変調・符号化#75

ダイバーシティ合成 — 独立した伝搬路の組み合わせで深いフェージングを避ける

降雨減衰のように時間・空間にランダムに変動するフェージングに対し、独立な複数の伝搬路(空間・周波数・時間)を用意して組み合わせる「ダイバーシティ」の考え方を、同時劣化確率 P1・P2 の近似式と、選択合成・最大比合成(MRC)の性能比較から数式で理解する。

前提知識: 降雨減衰 — Ka帯化の代償を統計的に設計する

ダイバーシティサイトダイバーシティMRC選択合成リンクマージン

この回で学ぶこと

降雨減衰の回では、Ka帯のリンクが降雨によって確率的に劣化すること、そしてその劣化量 AA が決定論的な一定値ではなく、超過確率 pp にもとづく統計分布として扱うべきものであることを見ました。設計者は「年間p%p\%の時間だけ超過する減衰量 ApA_p」をリンクマージンとして積むことで、要求される可用性を満たす、という統計的な最適化を行うのでした。

しかしこの回で扱ったマージン設計には、ある種の「受け身」な性格がありました。降雨がどれだけ強く降るかは所与の自然現象であり、設計者にできることは、その分布に対して十分なマージンを積むことだけです。マージンを厚くすればするほど可用性は上がりますが、そのぶんアンテナ利得や送信電力といったコストのかかる資源を、めったに起きない最悪ケースのために常時「無駄遣い」することになります。

この回で扱う ダイバーシティ (diversity) は、この構図に対するもう1つのアプローチです。「1本の経路に大きなマージンを積む」代わりに、統計的に独立した複数の経路を用意し、それらのうち少なくとも1つが生きていれば通信を継続できるようにすることで、同じ可用性をより少ない総マージンで達成しようという考え方です。空間的に離れた2つの地上局(サイトダイバーシティ)、異なる周波数帯(周波数ダイバーシティ)、異なる時刻(時間ダイバーシティ)——独立性さえ確保できれば、経路の種類は問いません。

ここで、アンテナアレイの回との違いを明確にしておく必要があります。アンテナアレイは「同じ探査機からの同じ信号を、複数のアンテナで同時に受信し、位相を揃えて足し合わせることでSNRを NN 倍に底上げする」という話でした。すべてのアンテナは(較正誤差を除けば)本質的に同じ伝搬条件・同じ晴天/降雨状態を共有しており、合成の目的は「感度を稼ぐこと」でした。これに対してダイバーシティ合成が扱うのは、複数の経路がそれぞれ独立にフェージングを受ける状況であり、合成の目的は「感度」ではなく「深い落ち込みに全経路が同時に見舞われる確率を下げること」、つまり信頼性です。数式の形はよく似ていますが(実際、後述のMRCの重み付け式はアンテナアレイの回で導いたものと同じです)、何を独立変数として合成しているかがまったく異なる、ということをまず頭に入れておいてください。

この回では、次の3つを数式で追います。

  1. 独立フェージングという仮定のもとで、複数経路が同時に劣化する確率がどれだけ急激に小さくなるか(サイトダイバーシティの定量化)
  2. 複数経路をどう組み合わせるか——選択合成 (Selection Combining)最大比合成 (Maximal Ratio Combining, MRC) の性能差
  3. 空間だけでなく、周波数・時間の軸でも同じ独立性の原理が使えること(周波数ダイバーシティ・時間ダイバーシティ)

最後に、深宇宙通信・衛星通信の実務でこのダイバーシティがどう運用されているかを見ます。

直感的導入 — 「両方とも運が悪い」確率はどれだけ小さいか

サイコロを1回振って1の目が出る確率は 1/61/6 です。では、2つの独立なサイコロを振って両方とも1の目が出る確率はどれだけでしょうか。答えは 1/6×1/6=1/361/6 \times 1/6 = 1/36 で、単独の確率よりずっと小さくなります。これが独立事象の同時生起確率の基本的な性質で、確率が1未満の事象を独立に重ねるほど、全部が同時に起きる確率は掛け算式に小さくなっていきます。

降雨減衰の回で見た「ある地上局のリンクが、年間p%p\%の時間だけ深い降雨フェードに見舞われる」という状況も、この意味では一種の「サイコロ」です。もし地理的に離れたもう1つの地上局を用意し、その局でも同時に受信できるようにしたとします。2つの局の降雨が統計的に独立であれば——つまり、片方の局に大雨を降らせている雨雲が、もう片方の局にはたまたま(あるいは必然的に)かかっていなければ——「両方の局が同時に深いフェードに見舞われる」確率は、単独局の超過確率のという、劇的に小さい値になります。これがサイトダイバーシティの直感の核心です。

もちろん現実には、2つの地上局が近すぎれば同じ雨雲の下に入ってしまい、独立性の仮定が崩れます。降雨減衰の回で触れたとおり、降雨セルの空間スケールは数km〜数十km程度なので、この程度以上に局を離せば、独立性の近似はかなり良く成り立ちます。以下ではこの直感を、確率論の言葉で定式化していきます。

ダイバーシティの基本原理 — 独立事象としてのフェージング

NN 本の独立な伝搬経路があり、それぞれの経路 ii について、ある時刻にその経路がリンクマージンを超える深いフェード状態(以下「アウテージ」と呼びます)にある確率を pip_i とします。pip_i は、降雨減衰の回で導入した超過確率 pp そのもの、すなわち「その経路の減衰量 AiA_i が、その経路に割り当てられたリンクマージン MiM_i を超える確率」だと考えてください。

pi=P(Ai>Mi)p_i = P(A_i > M_i)

NN本の経路が統計的に独立であるとき、確率論の基本則(独立事象の同時確率は各確率の積)により、全経路が同時にアウテージになる確率は、

P(all N fade)=i=1Npi\boxed{P(\text{all } N \text{ fade}) = \prod_{i=1}^{N} p_i}

と書けます。特に N=2N=2 の場合、これは

P(both fade)P1P2\boxed{P(\text{both fade}) \approx P_1 \cdot P_2}

という、この回の中心的な近似式になります(「\approx」としているのは、現実の2局間には完全な独立性からのわずかなずれ——後述する相関——が残るためです)。

ここで数値の威力を確認しましょう。降雨減衰の回の演習問題で扱ったように、ある局が年間1%1\%の時間だけ超過するフェードに対応するマージンを積んでいるとします。この局単独では、p1=0.01p_1 = 0.01 の確率でアウテージが起きます。仮にもう1つ、統計的に独立な局を同じマージン設計で用意できれば、

P(both fade)0.01×0.01=0.0001=0.01%P(\text{both fade}) \approx 0.01 \times 0.01 = 0.0001 = 0.01\%

単独局では1%1\%の時間しか成立しなかったリンクが、ダイバーシティによって(0.01%0.01\%の時間しか落ちない、つまり)99.99%99.99\%の可用性のリンクに化けるわけです。これは降雨減衰の回の演習で見た「99%99\%から99.99%99.99\%へ可用性を上げるにはA1A_1からA0.01A_{0.01}へと大きくマージンを積み増す必要がある」という結論と対照的です。マージンを増設する代わりに、独立な経路を1本追加するだけで、同等以上の可用性向上が(条件次第で)得られる、というのがダイバーシティの経済合理性です。

独立性が崩れるとき — 相関の効果

この効果は経路間の独立性に強く依存します。2つの地上局間の距離を dd とし、降雨セルの空間的な相関を表す相関係数を ρ(d)[0,1]\rho(d) \in [0,1] とすると(降雨セルの典型的な相関距離を超えて dd が大きくなるほど ρ(d)0\rho(d) \to 0)、同時アウテージ確率は一般に

P(both fade)=p1p2+(相関に由来する正の補正項),ρ(d)=0補正項=0,ρ(d)=1P(both fade)=min(p1,p2)P(\text{both fade}) = p_1 p_2 + \big(\text{相関に由来する正の補正項}\big), \qquad \rho(d)=0 \Rightarrow \text{補正項}=0,\quad \rho(d)=1 \Rightarrow P(\text{both fade}) = \min(p_1,p_2)

という形になります。ρ=1\rho=1(2局が事実上同一地点)では、片方が落ちればもう片方もほぼ確実に落ちるため、ダイバーシティの恩恵はゼロに近づきます。逆に ρ=0\rho=0(降雨セルの相関距離より十分離れている)では、前述の積の式がそのまま成立します。したがってサイトダイバーシティを設計する際の最重要パラメータは、局間距離 dd を降雨セルの相関距離よりどれだけ大きく取れるかであり、これは降雨減衰の回で扱った降雨セルの空間統計と直結する設計問題です。ITU-R勧告(P.618)には、周波数・局間距離・仰角差から実際のダイバーシティ利得(単独局に対して何dBのマージン削減が得られるか)を見積もる経験式が与えられています。

合成の方式 — 選択合成と最大比合成(MRC)

独立な複数経路を用意できたとして、それらの受信信号をどう1本の信号に統合するかには複数の方式があります。ここでは代表的な2つ、選択合成 (Selection Combining, SC)最大比合成 (Maximal Ratio Combining, MRC) を比較します。

選択合成(SC)— 一番良い経路をそのまま使う

選択合成は最も単純な方式で、各経路の瞬時SNR γi\gamma_i を常時モニタし、その時点で最もSNRが高い経路の信号だけをそのまま採用します。

γSC=max(γ1,γ2,,γN)\gamma_{SC} = \max(\gamma_1, \gamma_2, \dots, \gamma_N)

NN経路が独立であるとき、γSC\gamma_{SC} がある閾値 γ\gamma 以下になる確率(累積分布関数)は、「全経路が同時に γ\gamma 以下」という事象の確率そのものなので、

FSC(γ)=P(γSCγ)=P(γ1γ, , γNγ)=i=1NFi(γ)F_{SC}(\gamma) = P(\gamma_{SC} \le \gamma) = P(\gamma_1 \le \gamma,\ \dots,\ \gamma_N \le \gamma) = \prod_{i=1}^{N} F_i(\gamma)

と書けます。ここで Fi(γ)=P(γiγ)F_i(\gamma) = P(\gamma_i \le \gamma) は経路 ii 単体のCDFです。閾値 γ\gamma をアウテージが起きる境界(リンクが成立しなくなる最低SNR)に取れば、Fi(γth)=piF_i(\gamma_{th}) = p_i であり、

Pout,SC=FSC(γth)=i=1NpiP_{out,SC} = F_{SC}(\gamma_{th}) = \prod_{i=1}^{N} p_i

となって、これはまさに前節で導いた「全経路同時アウテージ」の式そのものです。選択合成のアウテージ確率は、独立フェージング経路の同時劣化確率の式と完全に一致します——選択合成とは、NN本の経路のうち1本でも生きていればよい、という前節の考え方をそのまま実装したものだからです。

最大比合成(MRC)— 全経路を重み付けして足し合わせる

選択合成が「一番良い経路だけを使い、残りを丸ごと捨てる」のに対し、MRCはアンテナアレイの回でCauchy-Schwarzの不等式から導いたのと同じ重み付け則を使い、全経路の信号を捨てずに合成します。経路 ii の信号振幅を aia_i、雑音密度を N0,iN_{0,i} とすると、SNRを最大化する最適重みは

wiaiN0,iw_i \propto \frac{a_i}{N_{0,i}}

であり(アンテナアレイの回の導出をそのまま参照してください)、このときの合成後の瞬時SNRは各経路の瞬時SNRの単純な和になります。

γMRC=i=1Nγi\boxed{\gamma_{MRC} = \sum_{i=1}^{N} \gamma_i}

アンテナアレイの回では、この和の式は「同じ信号を受ける複数アンテナのG/Tの和」という静的な量として登場しました。ここでは同じ数式が、各経路が独立に時間変動するフェージングを受けている状況での瞬時SNRの和として登場します。数式は同じでも、γi\gamma_i が意味するものが違う、という点が2つの合成の本質的な違いです。選択合成が「一番良い1本」しか見ないのに対し、MRCは「弱っている経路の分も含めて、全経路の寄与を捨てずに積算する」ため、直感的にも選択合成より不利になることはありません。

定量的な性能比較

この差を具体的な数値で確認しましょう。各経路の瞬時SNR γi\gamma_i が独立同一分布に従い、平均 γˉ\bar\gamma の指数分布(通信工学でフェージングチャネルの解析によく使われる古典的モデル)に従うとします。

Fi(γ)=1eγ/γˉ,pi=Fi(γth)=1eγth/γˉF_i(\gamma) = 1 - e^{-\gamma/\bar\gamma}, \qquad p_i = F_i(\gamma_{th}) = 1 - e^{-\gamma_{th}/\bar\gamma}

十分なリンクマージンが確保されている通常運用では γthγˉ\gamma_{th} \ll \bar\gamma なので、指数関数を1次近似すると

piγthγˉp_i \approx \frac{\gamma_{th}}{\bar\gamma}

選択合成では、前節の結果から

Pout,SC=i=1Npi(γthγˉ)NP_{out,SC} = \prod_{i=1}^{N} p_i \approx \left(\frac{\gamma_{th}}{\bar\gamma}\right)^{N}

MRCでは、独立同一分布の指数分布に従う確率変数 NN個の和 γMRC=iγi\gamma_{MRC}=\sum_i\gamma_i は、形状パラメータ NN、尺度パラメータ γˉ\bar\gamma のガンマ分布に従うことが知られています。そのCDFは正則化下側不完全ガンマ関数で与えられ、γthγˉ\gamma_{th}\ll\bar\gamma の極限で

Pout,MRC=FMRC(γth)1N!(γthγˉ)NP_{out,MRC} = F_{MRC}(\gamma_{th}) \approx \frac{1}{N!}\left(\frac{\gamma_{th}}{\bar\gamma}\right)^{N}

という近似が成り立ちます(下側不完全ガンマ関数 γ(N,x)=0xtN1etdt\gamma(N,x)=\int_0^x t^{N-1}e^{-t}dtx0x\to0 で展開すると γ(N,x)xN/N\gamma(N,x)\approx x^N/N となり、これを Γ(N)=(N1)!\Gamma(N)=(N-1)! で正規化すると xN/N!x^N/N! が得られます)。

この2つを比べると、

Pout,SCPout,MRCN!\boxed{\frac{P_{out,SC}}{P_{out,MRC}} \approx N!}

という関係が得られます。両者とも (γth/γˉ)N\left(\gamma_{th}/\bar\gamma\right)^N という同じベキ乗則に従う——これは「NN本の独立経路を使うと、アウテージ確率はリンクマージンのNN乗で改善する」というダイバーシティ次数(diversity order)NN が、合成方式によらず共通であることを意味します——のですが、その係数がMRCでは 1/N!1/N! だけ小さくなります。N=2N=2 では2倍、N=4N=4 では24倍もの差です。同じ本数の経路を使うなら、全経路の情報を捨てずに合成するMRCのほうが、選択合成よりはるかに低いアウテージ確率を達成できる、というのがこの比較の結論です。ただし実装コストの面では、選択合成は最良の1系統だけを処理すればよいのに対し、MRCは全経路を常時復調・重み付け・合成する必要があり、アンテナアレイの回で触れた位相較正の手間も含め、系統数 NN 倍の受信機コストがかかります。実務ではこのコストと性能改善のトレードオフをふまえて方式が選ばれます。

周波数ダイバーシティと時間ダイバーシティ

ここまで空間(サイトダイバーシティ)を例に議論してきましたが、「独立なフェージングを受ける複数の経路を用意する」という原理は、周波数軸・時間軸にも応用できます。

周波数ダイバーシティ — Ka帯がフェードしたらS/X帯へ

降雨減衰の回では、ITU-Rのべき乗則モデル γR=kRα\gamma_R = kR^\alpha において、係数 kk が周波数とともに急激に増加すること、そして同じ降雨強度 R=10R=10 mm/hに対して、Ka帯の比減衰量(k0.09k\approx0.09)がXバンド(k0.007k\approx0.007相当)の10倍以上になることを見ました。このことは、探査機がKa帯とXバンド(あるいはさらに堅牢なS帯)の両方の送信機を搭載していれば、Ka帯のリンクが降雨で深くフェードしても、同じ降雨イベントのもとでXバンドの減衰ははるかに小さく、リンクが生き残っている可能性が高いことを意味します。データレートを下げてXバンドに切り替える、というこの運用は、周波数ダイバーシティの一種と見なせます。

ただし注意が必要です。古典的な意味での周波数ダイバーシティ(たとえば地上のマルチパスフェージング環境で、コヒーレンス帯域幅より離れた2つの搬送波を使い、独立なフェージング実現値を得る)は、同じ物理現象に対して統計的に独立な2つの観測を得ることが目的でした。これに対しKa/X帯フォールバックは、同一の降雨イベントに対して、周波数依存性ゆえに劣化の程度が桁違いに異なるという非対称性を利用するものであり、厳密には確率的独立性にもとづく古典的ダイバーシティとは性質が異なります。むしろ「同じ悪天候でも、感度の低い帯域に逃げれば影響が小さい」という非対称なヘッジと理解するほうが正確です。とはいえ結果として得られる実務上の効果——1つの経路が深く落ちても、もう1つの経路でリンクを維持できる——は共通しており、深宇宙探査機・地上局のバンド設計において、この2つの周波数帯を併載することの合理性を支えています。

時間ダイバーシティ — フェード継続時間とインターリーブ

降雨によるフェードは、典型的には数分から数十分オーダーの時間スケールで持続します(降雨セルが地上局上空を通過するのに要する時間程度)。もしこの継続時間 τfade\tau_{fade} より十分長い間隔 Δtτfade\Delta t \gg \tau_{fade} を空けて同じデータを複数回送信できれば、各送信の機会は互いにほぼ独立なフェージング状態を経験することになり、時間軸上のダイバーシティが得られます。

これは考え方としては、連接符号の回で学んだインターリーブと同じ原理——「相関を持った劣化(バースト誤り)を、時間的に(あるいはシンボル順序を並べ替えて)引き離すことで、統計的に独立な劣化として符号化・訂正しやすくする」——ですが、時間スケールがまったく異なる点に注意してください。連接符号の回のインターリーブは、ビタビ復号が残すミリ秒以下の微小なバースト誤りを、(255,223)(255,223) RS符号の1符号語(ミリ秒オーダー)の中でほぐすためのものでした。ここで扱う時間ダイバーシティは、それよりはるかに長い、分〜時間オーダーのフェードイベントを対象にしており、実装上は符号のインターリーブというより、再送(retransmission)やスケジューリングの単位でのタイミング調整として現れます。たとえば、重要なコマンドやテレメトリの再送を、降雨セルの通過時間スケールより十分に空けたタイミングで行う、あるいはコンタクトの一部を意図的に複数のパスに分割する、といった運用がこれにあたります。

実務での使われ方

DSNの3局構成とサイトダイバーシティ

降雨減衰の回で触れたように、NASA/JPLのDSN(Deep Space Network)は、ゴールドストーン(米国)、マドリード(スペイン)、キャンベラ(オーストラリア)の3局を地球上でおよそ120°120°おきに配置しています。局間距離は数千kmのオーダーであり、降雨セルの相関距離(数km〜数十km)を桁違いに超えているため、この3局の降雨状態は事実上完全に独立と見なせます。この構成の主目的は探査機の24時間連続追尾ですが、複数局の可視時間が重なる期間(あるいは同一探査機に対して複数局が同時に対応可能なパス)においては、この回で導いた P(both fade)P1P2P(\text{both fade}) \approx P_1 P_2 の恩恵をそのまま享受できる、理想的なサイトダイバーシティ構成にもなっています。

一方、各コンプレックス内部の複数アンテナ(たとえばゴールドストーン内の70mアンテナと34mアンテナ群)は、局間距離がせいぜい数km〜十数kmであり、降雨セルの相関距離と同オーダーです。したがってこれらはアンテナアレイの回で見たようなコヒーレント合成による感度向上には適していますが(同じ降雨状態を共有するため、条件が揃っているときはG/Tを素直に足し合わせられます)、真のサイトダイバーシティ(独立な降雨状態からの恩恵)を狙うには局間距離が不足しがちです。「複数アンテナを近くに集めて足し合わせる(アレイ)」と「複数局を遠くに離して独立性を稼ぐ(ダイバーシティ)」は、局間距離という同じパラメータに対して正反対の設計要求を持つという対比は、実務上のアンテナ配置計画において重要な視点です。

商用Ka帯高スループット衛星(HTS)のゲートウェイダイバーシティ

深宇宙通信だけでなく、Ka帯を使う商用の高スループット衛星(High Throughput Satellite, HTS)ブロードバンドシステムでも、この回で扱ったサイトダイバーシティと同じ発想の運用が広く採用されています。衛星と地上のゲートウェイ局を結ぶフィーダーリンクは、深宇宙通信の地上局回線と同様にKa帯の降雨減衰にさらされるため、複数のゲートウェイ局を、降雨セルの相関距離を十分に超える数十km以上の間隔で分散配置し、あるゲートウェイが強い降雨で使用不能になった場合には、トラフィックを別のゲートウェイへ自動的に切り替えるゲートウェイダイバーシティが標準的な設計要素になっています。ITU-R P.618の site diversity モデルは、まさにこうした商用システムの局間距離設計(必要な分離距離と、それによって得られるマージン削減量=ダイバーシティ利得の見積もり)にも使われています。

探査機側のバンドフォールバック運用

周波数ダイバーシティについては、降雨減衰の回で触れたとおり、多くの深宇宙探査機がKa帯とXバンドの両方の送受信機を搭載し、Ka帯で大きな降雨減衰が予想・観測された場合にXバンドへ切り替える、あるいはKa帯のデータレートを適応的に下げる運用が行われています。これは、アンテナ切り替えの回で見たHGA/MGA/LGAの使い分けとも同じ「複数の選択肢を状況に応じて切り替える」設計思想であり、ダイバーシティの考え方が、空間・周波数・アンテナ構成という複数のレイヤーで繰り返し現れていることが分かります。

演習問題

  1. ある地上局単独では、年間0.5%0.5\%の時間を超過するフェードに対応するリンクマージンが設計されている(p1=0.005p_1=0.005)。統計的に独立と見なせる第2の局を追加し、p2=0.008p_2=0.008の同様のマージンで運用するとき、両局が同時にアウテージになる確率 P(both fade)P(\text{both fade}) を求め、これが単独局の可用性(99.5%99.5\%)と比べてどれだけ可用性を改善するか(パーセントおよび何倍の改善か)を議論してください。

  2. N=3N=3本の独立な経路があり、各経路の瞬時SNRが平均γˉ\bar\gammaの同一の指数分布に従うとする。γth/γˉ=0.05\gamma_{th}/\bar\gamma = 0.05 のとき、選択合成のアウテージ確率 Pout,SC(γth/γˉ)NP_{out,SC}\approx(\gamma_{th}/\bar\gamma)^N とMRCのアウテージ確率 Pout,MRC(γth/γˉ)N/N!P_{out,MRC}\approx(\gamma_{th}/\bar\gamma)^N/N! をそれぞれ計算し、両者の比が本文で導いた N!N! に近い値になることを確認してください。

  3. 周波数ダイバーシティ(Ka→Xバンドのフォールバック)が、この回で定式化した「独立フェージング経路の同時劣化確率 P1P2P_1\cdot P_2」という古典的なダイバーシティのモデルにそのまま当てはまらない理由を、降雨減衰の回kRαkR^\alpha モデルを踏まえて自分の言葉で説明してください。また、それでもなお実務上「ダイバーシティ的な効果」と呼べる理由についても触れてください。

  4. アンテナアレイの回で導いたMRCの重み付け式 wiai/N0,iw_i\propto a_i/N_{0,i} と、この回で扱ったMRCの重み付け式は数式としては同じものです。にもかかわらず、この2つの回で「何を合成しているか」という点で本質的に異なる状況を扱っている、と本文は述べています。この違いを、具体的にどのような物理量が「静的」か「独立に時間変動する」かという観点から、自分の言葉で説明してください。

まとめと次回予告

この回では、降雨減衰の回で扱った確率的なフェージングに対し、統計的に独立な複数の伝搬経路を用意して組み合わせるダイバーシティという考え方を導入しました。核心にあるのは、独立事象の同時生起確率が掛け算式に小さくなるという確率論の基本則で、P(both fade)P1P2P(\text{both fade})\approx P_1\cdot P_2 という近似式によって、サイトダイバーシティがなぜ劇的な可用性改善をもたらすかを定量化しました。合成の方式としては、一番良い経路だけを使う選択合成と、全経路をアンテナアレイの回と同じ重み付け則で合成するMRCを比較し、両者が同じダイバーシティ次数 NN を持ちながらも、MRCのアウテージ確率が選択合成のそれよりおよそ 1/N!1/N! 倍小さくなることを導きました。さらに、この独立性の原理が周波数軸(Ka→Xバンドのフォールバック)や時間軸(フェード継続時間を超えるインターリーブ・再送)にも応用できることを見て、DSNの3局構成や商用Ka帯HTSシステムのゲートウェイダイバーシティといった実例で確認しました。

これで、PCM/PSK/PMの回から積み上げてきた変調・符号化・リンク設計の一連の議論は、確率的なチャネル劣化への対処法という観点でひとまず区切りとなります。次回は少し視点を変え、探査機が撮影した膨大な科学画像データを、限られたリンク帯域の中でどう効率よく地球へ届けるかという CCSDS画像圧縮標準 に軽く触れます。これまで「ビットをどう電波に乗せ、どう保護し、どう経路を確保するか」を見てきたのに対し、次回は「送るべきビットの量そのものをどう減らすか」という、データ生成側からのアプローチです。

参考文献

  • ITU-R Recommendation P.618, Propagation Data and Prediction Methods Required for the Design of Earth-Space Telecommunication Systems(サイトダイバーシティ利得モデルを含む)
  • ITU-R Recommendation P.837, Characteristics of Precipitation for Propagation Modelling
  • J. G. Proakis, Digital Communications(選択合成・最大比合成を含むダイバーシティ受信の一般論)
  • D. H. Rogstad, A. Mileant, T. T. Pham, Antenna Arraying Techniques in the Deep Space Network, JPL Deep-Space Communications and Navigation Series, Wiley-Interscience
  • DSN Telecommunications Link Design Handbook, DSN No. 810-005
  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76