変調・符号化#68

直接拡散スペクトラム拡散(DSSS) — 帯域を犠牲にして頑健性を買う

データビットをPN符号でXORして帯域幅を大きく広げるDSSSの仕組みを、処理利得・逆拡散・ジャミング耐性・低検出性(LPI)の数式で理解する。測距用PN符号との目的の違いを明確にしながら、深宇宙通信での採用が限定的な理由も定量的に見ていく。

前提知識: PCM/PSK/PM — 深宇宙探査機の変調方式の基礎

スペクトラム拡散DSSSPN符号処理利得LPI

この回で学ぶこと

PCM/PSK/PM の回では、データビットをできるだけ効率よく(必要最小限の帯域幅で)搬送波に乗せる方法を学びました。今回はある意味で正反対の発想を扱います。データビットが本来必要とする帯域幅よりも、はるかに広い帯域にわざと信号を広げてしまうという技術、直接拡散スペクトラム拡散(Direct-Sequence Spread Spectrum, DSSS) です。

一見すると無駄遣いに思えるこの操作が、なぜ有用なのか。理由は「帯域を広げること自体」にではなく、「広げ方」に隠れています。DSSSはデータビットを、送信側と受信側だけが知っている擬似雑音(PN)符号で撹拌してから送信します。受信側は同じPN符号を使ってその撹拌を正確に逆算(逆拡散)しないかぎり、元のデータを取り出せません。この一方向の非対称性が、狭帯域の妨害波に対する頑健性と、信号自体の存在を隠す低検出性(LPI)という、2つの強力な性質を同時にもたらします。

この回では、拡散・逆拡散を数式で追いながら、処理利得 GpG_p がジャミング耐性にどう変換されるのかを導出し、さらに、すでに再生測距の回で登場したPN符号の使い方との違いを明確に区別します。同じ「PN符号」という道具を使っていても、目的がまったく異なるという点が、この回の理解の核心になります。

直感的な導入: なぜ帯域を広げるのか

無線通信の基本的な直感に反する話から始めます。ふつう、通信システムを設計するときは「与えられた帯域幅の中に、できるだけ多くの情報を詰め込みたい」と考えます。シャノン容量の回で見たように、帯域幅 BB を広げれば伝送できる情報量の上限は増えますが、同じデータレート RbR_b を送るだけなら、帯域は狭い方が電力効率も周波数の利用効率も良いはずです。

DSSSは、あえてこの効率を犠牲にします。1ビットのデータを送るのに、そのビット期間中に何十、何百という高速な擬似乱数的なパルス(チップ、chip)を重ね合わせ、結果として生じる信号の帯域幅を、元のデータビットの帯域幅よりずっと広くしてしまうのです。

たとえば、送りたいデータが1ビットあたり TbT_b 秒だとします。DSSSでは、この1ビットの間に、送信側と受信側だけが知っている符号(PN符号)を NN 個のチップとして重ね合わせます。1チップの幅を Tc=Tb/NT_c = T_b/N とすると、信号の帯域幅はおおよそ 1/Tc1/T_c に広がり、これは元のデータ帯域幅 1/Tb1/T_bNN 倍です。

この「広げる」という操作から、次の2つの効果が生まれます。

  1. 狭帯域の妨害波(ジャミング信号)を、逆拡散の過程で薄めてしまえる(相関利得によるジャミング耐性)。
  2. 拡散された信号は電力密度が下がり、雑音フロアに紛れて検出されにくくなる(低検出性、LPI)。

以下、この2つを順に数式で導いていきます。

拡散の数式定式化

データ・PN符号・拡散信号

送信したいデータビット列を b(t){1,+1}b(t) \in \{-1, +1\}(NRZ極性表現、ビットレート Rb=1/TbR_b = 1/T_b)とし、送受信双方が既知の拡散符号(PN符号)c(t){1,+1}c(t) \in \{-1, +1\}(チップレート Rc=1/TcR_c = 1/T_cRcRbR_c \gg R_b)とします。DSSSでは、この2つを単純に乗算(2値の ±1\pm1 表現では、これはビット単位のXORと等価です)します。

s(t)=b(t)c(t)s(t) = b(t) \cdot c(t)

b(t)b(t) はビット周期 TbT_b の間だけ一定値 ±1\pm 1 を保持する矩形パルス列、c(t)c(t) はチップ周期 TcT_c の間だけ一定値 ±1\pm 1 を保持する、擬似ランダムに見える矩形パルス列です。RcRbR_c \gg R_b なので、1ビット期間の中には N=Rc/Rb=Tb/TcN = R_c/R_b = T_b/T_c 個のチップが含まれます。

b(t)b(t)+1+1 の区間では、s(t)s(t) はそのまま c(t)c(t) と同じ波形になり、b(t)b(t)1-1 の区間では c(t)c(t) を反転した波形になります。つまりPN符号がデータの極性によって位相反転するかどうかが決まるという構造です。

帯域幅の拡大と処理利得

b(t)b(t) 単独のパワースペクトル密度(PSD)は、矩形パルスのフーリエ変換からおなじみの sinc2\text{sinc}^2 形状になり、主ローブ幅はおよそ 2Rb=2/Tb2R_b = 2/T_b です。

Sb(f)Tbsinc2(fTb)S_b(f) \propto T_b\, \text{sinc}^2(f T_b)

c(t)c(t) で乗算した後の s(t)s(t) のPSDも同様に sinc2\text{sinc}^2 形状ですが、主ローブ幅はチップレートで決まり、およそ 2Rc=2/Tc2R_c = 2/T_c まで広がります。

Ss(f)Tcsinc2(fTc)S_s(f) \propto T_c\, \text{sinc}^2(f T_c)

同じ送信電力 PP を、NN 倍広い帯域に分散させて送っているので、単位周波数あたりの電力密度(PSD)は、拡散前に比べておよそ 1/N1/N に薄まります。この帯域拡大の比率を拡散率(spreading factor)、あるいは処理利得(processing gain) と呼び、

GpRcRb=TbTc=NG_p \equiv \frac{R_c}{R_b} = \frac{T_b}{T_c} = N

と定義します。この GpG_p が、DSSSのあらゆる性能(ジャミング耐性・LPI・多元接続容量)を支配する、最重要のパラメータです。しばしばdB表示 Gp[dB]=10log10(Rc/Rb)G_p[\text{dB}] = 10\log_{10}(R_c/R_b) で表記されます。

逆拡散: 受信側での狭帯域化

受信側は、送信側と同期した同じPN符号レプリカ c(t)c(t) を用意し、受信信号に再び乗算します。PN符号は c(t){1,+1}c(t) \in \{-1,+1\} なので、c(t)2=1c(t)^2 = 1 が常に成り立つことに注目してください。雑音のないチャネルを仮定すると、

r(t)c(t)=s(t)c(t)=b(t)c(t)2=b(t)r(t) \cdot c(t) = s(t) \cdot c(t) = b(t)\, c(t)^2 = b(t)

驚くほど単純な結果です。受信機で送信側と同じPN符号を再び掛け合わせるだけで、拡散操作がちょうど打ち消され、元の狭帯域データ b(t)b(t) がそのまま復元されます。 これが逆拡散(despreading) で、c(t)2=1c(t)^2=1 という自明な性質だけに支えられた、驚くほどシンプルな仕組みです。

周波数領域で見ると、逆拡散前の受信信号は帯域幅 RcR_c に広がっていますが、逆拡散後は帯域幅 RbR_b の狭帯域信号に戻ります。この「広い→狭い」への変換こそが、次節で見るジャミング耐性の源泉です。

ジャミング耐性: 相関利得によるSN比の改善

DSSSの本質的な強みは、受信機がPN符号を知っているものだけを狭帯域に戻せるという非対称性にあります。この非対称性を、妨害波(ジャマー、jammer)の視点から定式化してみましょう。

受信信号に、狭帯域の妨害波 j(t)j(t)(電力 PJP_J、帯域幅は少なくとも RbR_b 程度に狭いと仮定)が重畳したとします。

r(t)=s(t)+j(t)=b(t)c(t)+j(t)r(t) = s(t) + j(t) = b(t)c(t) + j(t)

受信機はこの r(t)r(t) に、送信側と同じ c(t)c(t) を掛けて逆拡散します。

r(t)c(t)=b(t)c(t)2+j(t)c(t)=b(t)+j(t)c(t)r(t)\, c(t) = b(t)\, c(t)^2 + j(t)\, c(t) = b(t) + j(t)c(t)

ここが核心です。第1項 b(t)b(t) は逆拡散によって元の狭帯域信号に戻りますが、第2項 j(t)c(t)j(t)c(t)妨害波がPN符号によって新たに「拡散」されてしまうことを意味します。妨害波は送信側のPN符号を知らないため、逆拡散のタイミングで打ち消されるどころか、逆に c(t)c(t) を掛けられて帯域幅 RcR_c にまで広げられてしまうのです。

この結果、逆拡散後の狭帯域フィルタ(帯域幅 Rb\approx R_b)を通して見ると、妨害波の電力のうち、このフィルタ帯域内に残る割合はおよそ Rb/Rc=1/GpR_b/R_c = 1/G_p になります。したがって、受信機が実際に受け取る妨害波の実効電力は

PJeffPJRbRc=PJGpP_J^{\text{eff}} \approx P_J \cdot \frac{R_b}{R_c} = \frac{P_J}{G_p}

まで低減されます。信号電力 PSP_S は逆拡散によって(理想的には)そのまま復元されるので、信号対妨害波比(SJR, Signal-to-Jamming Ratio)の改善量は

(PSPJ)output=Gp(PSPJ)input\left(\frac{P_S}{P_J}\right)_{\text{output}} = G_p \cdot \left(\frac{P_S}{P_J}\right)_{\text{input}}

と表されます。この GpG_p 倍の改善のことを相関利得(correlation gain)、あるいは処理利得によるジャミングマージン(jamming margin)と呼びます。dBで表せば

Jamming Margin [dB]=Gp[dB]Lsys[dB](SN)out, required[dB]\text{Jamming Margin [dB]} = G_p[\text{dB}] - L_{\text{sys}}[\text{dB}] - \left(\frac{S}{N}\right)_{\text{out, required}}[\text{dB}]

のように、処理利得から、システム実装損失 LsysL_{\text{sys}} と、復調後に要求される出力SN比を差し引いた残りが、許容できる妨害波の強さの余裕(マージン)になる、という設計式が実務でよく使われます。つまり 処理利得 GpG_p を大きく取れば取るほど、より強い妨害波に耐えられる というのがDSSSの基本原理です。逆に言えば、この耐性を得るために必要な代償は、既に見た「GpG_p 倍の帯域幅」そのものです。

低検出性(LPI): 雑音フロアに埋もれる信号

DSSSのもう一つの重要な性質が、低検出性(Low Probability of Intercept, LPI) です。これは「妨害されにくい」ことではなく、「そもそも信号の存在自体に気づかれにくい」という、より強い秘匿性です。

信号の総送信電力を PSP_S とすると、拡散後のPSD(電力スペクトル密度)は、帯域幅 RcR_c にほぼ一様に広がるため、そのピーク値はおおよそ

Ss(f)PSRc=PSGpRbS_s(f) \approx \frac{P_S}{R_c} = \frac{P_S}{G_p \cdot R_b}

程度になります。GpG_p が大きいほど(すなわち帯域を広く拡散するほど)、単位周波数あたりの電力密度はどんどん低くなっていきます。これを、受信機の熱雑音のPSD N0N_0(片側スペクトル密度、単位 W/Hz)と比較してみましょう。

拡散していない通常の狭帯域信号であれば、そのPSDは容易に N0N_0 を上回り、スペクトラムアナライザで一目瞭然のピークとして観測されます。しかしDSSSでは、GpG_p を十分大きく取ることで

Ss(f)PSGpRb    N0S_s(f) \approx \frac{P_S}{G_p R_b} \; \lesssim \; N_0

という条件を満たすように設計できます。つまり信号のPSDを熱雑音フロアの下に沈めてしまうのです。この状態では、拡散符号を知らない第三者の受信機がスペクトラムを観測しても、そこに通信信号があるのか、単なる熱雑音なのかを区別することが原理的に困難になります。

一方、拡散符号 c(t)c(t) を知っている正規の受信機は、逆拡散によって信号を帯域幅 RbR_b に圧縮し、そのPSDを GpG_p 倍(処理利得分)持ち上げて、N0N_0 を上回る検出可能なレベルまで引き上げることができます。同じ物理的な信号が、鍵(PN符号)を持たない者には雑音にしか見えず、鍵を持つ者には明瞭な通信として復元できるというこの非対称性こそが、LPI性の数式的な正体です。これはジャミング耐性(第三者が妨害してくる状況への耐性)とは異なる、「そもそも見つからない」という秘匿性の議論であることに注意してください。

測距用PN符号との違い: 目的の非対称性

再生測距の回で、PN符号の自己相関関数の鋭いピークを使って往復伝搬遅延 τ\tau を精密に推定する、という話をしました。今回のDSSSも同じ「PN符号」という道具を使いますが、その使い方と目的はまったく異なります。この違いを整理しておくことは、両者を混同しないために不可欠です。

測距用PN符号(re-generative ranging)DSSS(直接拡散スペクトラム拡散)
主目的往復遅延 τ\tau(距離)を精密に測るデータを送りつつ、帯域を広げて頑健性・秘匿性を得る
使う性質自己相関関数 RPN(ϵ)R_{PN}(\epsilon)ピークの鋭さ(傾き 1/Tc1/T_c)c(t)2=1c(t)^2=1 という逆拡散による完全な打ち消し、および帯域拡大そのもの
データは乗っているかPN符号そのものが「測るための物差し」であり、原理的にはデータを運ばない(あるいは低速なテレメトリを別途重畳する程度)PN符号は「データを覆い隠す鍵」であり、データビット b(t)b(t) を必ず運ぶ
チップレート RcR_c を上げる理由自己相関ピークをより急峻にし、遅延推定誤差 στ2Tc2\sigma_\tau^2 \propto T_c^2 を小さくするため(測距精度向上)処理利得 Gp=Rc/RbG_p = R_c/R_b を大きくし、ジャミング耐性・LPI性を高めるため(頑健性・秘匿性向上)
相関器の役割試行遅延をずらしながら相関のピーク位置を探索する(タイミング推定)既知のタイミングで単純に乗算し、データを復元する(データ復調)

言い換えれば、測距用PN符号は「時間軸上のどこに信号があるか」を尋ねる道具であり、DSSSのPN符号は「帯域軸上に信号を薄く広げてから、鍵を持つ者だけがそれを元に戻す」道具です。同じ数学的な材料(2値の擬似ランダム系列とその自己相関性)を使っていても、片方は相関ピークの鋭さを、もう片方は拡散・逆拡散という可逆変換そのものを主役に据えている、という点を区別して理解しておく必要があります。

実務での使われ方

軍事・セキュア通信での利用

DSSSは、もともと軍事通信において、敵からのジャミング(意図的な妨害電波)と傍受(インターセプト)の両方に耐えるために発展してきた技術です。米軍のGPS(全地球測位システム)のC/A符号・P(Y)符号による測位信号は、DSSSの代表的な民生・軍事両用の応用例で、これは測距(信号の到達時間差から位置を求める)とスペクトラム拡散の両方の性質を同時に活用しているという点で興味深い実例です(前節で区別した2つの使い方が、GPSでは同居しています)。軍用衛星通信システムであるMILSTAR、AEHF(Advanced Extremely High Frequency)などは、高い処理利得によるアンチジャム(Anti-Jam, AJ)性能を通信要求の中核に据えています。

CDMA的な多元接続への応用

処理利得 GpG_p が大きいということは、逆に言えば「異なるPN符号を割り当てられた複数の送信機が、同じ周波数帯を同時に共有しても、互いをジャミング源とみなしたときの相互干渉が処理利得分だけ抑圧される」ということでもあります。これが符号分割多元接続(Code Division Multiple Access, CDMA) の基本原理です。地上の携帯電話網(第2世代・第3世代の一部方式)や、複数の地上局・複数の探査機が同一の周波数帯を共有する必要がある将来的な多元接続アーキテクチャの検討などで、CDMA的な発想が参照されることがあります。

深宇宙通信における採用が限定的な理由

ここまで見てきたように、DSSSは強力な耐性・秘匿性を提供しますが、DSNのリンク設計を扱う深宇宙探査機の通信では、実は主たるデータ伝送方式としては限定的にしか採用されていません。理由は処理利得の代償である「帯域幅」そのものにあります。

深宇宙リンクの多くは、シャノン容量の回で見た電力制限領域で運用されています。すなわち、ボトルネックは帯域幅ではなく受信電力 S/N0S/N_0 であり、帯域幅は(電波法上の割当の範囲内で)比較的余裕があります。この領域では、帯域を GpG_p 倍に広げても伝送できる情報量の上限はほとんど増えません。むしろ、GpG_p 倍の帯域幅を確保すること自体が、次のようなコストを伴います。

  • 占有帯域幅の増大は、限られた深宇宙用周波数帯(Xバンド、Kaバンドなど)の割当規則の中で、他ミッションとの周波数調整を難しくする。
  • 広帯域化した信号を受信するには、地上局側の受信機もそれだけ広い帯域を追従する必要があり、その帯域内に入り込む熱雑音の総量(帯域幅に比例)も増えるため、単純に処理利得を掛けただけでは電力効率上のメリットが相殺されてしまう場合がある。
  • 深宇宙探査機は、地上の軍事通信と異なり、通常は意図的な妨害(ジャミング)の脅威が小さい(せいぜい太陽雑音や電離層擾乱などの自然要因)。ジャミング耐性という利点の必要性そのものが低い運用環境である。
  • 深宇宙探査機の受信信号は既に極めて微弱であり、傍受されにくさ(LPI)よりも、限られた電力をいかに効率よくデータレートに変換するか(高次変調・強力な誤り訂正符号によるシャノン限界への接近)の方が、ミッション上の優先度が高い。

つまり、DSSSが解決する問題(ジャミング耐性・LPI)そのものが、深宇宙ミッションの主要な課題ではないため、深宇宙探査機のメインの科学データ・テレメトリ伝送には、LDPC符号ターボ符号のような、狭い帯域幅で高い符号化利得を得る方式が好まれる傾向にあります。一方で、測位・測距用途や、一部の軍事関連ミッション、あるいは複数機が同一帯域を共有する必要がある特殊な運用シナリオでは、DSSSやその関連技術が採用されることがあります。

演習問題

  1. データレート Rb=10R_b = 10 kbps のデータを、チップレート Rc=1.023R_c = 1.023 Mchip/s のPN符号で拡散するとします。処理利得 GpG_p を真数とdBの両方で求めてください。

  2. 本文中の相関利得の式を使い、処理利得が問1で求めた値のとき、逆拡散前のSJR(信号対妨害波比)が 10-10 dB(つまり妨害波の方が信号よりずっと強い)であった場合、逆拡散後のSJRが何dBになるか計算してください。この結果は、妨害波下でも通信が成立しうることを意味するか、本文の議論に基づいて考察してください。

  3. ある拡散信号の総送信電力が PS=10P_S = 10 W、チップレート Rc=10R_c = 10 MHz とします。拡散後のPSDのピーク値 Ss(f)PS/RcS_s(f) \approx P_S/R_c を、W/Hz単位、およびdBW/Hz単位で求めてください。受信機の熱雑音密度が N0=4×1021N_0 = 4\times 10^{-21} W/Hz(常温付近の値の目安)だったとき、この拡散信号のPSDは雑音フロアの上か下か、判定してください。

  4. 測距用PN符号(再生測距で使われるもの)とDSSSのPN符号は、どちらも2値の擬似ランダム系列を使いますが、目的が異なることを本文で学びました。もし測距用PN符号のチップレートを、測距精度を上げる目的で大幅に引き上げたとします。この操作は、副産物としてDSSS的な「帯域を広げて頑健性を得る」効果ももたらすでしょうか。両者が着目している自己相関関数の性質(ピークの鋭さ vs. 逆拡散による完全な打ち消し)の違いを踏まえて、自分の言葉で説明してください。

まとめと次回予告

直接拡散スペクトラム拡散(DSSS)は、データビットをPN符号でXORして帯域幅を処理利得 Gp=Rc/RbG_p = R_c/R_b 倍に広げ、受信側で同じPN符号を再び掛け合わせる(逆拡散、c(t)2=1c(t)^2=1)ことで元のデータを復元する技術でした。この帯域拡大によって、狭帯域の妨害波は逆拡散の過程で広く薄められて実効的なジャミング耐性(GpG_p 倍の相関利得)が得られ、また信号自体のPSDが雑音フロアの下に沈むことで低検出性(LPI)という秘匿性も獲得できることを見ました。そして、同じPN符号という道具を使いながら、測距用PN符号が「相関ピークの鋭さで遅延を測る」ことを目的とするのに対し、DSSSは「拡散・逆拡散という可逆変換でデータを頑健に運ぶ」ことを目的としている、という区別を確認しました。深宇宙通信では、電力制限領域という運用環境とジャミング脅威の小ささから、DSSSはメインのデータ伝送方式としては限定的にしか採用されていません。

次回は、スペクトラム拡散のもう一つの代表的な方式である周波数ホッピング(Frequency Hopping Spread Spectrum, FHSS) に軽く触れます。DSSSが「1つの広い帯域全体に信号を薄く広げる」のに対し、FHSSは「狭帯域の信号を保ったまま、搬送波周波数そのものを時間とともに擬似ランダムに切り替える」という、拡散の仕方そのものが異なるアプローチです。両者がどのような場面で使い分けられるのかを比較していきます。

参考文献

  • R. L. Peterson, R. E. Ziemer, D. E. Borth, Introduction to Spread Spectrum Communications, Prentice Hall
  • A. J. Viterbi, CDMA: Principles of Spread Spectrum Communication, Addison-Wesley
  • J. K. Holmes, Spread Spectrum Systems for GNSS and Wireless Communications, Artech House
  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76
  • CCSDS 401.0-B, Radio Frequency and Modulation Systems, Part 1: Earth Stations and Spacecraft