測距・追跡#34

相対論補正 — 光速は「まっすぐ・一定」では届かない

測距の基本式 d=cτ/2 が仮定してきた平坦な時空・単純な光速伝搬は、精密測距では成り立たない。太陽近傍でのシャピロ遅延、探査機の速度による時間の遅れ、重力ポテンシャルによる時計の進み方の違いを、GPSとの類比とカッシーニ探査機の実測例で数式から理解する。

前提知識: ranging-regen

相対論的補正シャピロ遅延一般相対性理論重力赤方偏移精密軌道決定

この回で学ぶこと

再生測距をはじめ、これまでの測距レッスンでは一貫して、電波は光速 cc で一定に、しかも直線的に伝搬するという前提を置いてきました。往復の伝搬時間 τ\tau を測れば、距離は

d=cτ2d = \frac{c\tau}{2}

という単純な式で求まる、というのがこれまでの出発点でした。この式そのものは間違っていませんが、実は暗黙のうちに「時空は平坦で、時計はどこでも同じ速さで時を刻み、光は真空中をどこでも同じ速さ cc で直進する」という近似を置いています。地上局のパラボラアンテナのタイミング精度がナノ秒オーダーに達し、測距精度がメートル、さらにはセンチメートルのオーダーを目指すようになると、この近似そのものが誤差の支配的な要因になってきます。

一般相対性理論によれば、質量の存在は時空を歪め、(1) 光の伝搬経路とその所要時間を変え、(2) 時計が置かれている場所の重力ポテンシャルや運動速度によって、時計の進み方そのものを変えます。この回では、この2つの効果——**シャピロ遅延(伝搬遅延への効果)**と、特殊相対論的時間の遅れ・一般相対論的重力赤方偏移(時計の進み方、ひいてはドップラー観測量への効果)——を数式で追い、なぜ深宇宙精密航法でこれらを無視できないのかを、具体的な数値のオーダーで確認します。最後に、これらの効果を逆手にとって一般相対性理論そのものを検証したカッシーニ探査機の実験にも触れます。

直感的な導入: なぜ「まっすぐ・一定速度」が崩れるのか

平坦な時空(特殊相対論の世界)では、光は常に直線を等速 cc で進みます。しかし一般相対性理論では、質量 MM の近くの時空は歪んでおり、その歪みの度合いは大まかに重力ポテンシャル GM/rc2GM/rc^2 (無次元量)で特徴づけられます。太陽の表面付近でこの量を計算すると

GMRc26.674×1011×1.989×10306.96×108×(2.998×108)22.12×106\frac{GM_\odot}{R_\odot c^2} \approx \frac{6.674\times10^{-11}\times1.989\times10^{30}}{6.96\times10^{8}\times(2.998\times10^{8})^2} \approx 2.12\times10^{-6}

となり、100万分の2程度と一見無視できそうな小ささです。しかし、電波が太陽近傍を長い距離にわたって通過する際には、この微小な歪みが伝搬経路全体にわたって積算され、無視できない遅延として現れます。これがシャピロ遅延です。イメージとしては、光は太陽近傍を通過する区間だけ、まるで屈折率がわずかに1より大きい媒質(水あめのようなもの)の中を進むかのように、コーディネート上の速度がわずかに遅くなる、と考えるとよいでしょう。

もう1つの効果は、探査機に載っている時計(あるいは探査機からの電波の位相を刻む発振器)そのものの進み方が、地上の時計と違ってくることです。特殊相対論によれば、地上から見て速度 vv で運動する時計は、静止した時計より遅れて進みます(時間の遅れ)。一般相対論によれば、より弱い重力ポテンシャルにいる時計(地球より太陽から遠い、あるいは天体から離れた)時計は、より深い重力ポテンシャルにいる時計より速く進みます(重力赤方偏移の裏返し)。探査機は地球とは異なる速度・異なる重力ポテンシャルの環境にいるため、この2つの効果が組み合わさって、探査機の発振器の周波数は地上の基準発振器に対してわずかにずれます。これは測距そのものというより、ドップラー計測(受信周波数のシフトから探査機の速度を求める観測量)に直接効いてきます。

以下、この2つの効果——伝搬時間への効果(シャピロ遅延)と、時計の進み方への効果(時間の遅れ・重力赤方偏移)——を順に数式で見ていきます。

シャピロ遅延

定性的な導出: 光速が「遅く見える」

太陽のような球対称質量分布の周りの時空は、シュヴァルツシルト計量で記述されます。弱い重力場近似(等方座標、GM/rc21GM/rc^2 \ll 1)のもとでは、計量は

ds2=(12GMrc2)c2dt2+(1+2GMrc2)(dx2+dy2+dz2)ds^2 = -\left(1-\frac{2GM}{rc^2}\right)c^2 dt^2 + \left(1+\frac{2GM}{rc^2}\right)(dx^2+dy^2+dz^2)

という形に書けます。光は null 測地線(ds2=0ds^2=0)に沿って進むので、これを dtdt について解くと、遠方の観測者の座標時間で測った光の速さは

dxdtc(12GMrc2)\frac{|d\vec{x}|}{dt} \approx c\left(1-\frac{2GM}{rc^2}\right)

となり、質量に近づくほど(つまり rr が小さいほど)、座標時間で見た光速がわずかに cc より遅くなることが分かります。もちろんこれは局所的に測った光速が変わるという意味ではありません(局所慣性系ではいつでも光速は cc)。あくまで「遠方から座標時間で観測すると、質量近傍を通過する光は余分に時間がかかって見える」という効果です。

送信点(位置ベクトルの原点からの距離 r1r_1)から受信点(距離 r2r_2)まで、質量 MM の近傍を通る経路に沿ってこの速度低下を積分すると、伝搬に要する余分な時間(往路または復路の片道分)として、次の近似式が得られます。

  Δt2GMc3ln(r1+r2+dr1+r2d)  \boxed{\;\Delta t \approx \frac{2GM}{c^3}\ln\left(\frac{r_1+r_2+d}{r_1+r_2-d}\right)\;}

ここで各記号の意味は次の通りです。

  • GG: 万有引力定数
  • MM: 伝搬経路の近くにある大質量天体の質量(太陽近傍を通過する場合は太陽質量 MM_\odot)
  • cc: 真空中の光速
  • r1r_1: 送信点(たとえば地上局)から質量 MM(太陽の中心)までの距離
  • r2r_2: 受信点(たとえば探査機)から質量 MM までの距離
  • dd: 送信点と受信点の間の直線距離(見通し線の長さ)

この式は、光が太陽近傍を「かすめて」通過するときに最も大きな値を取ります。幾何学的に、送信点・受信点・太陽がほぼ一直線に並び、しかも視線が太陽に極めて接近する配置(太陽合(solar conjunction)、特に上合(superior conjunction)、地球から見て探査機が太陽の向こう側にいる配置)で、r1+r2r_1+r_2dd にほとんど等しくなり、対数の中身が発散的に大きくなることに注目してください。逆に太陽から十分離れた幾何配置では r1+r2dr_1+r_2 \gg d となり、対数の中身は1に近づいて Δt\Delta t はごく小さくなります。

係数のオーダーと具体的な遅延量

対数の前に掛かっている係数 2GM/c32GM/c^3 を太陽質量で評価すると、

2GMc3=2×6.674×1011×1.989×1030(2.998×108)39.85 μs\frac{2GM_\odot}{c^3} = \frac{2\times 6.674\times10^{-11}\times1.989\times10^{30}}{(2.998\times10^{8})^3} \approx 9.85\ \mu\text{s}

というおよそ10マイクロ秒の特徴的な時間スケールが得られます。対数因子は幾何配置によって変わりますが、地球-太陽間探査機の典型的な上合ジオメトリ(太陽からの見かけの角距離、太陽離角が数度程度まで接近する場合)では対数因子はおよそ15〜25程度になり得るため、片道の遅延は

Δt9.85 μs×(1525)150250 μs\Delta t \sim 9.85\ \mu\text{s} \times (15\text{–}25) \sim 150\text{–}250\ \mu\text{s}

というオーダーに達します。往復(2-way)測距ではこれが倍になり、距離換算では cΔtc\,\Delta t で見積もると、片道 200 μ\mus の遅延は c×200×106s60 kmc \times 200\times10^{-6}\,\text{s} \approx 60\ \text{km} もの見かけの距離増加に相当します。これは、これまでの回で扱ってきたメートル〜サブメートルオーダーの測距精度からすれば、桁違いに大きな系統誤差です。太陽から十分離れた通常のジオメトリでは Δt\Delta t はナノ秒オーダー以下まで小さくなりますが、太陽合前後の探査機との通信では、この効果を補正しない限り測距データそのものが使い物にならなくなります。

PPNパラメータとの関係

上の式は一般相対性理論(アインシュタインの理論、γ=1\gamma=1)を仮定した場合の形です。より一般的なパラメータ化ポスト・ニュートン(PPN)形式では、光の湾曲や遅延に効いてくるパラメータ γ\gamma(空間の曲率が単位質量あたりどれだけ生成されるかを表す無次元パラメータ)を使って、

Δt(1+γ)22GMc3ln(r1+r2+dr1+r2d)\Delta t \approx \frac{(1+\gamma)}{2}\cdot\frac{2GM}{c^3}\ln\left(\frac{r_1+r_2+d}{r_1+r_2-d}\right)

と一般化されます。一般相対性理論の予言は γ=1\gamma=1 で、これを代入すると先ほどの式に戻ります。逆に言えば、シャピロ遅延を精密に測定し、その値が理論式からどれだけずれるかを見ることで、γ\gamma の値を実験的に決定できるわけです。この視点が、後述するカッシーニ探査機の実験の核心になります。

特殊相対論的時間の遅れと一般相対論的重力赤方偏移

シャピロ遅延が「伝搬経路」に効く効果だったのに対し、ここからは「時計そのものの進み方」に効く効果を見ます。これは測距そのものよりも、探査機の発振器が刻む搬送波周波数、つまりドップラー観測量に直接影響します。

特殊相対論的時間の遅れ

地上の基準系から見て速度 vv で運動する探査機に搭載された時計(発振器)は、ローレンツ因子の逆数だけ、地上時計に対してゆっくり進みます。

dτscdt地上=1v2c21v22c2(vc)\frac{d\tau_{sc}}{dt_{\text{地上}}} = \sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}} \approx 1-\frac{v^2}{2c^2} \qquad (v \ll c)

τsc\tau_{sc} は探査機の固有時間、t地上t_{\text{地上}} は地上の座標時間です。分数展開の第2項 v2/(2c2)-v^2/(2c^2) が、探査機の速度が原因で生じる周波数の相対的なずれ(フラクショナル周波数オフセット)を表します。

一般相対論的重力赤方偏移

一方、重力ポテンシャル Φ(r)=GM/r\Phi(r) = -GM/r(太陽を原点とする)の中に置かれた時計は、ポテンシャルが弱い(すなわち Φ|\Phi| が小さい、天体から遠い)場所ほど速く進みます。弱い場中の近似で、

dτdt1+Φ(r)c2=1GMrc2\frac{d\tau}{dt_{\infty}} \approx 1+\frac{\Phi(r)}{c^2} = 1-\frac{GM}{rc^2}

となります(tt_\infty は無限遠での座標時間)。探査機が地上局より太陽に近い場所(より深いポテンシャル井戸の中)にいれば、探査機の時計は地上の時計よりゆっくり進みます。

合成されたドップラー観測量への影響

実際の深宇宙ドップラー観測(前々回までのPLLで扱った、地上局が探査機の残留搬送波を追尾して得る周波数観測量)には、この2つの効果が同時に、しかも符号を伴って重畳します。地上の基準発振器の周波数を f0f_0 とすると、探査機側で生成・送信される周波数は、地上に対して近似的に

Δff0v22c2特殊相対論(速度)  (GMrscc2GMr地上c2)一般相対論(重力ポテンシャル差)\frac{\Delta f}{f_0} \approx \underbrace{-\frac{v^2}{2c^2}}_{\text{特殊相対論(速度)}} \;\underbrace{-\left(\frac{GM}{r_{sc}c^2}-\frac{GM}{r_{\text{地上}}c^2}\right)}_{\text{一般相対論(重力ポテンシャル差)}}

だけずれます。ここで rscr_{sc}r地上r_{\text{地上}} はそれぞれ探査機、地上局(地球)から太陽までの距離です(地球の自転・公転による地上局自身の速度・ポテンシャルの効果は、より精密な扱いでは別途考慮しますが、ここでは主要項として探査機側の効果に着目します)。この Δf/f0\Delta f/f_0 がそのまま搬送波周波数(Xバンドなら約8.4 GHz)に掛かるため、絶対的な周波数シフトは

Δf=f0Δff0\Delta f = f_0 \cdot \frac{\Delta f}{f_0}

として観測されます。この項を補正せずに「ドップラーシフトはすべて視線方向の相対速度による」と解釈してしまうと、軌道決定(オービット・デターミネーション)に系統誤差が混入します。

具体的な数値: 太陽近傍を航行する探査機

太陽近傍を通過するミッション(たとえば近日点で太陽に大きく接近する探査機)を例に、オーダーを見積もってみましょう。近日点での軌道速度がおよそ v2×105 m/sv \approx 2\times10^{5}\ \text{m/s}(秒速200 km、太陽に極端に接近する探査機で実際に到達しうる速度帯)、太陽からの距離がおよそ rsc7×109 mr_{sc} \approx 7\times10^{9}\ \text{m}(太陽半径の10倍程度)だとすると、

v22c2=(2×105)22×(2.998×108)22.2×107\frac{v^2}{2c^2} = \frac{(2\times10^5)^2}{2\times(2.998\times10^8)^2} \approx 2.2\times10^{-7} GMrscc2=6.674×1011×1.989×10307×109×(2.998×108)22.1×107\frac{GM_\odot}{r_{sc}c^2} = \frac{6.674\times10^{-11}\times1.989\times10^{30}}{7\times10^{9}\times(2.998\times10^{8})^2} \approx 2.1\times10^{-7}

いずれも 10710^{-7} のオーダーで、同程度の大きさになります(円軌道に近い場合、ビリアル定理的な関係からこの2つの寄与が同程度になるのは偶然ではありません)。Xバンド搬送波 f0=8.4×109f_0 = 8.4\times10^{9} Hz にこの合計 4×107\sim 4\times10^{-7} を掛けると、

Δf8.4×109×4×1073400 Hz\Delta f \sim 8.4\times10^{9}\times4\times10^{-7} \approx 3400\ \text{Hz}

という、数kHzオーダーの周波数シフトが得られます。これは通常のドップラー追尾システムのループ帯域(PLLの回参照)や観測精度(ミリヘルツ〜サブヘルツオーダーを目指す精密軌道決定)からすれば、桁違いに大きな量であり、補正せずに残せば軌道決定解に致命的なバイアスをもたらします。地球近傍を回るだけの通常の周回機であれば vvΦ\Phi の差もずっと小さく、この効果は無視できるオーダーまで小さくなりますが、太陽に接近する内惑星探査機や、太陽合前後の測距・ドップラー観測では、この補正が不可欠になります。

GPSとの類比

この種の相対論的補正は、実は身近な測位システムであるGPSにも同じ形で登場します。GPS衛星は地表に対して秒速約3.87 kmで運動し(特殊相対論的効果で地上時計より遅れる)、同時に地表より弱い重力ポテンシャルの高度(約2万km)を周回しています(一般相対論的効果で地上時計より速く進む)。両者を合成すると、GPS衛星に搭載された原子時計は地上時計に対して

SR効果:7 μs/日,GR効果:+45 μs/日,正味:+38 μs/日\text{SR効果}: \approx -7\ \mu\text{s/日}, \qquad \text{GR効果}: \approx +45\ \mu\text{s/日}, \qquad \text{正味}: \approx +38\ \mu\text{s/日}

だけ進みます。この補正を行わなければ、GPSの測位誤差は1日で数kmにも達してしまうため、GPS衛星の発振器はあらかじめ地上局の発振器よりわずかに低い周波数(公称10.23 MHzに対しておよそ 4.4647×1010-4.4647\times10^{-10} の相対補正)で製造され、打ち上げ後にこの正味のずれを打ち消すよう設計されています。深宇宙探査機の場合、GPSのような固定的な補正をあらかじめ発振器に焼き込むことはできません(軌道が周回ごとに大きく変わり、太陽への接近度も刻々と変わるため)。そのため、地上の精密軌道決定ソフトウェアが、探査機の軌道モデル(位置・速度の時間関数)から v(t)v(t)r(t)r(t) を計算し、上式の補正項をリアルタイムに近い形で計算・適用する、という設計になります。

実務での使われ方

カッシーニ探査機によるシャピロ遅延の高精度測定

土星探査機**カッシーニ(Cassini)**は、2002年6月の太陽合(superior conjunction)の前後、地球から見て太陽のすぐ近くを通過する幾何配置を利用して、シャピロ遅延の高精度測定によるPPNパラメータ γ\gamma の検証実験を行いました(Bertotti, Iess, Tortora, Nature 425, 374–376, 2003)。

この実験の技術的な鍵は、シャピロ遅延そのものの測定精度を妨げる最大の雑音源である太陽コロナのプラズマによる伝搬遅延(電波の分散性遅延、周波数に依存する効果)を排除することでした。カッシーニはXバンドとKaバンドの複数の周波数で同時にドップラー観測を行うことで、周波数依存性を持つプラズマ雑音と、周波数に依存しない(非分散性の)相対論的効果を分離するマルチリンク・キャリブレーション手法を用いました。その結果、

γ1=(2.1±2.3)×105\gamma - 1 = (2.1 \pm 2.3)\times10^{-5}

という、それまでの実験(1970年代のバイキング探査機によるレーダーレンジング実験など、γ1\gamma-1 の不確かさが 10310^{-3} オーダーだったもの)より2桁以上精度の高い結果を得ました。これは一般相対性理論の予言(γ=1\gamma=1)と誤差の範囲内で完全に一致しており、太陽系スケールでの一般相対性理論の検証として、現在に至るまで最も精度の高い実験結果の1つです。

精密軌道決定ソフトウェアにおける扱い

シャピロ遅延、特殊相対論的時間の遅れ、重力赤方偏移といったこれらの補正項は、実験目的の特別な観測だけでなく、**日常的な深宇宙ミッションの精密軌道決定(Orbit Determination, OD)**において標準的に組み込まれています。NASA/JPLの軌道決定ソフトウェア(Orbit Determination Program、およびその後継であるMONTE)は、T. D. Moyerによる定式化(Formulation for Observed and Computed Values of Deep Space Network Data Types for Navigation, JPL Publication 00-7)に基づき、測距・ドップラーの理論値(computed values)を計算する際に、

  • 光の伝搬経路に対するシャピロ遅延補正(太陽だけでなく、木星など他の大質量天体の影響も、精度要求に応じて考慮)
  • 探査機・地上局双方の時計に対する特殊相対論的・一般相対論的補正(座標時系、たとえば太陽系力学時 TDB と地上の国際原子時 TAI・地球時 TT との変換を含む)
  • 地球の自転・公転運動そのものに伴う相対論的効果(地上局の位置・速度に対する二次的な補正)

を、観測モデルの一部として組み込んでいます。欧州宇宙機関(ESA)の軌道決定ソフトウェア(GINSなど)も同様の枠組みを持ちます。太陽に接近する軌道(水星探査機BepiColombo、金星・水星のスイングバイを行うミッション、太陽近傍を通過する探査機)や、外惑星探査機であっても太陽合をまたぐ運用フェーズでは、これらの補正項を省略すると測距・ドップラーの残差(観測値と理論値の差)に明確な系統的パターンが現れ、軌道解の精度が著しく劣化することが知られています。したがって、これらの相対論的補正は「特殊な検証実験のときだけ使う特別な計算」ではなく、精密航法を行うすべての深宇宙ミッションにおいて常時適用される標準的な計算パイプラインの一部になっています。

演習問題

  1. 太陽の質量 M=1.989×1030M_\odot = 1.989\times10^{30} kg を使って係数 2GM/c32GM_\odot/c^3 をマイクロ秒単位で計算し、本文中の 9.85 μs9.85\ \mu\text{s} という値を検算してください。次に、対数因子が ln(r1+r2+dr1+r2d)=20\ln\left(\dfrac{r_1+r_2+d}{r_1+r_2-d}\right) = 20 であった場合の片道シャピロ遅延 Δt\Delta t を求め、それを距離(km)に換算してください。

  2. ある探査機が太陽から rsc=5×1010r_{sc} = 5\times10^{10} m(太陽半径のおよそ72倍、金星軌道程度)の距離を、太陽に対する速度 v=4×104v = 4\times10^{4} m/s で運動しているとします。特殊相対論的な時間の遅れの項 v2/(2c2)v^2/(2c^2) と、一般相対論的な重力ポテンシャルの項 GM/(rscc2)GM_\odot/(r_{sc}c^2) をそれぞれ計算し、Xバンド搬送波(f0=8.4f_0 = 8.4 GHz)における合計の周波数シフト Δf\Delta f をHz単位で求めてください。この値が本文中の太陽近傍探査機の例(数kHzオーダー)と比べて、なぜ小さいのか(あるいは同程度なのか)、距離と速度の依存性から議論してください。

  3. GPS衛星の特殊相対論的効果(-7 μ\mus/日)と一般相対論的効果(+45 μ\mus/日)について、それぞれの効果がどちらの符号を持つべきか(時計が「遅れる」のか「進む」のか)を、本文中の v2/(2c2)-v^2/(2c^2) の式と GM/(rc2)-GM/(rc^2) の式(ポテンシャルが弱いほど時計が速く進む)から、地上の時計との比較で説明してください。またこの2つが打ち消し合わずに正味 +38 μ\mus/日というずれが残る理由も述べてください。

  4. カッシーニ探査機の実験で γ1=(2.1±2.3)×105\gamma - 1 = (2.1\pm2.3)\times10^{-5} という結果が得られました。もしこの実験でPPNパラメータ γ\gamma の値がニュートン力学的世界観(光は重力によって曲がったり遅れたりしない、γ=0\gamma=0 に相当)に近い値として測定されていたら、シャピロ遅延の予測式 Δt(1+γ)22GMc3ln()\Delta t \approx \frac{(1+\gamma)}{2}\cdot\frac{2GM}{c^3}\ln(\cdots) はどう変化するか、そしてそれが観測されたドップラー・測距データにどう表れるはずだったか、自分の言葉で説明してください。

まとめと次回予告

これまでのレッスンで前提としてきた d=cτ/2d = c\tau/2 という単純な光速伝搬モデルは、平坦な時空・変わらない時計の刻みという近似の上に成り立っていました。この回では、一般相対性理論がもたらす2種類の補正——(1) 太陽のような大質量天体の近傍で光の伝搬経路そのものが余分な時間を要するシャピロ遅延、(2) 探査機の運動速度と重力ポテンシャルの違いによって、探査機の時計(発振器)の刻みが地上と食い違う特殊相対論的時間の遅れ・一般相対論的重力赤方偏移——を数式で確認しました。いずれの効果も、地球近傍の通常運用では無視できるオーダーですが、太陽合前後の測距や、太陽に接近する内惑星探査機の精密航法では、数十マイクロ秒(距離にして数十km)、あるいは数kHzのドップラーシフトに達する無視できない量になります。そして、この効果を精密に測定すること自体が、カッシーニ探査機の実験のように一般相対性理論そのものの検証実験になり得ることも見ました。

次回は、これまで扱ってきた信号処理・測距の理論から少し視点を変え、地上局のアンテナが空を横切っていく探査機をどうやって自動的に捉え続けるのかというアンテナ自動追尾の話題に軽く触れます。受信信号強度やモノパルス方式によるビーム指向誤差の検出など、この回までに扱ってきたPLLによる位相追尾とはまた違う「角度」の追尾の仕組みを見ていきます。

参考文献

  • T. D. Moyer, Formulation for Observed and Computed Values of Deep Space Network Data Types for Navigation, JPL Publication 00-7, John Wiley & Sons, 2003
  • B. Bertotti, L. Iess, P. Tortora, “A test of general relativity using radio links with the Cassini spacecraft,” Nature, 425, 374–376 (2003)
  • C. M. Will, “The Confrontation between General Relativity and Experiment,” Living Reviews in Relativity, 17, 4 (2014)
  • N. Ashby, “Relativity in the Global Positioning System,” Living Reviews in Relativity, 6, 1 (2003)
  • DSN Telecommunications Link Design Handbook, DSN No. 810-005(Relativistic Corrections / Media Calibration に関するモジュール)
  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76