変調・符号化#128
光通信の変調方式 — PPM・コヒーレント検波・波長分割多重
光通信=波長が短いだけの電波、という話では終わらない。M元パルス位置変調(PPM)がなぜ光子計数検出と相性が良く深宇宙で選ばれるのか、コヒーレント光通信がPCM/PSK/PMやPLLの理論をどう光領域に引き継ぐのか、波長分割多重(WDM)が伝送容量をどう増やすのかを、光子効率の数式とDSOCの実例で理解する。
前提知識: 光通信・DSOC — 波長を短くするとアンテナ利得はどこまで上がるのか
この回で学ぶこと
光通信・DSOCの回では、「波長を電波の1万分の1以下にすると、アンテナ利得が で桁違いに稼げる」という光通信の存在意義と、その代償としての指向精度・大気・天候の問題を扱いました。その回の終盤で、光通信では受信電力が極端に弱いために雑音の統計がガウス分布からポアソン統計(光子計数)に置き換わり、変調方式として**PPM(Pulse Position Modulation、パルス位置変調)**がよく使われる、という話に軽く触れました。
この回では、その話を正面から掘り下げます。光にビット列を乗せる方法は実は1つではありません。
- PPM: 光子計数検出器と相性の良い、直接検波ベースの方式。
- コヒーレント光通信: PCM/PSK/PMやPLLで学んだRFの位相変調・コヒーレント検波の理論を、そのまま光の搬送波に引き継ぐ方式。
- WDM(波長分割多重): 変調方式そのものというより、複数の波長チャネルを束ねて容量を底上げする多重化技術。
これら3つを数式で追いながら、なぜ深宇宙リンクという極端な電力制限環境では直接検波PPMが選ばれ、地球近傍の高スループットリンクではコヒーレント方式やWDMが有力になるのか、その境界線がどこにあるのかを明らかにします。この整理は、シャノンの通信路容量定理の回で学んだ「電力制限領域では直交信号方式が容量に近づく」という結果と驚くほど直接につながっています。
直感的導入 — 「どこで光ったか」と「どう振動しているか」
RFの世界で情報を乗せる方法を思い出すと、PCM/PSK/PMで見たように、搬送波の振幅・位相・周波数という連続的な物理量にビットを乗せていました。これは受信機が搬送波の波形そのもの(振幅と位相)を精度良く測れることを前提にしています。
しかし光通信・DSOCの回で見たように、深宇宙リンクでは受信光子がまばらにしか届かず、光の「波形」を連続量として測るという前提自体が崩れます。数個、あるいは1個の光子が届いたか届かなかったかという、離散的でオール・オア・ナッシングな情報しか得られない環境です。
このとき自然に出てくる発想が、「位相や振幅の細かい値ではなく、いつ光ったかにビットを乗せる」というPPMです。懐中電灯のスイッチを、決められたタイミングのどこか1箇所だけでオンにする、というイメージです。オンにするタイミングが 通りあれば、そのうちどれを選んだかで ビットの情報を運べます。光ったか光っていないかを判定するだけなら、位相の基準や振幅の校正がなくても検出でき、これがフォトン飢餓環境での圧倒的な強みになります。
一方、地球近傍のように光子が潤沢に届くリンクでは、RFで培った「位相をコヒーレントに検波する」という洗練された技術をそのまま光に持ち込むほうが、単位帯域あたりに詰め込めるビット数(スペクトル効率)で有利になります。この「どちらを選ぶか」という判断は、結局のところシャノン限界の回で学んだ「電力が乏しいか、帯域が乏しいか」という通信路の性質の違いに帰着します。以下、数式でこの構造を追っていきます。
数式定式化
1. PPM(パルス位置変調)の信号モデル
元PPMでは、1シンボル周期 を 個の等間隔なタイムスロット(幅 )に分割し、そのうち1つのスロットだけにパルスを送ります。通りのうちどのスロットを選ぶかで
の情報を運びます。送信光電力を 、パルスが乗るスロットのインデックスを とすると、
ビットレート を固定すると、シンボル周期は 、スロット幅は
となります。ここで重要な性質が2つ出てきます。
性質1: 平均送信電力がピーク電力よりずっと小さい。 個のスロットのうち光っているのは1つだけなので、デューティ比は であり、
言い換えると、同じ平均電力を保ったまま を大きくすれば、ピーク電力は 倍まで許容できることになります。レーザー送信機は「平均電力」よりも「ピーク電力」の制約が緩いことが多いため、この性質はPPMがエネルギー効率で有利になる直接の理由の一つです。
性質2: 必要帯域幅は とともに広がる。 スロットを見分けるために必要な帯域幅はおおよそ で、
を大きくするほど (運べるビット数)は緩やかにしか増えないのに対し、必要帯域幅は にほぼ比例して増えていきます。つまりPPMは帯域幅を犠牲にして電力効率を稼ぐ方式だということが、この2つの式からはっきり見えます。
2. 光子計数検出とPPMの誤り率 — なぜ電力に強いのか
光通信・DSOCの回で述べた通り、深宇宙受信機はSNSPD(超伝導ナノワイヤ単一光子検出器)のような、ほぼ理想的な光子計数検出器を使います。各スロットに到来する光子数はポアソン過程に従うと仮定し、パルスが乗った「正解スロット」に届く平均信号光子数を 、それ以外の「ハズレスロット」に暗計数や背景光から届く平均雑音光子数を とします。
正解スロットで少なくとも1光子を検出できる確率は、ポアソン分布から
一方、個のハズレスロットのどれにも誤って光子が検出されない確率は(各スロット独立と仮定して)
したがってシンボル誤り率は、正解を見逃す確率と誤ったスロットを拾ってしまう確率の和として近似的に
と書けます(理想化された独立スロット・ハード判定モデルによる近似で、実際のSCPPM符号化系ではこれに誤り訂正符号の利得が加わります)。
この式から光子効率という量を定義できます。1シンボルあたりに使う信号光子数はおよそ 個、運べるビット数は ビットなので、
目標誤り率 を一定に保つには 程度でほぼ一定(見逃し確率の項が支配的で、 にほとんど依存しない)であるのに対し、分子の は とともに増えていきます。つまり を大きくするほど、同じ誤り率を保ったまま1光子あたりに運べるビット数が増える——これがPPMのエネルギー効率がの増大とともに向上する仕組みです。
具体的な数値で確認しましょう。目標シンボル誤り率を とし、 (つまり bit/シンボル) の場合、見逃し確率の項だけで評価すると
このように、 の大きいPPMは1ビットあたり数光子というオーダーで情報を運べます。次節でコヒーレント検波の量子限界と比較し、この数字がどれほど優れているかを見ます。
3. コヒーレント光通信 — PSK理論を光搬送波へ引き継ぐ
PPMとはまったく異なる発想がコヒーレント光通信です。光搬送波(周波数 、波長1550nm相当)に、PCM/PSK/PMの回で扱ったのとまったく同じ形で位相変調を掛けます。DPSK(差動位相偏移変調)の場合、
問題は、 が193 THzという途方もない高周波であるため、光検出器(フォトダイオード)が直接その位相を測ることはできない点です。そこで受信機では、送信レーザーと同じ波長帯の局部発振レーザー(ローカルオシレータ、LO)
を受信光と光学的に混合(ビート)させます。 とすればホモダイン検波、 をわずかにずらせばヘテロダイン検波です。ヘテロダインの場合、光検出器が出力する光電流は
という、中間周波数 のRF帯(数百MHz〜数GHz程度)の信号に変換されます。この形はPCM/PSK/PMの回で扱ったPM変調信号や、PLLの回で追尾対象にした残留搬送波と数式上まったく同じ構造をしています。つまり、光ヘテロダイン検波以降の信号処理——位相同期・復調・ビット判定——は、PLLやCostasループの理論をそのまま「光の波長で作った微弱なRF信号」に適用するだけで済みます。ここで局部発振レーザーは、RFにおけるPLLのVCOの役割を果たし、送受のレーザー間の位相を合わせ続ける**光位相同期ループ(OPLL)**が必要になります。
注目すべきは光電流の振幅が に比例している点です。 を強くすればするほど、この積は大きくなり、信号光 がどれだけ弱くても、ローカル発振器が作る「利得」によって検出可能な電流レベルまで持ち上げられます。これは**ローカルオシレータ利得(LO gain)**と呼ばれ、受信機雑音を(理想的には)信号光自身のショット雑音の限界まで下げられるという、コヒーレント検波ならではの利点です。
この利点にもかかわらず、コヒーレント検波にも量子力学的な下限があります。ショット雑音限界のホモダインBPSK検波では、ビット誤り率は
という形で、1ビットあたりの平均信号光子数 で書けることが知られています(Q関数の定義はPCM/PSK/PMの回を参照)。目標誤り率を前節と同じ に取ると、 より
前節で求めたPPM()の約1.7光子/bitと比べると、同じ誤り率を達成するのに、コヒーレントホモダインBPSKはPPMの3倍以上の光子数を必要とします。この比較こそが、深宇宙のような極端な電力制限環境でPPMが好まれる本質的な理由です。
4. 波長分割多重(WDM) — 帯域方向に容量を増やす
PPMとコヒーレント方式がいずれも「1本のビームにどう情報を詰め込むか」という問いへの答えだったのに対し、**波長分割多重(WDM, Wavelength Division Multiplexing)はまったく異なる軸の技術です。波長のわずかに異なる複数のレーザー光 を、1本の光ファイバー(あるいは1つの望遠鏡の開口)に同時に送り込み、受信側では回折格子やアレイ導波路格子(AWG)などの波長選択素子でチャネルごとに分離します。これは電波の世界の周波数分割多重(FDM)**を、光の周波数軸(波長軸)でそのまま実現したものです。
各波長チャネルが独立に容量 ビット/秒を運べるとすれば(記号はシャノン限界の回と同じ)、総容量は単純にチャネル数倍で増えます。
地上の光ファイバー通信では、C帯(1530〜1565nm付近)にITU-T G.694.1で規定された50GHzまたは100GHz間隔のグリッドに数十〜100波長近いチャネルを並べる**DWDM(Dense WDM)**が標準技術として確立しています。自由空間光通信(FSO)にこの発想を持ち込めば、変調方式や光子効率を変えずに、波長軸に沿って複数のリンクを並列化するだけで総伝送容量を増やせる、という利点があります。
ただし深宇宙リンクにこの発想をそのまま適用するには注意が必要です。WDMは「帯域(波長チャネル数)を増やして容量を稼ぐ」技術であり、光通信・DSOCの回で見たように深宇宙リンクは帯域ではなく**探査機の限られた一次電力(prime power)**そのものがボトルネックになりがちです。波長チャネルを増やすには、その数だけレーザー送信機(あるいは送信電力の分配)が必要になるため、WDMは「電力さえ確保できれば帯域方向に容量を伸ばせる」場面で真価を発揮する技術だと言えます。
実務での使われ方
DSOCの変調方式 — SCPPM
前回紹介したNASA/JPLのDSOC(サイキ探査機搭載)は、実際にPPMをベースにした変調・符号化方式を採用しています。単純なPPMシンボルをそのまま送るのではなく、畳み込み符号とインターリーバをPPM変調と一体設計した**SCPPM(Serially Concatenated Pulse-Position Modulation)**という符号化変調方式が使われており、リンク距離や大気条件に応じての値(数〜数百のオーダー)とスロット幅(サブナノ秒オーダー)を切り替えることで、リンクマージンとデータレートのバランスを調整します。DSOCのフライト・レーザー・トランシーバは平均送信光電力4Wという小さな電力ながら、この節で見た「を大きくして光子効率を稼ぐ」PPMの原理と、SNSPDによるほぼ理想的な光子計数検出とを組み合わせることで、前回紹介した数百万kmの距離での高速ダウンリンクを実現しています。
地球近傍でのコヒーレント光通信の実運用
コヒーレント光通信は理論だけの話ではなく、地球近傍ではすでに実運用に入っています。ドイツのTesat-Spacecom社が開発した**レーザー通信端末(LCT)は、ホモダインBPSK検波を用いた衛星間光リンクとして、2008年のTerraSAR-X/NFIRE衛星間実験で実証され、その技術を発展させたEDRS(European Data Relay System)**では静止軌道の中継衛星と低軌道の地球観測衛星の間で毎秒1.8Gbpsクラスのコヒーレント光リンクが日常的に運用されています。
また、NASA/MITリンカーン研究所の**TBIRD(TeraByte InfraRed Delivery)**という超小型衛星ミッションでは、地上の光ファイバー通信業界で確立されたコヒーレント変調技術(DPSK系)を軌道上に転用し、低軌道から地上への短時間パスで最大200Gbpsを超えるダウンリンクを実証しました。地球近傍のリンクは深宇宙に比べて距離が桁違いに近く、受信光子束にずっと余裕があるため、この節で見た「コヒーレント方式は光子効率でPPMに劣るが、帯域あたりのビット数(スペクトル効率)では有利」というトレードオフが、深宇宙とは逆向きに効いてくるのです。
将来の深宇宙光通信とコヒーレント化の展望
現在のところ深宇宙の光通信はPPMが主流ですが、NASA/JPLはより高いデータレートを目指す将来ミッションに向けて、コヒーレント光通信を深宇宙リンクに適用する研究も進めています。探査機の開口を大きくし、電力事情の良い設計(たとえば原子力電源や大型太陽電池パドルを持つミッション)であれば、この回で見た「電力が潤沢ならスペクトル効率の高い方式が有利」という論理が深宇宙にも当てはまるようになるためです。またコヒーレント方式は原理的にはWDMとも自然に組み合わせられるため、将来的に深宇宙探査機が複数波長のコヒーレントリンクを束ねて超高速大容量伝送を行う、という発展の道筋も研究段階で議論されています。
演習問題
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ビットレート を のPPMで伝送するとき、シンボル周期 、スロット幅 、そしておおよそ必要な帯域幅 を求めよ。またこの結果を、 の場合(同じ)と比較し、を大きくすることの帯域幅コストを定量的に議論せよ。
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本文中の簡易モデル を用い、、目標誤り率 の場合に必要な信号光子数 (見逃し確率の項のみで評価)を求め、光子効率 [bit/photon] を計算せよ。さらに、同じ誤り率をコヒーレントホモダインBPSKの式 で達成する場合の を求め、どちらが光子効率で優れているか比較せよ。
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なぜPPMは「電力効率は良いが帯域幅効率は悪い」方式であり、コヒーレント方式は逆の性質を持つのか、本文中の の式と の式を根拠に、自分の言葉で説明せよ。またこのトレードオフが、シャノン限界の回で学んだ「電力制限領域では直交信号方式(orthogonal signaling)が容量に近づく」という性質とどう対応しているか論じよ(ヒント: 元PPMは元直交信号方式の一種である)。
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深宇宙探査機のように厳しい電力制約下ではPPMが好まれる一方、地球近傍のTBIRDやEDRSのようなミッションではコヒーレント方式が実用化されている。この違いを、リンク距離による受信光子束の変化という観点から説明せよ。
まとめと次回予告
この回では、光通信における3つの主要な技術——PPM(直接検波・光子計数と相性が良く、電力効率に優れるが帯域幅を消費する)、コヒーレント光通信(RFのPSK・PLL理論をそのまま光に引き継ぎ、スペクトル効率に優れるが多くの光子数を要求する)、そしてWDM(帯域方向にチャネルを並列化して容量を増やす多重化技術)——を数式とともに整理しました。元PPMがなぜを大きくするほど光子効率が向上するのか、コヒーレントホモダイン検波の量子限界がどんな式で書けるのか、そしてこれらのトレードオフがシャノン限界の回で学んだ電力制限領域の直交信号方式の議論とどうつながっているのかを見た上で、DSOCの実際のSCPPM方式や、TBIRD・EDRSといった地球近傍でのコヒーレント光通信の実運用例で締めくくりました。
次回は視点をRFの誤り訂正符号に戻し、符号の距離スペクトルとユニオンバウンド——ある符号がどれだけ雑音に強いかを、符号語同士の「距離」の分布から評価する理論——に軽く触れます。この回でPPMやコヒーレント検波の誤り率を近似的に扱った手法が、より一般的な符号設計の枠組みの中でどう体系化されるのかを見ていきます。
参考文献
- H. Hemmati (ed.), Deep Space Optical Communications, Wiley-JPL Deep Space Communications and Navigation Series
- R. M. Gagliardi, S. Karp, Optical Communications, 2nd ed., Wiley
- B. Robinson et al., “Overview of the Deep Space Optical Communications (DSOC) Technology Demonstration,” SPIE / IEEE 関連論文
- K. Kikuchi, “Fundamentals of Coherent Optical Fiber Communications,” Journal of Lightwave Technology
- CCSDS 141.0-B, Optical Communications Physical Layer
- CCSDS 142.0-B, Optical Communications Coding and Synchronization
- ITU-T G.694.1, Spectral grids for WDM applications: DWDM frequency grid
- NASA/JPL, Deep Space Optical Communications (DSOC) ミッション概要・成果報告資料
- MIT Lincoln Laboratory / NASA, TBIRD (TeraByte InfraRed Delivery) ミッション概要資料