測距・追跡#83
編隊飛行の相対航法 — 探査機同士が直接測り合う世界
SBIは地上局から2機の相対角位置を求める技術だった。編隊飛行ミッションでは探査機同士が直接電波をやり取りし、メートルからピコメートルオーダーで相対距離を維持し続ける必要がある。機体間測距(クロスリンクレンジング)とデュアルワンウェイ測距の数式、そして制御ループへの伝搬遅延の影響をLISA・TanDEM-X・GRACE-FOの実例とともに追う。
前提知識: SBI — 同一ビーム干渉法で2機の相対位置を測る
この回で学ぶこと
前回扱ったSBI(同一ビーム干渉法)は、地上局から見て2機の探査機の相対角位置を、電離層・対流圏遅延などの共通誤差をキャンセルしながら高精度に決定する技術でした。地球から数億km彼方の火星周回機とローバーの相対位置を、地上のアンテナで受動的に「観測する」という構図です。
しかし世の中には、そもそも地上局を介さず探査機同士が直接電波を送り合うことでしか実現できないミッションがあります。複数の探査機が編隊を組んで飛行し、宇宙空間に巨大な仮想的な観測装置を作り上げる**編隊飛行(フォーメーションフライング)**ミッションです。重力波を観測する将来のレーザー干渉計や、地表を立体的にマッピングするバイスタティックSAR(合成開口レーダー)編隊などがその代表例です。
これらのミッションでは、探査機同士の相対位置を数メートルからサブミリメートル、さらにはピコメートルオーダーという、これまで扱ってきたどの測距技術よりも桁違いに厳しい精度で維持し続ける必要があります。この回では、探査機同士が互いにトランスポンダのような役割を果たし合う**機体間測距(クロスリンクレンジング, crosslink ranging)**の仕組みを、トランスポンダの回で学んだコヒーレントターンアラウンドの考え方を土台にしながら数式で追い、さらに相対位置の観測値が編隊維持のための推進系制御にどうフィードバックされるか、その閉ループに通信遅延がどう効いてくるかを見ていきます。
直感的導入: なぜ探査機同士が直接測り合う必要があるのか
SBIは非常に強力な技術でしたが、原理的な制約が2つあります。
- 地上局のアンテナビーム幅程度の分離角でしか使えない: 2機が天球上で大きく離れていれば、そもそも同一ビーム内に収まりません。
- 精度の上限が地上局側のインフラで決まる: 群遅延測定精度、基線長、電離層の相関長といった、地上局側の事情に精度が縛られます。SBIで達成できる相対位置精度は良くてもメートルからサブメートルのオーダーでした。
ところが編隊飛行ミッションが要求する精度は、これとは次元が違います。たとえば将来の宇宙重力波望遠鏡LISA(Laser Interferometer Space Antenna)では、3機の探査機が一辺250万kmの正三角形を保ちながら太陽を周回し、その辺の長さのゆらぎをピコメートル(10⁻¹²m)オーダーで検出することが目標です。地球からSBIで火星の周回機とローバーの相対位置をメートル精度で決められることと比べても、要求精度は10桁以上厳しくなります。
この精度は、地上局を経由した観測では到底実現できません。地球から250万km彼方の2機を、地上のアンテナごしにピコメートル精度で測ることは物理的に不可能です。そこで発想を転換し、探査機同士が互いに電波(あるいはレーザー光)を送受信し合い、自分たち自身で相対距離を測るというアプローチが必要になります。これが機体間測距、クロスリンクレンジングです。
さらに編隊飛行では、測っただけでは終わりません。測定した相対位置のズレをもとに、推進系(スラスタ)に指令を出して編隊の形状を保つ、閉ループの制御系が必要になります。地上と探査機の間の通信には片道何分〜何時間もの遅延がありましたが、探査機同士の間でも(距離は短くても)有限の光速による遅延が生じ、これが制御ループの設計に直接効いてきます。この回では、この「測る」と「制御する」の両方を数式で見ていきます。
数式による定式化
機体間測距の基本: コヒーレントターンアラウンドの拡張
トランスポンダの回では、地上局が送ったアップリンク搬送波に探査機側のPLLが位相同期し、既知のターンアラウンド比 をかけてダウンリンクへ折り返す、というコヒーレントターンアラウンドの仕組みを見ました。地上局と探査機という非対称な関係(片方は超高安定な水素メーザーを持つ大型施設、もう片方は限られた電力・質量の搭載機器)だからこそ、「片方が基準を出し、もう片方がそれに追従して折り返す」という構図が自然に成り立ちました。
編隊飛行の2機の探査機 A, B の関係は、これとは事情が異なります。両者ともに同程度の(限られた)搭載発振器しか持たず、どちらか一方だけを一方的な基準にする理由がありません。さらに、LISAのように腕長が数百万kmに達するミッションでは、片道の光伝搬時間 がすでに数秒〜十数秒のオーダーになり、DSNのTwo-wayドップラーのように「アップリンクの瞬時位相にそのまま同期して折り返す」という真の意味でのコヒーレントターンアラウンドを組むこと自体が難しくなります(往復の間に基準位相がどんどん進んでしまうため)。
そこで編隊飛行、特にLISAのような超長基線ミッションで使われるのが、デュアルワンウェイ測距(Dual One-Way Ranging, DOWR) という考え方です。両方の探査機が、それぞれ自分の局所クロックを基準にした測距信号を同時に相手へ向けて送り合い、互いに相手からの信号の到達時刻を自分のクロックで記録します。
デュアルワンウェイ測距の定式化
探査機 A, B それぞれの局所時刻を、共通の基準時刻 からのオフセット , を使って
と表します。探査機Aから探査機Bへの片道測距(A送信・B受信)で得られる擬似距離(pseudorange)は、真の幾何学的距離を 、測距雑音を とすると、
となります。ここで符号に注目してください。Bが受信した時刻をB自身のクロックで読むため、Bのクロックが基準時刻より進んでいれば()測距値は実際より長く、Aのクロックが進んでいれば()Aが「早く送った」と誤認するぶん測距値は短く見積もられます。これはDDOR/SBIで見た「局位置誤差・時計誤差が到達時間差に加法的なバイアスとして乗る」構造と同じ形です。
逆方向(B送信・A受信)についても同様に、
が得られます。ここで、光行差時間が真の距離に比べて十分短く、往復のあいだに幾何学的距離がほとんど変化しないとみなせるなら です。SBIでは2つの観測量の差を取ることで共通誤差(基線誤差・時計誤差)を消しましたが、ここでは逆に2つの観測量の和を取ります。
クロックオフセットの項が符号を変えて打ち消し合うことに注目してください。
したがって、
2機それぞれが独立に持つクロックオフセットを、それぞれのクロックを較正することなく1次のオーダーでキャンセルできる、というのがDOWRの本質です。SBIが「差分」によって空間的に共通な誤差(電離層・局位置)を消したのに対し、DOWRは「和分」によって時間的に相手ごとに異なる誤差(クロックオフセット)を消す、という対の関係にあることに注意してください。
なお、これは1次近似であり、往復の間にクロックオフセットの変化率(周波数オフセット)や、A→BとB→Aで光行差時間が完全には一致しない効果(探査機自身が編隊内で動いているため)による残差が残ります。この残差をさらに補正するには、より精密な時刻同期の技術が必要になります。これは次回予告で触れます。
相対速度: 測距値の時間微分としてのドップラー
相対距離 が時間とともにどう変化するかは、 を測距コードの搬送波位相の変化として捉えれば、トランスポンダの回で見たドップラーの考え方をそのまま流用できます。搬送波位相 の時間微分が瞬時周波数を与えるので、
という関係で、相対距離の時間変化率(すなわち視線方向相対速度)を、測距搬送波の位相変化(あるいは周波数偏移)から直接読み取ることができます。GRACE-FOのK/Kaバンド機体間測距システムや、LISAのレーザー干渉計は、実際には距離そのものよりもこの距離変化率、さらにその積分である位相を主たる観測量として扱います。理由は後述する精度要求の節で見ます。
編隊維持制御ループと通信遅延
相対位置・相対速度を測定できたら、それを編隊維持のための軌道制御にフィードバックします。単純化した閉ループとして、目標相対距離 からの偏差に比例した推力指令を出す比例制御を考えましょう。
ここで は、測距信号の光行差時間 に加え、信号処理・軌道決定計算・推力指令の伝達にかかる時間を合わせた実効的なむだ時間(dead time)です。制御指令 が実際に推力として編隊の相対運動へ反映されるのは、この遅延の分だけ後になります。
このむだ時間 をもつ閉ループが安定に動作するためには、制御帯域幅 (比例ゲイン や積分・微分ゲインで決まる、閉ループが追従できる周波数の上限)が、遅延の逆数に対して十分小さいことが要求されます。むだ時間要素の位相遅れは (ラジアン)であり、位相余裕を確保するための目安として、
という制約が経験的に使われます。地上局と探査機のあいだの光行差時間(片道数分〜数時間)に比べれば、編隊内の探査機間距離(数十mから数百万km)による遅延ははるかに短いのが普通ですが、LISAのように腕長250万kmの編隊では 秒に達し、これは無視できない量になります。編隊の相対運動(軌道力学的な自然な変化)の時間スケールに比べれば依然として短いため、LISAでは実際には各腕長そのものを能動的に「制御」して一定に保つのではなく、自由飛行(drag-free) させたうえで、腕長のゆらぎをレーザー干渉計で測定し続け、地上でのデータ処理(後述するTDI)によって補正するという設計思想が取られています。一方、地球低軌道でのSAR編隊(TanDEM-X等)のように能動的な軌道保持制御が必要なミッションでは、上記の帯域幅制約が制御系設計の実務上の出発点になります。
相対測位精度が絶対測位より桁違いに厳しい理由
なぜ編隊飛行では相対測位にここまでの精度が求められるのでしょうか。鍵は、ミッションの科学データそのものが相対距離の変化として得られることにあります。
重力波が通過すると、時空の歪みによって自由飛行する2つの試験質量の間の距離が、無次元の量である歪み(strain) に比例して変化します。
ここで は基準となる距離(LISAでは腕長 )、 が重力波によって生じる距離変化です。LISAが目標とする歪み感度はおおむね 程度(周波数帯や積分時間による)であり、これから要求される距離変化の検出感度は、
というピコメートルオーダーの数字になります。つまりLISAにとって「相対距離の変化」は誤差要因ではなく、それ自体が観測したい物理量なのです。これに対し、探査機の絶対位置(太陽系内でのどこにいるか)は、レンジングやドップラーで得られるキロメートルからメートルオーダーの精度で十分であり、桁違いに緩い要求です。この「相対」と「絶対」の精度要求の非対称性は、SBIの回で見た「相対角位置がDDORの絶対角位置よりも1桁良い」という話よりもさらに極端な形で、編隊飛行ミッションの設計思想の根幹をなしています。
もう1つの理由は、 の絶対値そのものよりも時間変化が本質的だという点です。前節で見た通り、DOWRやレーザー干渉計が実際に高精度に測っているのは距離の絶対値ではなく、搬送波(あるいはレーザー光)の位相、すなわち距離のわずかな変化分です。ピコメートルオーダーの絶対距離校正は不可能でも、位相追跡によって「250万km中の25pmの変化」を検出することは、干渉計の原理上可能になります。これは光の波長(LISAではおよそ1064nm)を物差しにして、その何兆分の1という分解能で位相を読み取ることに相当します。
実務での使われ方
- LISA(Laser Interferometer Space Antenna): ESAが主導し、NASAも参加する将来の宇宙重力波望遠鏡計画。3機の探査機が一辺250万kmの正三角形編隊を組み、太陽を周回しながら地球から後方に追従して飛行する。各探査機内部の自由浮遊試験質量(金プラチナ合金キューブ)を基準点とし、機体間をレーザー干渉計で結ぶ。真の意味での往復コヒーレントターンアラウンドが光行差時間の長さゆえに難しいため、前述のデュアルワンウェイ測距の考え方を拡張したTime Delay Interferometry (TDI) という地上データ処理技術を用いる。TDIは、複数の腕から得られる位相測定値を、光行差時間だけずらして重み付き線形結合することで、レーザー自体の周波数雑音(干渉計の感度を支配する主要雑音源)を、あたかも腕長がゼロの実験室内干渉計であるかのように打ち消す手法であり、DOWRでクロックオフセットを消した発想を、より高次かつ多腕の構成に一般化したものと理解できる。
- TanDEM-X / TerraSAR-X編隊: ドイツ航空宇宙センター(DLR)が運用するX-バンド合成開口レーダー衛星2機による編隊飛行ミッション(2010年運用開始)。両機が数百mの近接編隊を保ちながら同時にレーダー観測を行うバイスタティックSARにより、地表の高精度デジタル標高モデル(DEM)を生成する。編隊維持には相対GPS測位に加え、Ku-バンドの機体間リンク(Inter-Satellite Link, ISL)による相対距離・相対姿勢の直接測定が用いられ、ミリメートルオーダーの基線長知識(ベースライン決定精度)がDEMの高さ精度に直結する。
- PRISMA(スウェーデン宇宙公社、2010年打ち上げ): 編隊飛行・近傍運用技術を実証した小型衛星ミッション。主衛星Mangoと副衛星Tangoの間に、RF方式の機体間測距・角度測定センサ(Formation Flying RF sensor, FFRF)を搭載し、自律的な相対航法・編隊制御アルゴリズムを軌道上で実証した。編隊飛行のクロスリンク計測を専用のRFセンサとして初めて本格的に軌道実証した先駆的ミッションとして知られる。
- GRACE / GRACE-FO(重力回復・気候実験ミッション): 2機の衛星が同一軌道面を約220km離れて追従飛行し、地球の重力場の時間変化(氷床融解・地下水変動など)を、機体間距離の変化率から直接推定する。K/Kaバンドの機体間測距システム(KBR, K-Band Ranging)により、マイクロメートルオーダーの距離変化検出精度を達成しており、後継のGRACE-FOでは実験的にレーザー測距干渉計(Laser Ranging Interferometer, LRI)も搭載され、ナノメートルオーダーの感度を実証した。これはLISAの技術実証(パスファインダー)としての意味合いも持つ。
演習問題
-
探査機Aのクロックオフセットが 、探査機Bのクロックオフセットが であるとする。片道測距値 と それぞれに含まれるクロック起因のバイアス(距離換算、光速 )を求め、和 を取るとこのバイアスがどうなるか、本文の式を使って確認してください。
-
LISAの目標歪み感度を 、腕長を とするとき、検出すべき距離変化 をメートル単位で求め、ピコメートル(pm)に換算してください。また、この を波長 のレーザー光の1周期に相当する距離と比較し、位相にして何ラジアン(あるいは何度)に相当するか概算してください。
-
LISAの腕長 による片道光行差時間 を求めてください。この を実効的なむだ時間とみなし、 という制御帯域幅の目安に照らして、この編隊が周期の短い(たとえば数秒周期の)相対位置変動を能動制御で直接抑え込むことが現実的かどうか、本文中の「自由飛行(drag-free)+後段データ処理」という設計思想と関連づけて論じてください。
-
SBI(前回)とクロスリンク測距(今回)は、どちらも「2機の探査機の相対位置」を求める技術ですが、観測の主体(地上局か、探査機自身か)と、達成できる精度のオーダーが大きく異なります。両者を比較し、なぜGRACE-FOやLISAのようなミッションではSBI的な地上局観測ではなく、探査機同士の直接測距が不可欠なのかを、本文で扱った精度要求の議論を踏まえて説明してください。
まとめと次回予告
編隊飛行ミッションでは、探査機同士が互いにトランスポンダのような役割を果たし合い、デュアルワンウェイ測距によって各機のクロックオフセットを較正せずにキャンセルしながら相対距離・相対速度を求めます。この相対測位の要求精度は、重力波観測のように相対距離の変化そのものが科学データになるミッションでは絶対測位よりも桁違いに厳しくなり、LISAではピコメートルオーダーに達します。この精度を支えるレーザー干渉計や機体間測距の裏側では、DOWRで見たようなクロックオフセットの扱いがさらに精緻化された時刻同期の技術が不可欠です。
次回は、この回で「1次近似でキャンセルできる」と述べたクロックオフセットの問題に立ち返り、探査機間、あるいは探査機と地上局の間で時刻そのものをどう正確に受け渡すかという**双方向時刻転送(two-way time transfer)**に軽く触れます。
参考文献
- P. Amaro-Seoane et al., “Laser Interferometer Space Antenna,” arXiv:1702.00786 (LISA Mission Proposal)
- M. Tinto, S. V. Dhurandhar, “Time-Delay Interferometry,” Living Reviews in Relativity
- G. Krieger et al., “TanDEM-X: A Satellite Formation for High-Resolution SAR Interferometry,” IEEE Transactions on Geoscience and Remote Sensing
- S. Persson, S. Veldman, P. Bodin, “PRISMA Formation Flying Demonstrator: Overview and Conclusions from the Nominal Mission,” Advances in the Astronautical Sciences, AAS
- H. Kornfeld et al., “GRACE-FO: The Gravity Recovery and Climate Experiment Follow-On Mission,” Journal of Spacecraft and Rockets
- K. Yamamoto et al., “Laser Ranging Interferometer on GRACE Follow-On,” Applied Optics
- DSN Telecommunications Link Design Handbook, DSN No. 810-005(Proximity/Crosslink通信に関するモジュール)