変調・符号化#10

GMSK — 位相を滑らかにして帯域外輻射を抑える変調

OQPSKでもまだ残っていた瞬時的な位相の折れ曲がりを、連続位相変調(CPM)という発想でなめらかにする。MSKの定式化からFSKとの等価性、ガウスフィルタによるさらなる帯域圧縮、そして定包絡線ゆえに非線形電力増幅器と好相性という実務上の意義までを数式で追う。

前提知識: qpsk-oqpsk

GMSKMSK連続位相変調定包絡線変調スペクトル効率

この回で学ぶこと

前回、QPSKでは1シンボルごとにI相・Q相が同時に反転すると位相が瞬時に 180°180° 跳躍し、信号の包絡線が一瞬ゼロを通過してしまうこと、そしてOQPSK(オフセットQPSK)ではI相・Q相の遷移タイミングを半シンボルずらすことで、この跳躍を最大 90°90° に抑えられることを見ました。OQPSKは確かにQPSKより穏やかですが、それでもシンボル境界では位相が瞬時に(時間ゼロで) 90°90° 折れ曲がります。数学的に言えば、位相 θ(t)\theta(t) は連続でも、その微分(瞬時周波数)はシンボル境界でデルタ関数的に発散している状態です。

この「位相の折れ曲がり」こそが、帯域外へのスペクトル漏れ(サイドローブ)の主因です。矩形パルスのフーリエ変換が sinc\text{sinc} 関数になり裾が 1/f1/f でしか減衰しないのと同じ理屈で、位相軌跡に鋭い角があると、そのぶんスペクトルの高周波成分が豊富に含まれてしまいます。

この回で扱う MSK (Minimum Shift Keying)GMSK (Gaussian-filtered MSK) は、この折れ曲がりそのものをなくしてしまう、という発想の変調方式です。位相を時間に対して完全に滑らかに(区分線形に、さらにガウスフィルタをかけて曲線的に)動かすことで、帯域外輻射を劇的に減らします。さらに、この方式には**信号の振幅が常に一定に保たれる(定包絡線)**という、送信機の電力増幅器の設計にとって非常にありがたい副産物が付いてきます。携帯電話の2G(GSM)方式や、地球近傍・惑星近傍の中継リンクでGMSKが標準的に使われているのは、この2つの性質——狭帯域性と定包絡線性——が同時に手に入るからです。

直感的な導入: 位相をカクカクさせない

QPSK・OQPSKはいずれも「各シンボル区間の間、位相はある値に固定され、区間の変わり目だけ瞬時にジャンプする」という区分一定(piecewise constant)な位相の変調でした。これに対してMSK・GMSKが採用するのは、位相が時間に対して常に微分可能(なめらか)であり続けるという設計方針です。このクラスの変調は総称して連続位相変調 (Continuous Phase Modulation, CPM) と呼ばれ、MSKはその中でもっとも単純な部類に属します。

イメージとしては、QPSKの位相の変化はカクカクした階段状の折れ線ですが、MSKの位相変化は各シンボル区間で一定の傾き(角周波数偏移)を持つ直線をなめらかに繋いだ、区分線形(piecewise linear)な軌跡になります。GMSKはさらにその区分線形の「角」すら丸めて、なめらかな曲線にしたものです。

MSKの定式化: 連続位相変調としてのFSK

送信ビット列を ±1\pm 1 に写した符号 {ak}\{a_k\}ak{1,+1}a_k \in \{-1,+1\}、ビット(シンボル)周期を TT とします。MSK信号の瞬時位相は次のように書けます。

s(t)=Acos(2πfct+θ(t)),θ(t)=θ0+π2Tta(τ)dτs(t) = A\cos\big(2\pi f_c t + \theta(t)\big), \qquad \theta(t) = \theta_0 + \frac{\pi}{2T}\int_{-\infty}^{t} a(\tau)\, d\tau

ここで a(t)a(t){ak}\{a_k\} を区分一定波形にしたもの(第 kk シンボル区間 [kT,(k+1)T)[kT,(k+1)T) で値 aka_k を取る矩形パルス列)、θ0\theta_0 は初期位相です。この積分を各シンボル区間ごとに実行すると、区間内では

θ(t)=θk+akπ2T(tkT),kTt<(k+1)T\theta(t) = \theta_k + a_k\,\frac{\pi}{2T}(t-kT), \qquad kT \le t < (k+1)T

という区分線形な形になり、シンボル境界での連続性から漸化式

θk+1=θk+akπ2\theta_{k+1} = \theta_k + a_k\,\frac{\pi}{2}

が成り立ちます。つまり1シンボルあたり、位相はちょうど ±90°\pm 90° だけ、しかし瞬時ではなく時間 TT をかけて一定の速さで変化します。これがOQPSKとの決定的な違いです。OQPSKの 90°90° 遷移は時間ゼロで起きますが、MSKの 90°90° 遷移はシンボル周期いっぱいを使って線形に起きます。位相の微分(瞬時角周波数偏移)はどこでも有限で、しかもシンボル内では一定値

dθdt=akπ2T\frac{d\theta}{dt} = a_k\,\frac{\pi}{2T}

を取ります。

これは一般的なCPFSK(連続位相FSK)の枠組みでは、変調指数 hh とパルス整形関数 g(t)g(t)(幅 TT、高さ 1/(2T)1/(2T) の矩形パルス)を使って

θ(t)=2πhkaktg(τkT)dτ,h=12\theta(t) = 2\pi h \sum_k a_k \int_{-\infty}^{t} g(\tau-kT)\,d\tau, \qquad h = \frac{1}{2}

と書ける特別な場合に相当します。「MSK」という名前の “Minimum” は、この h=1/2h=1/2コヒーレント検波が可能な直交FSKとして許される最小の変調指数であることに由来します(hh をこれより小さくすると、2つの周波数トーンが直交しなくなり、シンボル間の相関(ひいては誤り率の劣化)が生じます)。

MSKはh=1/2のFSKと等価

上の式でシンボル区間内の瞬時周波数偏移が ak14Ta_k \cdot \dfrac{1}{4T}(Hz単位、12π×π2T\frac{1}{2\pi}\times\frac{\pi}{2T})であることに注目すると、MSKは実は次の2値FSKと数学的に完全に等価であることが分かります。

f(t)=fc+ak14T,ak{1,+1}f(t) = f_c + a_k \cdot \frac{1}{4T}, \qquad a_k \in \{-1,+1\}

つまりビット1のときは周波数 f+=fc+14Tf_+ = f_c + \dfrac{1}{4T} を、ビット0のときは周波数 f=fc14Tf_- = f_c - \dfrac{1}{4T} を、位相を連続に保ったまま送っているのと同じです。2つのトーンの周波数差は

Δf=f+f=12T\Delta f = f_+ - f_- = \frac{1}{2T}

FSKの変調指数の定義 hΔfTh \equiv \Delta f \cdot T に代入すると h=1/2h = 1/2 となり、確かに冒頭のCPFSK表現と一致します。h=1/2h=1/2 のとき2つの信号 cos(2πf+t)\cos(2\pi f_+ t)cos(2πft)\cos(2\pi f_- t) はシンボル区間にわたって直交し(相関がゼロになり)、コヒーレント検波によって理論上BPSKと同じビット誤り率性能 Pb=Q(2Eb/N0)P_b = Q(\sqrt{2E_b/N_0}) が得られることが知られています。「位相連続性を保ったまま帯域を節約する変調」と「直交性を保つ最小周波数間隔のFSK」という、一見別々の発想がMSKという一点で一致するのが面白いところです。

また、MSKは半正弦波(half-sine)パルスを用いたOQPSKとしても等価に表現できます。

s(t)=I(t)cos(2πfct)Q(t)sin(2πfct)s(t) = I(t)\cos(2\pi f_c t) - Q(t)\sin(2\pi f_c t) I(t)=ka2kp(t2kT),Q(t)=ka2k+1p(t2kTT)I(t) = \sum_k a_{2k}\, p(t-2kT), \qquad Q(t) = \sum_k a_{2k+1}\, p(t-2kT-T) p(t)={sin ⁣(πt2T)Tt<T0それ以外p(t) = \begin{cases}\sin\!\left(\dfrac{\pi t}{2T}\right) & -T \le t < T \\[4pt] 0 & \text{それ以外}\end{cases}

矩形パルスOQPSKの p(t)=1p(t)=1(区間内一定)を、この半正弦波パルスに置き換えるだけでMSKになる、という見方です。この表現は後で定包絡線性を議論するときに有用です。

スペクトルの形: MSKはQPSKよりも速く減衰する

MSK信号のパワースペクトル密度(PSD)は、次のように厳密に導出できます。

SMSK(f)=16PTπ2[cos(2πfT)116f2T2]2S_{\text{MSK}}(f) = \frac{16 P T}{\pi^2}\left[\frac{\cos(2\pi f T)}{1-16f^2T^2}\right]^{2}

これをQPSK/OQPSKの矩形パルスによるPSD S(f)sinc2(2fT)S(f)\propto \text{sinc}^2(2fT) と比べると、興味深い対照が見えます。MSKの主ローブはQPSKよりやや広い(null\text{null}-to-null\text{null} 帯域幅がQPSKの 1/T1/T に対してMSKは 1.5/T1.5/T)一方で、サイドローブの減衰は QPSKの 1/f21/f^2 に対してMSKは 1/f41/f^4 と、はるかに速く落ちます。つまり主ローブのすぐ外側では両者の帯域幅は大差ありませんが、隣接チャネルからさらに離れた帯域での漏洩電力(隣接チャネル干渉、ACI)はMSKの方が圧倒的に小さく抑えられます。これは位相軌跡が滑らか(微分可能)であることの直接の帰結で、後述のGMSKではこの性質がさらに強化されます。

GMSK: 変調前にガウスフィルタで平滑化する

MSKの位相軌跡は区分線形で、微分(瞬時周波数)は連続ですが、その微分の微分(周波数の変化率)は各シンボル境界で不連続に飛びます。つまり「角」がまだ残っているのです。GMSKはこの角も丸めてしまいます。

具体的には、変調器に入れる前のNRZ矩形パルス列 a(t)a(t) を、まずガウス型ローパスフィルタ hG(t)h_G(t) に通してから、通常のMSK変調器(変調指数 h=1/2h=1/2 のCPFSK)に入力します。

b(t)=a(t)hG(t),θ(t)=θ0+π2Ttb(τ)dτb(t) = a(t) * h_G(t), \qquad \theta(t) = \theta_0 + \frac{\pi}{2T}\int_{-\infty}^{t} b(\tau)\,d\tau

ガウスフィルタの周波数応答は、3-3 dB帯域幅を BB として

HG(f)=exp ⁣(ln22(fB)2)H_G(f) = \exp\!\left(-\frac{\ln 2}{2}\left(\frac{f}{B}\right)^{2}\right)

で与えられ、これに対応する時間領域のインパルス応答もガウス形

hG(t)=2παexp ⁣(2π2t2α2),α=ln22πBh_G(t) = \frac{\sqrt{2\pi}}{\alpha}\exp\!\left(-\frac{2\pi^2 t^2}{\alpha^2}\right), \qquad \alpha = \frac{\sqrt{\ln 2}}{2\pi B}

になります(ガウス関数のフーリエ変換がまたガウス関数になるという性質による)。これを矩形NRZパルスに畳み込んだ結果生成される周波数パルス(GSM仕様書などで使われる標準形)は、ガウスのQ関数を用いて

g(t)=12T[Q ⁣(2πB(tT2)ln2)Q ⁣(2πB(t+T2)ln2)]g(t) = \frac{1}{2T}\left[Q\!\left(\frac{2\pi B\left(t-\frac{T}{2}\right)}{\sqrt{\ln 2}}\right) - Q\!\left(\frac{2\pi B\left(t+\frac{T}{2}\right)}{\sqrt{\ln 2}}\right)\right]

と書けます。矩形パルスのように「角」を持たず、なだらかに立ち上がって減衰する釣鐘型のパルスになっていることが式の形からも分かります。

BT積という設計パラメータ

ここで実務上もっとも重要なパラメータが帯域幅時間積 (Bandwidth-Time product, BT積) です。

BTBTBT \equiv B \cdot T

BB はガウスフィルタの 3-3 dB帯域幅(Hz)、TT はビット周期(秒)で、BTBT は無次元の量になります。この値がGMSKのスペクトル形状とビット誤り率の間のトレードオフを支配します。

  • BTBT を小さくする(フィルタを強くかける、BB を狭くする)と、周波数パルス g(t)g(t) が時間的に広がり、隣接する複数シンボルにまたがるようになります。その結果スペクトルはさらに狭帯域化しますが、1シンボルの情報が複数シンボル分の位相軌跡に染み出す**符号間干渉(ISI)**が生じ、単純な検波器ではビット誤り率が劣化します(実用上はビタビアルゴリズムによる最尤系列推定などでこのISIを積極的に利用して補償します)。
  • BTBT を大きくする(ほぼフィルタをかけない)と、g(t)g(t) は矩形パルスに近づき、ISIはほぼ消えて、BTBT\to\infty の極限でGMSKはちょうど無フィルタのMSKに一致します。

実際のシステムでは、この両者のバランスとして中間的な値が選ばれます。もっとも有名な例がGSM(第2世代携帯電話方式)の BT=0.3BT=0.3 です。ほかに衛星・近傍通信システムでは BT=0.5BT=0.5BT=0.25BT=0.25 が使われることもあります。BTBT の値を1つ選ぶだけで、スペクトルの狭さとリンクのビット誤り率性能のトレードオフを一括して調整できる、非常にコンパクトな設計ノブになっているわけです。

定包絡線変調である意義

GMSK(およびMSK)のもっとも実務的に重要な性質は、信号の振幅(包絡線)が常に一定であることです。定義に立ち返ると、

s(t)=Acos(2πfct+θ(t))s(t) = A\cos\big(2\pi f_c t + \theta(t)\big)

という形そのものが「純粋な角度変調(位相・周波数変調)」であり、情報はすべて θ(t)\theta(t) という位相の軌跡にエンコードされていて、振幅 AA はデータに関わらず恒等的に一定です。これはガウスフィルタの BTBT をどう選ぼうと、変調器が理想的である限り数学的に厳密に成り立ちます。

これをOQPSKと対比すると理解が深まります。理想的な矩形パルスのOQPSKでは、I(t),Q(t){1,+1}I(t),Q(t)\in\{-1,+1\} が半シンボルずれて切り替わるため、任意の時刻で I(t)2+Q(t)2=1+1=2I(t)^2+Q(t)^2 = 1+1 = 2 となり、実は無フィルタの理想OQPSKも(数学的には)定包絡線です。しかし現実のシステムでは、隣接チャネルへの漏洩を規格の許容値以下に抑えるために、送信前にルートレイズドコサイン(RRC)フィルタなどのパルス整形フィルタをI相・Q相それぞれに独立にかけます。この整形フィルタは振幅領域(I/Q平面)で直接波形を滑らかにするため、フィルタ後の I(t),Q(t)I(t),Q(t) はもはや単純な ±1\pm 1 の矩形ではなくなり、

s(t)=I(t)2+Q(t)2|s(t)| = \sqrt{I(t)^2+Q(t)^2}

はデータパターンに応じて変動するようになります。特にシンボルが反転するタイミングの近くで包絡線が大きく落ち込むことがあり、これがQPSK系変調の宿命的な弱点です。

一方GMSKは、スペクトルを狭めるためのフィルタリング(ガウスフィルタ)を振幅領域ではなく位相の元になる周波数領域にかけています。b(t)=a(t)hG(t)b(t)=a(t)*h_G(t) を滑らかにしているのは位相の「速度」であって、それを cos()\cos(\cdot) の中に入れて信号を作る段階で振幅は自動的に一定になります。つまり**「スペクトルを整形するフィルタリング」と「振幅の一定性」が構造的に両立する**のがGMSKの数学的な本質であり、これはOQPSK系のフィルタ設計では原理的に得られない性質です。

非線形電力増幅器との相性

この違いが効いてくるのが送信機の電力増幅器(PA)の設計です。電力増幅器を高効率で動かすには、飽和領域近くで動作させるC級・E級などの非線形増幅器を使うのが理想的ですが、非線形増幅器は入力信号の振幅に応じてAM-AM歪み(振幅→振幅の非線形写像)とAM-PM歪み(振幅→位相への漏れ込み)を引き起こします。

RRCフィルタで整形されたOQPSK/QPSK信号のように振幅が変動する入力をこの非線形増幅器に通すと、いったんフィルタで削り取ったはずのスペクトルサイドローブが歪みによって再生されてしまいます。これを**スペクトル再成長(spectral regrowth)**と呼び、隣接チャネルへの干渉として現れます。これを避けるには増幅器を飽和点から離れた線形領域で動作させる(バックオフをかける)必要がありますが、そうすると電力効率(DC電力に対するRF出力電力の比)が大きく犠牲になります。

これに対してGMSK信号は振幅が最初から一定(AM成分がゼロ)なので、非線形増幅器に通しても歪ませるべき振幅情報自体が存在しません。理想的なリミッタ(振幅を一定値に丸める素子)は位相情報をほぼ保ったまま振幅だけをクリップするため、GMSKは増幅器を飽和点ぎりぎりまでフルドライブしてもスペクトル再成長がほとんど起きないという利点を持ちます。これにより増幅器を最大効率のC級動作に近い状態で使え、送信機の消費電力(ひいてはバッテリー寿命や、探査機であれば太陽電池パネル・ヒートシンクの設計)を大幅に節約できます。

実務での使われ方

GMSKがもっとも広く実用化されている例は、GSM(第2世代デジタル携帯電話方式)です。GSMはGMSK(BT=0.3BT=0.3)を採用し、シンボルレート 1625/6270.8331625/6 \approx 270.833 kbit/s、チャネル間隔 200200 kHzという仕様の中で、多数の加入者を隣接周波数チャネルに詰め込む必要があるため、まさにMSK系変調のサイドローブ減衰の速さと、ハンドセットのバッテリー消費を抑えるための高効率PA駆動という2つの利点が同時に活きています。同種の連続位相変調はBluetooth ClassicのGFSK(BT=0.5BT=0.5)にも見られ、考え方の系譜は共通しています。

宇宙分野では、GMSKは主に地球近傍・惑星近傍の近接リンク(プロキシミティリンク)で使われます。CCSDSが定めるProximity-1宇宙リンクプロトコル(火星探査ローバーと周回機の間の中継通信などに使われる規格)では、GMSKが選択可能な変調方式の1つとして規定されています。これは、探査機と地上局の間の数億kmにおよぶ超微弱信号リンク(前々回・前回で扱ったPCM/PSK/PMや残留搬送波方式が主役の世界)とは対照的に、ローバー-周回機間の近接リンクは相対的にリンクマージンに余裕があり、コヒーレントな残留搬送波トラッキングに頼らずとも、GMSKのようなサプレスドキャリア型・帯域効率重視の変調方式を実用上安定に運用できるためです。船舶の位置情報を放送するAIS(Automatic Identification System)もGMSKを用いる例として知られています。

演習問題

  1. GSMのGMSKパラメータ(ビットレート Rb=270.833R_b = 270.833 kbit/s、すなわち T3.69 μsT \approx 3.69\ \mu\text{s}BT=0.3BT=0.3)から、ガウスフィルタの 3-3 dB帯域幅 BB を求めてください。またこのビットレートに対して、無フィルタのMSKであった場合の2つのFSKトーン間隔 Δf=1/(2T)\Delta f = 1/(2T) も計算し、BB と比較してどちらがどれだけ狭いか論じてください。
  2. MSKの瞬時位相 θ(t)=θk+akπ2T(tkT)\theta(t) = \theta_k + a_k \dfrac{\pi}{2T}(t-kT)(kTt<(k+1)TkT\le t<(k+1)T)について、θ(t)\theta(t) がシンボル境界 t=kTt=kT で連続であること(隣接区間の式を境界で評価した値が一致すること)を、漸化式 θk+1=θk+akπ/2\theta_{k+1}=\theta_k+a_k\pi/2 を使って確認してください。
  3. 半正弦波パルス p(t)=sin(πt/2T)p(t)=\sin(\pi t/2T)(Tt<T-T\le t<T)を使ったMSKのOQPSK表現において、任意の時刻 ttI(t)2+Q(t)2I(t)^2+Q(t)^2 が(データパターンによらず)一定値になることを、区間 [0,T)[0,T) 内の1点で I(t)=cos(πt/2T)I(t)=\cos(\pi t/2T), Q(t)=sin(πt/2T)Q(t)=\sin(\pi t/2T) となる(隣接シンボルの寄与がその区間ではゼロになる)場合について確認し、定包絡線性を数式で示してください。
  4. RRCフィルタで整形したQPSK信号を、バックオフなしで飽和C級増幅器に通すとどのような問題が起きるか、この回で学んだAM-AM/AM-PM歪みとスペクトル再成長の概念を使って説明してください。またGMSKであればなぜこの問題が原理的に生じにくいのかも合わせて論じてください。

まとめと次回予告

MSKは、位相を区分線形になめらかに動かす連続位相変調として定式化でき、実は変調指数 h=1/2h=1/2 のFSKと数学的に等価であることを見ました。GMSKはこのMSKの前段にガウスフィルタを挿入し、位相軌跡の「角」も丸めることでさらに帯域外輻射を抑えます。BTBT 積という1つのパラメータが、スペクトルの狭さと符号間干渉によるビット誤り率劣化のトレードオフを支配していました。そして、GMSKが振幅面では常に一定(定包絡線)であるという性質は、送信機の電力増幅器を飽和動作に近い高効率な状態で駆動できるという、通信理論と回路設計をまたぐ大きな実務的メリットを生んでいます。

ただしGMSKには、これまで扱ってきたPCM/PSK/PM方式のような明示的な残留搬送波(スペクトル上の孤立したトーン)がありません。では受信機はどうやって復調に必要な搬送波位相の基準を手に入れるのでしょうか。次回は、搬送波成分を持たないサプレスドキャリア型の信号からでも位相同期をとれる、PLLの応用形であるCostasループの入り口に触れます。

参考文献

  • K. Murota and K. Hirade, “GMSK Modulation for Digital Mobile Radio Telephony,” IEEE Transactions on Communications, vol. 29, no. 7, 1981
  • J. G. Proakis, M. Salehi, Digital Communications, 5th ed., McGraw-Hill(CPM・MSKの章)
  • ETSI/3GPP TS 05.04, Digital cellular telecommunications system (Phase 2+); Modulation
  • CCSDS 211.0-B, Proximity-1 Space Link Protocol—Physical Layer
  • F. Amoroso, “Pulse and Spectrum Manipulation in the Minimum (Frequency) Shift Keying (MSK) Format,” IEEE Transactions on Communications, vol. 24, no. 3, 1976