システム・運用#146

探査機電力予算と通信系のトレードオフ — 発電量の頭打ちと距離の二重苦

送信電力を上げればリンクマージンは改善するが、探査機に積める電力には厳しい上限がある。DC-RF変換効率から実際の消費電力を求め、太陽電池・原子力電池の発電量制約の中で通信系が他のサブシステムと電力を奪い合う構造と、深宇宙探査機ならではの「発電量低下×リンク要求増大」の二重苦を数式で理解する。

前提知識: クライストロンとTWTA — 電子ビームで電波を高出力に増幅する送信管の物理

電力予算TWTAリンクバジェット原子力電池深宇宙探査

この回で学ぶこと

変調損失とリンクバジェットの回以来、この講座では繰り返し「送信電力 PTP_T を上げればリンクマージンが改善する」という関係を扱ってきました。リンクバジェット方程式 PR/N0=EIRPLpath+G/TkP_R/N_0 = EIRP - L_{path} + G/T - k の中で、EIRPEIRP の一部として PTP_T を増やせば、他の全ての条件を変えずにリンクの余裕を稼げる——これは式の上では単純な事実です。しかし、この単純さは1つの重大な前提を暗黙のうちに置いています。「送信電力はいくらでも上げられる」という前提です。

実際の探査機では、この前提は成り立ちません。探査機に搭載できる電力は、太陽電池パネルの面積や原子力電池(RTG: Radioisotope Thermoelectric Generator)の発熱量によって、機体設計の段階で厳しく上限が決められています。そして、その限られた電力は通信系だけのものではありません。観測機器(カメラ、分光器、磁力計など)、姿勢制御系(リアクションホイール、スラスタ駆動)、C&DH(Command and Data Handling、コマンド・データ処理系の計算機)、ヒーターなど、探査機を構成するあらゆるサブシステムが、同じ発電量のパイの中から自分の取り分を要求します。クライストロンとTWTAの回で見たTWTAのDC-RF変換効率も、突き詰めれば「限られたDC電力から、どれだけのRF電力を絞り出せるか」という、この電力予算の制約の中での効率の問題でした。

この回では、視点を送信管1つの効率の話から、探査機全体の電力バジェット(電力収支)へと広げます。送信電力とDC消費電力の関係を数式で確認したうえで、発電量・バッテリー・各サブシステムへの配分という電力設計の全体像を押さえ、最後に深宇宙探査機に特有の「太陽から遠ざかるほど発電量は落ちるのに、リンク要求は逆に厳しくなる」という二重苦の構造を、自由空間損失の式と発電量の距離依存性を対比させながら定式化します。

直感的導入

家庭の電源コンセントと違い、探査機には「電力会社」がありません。電力は機体に搭載した太陽電池パネル、あるいは原子力電池が生み出す分がすべてで、それ以上は物理的に存在しません。この総発電量を PgenP_{gen} とすると、探査機に搭載された全サブシステムの消費電力の合計は、必ず

iPiPgen\sum_i P_i \le P_{gen}

という不等式を満たさなければなりません。これは会計の予算制約とまったく同じ構造を持つため、しばしば**電力バジェット(power budget)**と呼ばれます。通信系の消費電力 PcommP_{comm} もこの和の中の1項に過ぎず、PcommP_{comm} を増やせば、その分だけ他のサブシステムに回せる電力が減るか、あるいはバッテリーの充電に回せる余剰が減ります。

ここで見落とされがちなのが、「通信系の消費電力」と「送信電力(RF出力)」は同じ量ではないという点です。クライストロンとTWTAの回で扱ったように、送信管はDC電力の一部を熱として捨てながらRF電力に変換しており、その変換には効率 η\eta という係数がかかります。リンクバジェットの式に登場する PTP_T(送信RF電力)を1W増やすためには、電力バジェットの側では 1/η1/\eta Wぶんの消費電力の増加が必要になります。η\eta が低い送信管を使えば、同じPTP_Tを得るための電力バジェット上のコストはそれだけ重くなるわけです。この関係をまず数式で確認するところから始めましょう。

数式定式化1: 送信RF電力とDC消費電力の関係

送信管(TWTAであれSSPAであれ)のDC-RF変換効率を η\eta と定義します。これは、送信管に供給される直流電力 PDCP_{DC} のうち、実際にRF出力として取り出せる電力 PRFP_{RF} の割合です。

ηPRFPDC\eta \equiv \frac{P_{RF}}{P_{DC}}

リンク設計でまず決まるのは、リンクバジェット方程式を満たすために必要な PRFP_{RF}(=リンクバジェットで言う送信電力 PTP_T)の方です。したがって、電力バジェットの立場からは、この式を PDCP_{DC} について解いた形が本質的になります。

PDC=PRFηP_{DC} = \frac{P_{RF}}{\eta}

これが、通信系が電力バジェットに対して要求する消費電力です。さらに実際の送信系には、送信管そのもの以外にも、励振段(ドライバアンプ)、周波数変換器、コーディング・変調を行うベースバンド処理回路(C&DHの一部として計上される場合もあります)などの付随回路の消費電力 PauxP_{aux} が加わるため、通信系全体としての消費電力はおおむね

Pcomm=PRFη+PauxP_{comm} = \frac{P_{RF}}{\eta} + P_{aux}

という形になります。PauxP_{aux} は送信管本体に比べて小さいことが多いですが、深宇宙機のように PRFP_{RF} 自体が数W〜数十Wと小さい場合には無視できない割合を占めることもあります。

効率の違いが電力バジェットに与えるインパクトを具体的に見てみます。 クライストロンとTWTAの回で述べたように、TWTAは飽和点付近でDC-RF変換効率がおおむね 505065%65\% に達します。SSPAの回で見たように、同クラスの固体素子増幅器はGaN素子であればTWTAに肉薄する 404065%65\% 程度まで効率を伸ばしていますが、従来から使われてきたGaAs素子ではおおむね 252540%40\% 程度にとどまります。いま、必要な送信RF電力を PRF=20P_{RF} = 20 Wとして、TWTA(η=0.60\eta=0.60)とGaAs SSPA(η=0.32\eta=0.32)の PDCP_{DC} を比較すると、

PDCTWTA=20 W0.6033.3 W,PDCGaAs SSPA=20 W0.3262.5 WP_{DC}^{\text{TWTA}} = \frac{20\ \text{W}}{0.60} \approx 33.3\ \text{W}, \qquad P_{DC}^{\text{GaAs SSPA}} = \frac{20\ \text{W}}{0.32} \approx 62.5\ \text{W}

同じRF出力を得るのに、GaAs SSPAはTWTAよりおよそ 2929 W(送信管だけで見て 85%85\% 以上)も多くのDC電力を必要とします。この差は、送信管そのものの重量・コストといった問題である以前に、電力バジェットという有限のパイの中で、他のサブシステム(観測機器や姿勢制御)から 2929 W分の取り分を奪ってくるかどうかという、ミッション設計全体に波及するトレードオフです。TWTAが(GaAs世代のSSPAに対して)効率で優位であるにもかかわらず、比帯域の狭さや高電圧駆動の複雑さといった欠点を抱えながらも深宇宙探査機で選ばれ続けてきた最大の理由は、まさにこの電力バジェット上の優位性にあります。GaN SSPAの台頭でこの効率差は縮まりつつありますが、SSPAの回で見た通り、電力合成の限界から最高出力域では依然としてTWTAが有利であり、電力バジェットの観点でも高出力ミッションほどTWTAが選ばれやすい構図は変わっていません。

逆に、効率を固定して考えると、送信電力 PRFP_{RF} を上げてリンクマージンを稼ぐという判断は、電力バジェットの言葉に翻訳すると

ΔPDC=ΔPRFη\Delta P_{DC} = \frac{\Delta P_{RF}}{\eta}

というコストとして現れます。リンクバジェット上ではdBという対数の世界で「あと3dBほしい」という要求は簡単に書けますが、それは真数では送信電力を2倍にすることを意味し、電力バジェットの上ではその2倍をη\etaで割った分のDC電力を、機体のどこかから捻出しなければならないことを意味します。この非対称性——リンクバジェットでは対数的に軽く見える要求が、電力バジェットでは線形かつ厳しい制約として跳ね返ってくる——が、この回を通じて理解したい核心の1つです。

数式定式化2: 探査機全体の電力バジェットの構造

次に、通信系1つの消費電力から視点を広げ、探査機全体の電力バジェットがどう組み立てられるかを見ます。

発電量 Pgen(t)P_{gen}(t) 太陽電池を電源とする探査機では、発電量は太陽電池パネルの面積 AA、変換効率 ηcell\eta_{cell}、そして太陽からの距離 dd における太陽光強度(太陽定数を基準にした逆二乗則)によって決まります。太陽定数を S1361 W/m2S_\odot \approx 1361\ \text{W/m}^2(地球軌道、d0=1 AUd_0 = 1\ \text{AU} における値)とすると、距離 dd(AU単位)での太陽光強度は

S(d)=Sd2S(d) = \frac{S_\odot}{d^2}

に低下するため、太陽電池の発電量もほぼ同じ逆二乗則に従います。

Pgen(d)ηcellAS(d)cosθsun=ηcellASd2cosθsunP_{gen}(d) \approx \eta_{cell}\, A \, S(d)\cos\theta_{sun} = \eta_{cell}\, A\, \frac{S_\odot}{d^2}\cos\theta_{sun}

(θsun\theta_{sun} はパネル法線と太陽方向のなす角。太陽指向を保てば cosθsun1\cos\theta_{sun}\approx 1。) 地球軌道近傍のミッションではこの低下はさほど深刻ではありませんが、木星軌道(d5.2d\approx 5.2 AU)まで行けば発電量は地球軌道の 1/5.221/271/5.2^2 \approx 1/27、つまりおよそ 96%96\% も目減りします。土星軌道(d9.5d\approx 9.5 AU)ではさらに 1/9.521/901/9.5^2\approx 1/90 まで落ち込みます。

このため、外惑星探査機の多くは太陽電池ではなく、原子力電池(RTG) を電源として採用します。RTGはプルトニウム238などの放射性同位体の崩壊熱を熱電変換素子で電力に変えるもので、太陽からの距離に依存しません。ただし、放射性同位体の崩壊は指数関数的に進むため、RTGの出力は運用年数 tt とともに、同位体の半減期 T1/2T_{1/2}(プルトニウム238ではおよそ87.7年)で決まる緩やかな指数減衰を示します。

Pgen(t)=Pgen(0)2t/T1/2P_{gen}(t) = P_{gen}(0)\cdot 2^{-t/T_{1/2}}

さらに熱電変換素子自体の経年劣化も加わるため、実際のRTG出力低下は、この放射性崩壊による理論値よりもやや速いのが一般的です。いずれにせよ、RTGは太陽電池のような 1/d21/d^2 の急落は持たない代わりに、ミッション開始時点で「何年後にはこれだけの発電量まで落ちる」という長期的な低下がほぼ確定的に織り込まれている電源だと言えます。

バッテリーと配分。 発電量 Pgen(t)P_{gen}(t) は瞬時的に必ずしも消費電力と釣り合うわけではありません。姿勢によって太陽電池が日陰に入る局面や、観測機器を集中的に駆動する短時間のピーク消費などに対応するため、二次電池(多くはリチウムイオン電池)が発電量と消費量の差分を吸収します。ある時刻 tt での電力収支は

Pgen(t)=iPi(t)+Pbatt(t)P_{gen}(t) = \sum_i P_i(t) + P_{batt}(t)

という形で表され、Pbatt(t)>0P_{batt}(t) > 0 のときはバッテリーを充電、Pbatt(t)<0P_{batt}(t) < 0 のときはバッテリーから放電して不足分を補っている状態です。バッテリーの充放電サイクル寿命には限りがあるため、恒常的に Pbatt(t)<0P_{batt}(t) < 0 が続く(発電量が慢性的に消費量を下回る)運用は避けなければならず、これが定常運用時の消費電力上限、つまり通信系を含む各サブシステムへの配分上限を事実上決定します。

サブシステムへの配分。 探査機の電力バジェットは、ミッション設計の初期段階で各サブシステムに配分の上限(電力アロケーション)を割り当てる形で管理されます。典型的な配分の内訳としては、C&DH(常時稼働の搭載計算機)、姿勢制御系(通常時は少電力だが、スラスタ駆動やリアクションホイールのデサチュレーション時にピークを持つ)、ヒーター(特に外惑星探査機では熱設計上大きな割合を占める)、観測機器(観測フェーズにのみ集中的に電力を要求)、そして通信系という区分けがなされます。通信系はこの中で、数式定式化1で見た Pcomm=PRF/η+PauxP_{comm}=P_{RF}/\eta + P_{aux} の形で自分の取り分を要求するプレイヤーの1人に過ぎません。

数式定式化3: 太陽電池探査機の二重苦

ここまでで、太陽電池を電源とする探査機の発電量が距離とともに 1/d21/d^2 で低下することを見ました。一方、自由空間損失の導出で確認したように、リンクバジェット上の経路損失は距離の2乗に比例して増大します。

Lpath=(4πdλ)2  d2L_{path} = \left(\frac{4\pi d}{\lambda}\right)^2 \ \propto\ d^2

これをリンクバジェット方程式 PR/N0=EIRPLpath+G/TkP_R/N_0 = EIRP - L_{path} + G/T - k に当てはめて考えると、探査機が地球から距離 dd だけ離れた地点で一定の Eb/N0E_b/N_0(≒一定のデータレート・BER要求)を維持するためには、LpathL_{path} の増大を打ち消すだけの EIRPEIRP の増大、すなわち送信電力 PTP_T の増大が必要になります。dB表記で明示的に書くと、

PT[dBW]=(必要なEb/N0)+10log10RbGTGR+Lpath[dB]P_T[\text{dBW}] = \big(\text{必要な}\, E_b/N_0\big) + 10\log_{10}R_b - G_T - G_R + L_{path}[\text{dB}] - \cdots

という関係の中で、Lpath[dB]=20log10(4πd/λ)L_{path}[\text{dB}] = 20\log_{10}(4\pi d/\lambda) が距離 dd に対して対数的に増大するため、真数で見れば PTd2P_T \propto d^2 という比例関係になります(他の項をすべて固定した場合)。つまり、同じデータレートを維持したいなら、探査機が地球から2倍遠ざかるごとに、必要な送信電力はおよそ4倍に増えるということです。

ここで、太陽電池を電源とする探査機の発電量の式を思い出すと、

Pgen(d)1d2,PT,required(d)d2P_{gen}(d) \propto \frac{1}{d^2}, \qquad P_{T,\text{required}}(d) \propto d^2

という、同じ距離 dd に対して、発電量が減っていく方向と、要求される送信電力が増えていく方向がちょうど逆向きに効いてくるという構造が見えてきます。この2つを電力バジェットの制約 PDC=PRF/ηPgen(d)P_{DC} = P_{RF}/\eta \le P_{gen}(d) に代入すると、

PT,required(d)η  d2でなければならないのにPgen(d)  1d2\frac{P_{T,\text{required}}(d)}{\eta} \ \propto\ d^2 \quad \text{でなければならないのに} \quad P_{gen}(d) \ \propto\ \frac{1}{d^2}

という不等式が、dd の増大とともに指数 d2d^2d2d^{-2}、つまり比で言えば d4d^4 という猛烈な速さで両立不可能になっていくことが分かります。地球近傍でぎりぎり成立していた電力バジェットは、探査機が太陽から遠ざかるにつれて、発電サイドとリンク要求サイドの両方から同時に締め付けられ、急速に破綻に向かいます。これが、太陽電池探査機が外惑星領域(木星軌道より遠く)にはほとんど到達できない——到達したとしても著しく制約された運用しかできない——ことの数式的な根拠です。この事情こそが、外惑星探査機の多くが太陽電池ではなく前節のRTGを選ばざるを得ない、最も本質的な理由です。

RTGを採用した場合でも、数式定式化2で見た指数関数的な出力低下 Pgen(t)=Pgen(0)2t/T1/2P_{gen}(t) = P_{gen}(0)\cdot 2^{-t/T_{1/2}} が緩やかに効いてくるため、二重苦が完全に消えるわけではありません。ただし、太陽電池の 1/d21/d^2 という急峻な低下に比べれば、RTGの経年劣化ははるかに穏やかであるため、探査機は「発電量はゆっくりとしか落ちないが、目的地までの距離自体はどんどん伸びていく(=リンク要求は d2d^2 で増え続ける)」という、片側だけの苦しさに問題を単純化できます。それでも、ミッション後半になるほど通信系に配分できる電力が目減りしていく傾向自体は避けられません。

実務での使われ方

外惑星探査機での通信系電力配分の実例。 ボイジャー1号・2号は打ち上げ当初、3基のRTGで合計約470Wの電力を発電していましたが、2020年代の現在では半減期による崩壊と熱電変換素子の劣化により、発電量は当初の半分以下まで低下しています。この限られた電力の中で、ボイジャーの運用チームは科学観測機器を1つずつ順次停止させることで、C&DHと通信系(送信機)を稼働させ続けるために必要な電力を確保するという運用判断を、ミッション後期にわたって継続的に行ってきました。これはまさに、電力バジェットの制約下で「どのサブシステムを削り、通信系の生命線をどう守るか」というトレードオフが、数十年にわたる実際の運用判断として現れた例です。

カッシーニ(土星探査機)やニューホライズンズ(冥王星探査機)も同様にRTGを電源としており、特にニューホライズンズは冥王星フライバイ(d33d\approx 33 AU)という太陽電池では原理的に到達不可能な距離での運用を、RTG電源とXバンドの高利得アンテナ・低いデータレートの組み合わせによって実現しました。フライバイで取得した大量の観測データは、限られた送信電力の中でデータレートを絞り(数百bps〜数kbps程度)、代わりに長い送信時間をかけて地球に送り返すという運用が、フライバイ後1年以上にわたって続けられました。これは、電力バジェットが厳しい局面での典型的なトレードオフ——送信電力を上げられないなら、データレートを下げてでも Eb/N0E_b/N_0 を確保する——が、実際のミッション運用として最も鮮明に表れた事例です。

運用上のデータレート・送信電力のトレードオフ判断。 電力バジェットが逼迫する局面(RTG出力の経年低下、太陽電池探査機が外惑星寄りの軌道を取る場合、あるいは観測機器の集中運用でピーク電力が要求される局面)では、通信系の運用計画は次のような選択肢の中でトレードオフを行います。

  • データレートを下げる: 変調損失とリンクバジェットの回で見たように、Eb/N0PT/RbE_b/N_0 \propto P_T / R_b の関係があるため、送信電力 PTP_T(したがって消費電力 PDC=PT/ηP_{DC}=P_T/\eta)を増やせない場合、データレート RbR_b を下げることで同じEb/N0E_b/N_0を確保できます。これは電力バジェットに全く手をつけずに実行できる、最も直接的な調整手段です。
  • 通信時間を延ばす: 総データ量が同じでも、1回あたりのデータレートを下げれば送信時間は延びます。DSNのアンテナ確保時間(パス長)という別の制約と天秤にかけながら調整されます。
  • 他のサブシステムから電力を融通する: 観測機器の運用を一時停止・間引きすることで、通信系(あるいは他の優先度の高いサブシステム)により多くの電力配分を回します。ボイジャーの例のように、ミッション末期にはこれが恒常的な運用形態になることもあります。
  • 送信管の駆動点を見直す: クライストロンとTWTAの回で見たバックオフ運用の裏返しとして、線形性の要求が緩和できる局面(振幅変動の小さい変調方式に切り替えるなど)では、送信管を効率の高い飽和点近くで駆動し、同じPRFP_{RF}をより少ないPDCP_{DC}で得ることも、電力バジェットを緩和する手段の1つです。

演習問題

  1. ある探査機の送信管がDC-RF変換効率 η=0.55\eta=0.55PRF=15P_{RF}=15 Wを出力しているとします。この送信管が消費するDC電力 PDCP_{DC} を求めてください。また、効率がη=0.30\eta=0.30のSSPAに置き換えた場合、同じ PRFP_{RF} を得るための PDCP_{DC} はいくつ増えるか計算してください。

  2. 太陽電池を電源とする探査機が、地球軌道(d=1d=1 AU)から木星軌道(d5.2d\approx5.2 AU)まで航行するとします。太陽電池の発電量が距離の2乗に反比例して低下する一方、同じデータレートを維持するために必要な送信電力は距離の2乗に比例して増大するとして、木星軌道到達時に電力バジェットへの負荷(必要PDCP_{DC}/発電量の比)は地球軌道時の何倍になるか、比例関係だけを使って概算してください。

  3. プルトニウム238を熱源とするRTGの半減期は約87.7年です。打ち上げ時に Pgen(0)=300P_{gen}(0) = 300 Wだった探査機が、20年後には何Wまで発電量が低下しているか、熱電変換素子の劣化を無視した理論値として計算してください(ヒント: 2t/T1/22^{-t/T_{1/2}} を使う)。

  4. なぜ木星より遠い探査機の多くが太陽電池ではなく原子力電池(RTG)を採用するのか。この回で導出した「発電量の1/d21/d^2則」と「リンク要求送信電力のd2d^2則」の両方を踏まえて、片方だけでは説明が不十分である理由も含めて、自分の言葉で説明してください。

まとめと次回予告

この回では、これまで「送信電力を上げればリンクマージンが改善する」と繰り返し扱ってきた前提の裏側にある、探査機に搭載できる電力には厳しい上限があるという制約に光を当てました。クライストロンとTWTAの回で学んだDC-RF変換効率 η\eta を使うと、送信RF電力 PRFP_{RF} を得るために実際に消費するDC電力は PDC=PRF/ηP_{DC}=P_{RF}/\eta となり、効率の違いが電力バジェット全体に無視できないインパクトを与えることを数値で確認しました。さらに、探査機全体の電力バジェットが発電量・バッテリー・各サブシステムへの配分という構造で組み立てられていること、そして太陽電池を電源とする探査機では「発電量の 1/d21/d^2 低下」と「リンク要求送信電力の d2d^2 増大」という2つの効果が同じ距離 dd に対して逆方向に、しかも合わせて d4d^4 という猛烈な速さで効いてくる二重苦の構造があることを見ました。これが、外惑星探査機の多くがRTGを電源として選ばざるを得ない、最も本質的な理由です。

ここまで、電力という「有限のリソース」の側から通信系を眺めてきましたが、探査機を長期間にわたって蝕むもう1つの制約は、宇宙空間そのものが持つ過酷な放射線環境です。次回は、探査機の電子部品が深宇宙を航行する間に浴び続ける放射線の積算量——総電離線量(TID: Total Ionizing Dose)——という概念に軽く触れ、電力設計と並んで探査機の寿命を左右するもう1つの環境要因を紹介します。

参考文献

  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76
  • DSN Telecommunications Link Design Handbook, DSN No. 810-005
  • J. R. Wertz, D. F. Everett, J. J. Puschell (eds.), Space Mission Engineering: The New SMAD
  • G. L. Bennett, “Space Nuclear Power: Opening the Final Frontier,” 4th International Energy Conversion Engineering Conference, AIAA, 2006
  • NASA JPL, Voyager Mission Status and Power Budget Reports