測距・追跡#142

対流圏屈折補正 — 電離していない大気が電波を曲げ、遅らせる

相対論補正で見たシャピロ遅延は時空の湾曲による効果だったが、地上局の電波はそれ以前に、もっと身近な地球の対流圏(電離していない普通の空気)を通過するだけで曲がり、遅れる。屈折率の高度勾配による電波経路の湾曲、乾燥・湿潤2成分への分解、マッピング関数による仰角依存性の定式化を、Saastamoinenモデルと具体的な数値で理解する。

前提知識: 相対論補正 — 光速は「まっすぐ・一定」では届かない

対流圏遅延大気屈折マッピング関数乾燥遅延湿潤遅延

この回で学ぶこと

相対論補正の回では、太陽近傍の強い重力場が時空そのものを歪め、光の伝搬経路と所要時間を変えてしまうシャピロ遅延を扱いました。あれは一般相対性理論が予言する、質量による時空の湾曲という、かなり特殊な状況で効いてくる効果でした。

しかし実は、地上局のアンテナから送受信される電波は、太陽近傍を通過するはるか手前、探査機との通信のたびに必ず通過する場所で、もっとありふれた物理現象によって毎回曲げられ、遅らされています。それが今回のテーマである**対流圏屈折(tropospheric refraction)**です。地球を薄く覆う中性大気——電離していない、窒素・酸素・水蒸気などからなる普通の空気——の密度は高度とともに滑らかに変化しており、この密度変化が電波の屈折率をわずかに変化させます。その結果、電波は真空中のように完全な直線を進むのではなく、わずかに湾曲した経路を、わずかに遅れて伝搬します。

この効果はシャピロ遅延とは発生原理がまったく異なります。シャピロ遅延は「時空の幾何学そのものが歪む」という一般相対論的な効果で、太陽のような大質量天体の近傍でしか意味のある大きさになりません。一方、対流圏屈折は「平坦な時空の中を、屈折率が場所によって変化する媒質(大気)を電波が通過する」という、光学や電波工学における教科書的な古典物理現象——ちょうど、水中でストローが折れて見えるのと同じ屈折現象の電波版——です。しかも、地球近傍のあらゆる探査機通信・地上局間通信で、パスのたびに必ず発生します。この回では、対流圏屈折・遅延がなぜ起こるのかを屈折率の高度分布から説明し、遅延量を乾燥成分湿潤成分に分解し、任意の仰角における遅延量を天頂遅延から求めるマッピング関数という考え方を数式で追います。最後に、アンテナ自動追尾の回で扱った低仰角でのパス運用に、この補正がどう関わってくるかを見ます。

直感的導入: なぜ低い仰角ほど大気の影響が大きいのか

大気の屈折率 nn は真空の1よりわずかに大きく、地表付近で n1.0003n \approx 1.0003 程度、高度とともに大気密度が薄くなるにつれて1に近づいていきます。この「高度とともに屈折率が滑らかに変化する」という性質が、電波の経路を曲げる原因です。光学でおなじみのスネルの法則(平面境界での屈折)を、球対称に層状に重なった大気に一般化すると、電波の経路に沿って次の量が保存されることが分かります。

n(r)rsinz(r)=一定n(r)\, r \sin z(r) = \text{一定}

ここで rr は地球中心からの距離、z(r)z(r) はその点での鉛直方向(局所天頂方向)から測った電波の進行方向の角度(天頂角)です。この関係はブーゲの定理(Bouguer’s theorem)と呼ばれ、平面のスネルの法則 nsinθ=一定n\sin\theta = \text{一定} を球対称な媒質に拡張したものです。n(r)n(r) が高度とともに(つまり rr が大きくなるほど)小さくなるので、この保存則を満たすためには、電波が高度を上げるにつれて天頂角 z(r)z(r) がわずかに大きくなる方向に経路が湾曲しなければなりません。結果として、電波の経路は地球側にわずかに凸に(すり鉢状に)曲がり、地上の観測者からは、真の(幾何学的な)方向よりも見かけ上、高い仰角から電波が来ているように見えます。日没後もしばらく太陽が見え続ける「大気差」による日没の遅れと、原理的にはまったく同じ現象です。

この湾曲・遅延の大きさが仰角に強く依存する理由は、幾何学的に単純です。大気を(地球の曲率を無視できる近似で)厚さ hh の平行平板とみなすと、天頂角 90°ϵ90°-\epsilon(仰角 ϵ\epsilon)で大気に入射する電波が大気層を通過する斜め経路の長さは、

L(ϵ)hsinϵL(\epsilon) \approx \frac{h}{\sin\epsilon}

となります。天頂方向(ϵ=90°\epsilon=90°)ではちょうど L=hL=h ですが、仰角が下がるにつれて 1/sinϵ1/\sin\epsilon が急激に大きくなり、たとえば ϵ=10°\epsilon=10° では天頂方向のおよそ5.8倍、ϵ=5°\epsilon=5° では11倍以上の距離を大気中で伝搬することになります。電波が大気を通過する距離が長くなればなるほど、屈折率の非一様性が積算されて効く量(遅延・湾曲角ともに)は大きくなるため、低仰角で観測するほど対流圏の影響は劇的に大きくなるわけです。これが、この後見るマッピング関数の出発点になります。

数式定式化

大気の屈折率とその2つの起源

対流圏における電波の屈折率(正確には、扱いやすいように 10610^6 倍して1からのずれを表した屈折率指数(refractivity) N=(n1)×106N = (n-1)\times10^6)は、気圧・気温・水蒸気圧の関数として、次の実験式(Smith-Weintraubの式)でよく近似されます。

N=77.6PT+3.73×105eT2N = 77.6\,\frac{P}{T} + 3.73\times10^{5}\,\frac{e}{T^2}

ここで PP は全気圧(hPa)、TT は絶対温度(K)、ee は水蒸気の分圧(hPa)です。この式には2つの項があることに注目してください。

  • 第1項(77.6P/T77.6\,P/T): 大気の主成分である窒素・酸素などの乾燥空気分子の分極による寄与。気圧・気温という、地上気象観測で日常的に測られている量だけで精度よく決まります。
  • 第2項(3.73×105e/T23.73\times10^{5}\,e/T^2): 水蒸気分子が持つ大きな永久双極子モーメントによる寄与。水蒸気圧 ee の係数が桁違いに大きいため、水蒸気は少量でも屈折率に対して不釣り合いに大きな影響を与えます。

標準大気(海面, P0=1013.25P_0=1013.25 hPa, T0=288T_0=288 K, 水蒸気なし)で第1項だけを評価すると N273N\approx273、これに湿度を考慮した水蒸気圧 e10e\approx10 hPa 程度を加えると N270320N\approx270\text{–}320 という、地表付近でよく引用される「屈折率指数はおよそ300 N-unit」というオーダーが得られます。

乾燥遅延と湿潤遅延への分解

第1項・第2項の性質の違いは、そのまま伝搬遅延の性質の違いに引き継がれます。天頂方向(仰角90°)における電波の伝搬遅延(真空中を伝搬した場合との経路長の差)は、屈折率指数を伝搬経路に沿って積分したものです。

ΔLz=106地表N(h)dh\Delta L^{z} = 10^{-6}\int_{\text{地表}}^{\infty} N(h)\, dh

この積分は、NN の2つの起源に対応して自然に2つの成分に分解できます。

ΔLz=ΔLhz+ΔLwz\Delta L^{z} = \Delta L_h^{z} + \Delta L_w^{z}

乾燥(静水圧)遅延 ΔLhz\Delta L_h^z は、窒素・酸素などの乾燥大気による成分です。乾燥大気は良い近似で静水圧平衡(気圧が上空の空気の重さを支えているというつり合い)にあるため、天頂遅延は地表気圧 P0P_0 だけからほぼ決定論的に求まります。代表的な実験式(Saastamoinenモデル)は、

ΔLhz0.0022768P010.00266cos2φ0.00028H\Delta L_h^{z} \approx \frac{0.0022768\,P_0}{1-0.00266\cos 2\varphi - 0.00028\,H}

です(P0P_0: 地表気圧 [hPa]、φ\varphi: 観測点の緯度、HH: 観測点の標高 [km]、分母は地球の扁平率と高度による重力加速度の補正項)。緯度45°、標高0mの地上局で標準大気圧 P0=1013.25P_0=1013.25 hPaを代入すると、

ΔLhz0.0022768×1013.252.31 m\Delta L_h^{z} \approx 0.0022768\times1013.25 \approx 2.31\ \text{m}

というおよそ2.3mの天頂遅延が得られます。乾燥成分は地表気圧という測りやすく変動の小さい量だけで決まるため、時間的にも空間的にも比較的安定して予測しやすい成分です。実際、この式は地表気圧の測定値さえあれば数mm精度で乾燥遅延を再現することが知られています。

湿潤遅延 ΔLwz\Delta L_w^z は、大気中の水蒸気による成分です。同様にSaastamoinenの近似式を使うと、地表の水蒸気圧 e0e_0 と気温 T0T_0 から、

ΔLwz0.002277(1255T0+0.05)e0\Delta L_w^{z} \approx 0.002277\left(\frac{1255}{T_0}+0.05\right)e_0

という近似が得られます。地表水蒸気圧 e0=10e_0=10 hPa(比較的乾燥した条件)、T0=288T_0=288 Kを代入すると ΔLwz0.10\Delta L_w^z\approx0.10 m(10cm程度)、熱帯域の高湿度条件(e0=25e_0=25 hPa程度)では ΔLwz0.25\Delta L_w^z\approx0.25 m(25cm程度)に達します。乾燥遅延の典型値2.3mと比べれば湿潤遅延は数分の1から10分の1程度の大きさですが、水蒸気は静水圧平衡に従わず、局所的な天候(積乱雲、前線の通過、湿度の急変)によって短時間・小空間スケールで大きく変動するため、地表の気象観測値だけから鉛直積分値(可降水量)を精度よく推定することは、乾燥成分に比べてはるかに難しいという性質があります。これが、対流圏遅延補正における主要な誤差要因が乾燥成分ではなく湿潤成分に集中する理由です。

マッピング関数: 天頂遅延を任意の仰角に変換する

ここまでは天頂方向(ϵ=90°\epsilon=90°)の遅延量を扱ってきましたが、実際の追尾パスでは探査機はさまざまな仰角に見えます。そこで、天頂遅延 ΔLz\Delta L^z を基準値とし、任意の仰角 ϵ\epsilon における遅延量に変換する係数としてマッピング関数 m(ϵ)m(\epsilon) を導入します。

ΔL(ϵ)=ΔLhzmh(ϵ)+ΔLwzmw(ϵ)\Delta L(\epsilon) = \Delta L_h^{z}\, m_h(\epsilon) + \Delta L_w^{z}\, m_w(\epsilon)

乾燥成分・湿潤成分それぞれに対して別々のマッピング関数 mhm_hmwm_w を用意するのは、両者の大気中での高度分布(スケールハイト)が異なるためです。先ほどの平行平板近似で導いた通り、最も単純なマッピング関数は

m(ϵ)1sinϵm(\epsilon) \approx \frac{1}{\sin\epsilon}

です。この近似は仰角がある程度高い(ϵ15°\epsilon \gtrsim 15°)範囲では良い精度を持ちますが、仰角が低くなるほど、地球の曲率と大気の連続的な屈折(電波経路そのものが直線ではなく湾曲している効果)を無視できなくなり、単純な 1/sinϵ1/\sin\epsilon からのずれが大きくなります。より高精度な実務では、Marini(1972)やNiell(1996)らが導いた連分数形式のマッピング関数が使われます。

m(ϵ)=1+a1+b1+csinϵ+asinϵ+bsinϵ+cm(\epsilon) = \dfrac{1+\dfrac{a}{1+\dfrac{b}{1+c}}}{\sin\epsilon+\dfrac{a}{\sin\epsilon+\dfrac{b}{\sin\epsilon+c}}}

係数 a,b,ca,b,c は乾燥・湿潤それぞれ別の値を持ち、観測点の緯度・年間日(季節)・(乾燥成分については)標高の関数として経験的に与えられます(Niellマッピング関数、NMF)。この形は ϵ90°\epsilon\to90°m1m\to1ϵ0°\epsilon\to0° でも(単純な 1/sinϵ1/\sin\epsilon のように発散せず)地球の曲率を反映した有限で妥当な値に漸近するよう設計されています。

参考: 電波の湾曲角そのもの

遅延(経路長の伸び)とは別に、電波の進行方向そのものが幾何学的な方向からどれだけずれるか(湾曲角 Δϵ\Delta\epsilon)も、測角観測(モノパルスによる角度追尾など)にとっては無視できません。地表屈折率指数 N0N_0 を用いた近似式は、

ΔϵN0×106cotϵ\Delta\epsilon \approx N_0\times10^{-6}\cot\epsilon

で与えられます。N0300N_0\approx300 として、ϵ=45°\epsilon=45° では Δϵ300×106×11.0\Delta\epsilon\approx300\times10^{-6}\times1 \approx 1.0 分角、ϵ=10°\epsilon=10° では cot10°5.67\cot10°\approx5.67 より Δϵ5.9\Delta\epsilon\approx5.9 分角にまで拡大します。この式も低仰角では発散的にふるまい実際の値(地平線近くで頭打ちになり、有名な「大気差」の値である約34分角に漸近する)からずれていくため、精密な角度追尾には、遅延と同様に、より精緻な湾曲モデルが必要になります。

実務での使われ方

アンテナ追尾パスにおける低仰角の問題

アンテナ自動追尾の回で見たように、地上局のプログラムトラック(開ループ)は、軌道決定から得られたエフェメリスをもとに計算した方位角・仰角の指令値にポインティングモデル補正(重力変形・熱変形・風荷重など)を加えてアンテナを駆動します。対流圏屈折による湾曲角 Δϵ(ϵ)\Delta\epsilon(\epsilon) は、このポインティングモデルに加えるべきもう1つの補正項です。探査機が地平線近くに現れるパス開始時や、地平線に沈んでいくパス終了時には、幾何学的な仰角がまだ低く、Δϵ\Delta\epsilon が数分角のオーダーに達するため、この補正を怠ると、アンテナは実際に信号が到来する方向(見かけの、湾曲した方向)よりも低い方向を向いてしまい、モノパルス誤差検出器が動作するダイナミックレンジの外にビームがズレて、オートトラックへの引き込み(捕捉)そのものに失敗しかねません。

同時に、パス開始・終了時の低仰角では、対流圏を通過する経路長そのもの(マッピング関数の値)も最大になります。測距(レンジング)観測量に対しては、伝搬遅延 ΔL(ϵ)\Delta L(\epsilon) がそのまま距離の見かけの増加として現れます。天頂遅延を乾燥2.3m・湿潤0.1mの典型値、合計 ΔLz2.4\Delta L^z \approx 2.4 mとして、仰角10°での単純マッピング 1/sin10°5.761/\sin10°\approx5.76 を適用すると、

ΔL(10°)2.4 m×5.7613.8 m\Delta L(10°) \approx 2.4\ \text{m}\times5.76 \approx 13.8\ \text{m}

という、10m を超える見かけの距離増加が生じます。仰角5°まで下がれば 1/sin5°11.51/\sin5°\approx11.5ΔL(5°)2728\Delta L(5°)\approx27\text{–}28 mにも達します。これは相対論補正の回で扱った、太陽合前後にのみ効くシャピロ遅延(片道で数十km相当)ほどの規模ではありませんが、あらゆる低仰角パスで毎回発生するという点で、日常的な測距・ドップラー観測データの品質に恒常的に効いてくる誤差要因です。補正せずに残せば、パス開始直後・終了直前の観測データには明確な系統的バイアスが乗り、軌道決定の残差(観測値と理論値の差)に仰角依存のパターンとして現れます。

気象データを用いた運用上の補正モデル

DSN(Deep Space Network)をはじめとする各機関の地上局は、局舎に設置された気象センサーで地表の気圧・気温・相対湿度をリアルタイムに測定し、これをSaastamoinenモデルなどに投入して乾燥・湿潤天頂遅延を算出、Niellマッピング関数などで観測時の仰角に変換するという補正パイプラインを、測距・ドップラー・角度データすべてに標準的に適用しています。DSN Telecommunications Link Design Handbook(DSN No. 810-005)の「メディア較正(Media Calibration)」モジュールに、この一連の手順とモデル係数が規定されています。

乾燥成分は地表気圧だけで精度よく求まりますが、前述の通り湿潤成分は地表の気象データだけからでは推定精度に限界があります。特に重力科学ミッション(重力科学とドップラー計測の回参照)のように、ドップラー観測にミリヘルツ〜サブヘルツオーダーの精度を要求する高精度ミッションでは、地表気象データによるモデル補正だけでは残る湿潤遅延の誤差が無視できなくなります。このため、DSNの主要局には**水蒸気ラジオメータ(Water Vapor Radiometer, WVR)**が設置されており、大気自身が放射する電波(水蒸気による輝度温度)を複数周波数で観測することで、視線方向の可降水量、ひいては湿潤遅延を直接測定し、モデルによる推定値を補正・較正します。カッシーニ探査機の重力科学実験や、太陽系天体の重力場を精密に測るミッションでは、このWVRによる湿潤遅延の直接較正が、観測精度を律速する要因の1つとして重要な役割を果たしてきました。

もう1つ運用上重要な性質は、対流圏屈折・遅延が(電離層とは異なり)**電波の周波数にほとんど依存しない(非分散性)**ということです。中性大気を構成する分子の共鳴周波数はマイクロ波帯よりずっと高い(あるいは低い)ため、Xバンド(8.4 GHz)でもKaバンド(32 GHz)でも、対流圏遅延はほぼ同じ値になります。これは、電離層遅延やシャピロ遅延の測定で使われた「複数周波数(XバンドとKaバンド)を比較して分散性の効果を分離する」という手法が、対流圏遅延の除去には使えないことを意味します。そのため対流圏遅延の補正は、周波数比較ではなく、気象モデルとWVRによる直接測定という、今回見てきたアプローチに頼らざるを得ないのです。

演習問題

  1. Smith-Weintraubの式 N=77.6P/T+3.73×105e/T2N = 77.6\,P/T + 3.73\times10^{5}\,e/T^2 を使い、P=1013P=1013 hPa、T=298T=298 K(25℃)、e=20e=20 hPa(比較的湿潤な条件)のときの屈折率指数 NN を計算し、乾燥項と湿潤項それぞれの寄与の大きさを比較せよ。

  2. Saastamoinenの乾燥天頂遅延の式 ΔLhz0.0022768P0/(10.00266cos2φ0.00028H)\Delta L_h^z \approx 0.0022768\,P_0/(1-0.00266\cos2\varphi-0.00028H) を用い、緯度 φ=35°\varphi=35°、標高 H=1H=1 km、地表気圧 P0=900P_0=900 hPaの高地にある地上局の乾燥天頂遅延を求めよ。標高0mの地上局(海面気圧1013.25 hPa、同じ緯度)の場合と比較し、標高が高い局のほうが遅延が小さくなる理由を、気圧との関係から説明せよ。

  3. 天頂遅延の合計を ΔLz=2.4\Delta L^z=2.4 mとし、単純マッピング関数 m(ϵ)=1/sinϵm(\epsilon)=1/\sin\epsilon を用いて、仰角 ϵ=5°,10°,20°,45°,90°\epsilon=5°,10°,20°,45°,90° における伝搬遅延 ΔL(ϵ)\Delta L(\epsilon) をそれぞれ計算せよ。この結果から、なぜ地上局の運用でしばしば「最低追尾仰角(mask elevation)」を10°前後に設定し、それより低い仰角ではデータの品質保証をしない、といった運用ルールが採用されるのか、自分の言葉で議論せよ。

  4. 対流圏遅延の湿潤成分が乾燥成分より予測が難しい理由を、(a) 大気中での水蒸気の物理的な振る舞い(静水圧平衡に従うかどうか)、(b) Smith-Weintraubの式における係数の大きさ、の2つの観点から説明せよ。またその困難さを補うために、DSNをはじめとする地上局がどのような追加の観測手段を用いているか述べよ。

まとめと次回予告

この回では、相対論補正の回で扱ったシャピロ遅延(時空の湾曲という一般相対論的効果)とはまったく異なる、地球の対流圏という身近な中性大気を電波が通過する際に生じる古典的な屈折・遅延現象を見ました。屈折率の高度勾配が電波経路を湾曲させること、その効果が低仰角ほど幾何学的に大きくなること、遅延量を安定して予測しやすい乾燥成分と天候に左右されやすい湿潤成分に分解できること、そして天頂遅延を任意の仰角に変換するマッピング関数 m(ϵ)m(\epsilon) という考え方を、Saastamoinenモデルなどの具体的な数式とともに確認しました。天頂でおよそ2.3〜2.5mというオーダーの遅延が、低仰角のパス開始・終了時には10〜30m規模にまで拡大するという事実は、アンテナ自動追尾における低仰角捕捉の難しさや、日常的な測距・ドップラーデータの品質管理に直結する、極めて実務的な補正項です。

シャピロ遅延・相対論的時計効果(第34回)、アンテナ自動追尾(第35回)、そして今回の対流圏屈折補正と、測距・追跡カテゴリではここまで、探査機との距離・角度・周波数を精密に測るために乗り越えなければならないさまざまな系統誤差要因を見てきました。ここで測距・追跡カテゴリの学習は一区切りとし、次回からはシステム・運用カテゴリに移り、探査機の送信系の心臓部である**固体電力増幅器(Solid State Power Amplifier, SSPA)**を扱います。限られた電力・熱設計制約の中で、いかに効率よく安定した高周波電力を作り出し、地球まで届く電波として送り出すか、という探査機側のハードウェアの視点に切り替えていきます。

参考文献

  • J. Saastamoinen, “Atmospheric Correction for the Troposphere and Stratosphere in Radio Ranging of Satellites,” in The Use of Artificial Satellites for Geodesy, Geophysical Monograph Series 15, American Geophysical Union, 1972
  • J. W. Marini, “Correction of Satellite Tracking Data for an Arbitrary Tropospheric Profile,” Radio Science, 7(2), 223–231, 1972
  • A. E. Niell, “Global Mapping Functions for the Atmosphere Delay at Radio Wavelengths,” Journal of Geophysical Research, 101(B2), 3227–3246, 1996
  • B. R. Bean, E. J. Dutton, Radio Meteorology, National Bureau of Standards Monograph 92, U.S. Government Printing Office, 1966
  • DSN Telecommunications Link Design Handbook, DSN No. 810-005(Media Calibration / Tropospheric Calibrationに関するモジュール)
  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76