変調・符号化#9

QPSK/OQPSK — 帯域幅を2倍に稼ぐ位相変調と、位相遷移をなだめる工夫

BPSKのI/Q平面を2次元フルに使うQPSKは、BERを変えずに帯域幅効率を2倍にする。しかしI/Qが同時に反転する180°遷移が非線形増幅器と相性が悪く、その弱点をシンボル半周期のズレだけで解決するOQPSKへとつながる仕組みを数式で追う。

前提知識: pcm-psk-pm

QPSKOQPSK変調CCSDSTWTA

この回で学ぶこと

PCM/PSK/PMの回では、BPSK(2値位相偏移変調)が1シンボルに1ビットを乗せ、信号点を1次元の直線上に ±Eb\pm\sqrt{E_b} の2点だけ配置する変調方式であることを見ました。そしてそのビット誤り率は

Pb=Q ⁣(2EbN0)P_b = Q\!\left(\sqrt{\frac{2E_b}{N_0}}\right)

という、深宇宙通信の基準となる式で表されました。

この回で扱う QPSK (Quadrature Phase Shift Keying, 4値位相偏移変調) は、信号点をもう1次元増やし、I/Q平面(同相・直交平面)上に4つの信号点を配置する変調方式です。結論を先に言うと、QPSKはBPSKと全く同じビット誤り率を保ったまま、必要な帯域幅を半分にできるという驚くべき性質を持ちます。なぜそんな都合の良いことができるのか、その仕組みを信号空間の数式で丁寧に追います。

しかしQPSKには実務上の弱点があります。あるシンボルから次のシンボルへ、位相がちょうど180°回転してしまう遷移が存在し、この遷移が帯域制限フィルタを通ると信号の振幅(エンベロープ)が瞬間的にゼロ近くまで落ち込みます。深宇宙・衛星通信でよく使われる**非線形増幅器(TWTA)**にとって、この振幅変動は深刻な歪みの原因になります。この弱点を解決するのが OQPSK (Offset QPSK, オフセットQPSK) で、Q成分の位相をシンボル周期の半分だけずらすという一見些細な工夫だけで、最大位相遷移を90°に抑え込みます。この回では、QPSKの信号空間表現とBER導出から始め、この弱点とOQPSKによる解決策までを一気通貫で扱います。

直感的な導入

BPSKは「1本の軸(I軸)の上で、電圧の正負だけでビットを表す」方式でした。ここで素朴な疑問が浮かびます。搬送波の位相を表すI/Q平面には、I軸と直交するQ軸(直交軸)も使える余地があるのに、BPSKはI軸しか使っていません。この「もう1本の軸」を有効活用しよう、というのがQPSKの発想です。

具体的には、送りたいビット列を2ビットずつのペアに区切り、1ビット目をI軸の符号、2ビット目をQ軸の符号に割り当てます。cos(2πfct)\cos(2\pi f_c t) という波形と sin(2πfct)\sin(2\pi f_c t) という波形は、同じ周波数でありながら互いに直交しています(1周期にわたって積を積分するとゼロになる)。この直交性のおかげで、I軸に乗せた情報とQ軸に乗せた情報は、受信機側で干渉なくきれいに分離できます。つまりQPSKは「同じ周波数・同じ時間に、2本の独立したBPSK信号を重ね合わせて送っている」と見なせるのです。

この「2本まとめて送る」という性質が、後で見るように帯域幅効率を2倍にする理由であり、同時に、2本が独立に検波できるためBERがBPSKと変わらない理由でもあります。まずはこれを信号空間の数式で厳密に確認していきましょう。

QPSKの信号空間表現

QPSKの送信信号は、4つのシンボル i=0,1,2,3i=0,1,2,3 に対して次のように表されます。

si(t)=2EsTscos ⁣(2πfct+θi),θi{π4,3π4,5π4,7π4}s_i(t) = \sqrt{\frac{2E_s}{T_s}} \cos\!\left(2\pi f_c t + \theta_i\right), \qquad \theta_i \in \left\{\frac{\pi}{4}, \frac{3\pi}{4}, \frac{5\pi}{4}, \frac{7\pi}{4}\right\}

ここで EsE_s は1シンボルあたりのエネルギー、TsT_s はシンボル周期です。1シンボルに2ビットを乗せるので、ビットあたりエネルギー EbE_b とビット周期 TbT_b との関係は

Es=2Eb,Ts=2TbE_s = 2E_b, \qquad T_s = 2T_b

となります(同じ送信電力なら、シンボル周期が2倍になった分だけ1シンボルに2倍のエネルギーが乗る)。

余弦の加法定理 cos(θ+ϕ)=cosθcosϕsinθsinϕ\cos(\theta+\phi) = \cos\theta\cos\phi - \sin\theta\sin\phi を使ってこれを展開すると、

si(t)=2Ts[EscosθiIicos(2πfct)    EssinθiQisin(2πfct)]s_i(t) = \sqrt{\frac{2}{T_s}}\Big[\underbrace{\sqrt{E_s}\cos\theta_i}_{I_i} \cos(2\pi f_c t) \; - \; \underbrace{\sqrt{E_s}\sin\theta_i}_{Q_i} \sin(2\pi f_c t)\Big]

θi\theta_i±π/4,±3π/4\pm\pi/4, \pm3\pi/4 のいずれかなので cosθi,sinθi{+1/2,1/2}\cos\theta_i, \sin\theta_i \in \{+1/\sqrt2, -1/\sqrt2\} であり、したがって

Ii, Qi{+Eb, Eb}I_i,\ Q_i \in \{+\sqrt{E_b},\ -\sqrt{E_b}\}

つまりQPSKの4つの信号点は、I/Q平面上で (±Eb,±Eb)(\pm\sqrt{E_b}, \pm\sqrt{E_b}) という正方形の4隅に配置されることになります。(b1,b2)(b_1, b_2) という2ビットの組を、それぞれI軸・Q軸の符号(b=1b=1なら+Eb+\sqrt{E_b}b=0b=0ならEb-\sqrt{E_b})に対応させれば、隣り合う信号点同士がちょうど1ビットしか違わないグレイ符号化の配置が作れます。

θi\theta_i(Ii,Qi)(I_i, Q_i)ビット対 (b1,b2)(b_1, b_2)
π/4\pi/4(+Eb,+Eb)(+\sqrt{E_b}, +\sqrt{E_b})(1,1)(1,1)
3π/43\pi/4(Eb,+Eb)(-\sqrt{E_b}, +\sqrt{E_b})(0,1)(0,1)
5π/45\pi/4(Eb,Eb)(-\sqrt{E_b}, -\sqrt{E_b})(0,0)(0,0)
7π/47\pi/4(+Eb,Eb)(+\sqrt{E_b}, -\sqrt{E_b})(1,0)(1,0)

隣接する信号点(角度差90°)を見ると、確かにどのペアも1ビットしか違いません。この性質は、シンボル誤りが起きても実際のビット誤りは高い確率で1ビットにとどまる、という点で重要です。

BERの導出: なぜBPSKと同じ式になるのか

受信性能を評価するために、直交する2つの基底関数を導入します。

φ1(t)=2Tscos(2πfct),φ2(t)=2Tssin(2πfct)\varphi_1(t) = \sqrt{\frac{2}{T_s}}\cos(2\pi f_c t), \qquad \varphi_2(t) = \sqrt{\frac{2}{T_s}}\sin(2\pi f_c t)

搬送波周波数 fcf_c がシンボル周期 TsT_s の整数倍の周期を持つとすると(実際の深宇宙・衛星リンクでは fc1/Tsf_c \gg 1/T_s なので極めて良い近似)、この2つは区間 [0,Ts][0, T_s] 上で正規直交になります。

0Tsφ1(t)φ2(t)dt=0,0Tsφ1(t)2dt=0Tsφ2(t)2dt=1\int_0^{T_s} \varphi_1(t)\varphi_2(t)\, dt = 0, \qquad \int_0^{T_s} \varphi_1(t)^2\, dt = \int_0^{T_s} \varphi_2(t)^2\, dt = 1

これがQPSKの心臓部です。この直交性のおかげで、送信信号は

si(t)=Iiφ1(t)Qiφ2(t)s_i(t) = I_i\, \varphi_1(t) - Q_i\, \varphi_2(t)

と、互いに影響し合わない2つの独立な軸の和として厳密に表せます。

受信信号は加法性白色ガウス雑音(AWGN)を受けて r(t)=si(t)+n(t)r(t) = s_i(t) + n(t) となります。受信機は φ1(t)\varphi_1(t)φ2(t)\varphi_2(t) のそれぞれに対して相関器(整合フィルタ)をかけます。

r1=0Tsr(t)φ1(t)dt=Ii+n1,r2=0Tsr(t)φ2(t)dt=Qi+n2r_1 = \int_0^{T_s} r(t)\,\varphi_1(t)\, dt = I_i + n_1, \qquad r_2 = -\int_0^{T_s} r(t)\,\varphi_2(t)\, dt = Q_i + n_2

φ1,φ2\varphi_1, \varphi_2 が正規直交であることと、n(t)n(t) が白色であることから、雑音成分 n1,n2n_1, n_2互いに独立なガウス確率変数になり、各々の分散は N0/2N_0/2 です。つまり、

r1=±Eb+n1,r2=±Eb+n2,n1,n2N(0,N0/2),  n1n2r_1 = \pm\sqrt{E_b} + n_1, \qquad r_2 = \pm\sqrt{E_b} + n_2, \qquad n_1, n_2 \sim \mathcal{N}(0, N_0/2),\ \ n_1 \perp n_2

これはI軸だけ、Q軸だけを見れば、それぞれが振幅 Eb\sqrt{E_b} のBPSK検波と全く同じ問題である、ということを意味します。しかも n1n_1n2n_2 は無相関なので、I軸の判定はQ軸の雑音に一切影響されず、逆もまた然りです。したがって各軸(=各ビット)の誤り率は、BPSKの結果をそのまま流用できます。

Pb=Q ⁣(2EbN0)P_b = Q\!\left(\sqrt{\frac{2E_b}{N_0}}\right)

QPSKのビット誤り率は、BPSKと完全に同じ式になります。 これがQPSKの最大の魅力です。「2倍の情報を1シンボルに詰め込んだのだから性能が落ちるのでは」と直感的には思えますが、詰め込んだ2ビットが直交する2本の独立な軸にきれいに分離されるため、性能劣化は一切起きません。

参考までにシンボル誤り率 PsP_s (2ビットのうち少なくとも1ビットが誤る確率)も求めておくと、I軸・Q軸それぞれが独立に正しく判定される確率は (1Pb)(1-P_b) なので、

Ps=1(1Pb)2=2PbPb22Pb(Pb1)P_s = 1 - (1-P_b)^2 = 2P_b - P_b^2 \approx 2P_b \quad (P_b \ll 1)

高SNR領域ではおおむね Ps2PbP_s \approx 2P_b となり、シンボルあたり2ビット分の「誤る機会」がほぼそのまま反映される形になります。

帯域幅効率が2倍になる理由

QPSKでは1シンボルに2ビットを乗せるため、シンボルレート RsR_s とビットレート RbR_b の関係は

Rs=Rb2,Ts=1Rs=2Rb=2TbR_s = \frac{R_b}{2}, \qquad T_s = \frac{1}{R_s} = \frac{2}{R_b} = 2T_b

です。ベースバンドのI, Q信号を矩形パルス(NRZ)で表す場合、そのパワースペクトル密度は sinc2(fTs)\mathrm{sinc}^2(fT_s) の形になり、主ローブの零点間幅(null-to-null帯域幅)は 2/Ts=2Rs2/T_s = 2R_s です。したがって、

BQPSK=2Rs=RbB_{\text{QPSK}} = 2R_s = R_b

一方BPSKでは1シンボル=1ビットなので Ts=TbT_s = T_b となり、

BBPSK=2RbB_{\text{BPSK}} = 2R_b

同じビットレート RbR_b を送るのに必要な帯域幅は、QPSKの方がBPSKのちょうど半分で済みます。 帯域幅あたりの伝送効率(スペクトル効率)で言えば、

ηBPSK=RbBBPSK=0.5 bit/s/Hz,ηQPSK=RbBQPSK=1.0 bit/s/Hz\eta_{\text{BPSK}} = \frac{R_b}{B_{\text{BPSK}}} = 0.5\ \text{bit/s/Hz}, \qquad \eta_{\text{QPSK}} = \frac{R_b}{B_{\text{QPSK}}} = 1.0\ \text{bit/s/Hz}

つまりQPSKはBPSKの2倍のスペクトル効率を持ちます。前節で見た通りBERは変わらないので、「同じ電力効率(Eb/N0E_b/N_0あたりのBER)を保ったまま、帯域幅の使用効率だけを2倍にできる」というのがQPSKの本質的な利点です。深宇宙・衛星通信では割り当てられる周波数帯域が限られているため、この帯域幅効率の向上は、同じ帯域で2倍のデータレートを送れることに直結します。

QPSKの弱点: 180°位相遷移とエンベロープの落ち込み

ここまでQPSKの利点を見てきましたが、実務上重要な弱点が1つあります。表の信号点配置を見直すと、ある種の遷移ではI成分とQ成分が同時に符号反転することが分かります。たとえば θ=π/4\theta = \pi/4 (ビット対 (1,1)(1,1)(I,Q)=(+Eb,+Eb)(I,Q)=(+\sqrt{E_b},+\sqrt{E_b}))から θ=5π/4\theta = 5\pi/4 (ビット対 (0,0)(0,0)(I,Q)=(Eb,Eb)(I,Q)=(-\sqrt{E_b},-\sqrt{E_b}))への遷移では、IもQも同時に符号が反転し、位相は正確に180°回転します。

理想的な矩形パルスであれば、この遷移は瞬時に起こる(measure-zeroの一瞬の出来事)ので問題になりません。しかし実際のリンクでは、占有帯域幅を規格内に収めるために送信前に帯域制限フィルタ(たとえばSRRC: Square-Root Raised Cosineフィルタ)を通す必要があり、このフィルタがパルスの立ち上がり・立ち下がりを時間的になだらかにします。

180°遷移の瞬間、I(t)I(t)Q(t)Q(t) はどちらも同時にゼロを横切ります。シンボル境界時刻 t0t_0 の近傍で、フィルタ後の I(t),Q(t)I(t), Q(t) をゼロ交差付近で線形近似すると、

I(t)kI(tt0),Q(t)kQ(tt0)(tt0)I(t) \approx k_I (t-t_0), \qquad Q(t) \approx k_Q (t-t_0) \qquad (t \to t_0)

このときの信号のエンベロープ(瞬時振幅)は

A(t)=I(t)2+Q(t)2tt0kI2+kQ2 tt0 0A(t) = \sqrt{I(t)^2 + Q(t)^2} \approx |t-t_0|\sqrt{k_I^2+k_Q^2} \ \xrightarrow[t\to t_0]{}\ 0

つまりIとQが同時にゼロを横切る180°遷移では、フィルタ後の信号包絡線が一瞬ゼロ近くまで落ち込みます。 これは深宇宙・衛星通信で電力効率の観点から好んで使われる**非線形増幅器(TWTA: Traveling-Wave Tube Amplifier、進行波管増幅器)**にとって深刻な問題になります。TWTAは飽和点付近で動作させたときに最も効率よく電力を出力できますが、そのAM-AM特性(入力振幅と出力振幅の非線形関係)とAM-PM特性(入力振幅によって出力位相まで変化してしまう性質)のせいで、振幅が大きく変動する信号を通すと歪みが生じます。

具体的には、フィルタで一度きれいに帯域制限したはずの信号が、振幅ゼロ近くから飽和点付近まで急激に振れることで、増幅器を通過した後に帯域外に漏れ出るスペクトルの裾(サイドローブ)が**再成長(スペクトル再成長, spectral regrowth)**してしまいます。せっかくフィルタで削ったはずの帯域外放射が増幅器の非線形性によって復活し、隣接チャンネルへの干渉やスペクトルマスク規定違反を引き起こすのです。

OQPSK: Qを半シンボルずらして遷移を90°に抑える

この弱点を解決する方法は驚くほどシンプルです。Q成分の波形全体を、時間軸上でシンボル周期の半分(Tb=Ts/2T_b = T_s/2)だけ遅らせます。これが OQPSK (Offset QPSK) です。送信信号は

s(t)=I(t)cos(2πfct)    Q ⁣(tTs2)sin(2πfct)s(t) = I(t)\cos(2\pi f_c t) \; - \; Q\!\left(t - \frac{T_s}{2}\right)\sin(2\pi f_c t)

と書けます。QPSKでは I(t)I(t)Q(t)Q(t) が同じ時刻 kTskT_s で同時に切り替わっていたのに対し、OQPSKでは I(t)I(t)kTskT_s で切り替わる一方、Q(t)Q(t) はそこから Ts/2=TbT_s/2 = T_b だけずれた時刻 kTs+Ts/2kT_s + T_s/2 で切り替わります。つまりIとQの切り替わりタイミングが半シンボルずつ互い違いに交互配置されることになります。

この結果、任意の切り替わり時刻において、切り替わるのはIかQのどちらか一方だけであり、両方が同時に切り替わることは原理的に起こりません。これが遷移を制限する鍵です。

いま、ある切り替わり時刻でIが +EbEb+\sqrt{E_b} \to -\sqrt{E_b} と反転し、Qはそのままだったとします。反転直前の信号点は (I,Q)=(+Eb,+Eb)(I,Q) = (+\sqrt{E_b}, +\sqrt{E_b}) で位相 π/4\pi/4、反転直後は (I,Q)=(Eb,+Eb)(I,Q) = (-\sqrt{E_b}, +\sqrt{E_b}) で位相 3π/43\pi/4 です。位相変化は

Δθ=3π4π4=π2=90\Delta\theta = \frac{3\pi}{4} - \frac{\pi}{4} = \frac{\pi}{2} = 90^\circ

一方どちらも変化しなければ Δθ=0\Delta\theta = 0 です。IとQが同時に変化する組み合わせが存在しない以上、OQPSKで起こり得る位相遷移は

Δθ{0, +90, 90}\Delta\theta \in \{0^\circ,\ +90^\circ,\ -90^\circ\}

の3種類のみで、QPSKで問題になっていた180°遷移が構造的に排除されます。

エンベロープの挙動も先ほどと同様に確認できます。IかQの一方だけがゼロ交差する瞬間、もう一方は切り替わりのタイミングではない(半シンボルずれているため、ちょうどそのシンボルの中央付近で ±Eb\pm\sqrt{E_b} の値を保っている)ので、エンベロープは

A(t)=I(t)2+Q(t)2    0+Eb=Eb  >  0A(t) = \sqrt{I(t)^2 + Q(t)^2} \;\ge\; \sqrt{0 + E_b} = \sqrt{E_b} \; > \; 0

ゼロまで落ち込むことがなくなります。 完全に一定というわけではありませんが(90°遷移の最中もある程度の振幅低下はある)、180°遷移で起きるゼロ近くまでの深い落ち込みに比べれば遥かに緩やかで、TWTAのような非線形増幅器を通しても、スペクトル再成長がQPSKに比べて大幅に抑えられます。

なお、OQPSKはBER特性そのものはQPSKと変わりません。前節のBER導出は、I軸とQ軸それぞれのシンボル境界内での積分(整合フィルタ)に基づいており、半シンボルのオフセットを入れても各ビットのエネルギー EbE_b や雑音分散 N0/2N_0/2 には影響しないため、Pb=Q(2Eb/N0)P_b = Q(\sqrt{2E_b/N_0}) は変わらず成立します。つまりOQPSKは、BERも帯域幅効率もQPSKと同じまま、エンベロープ変動という弱点だけをピンポイントで改善する、非常に「安い」工夫だと言えます。

実務での使われ方

CCSDSの標準 CCSDS 401.0-B (Radio Frequency and Modulation Systems) では、QPSK・OQPSKの双方が高データレートミッション向けの標準変調方式として規定されています。QPSKないしOQPSKにSRRCフィルタ(ロールオフ率0.35や0.5などが典型)によるパルス整形を組み合わせた構成が広く採用されており、これは残留搬送波を残さないサプレスドキャリア方式の代表例として、PCM/PSK/PMよりも高いデータレートを必要とする現代のミッション(高分解能画像・大容量科学データを送るミッション)で標準的に使われています。

とりわけOQPSKが好まれるのは、探査機・衛星の送信系が電力効率を最優先してTWTAをできるだけ飽和点近く(高効率だが強い非線形領域)で動作させたいリンクです。探査機に搭載できる電力は太陽電池や原子力電池の発電量で厳しく制限されており、TWTAを線形領域(バックオフを大きく取った領域)でしか使えないと、同じ増幅器から得られる実効的な送信電力が大きく目減りしてしまいます。OQPSKを使えば、フィルタ後の信号包絡線の変動が抑えられているため、TWTAを比較的飽和点に近い、電力効率の良い動作点で使ってもスペクトル再成長や隣接チャンネル干渉が許容範囲に収まりやすくなります。この理由から、多くの衛星通信システムおよび深宇宙ミッションの高レートリンクでOQPSK(またはそのSRRCフィルタ版)がQPSKよりも優先的に選ばれています。

なお、地上の商用衛星通信(VSAT、放送衛星の一部の方式など)でも同様の理由からOQPSKや、次回扱う定包絡線変調が使われる場面があり、この「非線形増幅器とエンベロープ変動の相性」という問題は、深宇宙通信に限らず無線通信全般に共通する設計上の重要テーマです。

演習問題

  1. あるQPSKリンクで Eb/N0=5E_b/N_0 = 5 dB のとき、ビット誤り率 Pb=Q(2Eb/N0)P_b = Q(\sqrt{2E_b/N_0}) とシンボル誤り率 Ps2PbP_s \approx 2P_b を計算してください(dBを真数に直す変換を忘れずに)。この結果が、同じ Eb/N0E_b/N_0 のBPSKリンクのビット誤り率と一致することを確認してください。
  2. 基底関数 φ1(t)=2/Tscos(2πfct)\varphi_1(t) = \sqrt{2/T_s}\cos(2\pi f_c t)φ2(t)=2/Tssin(2πfct)\varphi_2(t) = \sqrt{2/T_s}\sin(2\pi f_c t) について、fcTsf_c T_s が整数のとき 0Tsφ1(t)φ2(t)dt=0\int_0^{T_s}\varphi_1(t)\varphi_2(t)\,dt = 0 となることを、積和公式 cosAsinA=12sin(2A)\cos A \sin A = \tfrac12\sin(2A) を使って示してください。
  3. 本文の信号点配置表(4つの (Ii,Qi)(I_i,Q_i))を使い、QPSKで起こり得る全ての遷移(現在の信号点から次の信号点への 4×4=164\times4=16通り、遷移なしの4通りを含む)について、位相変化 Δθ\Delta\theta0,±90,1800^\circ, \pm90^\circ, 180^\circ に分類してください。180°になるのはどのビット対の組み合わせか特定し、OQPSKではこの組み合わせがなぜ起こり得なくなるのかを、半シンボルオフセットの仕組みに基づいて説明してください。
  4. TWTAのような非線形増幅器を、飽和点に近い動作点で使うことがなぜ探査機にとって重要なのか、また信号包絡線の変動(振幅変動)が大きい変調方式をそのような動作点で増幅するとどのような問題(スペクトル再成長)が起きるのかを、この回で学んだ内容をもとに自分の言葉で説明してください。

まとめと次回予告

QPSKは、I/Q平面の2つの直交軸それぞれに独立なBPSK信号を乗せることで、ビット誤り率をBPSKと全く変えずに帯域幅効率を2倍にするという、通信工学上たいへん都合の良い性質を持つ変調方式でした。その裏付けは、cos(2πfct)\cos(2\pi f_c t)sin(2πfct)\sin(2\pi f_c t) という2つの基底関数が正規直交であるという1点に集約されます。

一方で、I成分とQ成分が同時に反転する180°位相遷移は、帯域制限フィルタを通すと信号包絡線を一瞬ゼロ近くまで落ち込ませ、TWTAのような非線形増幅器で深刻なスペクトル再成長を引き起こします。OQPSKは、Q成分をシンボル周期の半分だけ遅らせるだけという非常に軽い変更で、IとQが同時に反転する状況そのものを構造的に排除し、最大位相遷移を90°に抑えてこの問題を解決します。BERも帯域幅効率もQPSKのまま変わらないため、OQPSKは「実質タダで手に入る改善」として、非線形増幅器を使う深宇宙・衛星の高レートリンクで広く採用されています。

次回は、この「振幅変動を抑える」という発想をさらに突き詰め、位相遷移を90°どころか完全に滑らかな連続的変化に置き換えることで、理論上エンベロープを完全に一定に保つ GMSK (Gaussian Minimum Shift Keying) を扱います。OQPSKが「同時反転を避ける」という間引き的な工夫だったのに対し、GMSKは連続位相変調(CPM)という異なる枠組みから、さらに滑らかな遷移を実現します。

参考文献

  • CCSDS 401.0-B, Radio Frequency and Modulation Systems, Part 1: Earth Stations and Spacecraft
  • J. G. Proakis, M. Salehi, Digital Communications, 5th ed., McGraw-Hill
  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76
  • DSN Telecommunications Link Design Handbook, DSN No. 810-005
  • K. Feher, Wireless Digital Communications: Modulation and Spread Spectrum Applications, Prentice Hall