変調・符号化#77
I/Q不平衡とDCオフセット — 理想的な直交復調を裏切るアナログ回路の非理想性
SDRの回で「複素指数を掛けるだけ」と説明した直交復調は、実際のアナログミキサでは振幅・位相が完全に揃わず、局発リークがDCオフセットを生む。この非理想性を複素数のモデルで定式化し、イメージ除去比(IRR)という指標とデジタル補正の仕組みまでを数式で追う。
前提知識: SDR — 受信機をハードウェアからソフトウェアへ溶かし込む
この回で学ぶこと
SDRの回では、受信機のダウンコンバージョンを「サンプル列 に複素指数 を掛けるだけ」というデジタル演算として説明しました。実際、式の上では
というきれいな対称性を持った2本の乗算だけで、複素ベースバンド信号 が過不足なく取り出せることになっていました。この定式化は、 項と 項の振幅が完全に等しく、**位相差が寸分違わず90°**であることを暗黙の前提にしています。
しかし、この前提が完全に成り立つのは数式の中だけです。IFサンプリング以降の演算はデジタル化されても、その手前——RF/IF信号を受け取ってミキシングし、ADCに渡すまでのアナログ回路(ミキサ、局部発振器の分配経路、アンチエイリアシングフィルタ、ADCの入力段)は依然として物理的な部品でできています。そしてアナログ部品には、製造ばらつき・温度ドリフト・配線長の違いといった避けがたい非理想性があります。
この回では、SDRの回で「理想」としてきた直交復調が、実際のアナログ/RF回路ではどうずれるのか、そのずれが受信性能にどう効いてくるのかを扱います。具体的には次の2つの実装損失を数式で定式化します。
- I/Q振幅・位相不平衡 (I/Q imbalance): I成分とQ成分の利得が完全に等しくなく、両者の位相差が正確に90°からずれることで生じる信号点配置の歪みと、その帰結であるイメージ周波数の漏れ込み。この劣化を定量化するイメージ除去比 (Image Rejection Ratio, IRR) という指標。
- DCオフセット (DC offset): 局部発振器の信号がミキサのRFポートに漏れ込み、自分自身と混ざり合うことでベースバンドに直流成分が現れる現象と、その除去手法。
最後に、これらの非理想性を受信後にソフトウェア的に推定して補正するデジタル補正の仕組みと、実際のSDR受信機・地上局受信機の校正手順における位置づけを見ていきます。
直感的導入: なぜ「掛け算」は完璧にはいかないのか
理想的な直交復調のミキサは、局部発振器(LO)からI用に 、Q用に という、振幅が等しく位相がぴったり90°ずれた2つの基準波形を作り出し、それぞれをI/Qブランチのミキサに供給します。この2つの基準波形を生成するには、実際には1つの発振器の出力を分配し、一方の経路にだけ90°の位相遅延素子(移相器)を挿入する、という回路を組みます。
ここに非理想性が入り込む隙間が2つあります。第一に、I側とQ側でミキサやアンプの利得が完全には一致しません。同じ型番の部品を使っても、製造上のばらつき(素子ごとの特性のずれ)や温度による特性変化があり、I側とQ側の実効的な利得が寸分違わず一致することは工学的にありえません。第二に、90°移相器は理想的な移相器ではありません。実際の移相器はある特定の周波数でだけ正確に90°を実現するよう設計された近似回路であり、周波数がわずかにずれたり、経路長のばらつきがあったりすると、実際の位相差は90°ちょうどからずれます。
もう1つ、ミキサ特有の非理想性として、局部発振器の信号そのものがRF入力ポートに「漏れ込んで」しまうという現象があります。ミキサは理想的にはLOポートとRFポートを完全に分離(アイソレーション)しますが、実際の素子では有限のアイソレーションしか持たず、LO信号のわずかな成分がRFポート側に回り込みます。回り込んだLO信号は、ミキサの中で自分自身と混ざり合い(LO自己ミキシング、あるいはLOセルフミキシングと呼ばれます)、周波数差ゼロ、すなわち直流(DC)の出力を生み出します。これがDCオフセットの正体です。
この回では、まず前者(振幅・位相不平衡)を複素数のモデルで定式化し、それが信号空間でどんな歪みを生み、周波数領域でどんな「イメージ」の漏れ込みを引き起こすかを見ます。続いて後者(DCオフセット)の除去法を扱い、最後にこれらをまとめてソフトウェア的に補正するデジタル補正の考え方に進みます。
I/Q不平衡のモデル化: 振幅・位相の非対称性を複素数で表す
非理想な局発波形
理想的な直交復調では、I/Qそれぞれのブランチに供給される基準波形は と でした。ここで重要な事実が1つあります。信号の歪み方に効くのは、I側とQ側の絶対的な利得値ではなく、両者の「相対的な」利得比と位相差だけです。両ブランチに同じ係数を掛けても(たとえば受信機全体の利得が2倍になっても)、複素ベースバンド信号は単に定数倍されるだけで、信号点配置の形そのものは変わりません。そこで一般性を失わずに、I側を理想の基準とし、Q側だけに不平衡パラメータを持たせるという簡単化ができます。
が振幅不平衡(I側を基準としたQ側の利得の相対的なずれ)、 が位相不平衡(90°からのずれ)です。 がSDRの回で扱った理想の場合に一致します。
出力の導出
いま、もし理想的な直交復調ができていたなら得られるはずだった複素ベースバンド信号を とし、対応する実数のIF帯域通過信号を
とします(SDRの回の合成角展開と同じ構造です)。この を上記の非理想な でそれぞれ乗算し、ローパスフィルタで高周波成分(2倍波)を落とすと、三角関数の積和公式を使った展開の末に(高周波成分を捨てた直流近傍の成分だけを拾うと)、
が得られます。 を代入すると , となり、確かにSDRの回の理想形に戻ることが確認できます。
K1, K2表現: イメージ成分の出現
この を複素数 にまとめ、, ( は の複素共役)を代入して整理すると、次のきれいな形に書き直せます。
これがI/Q不平衡の本質を捉えた式です。理想の場合()には となり に戻りますが、不平衡がある限り となり、受信機の出力は望みの複素信号 だけでなく、その複素共役 の成分もいくらか混ざったものになります。この の項こそが、次節で見る「イメージ」漏れ込みの数学的な正体です。
不平衡が小さい()場合、 を1次近似すると
となり、 の大きさが振幅不平衡 と位相不平衡 (ラジアン)を合成した量 にほぼ比例して大きくなる、という直感的にも納得できる関係が見えます。
信号空間での歪み: 円が楕円になり、正方形が平行四辺形になる
が信号点配置にどう現れるかを、具体例で見てみましょう。
定包絡線信号(円)の楕円化
簡単のため、まず位相不平衡がない場合(、 がともに実数になる場合)を考えます。このとき , はいずれも実数です。理想的には円を描くはずの定包絡線信号 (単位円上を等速で回る点、たとえば残留搬送波や振幅一定の変調信号)を入力すると、
( であることを使いました。)これは
という、I軸方向の半径 、Q軸方向の半径 の楕円の方程式そのものです。理想の場合()は半径 の円に戻りますが、 だと2つの半径が食い違い、円が押しつぶされて楕円になります。位相不平衡 まで含めた一般の場合は、この楕円の主軸がI軸・Q軸から傾いた向きに回転します(2つの逆回りの複素指数の合成が一般に傾いた楕円=リサージュ図形を描くことの帰結です)。
離散信号点配置(QPSKの例)の歪み
同じ変換は、QPSK/OQPSKの回で見た4点の信号点配置にもそのまま適用できます。QPSKの理想信号点は の4点でした(正方形の4隅)。 を各点に適用すると、たとえば に対しては
同様に他の3点も計算すると、 が実数の場合(振幅不平衡のみ)は正方形が長方形に、位相不平衡も含む一般の場合はさらに平行四辺形状に歪んだ配置になることが確認できます。つまり理想的には正方形の頂点にきれいに並ぶはずの4つの信号点が、I/Q不平衡によって非対称な位置にずれるわけです。この歪みは、判定境界(通常はI軸・Q軸)からの距離を不均一に縮め、有効な判定余裕(マージン)を減らすため、同じ でもビット誤り率が理想値より悪化する原因になります。
イメージ周波数の漏れ込みとイメージ除去比 (IRR)
という関係を、時間領域ではなく周波数領域で読み直すと、I/Q不平衡のもう1つの重要な帰結が見えてきます。時間反転を伴わない複素共役 を取る操作は、周波数領域ではスペクトルを周波数ゼロ(直流)を軸に反転させることに対応します( の周波数 の成分は、 では周波数 の成分として現れます)。
これが意味するのは次のことです。ベースバンドの正の周波数 に存在する所望信号成分は、理想的な直交復調であれば 倍されて出力の にそのまま現れ、負の周波数 側には一切漏れ出しません(逆に にある成分も には漏れません)。複素演算の最大の利点は、この正負の周波数を区別できる能力にありました。しかしI/Q不平衡があると、 の項を通じて、周波数 にある成分の一部( 倍)が周波数 の出力に漏れ込み、その逆も起こります。この、本来ゼロ周波数を挟んで反対側に存在する(したがって元来は分離されているべき)成分のことをイメージ (image) と呼び、この漏れ込みをイメージ周波数の漏れ込みと呼びます。
この劣化の大きさを定量化する指標がイメージ除去比 (Image Rejection Ratio, IRR) です。周波数 に置いた単一トーンの所望信号が、出力の (所望)成分と (イメージ、漏れ込み)成分にどれだけの電力比で現れるかを、 を使って
と定義します。単位はデシベルで表すのが普通で、 です。前節の小信号近似 , を使うと、
という近似式が得られます。振幅不平衡 と位相不平衡 (ラジアン)がともに小さいほどIRRは大きく(良好に)なり、逆にどちらかが大きくなるとIRRは急激に悪化します。IRRが十分に大きい(たとえば50dB以上)受信機であれば、イメージ成分の電力は所望信号より10万分の1以下に抑えられ実用上無視できますが、IRRが20〜30dB程度しかないと、イメージ帯域に強い信号や干渉波があった場合、それが所望信号のSNRを直接的に劣化させる無視できない雑音源になります。
DCオフセット: 局発リークとその除去
LOセルフミキシングによる直流成分
直感的導入で触れたように、ミキサのLOポートとRFポートの間には有限のアイソレーションしかなく、LO信号の一部がRFポートに漏れ込みます。漏れ込んだLO信号 ( は漏れ込みの大きさ、 は経路によって生じる位相)は、ミキサの中でLO信号自身と再び掛け合わされます。
積和公式のうち、周波数差がゼロになる第1項 が、時間に依存しない直流(DC)成分として残ります。同様の自己混合はQブランチでも起こり、I/Q両方の出力に、それぞれ固有の大きさを持つ直流バイアス が加わります。
LOのRFポートへの漏れ込みだけでなく、強い近傍の干渉波や、アンテナ・LNA経由で回り込んだ自局の送信波がRFポートに入り、それがLOと混ざる場合も同じ現象(自己混合によるDC生成)を引き起こします。深宇宙探査機のようにトランスポンダが送受信を同時に行う(トランスポンダの回参照)構成では、この送信波の回り込みが特に問題になりやすい経路です。
DCオフセットは、周波数領域で見ると信号帯域の中心(直流、)にちょうど重なる非常に強いスパイクとして現れます。これ自体は情報を持たない不要成分ですが、深刻なのはその大きさで、しばしば所望のベースバンド信号の振幅よりも桁違いに大きくなります。これは2つの理由で問題を引き起こします。第一に、ADCのダイナミックレンジ(SDRの回で見た [dB]の有限な量子化レンジ)の一部を、情報を持たないDC成分がまるごと占有してしまい、実質的に弱い信号のために使える有効ビット数が減ります。第二に、後段の復調・同期アルゴリズム(たとえばCostasループの回のような位相追尾ループ)が、このDCバイアスを実在の信号成分と誤認し、追尾誤差を生む可能性があります。
除去手法: ハイパスフィルタとAC結合
最も単純な除去法は、ベースバンド出力にカットオフ周波数 のハイパスフィルタ (HPF) を通す、あるいは同じことをアナログ回路で実現する**AC結合(コンデンサによる直流阻止)**です。理想的な1次ハイパスフィルタの周波数応答は
で、 で (完全にDC成分を遮断)、 で (信号帯域はほぼそのまま通過)という特性を持ちます。カットオフ を信号帯域幅 より十分小さく選べば ()、DC成分だけを選択的に落とし、所望信号への影響を最小限にできます。
ただしこれは万能ではありません。 を有限の値に取る以上、信号スペクトルのうちDC近傍の成分もわずかに減衰・位相回転を受けます。とりわけ、シンボル列の中に長い連続した同一極性(0や1の連続)が含まれ、スペクトルがDC付近に集中するような変調・符号化方式では、この減衰がシンボル間干渉(ISIの一種、しばしば「ベースライン・ワンダー」と呼ばれる歪み)を引き起こします。スクランブリングの回で扱った、送信データの統計的な偏りを事前に均してDC近傍のスペクトル密度を下げる工夫は、まさにこの種のDCオフセット除去・追従を後段で行いやすくするための布石でもあります。
デジタル補正: 受信後にI/Q不平衡パラメータを推定して直す
I/Q不平衡もDCオフセットも、アナログ回路の物理的な非理想性に起因する以上、ミキサや移相器そのものを完璧に作ることには限界があります。そこでSDR受信機で広く使われるのが、ADC後のデジタル領域で不平衡パラメータを推定し、ソフトウェア的に逆変換をかけて補正するというアプローチです。
逆変換の導出
先に導いた関係式 , を、 について逆に解くと、
という補正式が得られます( は推定された不平衡パラメータ)。これはグラム・シュミット直交化(Gram-Schmidt orthogonalization)に基づく補正として知られる古典的な手法そのもので、Q成分からI成分に比例する漏れ込み分を差し引き、残りを正しいスケールに戻す、という操作になっています。, と正しく推定できていれば , となり、理想の複素ベースバンド信号が完全に復元されます。
パラメータの推定
肝心の (あるいは等価的に )をどう求めるかにはいくつかの方式があります。
- 既知の校正トーン(パイロット)を使う方式: 受信帯域内の既知の周波数にCW(無変調)トーンを注入(あるいは既知の校正信号を受信)し、出力に現れる所望周波数成分とイメージ周波数成分の振幅・位相を測定すれば、(したがって )を直接計算できます。これは前節のIRRの定義そのものを測定する操作です。
- ブラインド統計推定方式: 校正用信号を使わず、通常の受信データそのものの統計量から不平衡を推定する方式です。多くの変調方式では、理想的な複素ベースバンド信号は (I/Q成分の分散が等しい)かつ (I/Q成分が無相関)という統計的性質を持ちます。I/Q不平衡があるとこれらの等式が崩れるため、逆に観測データからこれらの統計量のずれを測定すれば を逆算できます。校正信号を止めずに運用中にも継続的に追従・補正できる利点があります。
いずれの方式でも、推定した (あるいはDCオフセットなら )は受信機の温度変化や経年劣化に応じてゆっくりと変化しうるため、実際の受信機では一度きりの校正ではなく、定期的に(あるいは連続的に)再推定・再補正を行う設計になっているのが一般的です。
実務での使われ方
地上局・SDR受信機の校正手順
深宇宙地上局の受信機、そして市販のSDR受信機の両方で、I/Q不平衡・DCオフセットの校正は運用開始前の定型手順に組み込まれています。DSNのようなアンテナ局では、パス(可視時間帯)の開始前に、既知の周波数・振幅を持つ校正トーンを受信機のRF入力に注入し、そのトーンが出力スペクトル上でどう現れるか(所望周波数の振幅・イメージ周波数への漏れ込み量)を測定することで、その日・その温度条件下でのIRRとDCオフセットの値を確認し、必要ならデジタル補正係数を更新してからテレメトリの本受信に入る、という校正フローが一般的です。これはDSNの回で触れた受信機チェーン全体の性能保証の一部であり、SDRの回で見たFPGA/DSPベースの信号処理チェーンの入口に位置づけられます。
具体的な数値の目安として、校正を一切行わない一般的なアナログ直交復調回路では、部品ばらつきだけに起因するIRRはおおむね25〜35dB程度にとどまることが多いとされます。これは所望信号に対してイメージ成分がわずかから程度の電力比まで抑えられているに過ぎず、イメージ帯域に所望信号より強い干渉波が存在する状況では無視できない劣化要因になります。これに対し、本文で述べたようなデジタル補正(校正トーンやブラインド推定による の推定と逆変換)を適用すると、実装によっては50〜60dB以上のIRRまで改善できることが、SDR・無線通信分野の実装報告で広く示されています。デジタル補正が「アナログ部品の精度を上げる」代わりに「安価なアナログ部品の欠陥をソフトウェアで打ち消す」という設計思想を体現している好例です。
オープンソースSDRでの実装
SDRの回で触れたGNU RadioのようなオープンソースSDRフレームワークには、まさにこの回で扱ったI/Q不平衡補正・DCオフセット除去のためのブロック(gr-iqbal に代表されるI/Q不平衡自動補正モジュールなど)が標準で用意されています。RTL-SDRのような安価な直接変換(ダイレクトコンバージョン)型受信機は、廉価な部品構成ゆえにI/Q不平衡やDCオフセットが比較的大きく現れやすいことで知られており、そうした受信機を実用的な感度で使うためには、この回で導いたようなデジタル補正がほぼ必須の後処理になっています。CubeSat地上局ネットワークのSatNOGSのような分散型・低コスト地上局でも、同様の補正が受信ソフトウェアパイプラインに組み込まれています。
演習問題
- ある受信機の振幅不平衡が (5%)、位相不平衡が (ラジアンに変換して計算)であるとします。小信号近似式 を使って、このときのIRR(dB)を計算してください。
- 本文の の厳密式(, )を使って を直接計算し、問題1の小信号近似の結果とどれくらい一致するか比較してください。近似がどのような条件で正確になるかも考察してください。
- 振幅不平衡のみ(、)の受信機に、単位円上を回る定包絡線信号 を入力したとき、出力が描く楕円の長軸・短軸の長さ( と )をそれぞれ求めてください。
- ハイパスフィルタでDCオフセットを除去する際、カットオフ周波数 を信号帯域幅 に対してどのように選ぶべきかを、除去性能とベースライン・ワンダー(ISI)のトレードオフの観点から、本文の内容をもとに自分の言葉で説明してください。またAC結合(コンデンサ)による除去とデジタルハイパスフィルタによる除去の違いについても触れてください。
まとめと次回予告
この回では、SDRの回で「複素指数を掛けるだけ」の理想的な演算として説明した直交復調が、実際のアナログミキサ・局部発振器・ADCという物理的な回路の非理想性によってどう乱されるかを見てきました。I側とQ側の利得・位相のわずかなずれは という複素モデルで定式化でき、これが信号点配置を円から楕円に、正方形を平行四辺形に歪ませ、周波数領域では所望信号のイメージ(鏡像)成分の漏れ込みとしてイメージ除去比(IRR)の劣化を引き起こすことを見ました。またLOの自己混合によるDCオフセットが、ハイパスフィルタやAC結合で除去できる一方、そのカットオフの選び方に信号品質とのトレードオフがあることも確認しました。そして、これらの非理想性は校正トーンやブラインド統計推定によって受信後にデジタル的に推定・補正できる、という「安価なアナログ回路の欠陥をソフトウェアで打ち消す」現代のSDR受信機に共通する設計思想を見てきました。
次回は、ここまで前提としてきた「受信機が搬送波の位相を正しく追尾できている」という条件そのものを緩め、非コヒーレント検波——位相の基準を持たない(あるいは追尾をあえて行わない)受信方式が、どのような場面で選ばれ、コヒーレント検波と比べてどれだけの性能差が生じるのかを扱います。
参考文献
- B. Razavi, RF Microelectronics, 2nd ed., Prentice Hall (Chapter on Mixers and I/Q Imbalance)
- M. Valkama, M. Renfors, V. Koivunen, “Advanced Methods for I/Q Imbalance Compensation in Communication Receivers,” IEEE Transactions on Signal Processing
- F. E. Churchill, G. W. Ogar, B. J. Thompson, “The Correction of I and Q Errors in a Coherent Processor,” IEEE Transactions on Aerospace and Electronic Systems (Gram-Schmidt補正の原典)
- R. G. Lyons, Understanding Digital Signal Processing, 3rd ed., Prentice Hall
- W. J. Hurd, “Software Defined Radio for Deep Space Communications,” JPL Interplanetary Network Progress Report
- DSN Telecommunications Link Design Handbook, DSN No. 810-005
- GNU Radio Project, GNU Radio Documentation (gr-iqbal module), https://www.gnuradio.org/