変調・符号化#170
ブラインドチャネル推定 — パイロットなしで通信路を知る
ゼロフォーシング・DFE・MLSEはすべて通信路特性$H(f)$が既知という前提の上に成り立っていた。訓練信号(パイロット)を送る帯域的余裕がないとき、受信信号の統計的性質だけから通信路を推定する「ブラインド」推定——高次統計量、コンスタントモジュラスアルゴリズム(CMA)、サイクロスタショナリー——の考え方を追う。
前提知識: チャネル等化技術 — ZF等化器・DFE・MLSEでISIを能動的に取り除く
この回で学ぶこと
チャネル等化技術の回では、ゼロフォーシング(ZF)等化器・決定帰還等化器(DFE)・最尤系列推定(MLSE)という3つの等化方式を見ました。これらはいずれも、設計思想こそ大きく異なるものの、ひとつの共通の前提の上に成り立っていたことに注意してください。それは、通信路の伝達関数 (あるいは離散時間タップ )がすでに分かっているという前提です。ZF等化器は を直接計算しますし、DFEのフィードバックフィルタは通信路のポストカーサタップ の値そのものを使い、MLSEのブランチメトリックも予測受信値 の計算に を必要とします。つまり前回の議論は「通信路がすでに測定済みだとして、その情報をどう使えば最適に等化できるか」という、いわば後半戦だけを扱っていたことになります。
では、その 自体はどうやって知るのでしょうか。最も素直な方法は、送信側と受信側の双方があらかじめ合意した既知のビット列——訓練信号(トレーニングシーケンス)、あるいはパイロットシンボル——を定期的に送り、受信機がその既知の送信波形と実際の受信波形を比較することで を逆算する、というものです。これは実は目新しい話ではありません。フレーム同期とASMの回で学んだアタッチド・シンクロナイゼーション・マーカ(ASM)も、送受信双方が既知のビットパターンだという点で本質的に同じ発想の応用です。
しかし、この「既知の信号を送って通信路を測る」というアプローチには、あるコストが伴います。訓練信号を送っている時間・帯域は、本来運びたいデータそのものには使えません。データレートを最大化したい、あるいは占有帯域幅そのものに厳しい制約があるようなリンクでは、この訓練信号のオーバーヘッドを削りたい、あるいはゼロにしたいという要求が生まれます。さらに極端な場合として、そもそも送信機と協調関係になく、既知の訓練信号を仕込んでもらうこと自体が不可能な状況——たとえば他者の信号を傍受して解析するような場面——も存在します。
この回では、こうした状況で使われるブラインドチャネル推定(blind channel estimation)、あるいはブラインド等化(blind equalization)と呼ばれる一群の手法を扱います。パイロットという「正解データ」を使わずに、受信信号の統計的な性質だけから通信路の歪みを推定し、あるいは等化係数を直接調整するという、一見不可能に思えるこの問題に、どのような数学的な足がかりがあるのかを見ていきます。
直感的導入: 「正解を知らずに答え合わせをする」ことはできるか
パイロットベースの通信路推定を一言で言えば、「答えを知っている問題を出題し、相手(通信路)がどう答えを歪めたかを観察する」という方法です。これに対してブラインド推定は、「相手がどんな問題を出題したかは分からないが、出題される問題の性質(たとえば『答えは常に のどちらかだ』といった制約)だけは分かっている」という状況で、観察結果だけから相手の歪め方を逆算しようとするアプローチです。
一見無理筋に思えるこの発想が成立する鍵は、変調方式そのものが持つ既知の統計的構造にあります。たとえばBPSKやQPSKのような位相偏移変調では、送信されるシンボル の振幅は常に一定です( のように正規化できます)。この「振幅が一定である」という事実は、個々のシンボル値そのもの(どのビット列が送られたか)は分からなくても、変調方式の仕様として受信機が最初から知っている性質です。もし受信信号 の振幅が(通信路によるISIのせいで)シンボルごとにばらついているなら、それは「本来一定であるはずのものが歪められている」ことの証拠になります。したがって、「受信信号の振幅のばらつきをできるだけ小さくするように等化係数を調整する」という操作は、個々のシンボル値という正解データを一切参照せずに、通信路の歪みを打ち消す方向に等化器を導くことができるはずです。これが、後述するコンスタントモジュラスアルゴリズム(CMA)の直感的な出発点です。
もう少し一般化すると、通信路によるISIは、送信シンボル列という「本来はスパイクの立った、予測しにくい」信号を、多数のシンボルの重み付き和(畳み込み)に変換します。中心極限定理を思い出すと、独立同一分布に従う多数の確率変数の和は、個々の分布がどんなものであれ、ガウス分布に近づいていく傾向があります。つまりISIは送信信号を統計的に「ガウス化」する方向に働くのです。多くのディジタル変調方式の送信シンボル自体はガウス分布から程遠い分布(たとえばBPSKなら の2値だけを取る、離散的で「尖った」分布)をしているため、「受信信号の分布がどれだけガウス分布から離れているか」を測る統計量を最大化するように等化器を調整すれば、ISIによってガウス化された信号を、もとの尖った分布に近い形へ押し戻せる——これがブラインド推定に共通する数学的な骨格です。
パイロットベース推定の復習と基本トレードオフ
ブラインド推定の位置づけを明確にするため、まずパイロットベース推定を簡単に定式化しておきます。送受信双方が既知の訓練シンボル列 を共有しているとし、通信路のタップ数を とします。受信サンプルは
で、これを について並べると、行列形式で
と書けます。 は既知(訓練シンボルから構成できる)なので、最小二乗(LS)推定は
という閉形式で直接求まります。特に訓練系列が理想的な自己相関特性(PN系列のように、ゼロシフトでのみ大きな自己相関値を持つ)を持つ場合には、これは受信信号と訓練系列との相互相関
というシンプルな演算に近似でき、整合フィルタの回で見た相関検出の考え方とも直結します。
この方法の利点は明快です。 が既知である限り、線形最小二乗問題は一意かつ大域的な最適解を持ち、必要な訓練シンボル数 もタップ数 程度あれば(条件数が良ければ)十分で、収束に「反復」という概念すら必要ありません。欠点も同じくらい明快で、この訓練シンボル 個分の時間・帯域は、通信路が時間的に変動するたびに繰り返しデータ伝送を中断して確保しなければならず、実効データレートを直接押し下げます。通信路が高速に時変であるほど(たとえば移動体通信のように)、訓練シンボルを再送する頻度を上げる必要があり、オーバーヘッドの割合はさらに増します。この「訓練シンボルのオーバーヘッド」と「推定の速さ・確実さ」のトレードオフをどう解消するか、という問題意識が、以下で見るブラインド推定の出発点になります。
ブラインド推定の代表的アプローチ
高次統計量とコンスタントモジュラス性
先ほどの直感的導入で述べた「ガウス化」の議論を、統計量として定式化してみましょう。確率変数 の**尖度(kurtosis)**は、その分布がガウス分布からどれだけ「尖っている/裾が重い」かを測る4次の統計量で、実数の場合
と定義されます(ガウス分布では になるように の項が入っています)。BPSKのような2値の送信シンボル は なので となり、ガウス分布よりも「裾が軽く、分布が両端に集中した」負の尖度を持ちます。これに対して通信路を通過してISIが乗った は、多数の項の重み付き和であるために中心極限定理の効果で が0に近づいていきます。したがって、等化器の出力の尖度の絶対値 を最大化するように等化係数を調整するというのが、高次統計量に基づくブラインド等化の最も一般的な定式化です。個々の送信シンボル値は一切参照せず、「もとの変調方式が持つはずの分布の尖り具合」という統計的な事前知識だけを頼りにしている点が本質です。
コンスタントモジュラスアルゴリズム(CMA)
尖度の最大化を最も直接的な形に特殊化したのが、Godard(1980)およびTreichler & Agee(1983)によって独立に定式化されたコンスタントモジュラスアルゴリズム(CMA: Constant Modulus Algorithm)です。CMAは、MPSKのような送信シンボルの振幅(モジュラス)が変調方式として一定であるという制約を直接利用します。等化器のタップ係数ベクトルを 、受信サンプルベクトルを とし、等化器出力を
とします。CMAのコスト関数(Godardのディスパージョンコスト、 の場合)は
と定義されます。ここで は変調方式のアルファベットだけから決まる定数(Godard定数)で、
です。MPSKのように が常に一定値(正規化して )であるモジュラスコンスタント変調では、 なので となります。 は「等化器出力の瞬時電力 が、送信シンボルの本来あるべき一定値 からどれだけずれているか」の期待値二乗であり、これをゼロに近づけることは、等化器出力の振幅を送信シンボルと同じ一定値に近づけること——すなわちISIによる振幅変動を打ち消すことに他なりません。ここで重要なのは、 の定義のどこにも個々の送信シンボル値 そのものは現れず、変調方式のアルファベット全体の統計量 しか使っていない、という点です。
実際の適応アルゴリズムでは、期待値 を瞬時値で置き換えた確率的勾配降下(stochastic gradient descent)、すなわち畳み込み符号の回で暗黙に前提としていたLMS的な発想と同様の手続きを使います。実数の場合で勾配を計算すると、瞬時コスト の に関する偏微分は
となるので(誤差項 を「等化器出力の瞬時電力が からどれだけずれているか」を表す量として定義しています)、勾配降下によるタップ係数の更新則は、ステップサイズ を使って
と書けます(定数係数の4は に吸収しています)。複素基底帯域信号(QPSKなど)に一般化すると、複素共役を適切な位置に配置した
という形が標準的に使われます。この更新則の形は、チャネル等化技術の回では扱わなかったものの、LMSアルゴリズムによる適応フィルタ係数更新と構造的によく似ています——決定的に違うのは、LMSが「既知の訓練シンボルとの誤差」を使うのに対し、CMAは「振幅が一定であるべきという制約からの逸脱」だけを誤差として使っている点です。訓練シンボルという正解データを一度も参照せずに、勾配降下によって等化係数を通信路の逆特性へと収束させていく——これがCMAの核心です。
なお、CMAのコスト関数 は にしか依存せず位相には依存しないため、CMAは振幅方向の歪みを補正できても、等化後の信号全体に残る**一定の位相回転(位相あいまい性)**を解消できません。この残留位相は、差動符号化や短い基準シンボルなど、CMAとは別の手段で別途解決する必要があります。
サイクロスタショナリー(周期定常性)を利用した推定
CMAを含む高次統計量ベースの手法は非線形なコスト関数の最適化に頼る一方、通信路を線形代数的に厳密に同定できる可能性を開くのが、送信信号のサイクロスタショナリー(周期定常性、cyclostationarity)を利用する手法です。発想の出発点は、受信信号をシンボル速度 ちょうどではなく、その整数倍(たとえば 、すなわち1シンボルあたり2サンプル)でオーバーサンプリングすることにあります。
シンボル速度でサンプリングした受信信号の統計量(たとえば自己相関)は時不変(定常)に見えますが、パルス整形フィルタを通過した連続時間信号 の統計量は、実はシンボル周期 を周期とする周期性を本来持っています(定常に見えるのは、シンボル速度ちょうどでサンプリングすると、この周期構造がエイリアシングによって隠されてしまうためです)。オーバーサンプリングによって を 、 という2つの部分列(ポリフェーズ成分)に分解すると、これらは同一の送信シンボル列 を共通入力とする、2つの異なるサブチャネル の出力とみなせます。これはアンテナが複数あるわけではないのに数学的には1入力2出力(SIMO: Single-Input Multiple-Output)システムと等価な構造です。
この構造の重要な帰結は、 と が(多項式として)共通零点を持たないという穏やかな条件のもとで、送信シンボルの2次統計量(自己相関)だけから、通信路 を振幅・位相ともに一意に(定数倍のあいまいさを除いて)復元できるという点です。CMAのような高次統計量ベースの手法が位相あいまい性を残すのとは対照的に、オーバーサンプリングによって得られる周期定常な2次統計量は通信路の位相情報も含んでおり、これを利用したサブスペース法(Tong, Xu, Kailathらによる先駆的な定式化が知られています)は、コスト関数の非線形最適化という反復手続きなしに、線形代数演算(固有値分解など)だけで通信路を同定できるという利点を持ちます。この回ではこの手法の詳細なアルゴリズムまでは立ち入りませんが、「オーバーサンプリングによって埋もれていた周期構造を掘り起こし、通信路の位相まで含めた完全な同定を可能にする」という発想だけ押さえておいてください。
収束速度とパイロットベース手法とのトレードオフ
ブラインド推定が持つ最大の利点——訓練シンボルのオーバーヘッドがゼロになること——には、相応の代償が伴います。
第一に、収束速度です。パイロットベースのLS推定は、良好な条件数の訓練行列 さえあれば一発の線形代数演算で解が求まるのに対し、CMAのような確率的勾配降下法は、コスト関数 を十分小さくするまで大量のシンボルにわたって反復更新を繰り返す必要があります。経験的には、CMAが実用上許容できる程度までISIを抑圧するには、同程度のタップ数のLMS型の訓練付き等化器と比べて、数十倍から数百倍のシンボル数が必要になることが珍しくありません。通信路が時変であるほど、この遅い収束は致命的で、通信路が変化してしまう前に収束しきれないという事態も起こり得ます。
第二に、局所最適解への収束リスクです。CMAのコスト関数 は について4次(quartic)の非凸関数であり、大域的最適解(通信路を正しく等化する係数)以外にも、局所的にコストを下げる「望ましくない平衡点」が存在し得ることが知られています。実際には等化が不完全なまま(ISIが残ったまま)勾配がほぼゼロになってしまう**ill-convergence(不良収束)**と呼ばれる現象が起こりうるため、実務上のCMA実装では、タップ係数の初期値を工夫する(中心タップに大きな値を入れる「センタースパイク初期化」など)、複数の初期値から並行して走らせる、といった経験的な対策が併用されます。パイロットベースのLS推定にはこの種の局所解の問題がそもそも存在しません(線形最小二乗問題は凸であり、大域的最適解が一意に定まります)。
まとめると、帯域を節約できることがブラインド推定の唯一にして最大の利点であり、それと引き換えに収束の速さと確実さを犠牲にしている、というのがこの節の結論です。この帯域と収束性のトレードオフをどちらに倒すべきかは、リンクの物理的な制約(帯域が本当に逼迫しているか)と通信路の時変性(訓練を頻繁に打ち直す必要があるほど速く変化するか)の両方に依存します。
実務での使われ方
深宇宙リンク: ブラインド推定が(通常は)不要な理由
チャネル等化技術の回で確認した通り、深宇宙のX/Kaバンドリンクは見通し内の単一経路が基本であり、通信路自体の周波数選択性はそもそも小さい傾向にあります。それに加えて、深宇宙リンクは一般に電力制約(power-limited)が支配的で、帯域制約(bandwidth-limited)は相対的に緩いという性質を持っています。DSNのリンクバジェットでは、フレーム同期とASMの回で見たASMや、フレーム内に規則的に挿入される同期用シンボル・パイロットトーンのために、全体の伝送容量のごく一部を割くコストは、収束が遅く局所解のリスクもあるブラインド推定の複雑さと不確実性に比べれば、はるかに安価です。したがって、CCSDSの標準的なテレメトリ・コマンドリンクの受信機設計では、ブラインドチャネル推定はほぼ使われず、既知の同期系列を用いた確定的な推定(この回の前半で見たLS推定やそれに類する相関ベースの手法)が一貫して採用されています。
帯域が逼迫する場面と信号諜報(SIGINT)での利用
一方で、ブラインド等化が実務上意味を持つ領域も確かに存在します。
- 水中音響通信: 海中の音響チャネルは、電波に比べて利用可能な帯域が数キロヘルツ程度と極めて狭く、遅延広がりも大きいため、訓練シンボルに割く帯域そのものが惜しいという事情から、ブラインドあるいは半ブラインド(訓練シンボルを最小限に抑えつつブラインド的な適応を併用する)等化の研究・実装が活発に行われてきた分野として知られています。
- 軍用衛星通信における適応アレイのヌリング: Treichler & Agee(1983)の原論文は、コンスタントモジュラス信号(FM変調された衛星通信信号など)に対するマルチパス補正・干渉除去を、軍用通信の文脈——具体的には妨害波(ジャマー)に対する耐性を持たせたアダプティブアレイのヌリング(特定方向からの干渉を打ち消すビームパターン形成)——を動機として定式化したものでした。送信側が協調的な訓練信号を送ってくれない、あるいは干渉波と所望波を訓練シンボルだけでは区別できないような状況で、コンスタントモジュラス性という変調方式の既知の制約だけを頼りに信号を分離するという発想は、今日でも耐妨害(anti-jam)受信機や適応アンテナアレイの設計に受け継がれています。
- 信号諜報(SIGINT): 傍受対象の信号は、定義上、傍受者に対して協調的な訓練信号を提供してくれません。傍受した信号から変調方式やシンボルタイミングを推定し、通信路(伝搬経路や敵側の送信機のフィルタ特性)による歪みを補正して情報を復元しようとする信号解析の文脈では、この回で見た高次統計量やコンスタントモジュラス性に基づくブラインド推定・ブラインド等化が、実質的に唯一使える手段になります。相手が協調してくれない以上、受信機側にできることは、変調方式そのものが持つ一般的な統計的性質だけを手がかりにするしかないからです。
このように、ブラインドチャネル推定は「訓練信号を送る余裕はあるが節約したい」という穏やかな最適化の道具というよりは、「訓練信号を送る/受け取る余地がそもそも存在しない」という、より切実な制約のもとで真価を発揮する技術だと言えます。
演習問題
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QPSK( の一定振幅)の場合と、16-QAM(振幅が複数の離散レベルを取り、 が一定ではない変調方式)の場合とで、Godard定数 の値がどう異なるか、定性的に説明せよ。16-QAMのように振幅が一定でない変調方式に対してCMAを適用した場合、コスト関数 は何を「一定に保とうとしている」ことになるか、QPSKの場合との違いを踏まえて論じよ。
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ある通信路のタップ数が ()であり、既知の訓練シンボル列 (ただし として初期状態を扱う)が既知であるとする。対応する受信サンプルが (雑音は無視できるとする)であったとき、本文中の行列 を書き下し、最小二乗推定 の考え方に沿って の概算値を求めよ(手計算がしにくい場合は連立方程式として立式し、解法の手順を示すだけでもよい)。
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CMAの更新則 (、実数の場合)について、ある時刻で 、、、 であったとする。、、および更新後の を計算せよ。
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パイロットベース推定とブラインド推定(CMA)の収束特性の違いについて、この回で述べた「収束速度」と「局所最適解のリスク」という2つの観点から、それぞれがなぜ生じるのかを、両手法のコスト関数の性質(線形最小二乗問題の凸性 vs. CMAコスト関数の非凸性)に立ち返って説明せよ。また、深宇宙リンクでブラインド推定がほとんど使われない理由を、この回で述べた「電力制約 vs. 帯域制約」という観点から自分の言葉で説明せよ。
まとめと次回予告
チャネル等化技術の回で扱ったZF等化器・DFE・MLSEは、いずれも通信路特性 が既知であることを前提にしていました。この回では、その前提そのものを問い直し、通信路をどう知るかという推定問題を扱いました。最も素直な方法はパイロットシンボル(訓練信号)を送って線形最小二乗推定を行うことですが、これは帯域のオーバーヘッドを伴います。このオーバーヘッドを避けたい、あるいは送信側と協調できない場面では、受信信号の統計的性質——尖度に代表される高次統計量、変調方式が持つコンスタントモジュラス性(CMAのコスト関数 )、あるいはオーバーサンプリングによって浮かび上がるサイクロスタショナリーな2次統計量——だけを頼りに通信路を推定する「ブラインド」推定が使えることを見ました。ただしその代償として、パイロットベース手法に比べて収束が遅く、CMAのような非凸コスト関数の最適化では局所解に陥るリスクもあることを確認し、深宇宙リンクでは電力制約が支配的で帯域に相対的な余裕があるためブラインド推定はあまり使われない一方、水中音響通信や軍用の耐妨害受信機、そして信号諜報のように送信側の協調が得られない場面では、ブラインド推定が事実上唯一の選択肢になることを見ました。
次回は、これまで「受信機はすでに搬送波にロックできている」という前提のもとで議論を進めてきた部分に立ち返り、地上局の受信機が微弱でドップラーシフトを受けた搬送波を、そもそもどうやって最初に見つけ出し捕捉するのかという搬送波周波数捕捉の問題に軽く触れます。
参考文献
- D. N. Godard, “Self-Recovering Equalization and Carrier Tracking in Two-Dimensional Data Communication Systems,” IEEE Transactions on Communications, 1980
- J. R. Treichler, B. G. Agee, “A New Approach to Multipath Correction of Constant Modulus Signals,” IEEE Transactions on Acoustics, Speech, and Signal Processing, 1983
- L. Tong, G. Xu, T. Kailath, “Blind Identification and Equalization Based on Second-Order Statistics: A Time Domain Approach,” IEEE Transactions on Information Theory, 1994
- S. Haykin, Adaptive Filter Theory, 5th ed., Prentice Hall(適応等化・ブラインド等化の章)
- J. G. Proakis, M. Salehi, Digital Communications, 5th ed., McGraw-Hill(ブラインド等化の節)
- M. Stojanovic, “Underwater Acoustic Communications: Design Considerations on the Physical Layer,” IEEE/OES WUWNet, 2008