判定の誤り率 2(11/L)Q(d/(2σ))2(1-1/L)Q(d/(2\sigma))(σ2=N0/2\sigma^2=N_0/2)で与えられ、これを2軸に拡張すると、よく知られた正方格子QAMのシンボル誤り率の近似式が得られます。

Ps4(11M)Q ⁣(3Es,avg(M1)N0)=4(11M)Q ⁣(3log2MM1EbN0)P_s \approx 4\left(1-\frac{1}{\sqrt{M}}\right) Q\!\left(\sqrt{\frac{3\,E_{s,\text{avg}}}{(M-1)N_0}}\right) = 4\left(1-\frac{1}{\sqrt{M}}\right) Q\!\left(\sqrt{\frac{3\log_2 M}{M-1}\cdot\frac{E_b}{N_0}}\right)

先ほどと同じように、必要な Eb/N0E_b/N_0f(M)=(M1)/(3log2M)f(M) = (M-1)/(3\log_2 M) に比例します。QPSK(=4=4QAM)を基準に16QAM・64QAMを比較すると、

f(4)=36=0.5,f(16)=1512=1.25,f(64)=6318=3.5f(4) = \frac{3}{6} = 0.5,\qquad f(16) = \frac{15}{12} = 1.25,\qquad f(64) = \frac{63}{18} = 3.5
方式MMkkQPSK比必要Eb/N0E_b/N_0の増分
4QAM(=QPSK)421.000 dB(基準)
16QAM1642.50約 +4.0 dB
64QAM6467.00約 +8.5 dB

同じ M=16M=16 で比較すると、16PSKの劣化が約+8.2 dBだったのに対し、16QAMは約+4.0 dB — 同じビット数を1シンボルに詰め込むなら、円周上に並べるPSKより、平面を使うQAMの方が4 dB以上も有利という結果になります。これは前節で述べた「PSKは1次元的な円周、QAMは2次元的な平面をフルに使う」という定性的な直感を、そのまま数値で裏づけるものです。

なぜ深宇宙・衛星通信は素直なQAMを使えないのか

ここまでの議論だけを見れば、高次変調をしたいなら常にQAMを選べばよいように思えます。ところが深宇宙・衛星の高速リンクでは、QAM(特に16QAM以上)がほとんど使われません。理由はAWGN耐性ではなく、送信系のTWTAにあります。

正方格子QAMの信号点は、振幅(原点からの距離)がバラバラです。たとえば16QAMでは、点の配置 (±d/2,±d/2),(±d/2,±3d/2),(±3d/2,±3d/2)(\pm d/2,\pm d/2), (\pm d/2,\pm 3d/2), (\pm3d/2,\pm3d/2) のように、振幅は d/2d/\sqrt2d10/2d\sqrt{10}/23d/23d/\sqrt2 の3種類に分かれ、その比はおよそ 1:1.58:31 : 1.58 : 3 です。64QAMになれば振幅の種類は9種類に増え、MM が大きくなるほど振幅の分布はほぼ連続的な広がりを持つようになります。この振幅ばらつきの大きさは**PAPR(Peak-to-Average Power Ratio、尖頭電力対平均電力比)**として定量化され、QAMは同じビット数のAPSKやPSKに比べてPAPRが高くなる傾向があります。

さらに、送信前にはSRRC(Square-Root Raised Cosine)フィルタなどによるパルス整形が入るため、QPSK/OQPSKの回で見た180°遷移と同種の現象 — 振幅の異なる信号点間を移動する際に瞬時包絡線が大きく、しかも複雑に変動する現象 — が、QAMでは振幅レベルの数だけ多様な形で頻発します。この振幅変動をTWTAのような非線形増幅器に通すと、AM-AM歪み(入力振幅に応じて出力振幅が非線形に圧縮される)とAM-PM歪み(入力振幅に応じて出力位相まで余分に回転してしまう)が生じ、フィルタで削ったはずのスペクトルサイドローブが再生されるスペクトル再成長を引き起こします。これを避けるには増幅器を飽和点から離れた線形領域までバックオフする必要がありますが、そうすると増幅器のDC-RF変換効率が大きく落ち込み、探査機・衛星の限られた電力予算(太陽電池・バッテリー・熱設計)を圧迫します。QAMのように振幅レベルの数が多く、しかもほぼ連続的に分布していると、増幅器の非線形特性を補償する**プリディストーション(事前ひずみ補償)**を効かせるのも難しくなります。

APSKは、この「振幅レベルの数を意図的に少数(2〜3個)に限定する」ことで、この問題を正面から解決する変調方式です。

APSK: 同心円リング配置という解決策

APSKの信号点は、nn 本の同心円(リング)の上に配置されます。ii番目のリングは半径 RiR_i を持ち、その円周上に MiM_i 個の点が等間隔(PSK配置)で並びます。全体のシンボル数は

M=i=1nMiM = \sum_{i=1}^{n} M_i

実務上もっとも標準的なのは2リングの 16APSK(n=2n=2、内側リングに M1=4M_1=4点、外側リングに M2=12M_2=12点、M=16M=16)と、3リングの 32APSK(n=3n=3M1=4, M2=12, M3=16M_1=4,\ M_2=12,\ M_3=16M=32M=32)です。いずれもDVB-S2(衛星デジタル放送規格)で導入され、後にCCSDSの近地球ミッション向け規格にも採用されました。

APSKの利点は次のように整理できます。

  • リング内遷移(同じリング上の点同士の遷移)は、PSKと全く同じ定包絡線の遷移になる。 振幅は変化せず位相だけが変わるので、TWTAの非線形性の影響をほとんど受けません。
  • リング間遷移で振幅が変化するのは、たかだか n1n-1 通りの離散的な振幅比だけ。 16APSKなら振幅比は R2/R1R_2/R_1 の1種類だけ、32APSKでも R2/R1R_2/R_1R3/R1R_3/R_1 の2種類だけです。QAMのように振幅レベルがほぼ連続的に分布するのに比べ、APSKは「補償すべき振幅の組み合わせ」が数個に絞り込まれています。
  • この結果、送信機側のプリディストーションが非常に単純かつ効果的になります。数個の離散的な振幅比だけを正確に補償すればよいので、静的なルックアップテーブル型の補償器でも、振幅レベルが連続的に分布するQAMよりはるかに高い精度で線形化できます。

つまりAPSKは、「多値化による帯域幅効率の向上」というQAMの利点と、「定包絡線遷移を主体とすることによるTWTA耐性」というPSKの利点を、同心円という幾何学的な工夫だけで両立させた変調方式だと言えます。

リング半径比の最適化問題

APSKの設計で本質的に重要なパラメータは、リング半径比です。16APSKなら

γ=R2R1\gamma = \frac{R_2}{R_1}

という1つの比が、コンステレーション全体の形を決めます。

もし通信路が理想的な線形AWGN通信路であれば、γ\gamma は単純に(平均エネルギー制約のもとで)受信点間の最小ユークリッド距離を最大化するように選べばよく、この「AWGN最適値」は幾何学的な最適化問題として計算できます。しかし実際のリンクでは、送信信号はTWTAの非線形性を経由してから空間を伝搬し、受信機はその歪んだ後のコンステレーションを見ることになります。したがって本当に最適化すべきは、入力側の γ\gamma ではなく、非線形増幅器を通過した後の実効的なリング半径比です。

非線形増幅器の代表的なモデルとして、Salehモデル(進行波管増幅器の記憶なしモデル)がよく使われます。入力振幅 rr に対する出力振幅(AM-AM特性)と出力位相の余分な回転(AM-PM特性)は、

Aout(r)=αar1+βar2,Φout(r)=αϕr21+βϕr2A_{\text{out}}(r) = \frac{\alpha_a\, r}{1+\beta_a\, r^2}, \qquad \Phi_{\text{out}}(r) = \frac{\alpha_\phi\, r^2}{1+\beta_\phi\, r^2}

という形でモデル化されます(αa,βa,αϕ,βϕ\alpha_a,\beta_a,\alpha_\phi,\beta_\phi は増幅器固有の定数)。ここで、圧縮率 Aout(r)/r=αa/(1+βar2)A_{\text{out}}(r)/r = \alpha_a/(1+\beta_a r^2)rr について単調減少です。したがって、R2>R1R_2 > R_1 の2つの入力振幅を比べると、

Aout(R2)Aout(R1)=R2R11+βaR121+βaR22<R2R1=γ\frac{A_{\text{out}}(R_2)}{A_{\text{out}}(R_1)} = \frac{R_2}{R_1}\cdot\frac{1+\beta_a R_1^2}{1+\beta_a R_2^2} < \frac{R_2}{R_1} = \gamma

つまり出力側のリング半径比は、必ず入力側の設計値 γ\gamma より小さくなります。 振幅の大きい外側リングほど強く圧縮され、内外のリングが出力側では互いに近づいてしまうのです。加えてAM-PM特性 Φout(r)\Phi_{\text{out}}(r) も振幅に応じて増加するため、外側リングの点は内側リングの点に比べて余分に位相回転し、隣接するリング間の信号点の角度的な間隔まで縮めてしまいます。この2重の効果によって、出力コンステレーションの最小距離はAWGN最適値で設計したときよりも悪化します。

この問題への対処は「先回りして歪みを見込んで設計する」ことです。すなわち、増幅器の圧縮特性が分かっているなら、出力側で目標とする実効的な半径比 γtarget\gamma_{\text{target}}(AWGN的に望ましい値)が得られるように、あらかじめ入力側の γ\gammaγtarget\gamma_{\text{target}} より大きめに広げて設計します。DVB-S2やCCSDSの規格書には、想定される増幅器の動作点(入力バックオフ、飽和点からどれだけ余裕を持たせて動作させるか)と符号化率の組ごとに最適化されたリング半径比の表が掲載されており、16APSKではおよそ γ2.63.7\gamma \approx 2.6\text{--}3.7、32APSKでは2つの比がおよそ γ1=R2/R12.53.0\gamma_1=R_2/R_1\approx 2.5\text{--}3.0γ2=R3/R14.35.3\gamma_2=R_3/R_1\approx 4.3\text{--}5.3 程度の範囲で、動作点が飽和に近い(バックオフが小さい)ほど大きめの値が選ばれる傾向にあります。これは、飽和に近いほど圧縮が強くなり、それを見込んでより大きく広げた入力比が必要になるという、上で導いた不等式の関係と整合しています。

実務での使われ方

APSKは元々、地上のデジタル衛星放送規格 DVB-S2(ETSI EN 302 307)で、LDPC符号との組み合わせにより導入された変調方式です。放送衛星の中継器(トランスポンダ)もTWTAで飽和動作させることが多く、電力効率と高いスペクトル効率を両立させる必要があるという点で、宇宙機の高速リンクと同じ設計課題を抱えていました。

この枠組みは宇宙機向けにも準用されており、CCSDSの勧告 CCSDS 131.2-B (Flexible Advanced Coding and Modulation Scheme for High Rate Telemetry Applications) は、近地球ミッションの高速テレメトリ向けに、8PSK・16APSK・32APSKとLDPC符号(あるいはその連結)を組み合わせた構成を規定しています。地球観測衛星の高分解能画像データや、月・近傍惑星探査機からの大容量科学データなど、限られた帯域幅の中で高いデータレートを達成したい近地球リンクで、これらの高次変調が採用されています。

一方、深宇宙(電力制限領域)のリンクでは、状況が大きく異なります。シャノンの通信路容量定理の回で見た通り、深宇宙リンクは受信電力が絶望的に小さく、帯域幅にはむしろ余裕がある電力制限領域で動作します。この領域では、帯域幅を増やしても通信路容量はほとんど増えず、意味を持つのは限られた Eb/N0E_b/N_0 から可能な限り高いレートを引き出す誤り訂正符号の設計です。むしろ本節前半で見たように、高次変調は同じ誤り率を得るのにより多くの Eb/N0E_b/N_0 を要求するため、電力が乏しい深宇宙リンクにとっては逆効果になりかねません。したがって深宇宙探査機の多くは、今なおBPSKQPSK/OQPSKを基本の変調方式として使い続けています。APSKが力を発揮するのは、あくまで受信電力に余裕があり、帯域幅こそが希少資源になる近地球・高データレートのリンクに限られるのです。

演習問題

  1. QPSK(M=4M=4)を基準として、32PSK(M=32M=32)で同じシンボル誤り率を維持するために必要な Eb/N0E_b/N_0 の増分を、本文の式 Eb/N01/(ksin2(π/M))E_b/N_0 \propto 1/(k\sin^2(\pi/M)) を用いてdBで求めてください。
  2. 256QAM(M=256M=256)について、QPSKを基準とした必要 Eb/N0E_b/N_0 の増分を、本文の式 f(M)=(M1)/(3log2M)f(M)=(M-1)/(3\log_2 M) を用いてdBで求め、問1のM-PSKの結果と比較してください。どちらの変調方式が高次化に「強い」と言えるか、理由とともに述べてください。
  3. Salehモデルの圧縮率 Aout(r)/r=αa/(1+βar2)A_{\text{out}}(r)/r = \alpha_a/(1+\beta_a r^2) を用いて、βaR12=0.2\beta_a R_1^2 = 0.2γ=R2/R1=3.0\gamma = R_2/R_1 = 3.0 のとき、出力側の実効的な半径比 Aout(R2)/Aout(R1)A_{\text{out}}(R_2)/A_{\text{out}}(R_1) を計算してください。入力側の設計値 γ=3.0\gamma=3.0 よりも小さくなることを確認し、この結果がAPSKのリング半径比設計にどう影響するかを説明してください。
  4. なぜ深宇宙探査機の多くは、近地球ミッションでAPSKが採用されているにもかかわらず、今なおBPSK/QPSK/OQPSKを基本の変調方式として使い続けているのか。この回で見た「高次変調に必要な Eb/N0E_b/N_0 の増大」と、シャノンの通信路容量定理の回で学んだ「電力制限領域」の考え方を踏まえて、自分の言葉で説明してください。

まとめと次回予告

多値PSKは信号点を1本の円周に押し込むため、多値化するほど点間距離の劣化が急速に(おおよそ M2M^2 のオーダーで)進みます。多値QAMは2次元平面をフルに使うことでこの劣化を緩やかにできますが、振幅レベルの数がほぼ連続的に増えていくため、TWTAのような非線形増幅器を飽和動作させると深刻なAM-AM・AM-PM歪みとスペクトル再成長を招きます。APSKは、信号点を少数の同心円リングに限定することで、リング内遷移では定包絡線というPSKの利点を保ちながら、リング間の少数の離散的な振幅比だけをプリディストーションで補償すればよいという設計上の単純さを手に入れ、QAM並みの多値化とTWTA耐性を両立させます。ただし、そのリング半径比は線形AWGN最適値そのものではなく、Salehモデルで見たような増幅器の圧縮特性を見込んで、あらかじめ広げに設計する必要があります。この非線形性を織り込んだAPSKは、電力に余裕があり帯域幅が制約になる近地球・高速リンクで威力を発揮する一方、深宇宙の電力制限領域では依然としてBPSK/QPSK/OQPSKが主役であり続けています。

ここまで、変調方式そのものの信号空間・BER・非線形増幅器との関係を追ってきました。しかし「1シンボルにどれだけの情報が乗るか」「その情報をどこまで圧縮・保護できるか」を測るには、変調方式とは独立した、もっと根源的な物差しが必要です。次回からは、この物差しを与える情報理論の基礎に軽く触れ、自己情報量やエントロピーといった概念を通じて「情報の量」そのものを数式で扱う準備をします。

参考文献

  • ETSI EN 302 307, Digital Video Broadcasting (DVB); Second Generation Framing Structure, Channel Coding and Modulation Systems for Broadcasting, Interactive Services, News Gathering and Other Broadband Satellite Applications (DVB-S2)
  • CCSDS 131.2-B, Flexible Advanced Coding and Modulation Scheme for High Rate Telemetry Applications
  • A. A. M. Saleh, “Frequency-Independent and Frequency-Dependent Nonlinear Models of TWT Amplifiers,” IEEE Transactions on Communications, vol. 29, no. 11, 1981
  • J. G. Proakis, M. Salehi, Digital Communications, 5th ed., McGraw-Hill
  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76