システム・運用#200

地上局共有の経済学 — 固定費支配の巨大設備を複数ミッションでどう分け合うか

34m/70mアンテナは建設費も年間運用費も極めて大きく、しかもその大半が「使っても使わなくてもかかる」固定費である。単一ミッション専有が非効率になる理由をコストモデルC_fix/N + C_var·n_iとして定式化し、アパーチャ時間という課金単位、待ち行列理論が示す「稼働率100%設計の危険」、そしてGSaaSとクロスサポート協定という2つの共有形態を、技術ではなく経済と運用の最適化問題として体系的に扱う。

前提知識: 地上局運用の自動化 — 無人局とGround-Station-as-a-Serviceがもたらした運用モデルの転換

地上局共有コストモデル待ち行列理論GSaaSクロスサポート

この回で学ぶこと

前回、地上局のパス実行が事前指向・周波数捕捉・追尾・終了処理という4フェーズの自動シーケンスとして機械化され、無人局と商用GSaaSという運用モデルを可能にしたことを見ました。あの回で扱ったのは、あくまで**「1回のパスを、人手をかけずに正しく実行するにはどうすればよいか」**という技術の問題でした。

しかし現実の地上局網が抱える最も本質的な問題は、技術ではなく経済にあります。直径34mや70mのパラボラアンテナは、建設に数千万〜数億ドル規模の投資を要し、完成後も校正・保守・冷却・要員・電力といった費用が毎年発生し続けます。そしてこの費用は、そのアンテナが1年間フル稼働しようが、ほとんど使われずに待機していようが、ほとんど変わりません。にもかかわらず、1つの探査機がそのアンテナを必要とする時間は、多くの場合1日あたり数時間にすぎません。

ここに、深宇宙通信インフラの根本的な緊張関係があります。

  • 専有すれば非効率。 1ミッションが1基のアンテナを占有すると、設備の大半の時間が遊休となり、その空き時間ぶんの固定費もそのミッションが単独で負担することになる。
  • 共有すれば競合。 複数ミッションで1基を共有すれば1機あたりの負担は劇的に下がるが、同じ時間帯に複数のミッションがパスを要求したときにスケジュール競合が発生し、誰かが待たされる。

この回では、この緊張関係を定量的な最適化問題として扱います。具体的には、(1) 固定費と変動費に分けたコストモデル、(2) アパーチャ時間という課金・配分の単位、(3) 待ち行列理論が示す「稼働率を100%に近づける設計はなぜ危険か」、(4) 商用GSaaSと機関間クロスサポートという2つの共有形態、という順で見ていきます。技術の話はほとんど出てきません。出てくるのは費用と時間と確率です。

直感的な導入: 「使っても使わなくてもかかる費用」が支配する設備

まず、地上局という設備の費用構造を直感的に掴んでおきましょう。ある大型アンテナ1基について、年間に発生する費用を思いつくままに並べてみます。

  • 建設費を耐用年数で割った償却費(あるいは資本費)
  • 主鏡面パネルの再調整、駆動系のベアリング交換、塗装といった定期保守費
  • 低雑音増幅器(LNA)の極低温冷凍機を動かし続ける冷却電力
  • 局を維持する技術要員・保守要員の人件費
  • 送信時の高出力増幅器(HPA)が消費する送信電力
  • パスごとに発生する消耗品、記録媒体、データ回線の使用量課金

この一覧を眺めると、あるはっきりした二分法が見えてきます。上の4つ——償却費・保守費・冷却電力・人件費——は、そのアンテナで今年何回パスを実行したかにほとんど依存しません。冷凍機は次のパスに備えて常時LNAを冷やし続けねばならず、要員は稼働の有無にかかわらず雇用され、主鏡は使わなくても風雨で劣化します。一方、下の2つ——送信電力・消耗品——は、実行したパスの回数と時間にほぼ比例します。

前者を固定費、後者を変動費と呼びます。そして深宇宙用の大型アンテナは、圧倒的に**固定費支配的(fixed-cost dominant)**な設備です。感覚的には、年間総費用の8〜9割が固定費で、パスを1回増やすことによる追加費用(限界費用)はごくわずか、という構造になっています。

この構造が意味することは重大です。限界費用がほぼゼロの設備を遊ばせておくのは、純粋に損であるということ。逆に言えば、余っている時間を他のミッションに使わせることは、追加費用をほとんど生まないまま社会全体の便益を増やす行為です。地上局共有の経済的正当性は、この一点にほぼ集約されます。以下ではこれを数式にします。

コストモデルの定式化

単一設備の年間費用

ある地上局設備(アンテナ1基とそれを支える設備一式)について、年間総費用CtotalC_{\text{total}}を次のようにモデル化します。

Ctotal=Cfix+cvarntotalC_{\text{total}} = C_{\text{fix}} + c_{\text{var}} \cdot n_{\text{total}}

ここで、

  • CfixC_{\text{fix}}: 年間固定費 [通貨単位/年]。償却費・保守費・常時電力・人件費の合計。パス回数に依存しない。
  • cvarc_{\text{var}}: パス1回あたりの変動費 [通貨単位/パス]。送信電力・消耗品・データ回線使用量など。
  • ntotaln_{\text{total}}: その設備が1年間に実行したパスの総本数。

より精密には変動費はパス時間に比例するので、cvarc_{\text{var}}をアンテナ時間1時間あたりの費用chc_h、パス1本の平均継続時間をτˉ\bar{\tau}としてcvar=chτˉc_{\text{var}} = c_h \bar{\tau}と書き直せますが、議論の骨格は変わりません。

1パスあたりの平均費用と規模の経済

ここで、設備の「1パスあたりの平均費用」cˉ(ntotal)\bar{c}(n_{\text{total}})を考えます。

cˉ(ntotal)=Ctotalntotal=Cfixntotal+cvar\bar{c}(n_{\text{total}}) = \frac{C_{\text{total}}}{n_{\text{total}}} = \frac{C_{\text{fix}}}{n_{\text{total}}} + c_{\text{var}}

この式は非常に示唆的です。ntotaln_{\text{total}} \to \inftyの極限でcˉcvar\bar{c} \to c_{\text{var}}に漸近し、しかもCfixcvarC_{\text{fix}} \gg c_{\text{var}}である固定費支配的設備では、ntotaln_{\text{total}}が小さい領域でのcˉ\bar{c}の減少が極めて急峻になります。これが**規模の経済(economies of scale)**であり、その強さは固定費比率

ϕ=CfixCtotal=CfixCfix+cvarntotal\phi = \frac{C_{\text{fix}}}{C_{\text{total}}} = \frac{C_{\text{fix}}}{C_{\text{fix}} + c_{\text{var}} n_{\text{total}}}

が1に近いほど大きくなります。ϕ0.9\phi \approx 0.9の設備では、稼働本数を2倍にすれば1パスあたり費用はおおよそ半分近くまで下がる、という乱暴だが有用な直感が成り立ちます。

NNミッションで共有したときの負担配分

さて本題です。この設備をNN個のミッションが共有し、ミッションii(i=1,,Ni = 1, \dots, N)が年間nin_i本のパスを使うとします。総パス数はntotal=j=1Nnjn_{\text{total}} = \sum_{j=1}^{N} n_jです。

固定費CfixC_{\text{fix}}をどう分担するかには複数の方式があり得ますが、まず最も単純な均等割を考えます。

Ci(equal)=CfixN+cvarniC_i^{\text{(equal)}} = \frac{C_{\text{fix}}}{N} + c_{\text{var}} \, n_i

これがタスクの主題である「NNミッションで共有したときの1ミッションあたり負担Cfix/N+cvarniC_{\text{fix}}/N + c_{\text{var}} n_i」です。第1項は共有によって1/N1/Nに薄まる固定費の分担分、第2項はそのミッションが実際に使った分だけ負う変動費です。

N=1N = 1(専有)の場合と比べてみましょう。専有時の負担はCfix+cvarn1C_{\text{fix}} + c_{\text{var}} n_1ですから、共有による1ミッションあたりの節減額は

ΔCi=CfixCfixN=Cfix(11N)\Delta C_i = C_{\text{fix}} - \frac{C_{\text{fix}}}{N} = C_{\text{fix}} \left(1 - \frac{1}{N}\right)

となります。この式にはcvarc_{\text{var}}が一切現れていないことに注目してください。共有による便益は、変動費の大小とは無関係に、純粋に固定費の大きさと共有ミッション数だけで決まります。 そしてCfixC_{\text{fix}}が巨大な深宇宙アンテナでは、NNを1から2に増やすだけで固定費負担が半減するという、桁で効く節減が生じます。

一方でΔCi\Delta C_iNNについて凹関数(逓減)であることにも注意が必要です。N=12N=1 \to 2で50%削減、242 \to 4でさらに25%削減、484 \to 8でさらに12.5%削減、と効果は急速に飽和します。つまり共有の経済的メリットの大半は最初の数ミッションで刈り取られるのであり、NNを無闇に増やしても費用面での追加利得は小さく、後述するスケジュール競合という費用だけが増えていきます。ここに最適なNNが存在する構造が見えます。

使用量比例配分

均等割は簡明ですが、年に500本使うミッションと年に10本しか使わないミッションが同額を負担するのは公平とは言い難い。そこで実務でよく用いられるのが、固定費も使用量に比例して配分する方式です。

Ci(pro-rata)=(nintotal)Cfix+cvarni=ni(Cfixntotal+cvar)=nicˉ(ntotal)C_i^{\text{(pro-rata)}} = \left(\frac{n_i}{n_{\text{total}}}\right) C_{\text{fix}} + c_{\text{var}} \, n_i = n_i \left( \frac{C_{\text{fix}}}{n_{\text{total}}} + c_{\text{var}} \right) = n_i \, \bar{c}(n_{\text{total}})

きれいな形になりました。この方式では各ミッションは「1パスあたりの平均費用cˉ\bar{c}」に使用本数を掛けた額を負担することになり、cˉ\bar{c}は前述のとおりntotaln_{\text{total}}の増加とともに下がっていきます。すなわち、あるミッションが新たに共有に加わってパスを使うと、既存の全ミッションの単価cˉ\bar{c}が下がるという正の外部性が働きます。共有相手が増えることが皆にとって利益になる、という構造は、この方式の重要な性質です。

アパーチャ時間: 何を配分の単位とするか

費用モデルができたので、次は「何を単位に配分し、課金するか」という問題です。ここで実務が採用しているのがアパーチャ時間(aperture time)、すなわち「どの口径のアンテナを、何時間占有したか」という単位です。

なぜ「パス本数」ではなく「時間」なのか。パスの継続時間はミッションごとに大きく異なるからです。深宇宙探査機は地球の自転に伴う可視時間いっぱい、8時間近く連続で追跡することがある一方、LEOの小型衛星のパスは10分程度で終わります。同じ「1パス」として数えては配分の尺度になりません。

さらに、アンテナの口径によって「1時間の価値」も異なります。70mアンテナ1時間と34mアンテナ1時間は、提供されるG/TG/T(利得対雑音温度比、受信性能の指標)がまったく違い、費用構造も違います。そこで、口径クラスkkのアンテナに重みwkw_kを与えた重み付きアパーチャ時間を定義します。

Ai=kwkTi,kA_i = \sum_{k} w_k \, T_{i,k}

ここでTi,kT_{i,k}はミッションiiが口径クラスkkのアンテナを占有した年間総時間、wkw_kはそのクラスの相対的な価値または費用を反映した重みです。wkw_kの自然な取り方の1つは、そのクラスの設備の年間総費用を年間提供可能時間で割った時間単価そのものです。

wk=Ctotal(k)Hkavailw_k = \frac{C_{\text{total}}^{(k)}}{H_k^{\text{avail}}}

(HkavailH_k^{\text{avail}}はクラスkkの全アンテナが1年間に提供できる総アンテナ時間。保守停止時間を除いた実効値。)

この重み付けを使うと、前節の使用量比例配分は次のように書き直せます。

Ci=(AijAj)Cfixnetwork+(変動費分)C_i = \left(\frac{A_i}{\sum_{j} A_j}\right) C_{\text{fix}}^{\text{network}} + (\text{変動費分})

つまりアパーチャ時間のシェアが、そのままネットワーク全体の固定費の負担シェアになるという、直観的にも納得しやすい配分規則が得られます。

需要が供給を超えるとき: 優先度による配分

しかし、費用の配分規則を決めても、物理的なアンテナ時間が足りないという事態は解決しません。総需要iAireq\sum_i A_i^{\text{req}}(各ミッションの要求アパーチャ時間の合計)が総供給kHkavail\sum_k H_k^{\text{avail}}を超えるとき、誰かの要求を削らねばなりません。この配分はDSN運用スケジューリングで扱った制約充足問題そのものですが、ここでは「何を目的関数に置くか」という価値判断の側面に注目します。

実務で用いられる優先度決定の考え方は、おおよそ次の階層になります。

  1. セーフティ・クリティカル要求(絶対優先)。 探査機の生存が懸かる事態——セーフモード突入、姿勢喪失、電力系異常など——への対応。これは金銭的評価の対象外で、無条件に最優先されます。
  2. クリティカルイベント(実質的に非代替)。 軌道投入(OI)、大気圏突入・降下・着陸(EDL)、フライバイ最接近、深宇宙機動(DSM)など、時間窓が天体力学によって決まっており、逃すと二度と繰り返せないイベント。これらは経済学的には「機会費用が事実上無限大」の要求として扱われます。この構造的な競合については同時運用時のスケジューリング競合で詳しく扱いました。
  3. 科学価値に基づく評価(通常運用)。 上記以外の定常的な科学データダウンリンク要求。ここでは各要求rrに科学的価値の重みvrv_rを与え、割当変数xr{0,1}x_r \in \{0,1\}のもとで
maxrvrxrs.t.rτrxrHavail,xr{0,1}\max \sum_{r} v_r x_r \quad \text{s.t.} \quad \sum_{r} \tau_r x_r \le H^{\text{avail}}, \quad x_r \in \{0, 1\}

というナップサック問題として定式化できます(τr\tau_rは要求rrの所要アパーチャ時間)。vrv_rの設定には、観測対象の希少性、そのデータが失われた場合の再取得可能性、ミッション目標への寄与度といった要素が反映されます。

この3階層は、経済学で言えば「価格メカニズムが機能する領域」と「機能しない領域」の境界を示しています。通常運用の科学ダウンリンクは、価値vrv_rを通じて事実上の価格競争にさらされる一方、クリティカルイベントとセーフティ要求は価格から切り離されて絶対的に保護されます。すべてを市場に委ねてはならない領域を明示的に切り出しておくことが、共有インフラの設計における必須要件である、というのがこの階層構造の教訓です。

待ち行列理論: なぜ稼働率100%を目指してはいけないのか

ここまでの議論だけを見ると、「固定費支配的なのだから、アンテナはできる限り目一杯使うべきだ。稼働率100%が理想だ」という結論に飛びつきたくなります。しかしこれは運用上きわめて危険な誤りです。その理由を待ち行列理論(queueing theory)の初等的な結果から見ていきます。

M/M/1モデル

地上局を1つの「サービス窓口」とみなします。

  • パス要求が平均到着率λ\lambda [件/時間] でランダムに発生する(ポアソン到着)。
  • 1件のパスの処理に要する時間が平均1/μ1/\mu時間で、サービス率μ\mu [件/時間] で処理される(指数分布)。
  • 窓口(アンテナ)は1基、要求は待ち行列に並んで先着順に処理される。

この最も基本的なモデルをM/M/1待ち行列と呼びます。ここで**利用率(稼働率)**を

ρ=λμ\rho = \frac{\lambda}{\mu}

と定義します。ρ\rhoは「窓口が塞がっている時間の割合」、すなわちアンテナの稼働率にほかなりません。M/M/1の定常解析から、系内に滞在する要求の平均数LLと、要求が発生してから処理完了までの平均滞在時間WWについて、次の古典的な結果が得られます(ρ<1\rho < 1のとき)。

L=ρ1ρ,W=1μλ=1μ11ρL = \frac{\rho}{1 - \rho}, \qquad W = \frac{1}{\mu - \lambda} = \frac{1}{\mu}\cdot\frac{1}{1 - \rho}

さらに、実際に待たされる時間(サービス時間を除いた純粋な待ち時間)WqW_q

Wq=W1μ=1μρ1ρW_q = W - \frac{1}{\mu} = \frac{1}{\mu} \cdot \frac{\rho}{1 - \rho}

となります。

1/(1ρ)1/(1-\rho)という発散因子

これらの式に共通して現れる11ρ\dfrac{1}{1 - \rho}という因子が、この節の主役です。この因子はρ1\rho \to 1^-発散します。具体的な値を並べてみましょう。

稼働率 ρ\rho1/(1ρ)1/(1-\rho)待ち時間 WqW_q の相対値
0.502.01.0(基準)
0.703.32.3
0.805.04.0
0.9010.09.0
0.9520.019.0
0.99100.099.0

稼働率を50%から90%に上げると、設備の利用効率は1.8倍にしかなりませんが、待ち時間は9倍になります。さらに90%から99%へ、わずか9ポイント上げるだけで待ち時間はさらに11倍になる。ρ\rhoが1に近づく領域では、稼働率のわずかな上昇が待ち時間の爆発的な悪化と引き換えになるのです。

なぜこうなるのか。直感的には、ランダムなゆらぎを吸収する余裕(スラック)が消えるからです。要求の到着がぴったり等間隔で、処理時間も一定なら、ρ=1\rho = 1でも待ち行列は発生しません。しかし現実の到着も処理時間もばらつきます。ρ\rhoが小さいうちは、たまたま要求が立て込んでも、その後の空き時間で行列を捌ききれます。ρ\rhoが1に近づくと、行列を捌くための空き時間そのものが存在しなくなり、一度発生した行列が解消されないまま蓄積していくのです。

地上局運用への含意

この結果を地上局運用に翻訳すると、次の重要な設計指針が導かれます。

指針1: 突発イベントへの余裕は「空き時間」という形でしか確保できない。 探査機の異常、緊急のコマンド送信、機器故障によるパスの再実行——これらは予定表に書けない需要です。稼働率100%で設計されたネットワークには、これらを吸収する場所がありません。「余裕を持たせる」とは、経済的にはわざと固定費を遊ばせておくことを意味しますが、それは無駄ではなく、突発需要への応答性を買っているのです。

指針2: 混雑の実効的な費用を目的関数に入れる。 前節の配分問題を、待ち時間の費用cwc_w(単位時間あたりの待機によるミッション価値の損失)を含む形に拡張すると、総費用は

C(ρ)=Cfix+cvarntotal設備費用+cwλWq(ρ)混雑費用=Cfix+cvarntotal+cwλμρ1ρC(\rho) = \underbrace{C_{\text{fix}} + c_{\text{var}} n_{\text{total}}}_{\text{設備費用}} + \underbrace{c_w \, \lambda \, W_q(\rho)}_{\text{混雑費用}} = C_{\text{fix}} + c_{\text{var}} n_{\text{total}} + \frac{c_w \lambda}{\mu}\cdot\frac{\rho}{1-\rho}

と書けます。第1・2項はρ\rhoの増加とともに1パスあたりでは下がりますが、第3項はρ1\rho \to 1で発散します。したがって総費用を最小化する最適稼働率ρ\rho^*0<ρ<10 < \rho^* < 1の内点に存在します。多くの実務的な設定ではρ\rho^*は0.7〜0.85程度の範囲に落ち着き、これが「稼働率は高くすべきだが、100%を目指してはならない」という運用者の経験則の数理的な裏付けになっています。

指針3: 共有ミッション数NNの増加は諸刃の剣。 前半で見たとおり、NNを増やせば固定費負担はCfix/NC_{\text{fix}}/Nに下がります。しかしNNの増加は同時に到着率λ=iλi\lambda = \sum_i \lambda_iを押し上げ、ρ\rhoを1へ近づけます。すなわち、

Nの増加    固定費負担逓減する利得  +  混雑費用発散する損失\text{$N$の増加} \;\Longrightarrow\; \underbrace{\text{固定費負担}\downarrow}_{\text{逓減する利得}} \;+\; \underbrace{\text{混雑費用}\uparrow}_{\text{発散する損失}}

利得は1/N1/Nで逓減し、損失は1/(1ρ)1/(1-\rho)で発散するのですから、この2つが釣り合う有限のNN^*が必ず存在します。共有は良いことだが、無制限に良いことではないというのが、コストモデルと待ち行列モデルを組み合わせた結論です。

なお、実際の地上局網はアンテナが複数基あるので、より正確にはM/M/c待ち行列(窓口cc個)でモデル化すべきです。M/M/cでは同じρ\rhoでもccが大きいほど待ち時間が短くなる(統計的多重化の利得、いわゆるプーリング効果)ことが知られており、これは「複数のミッションが複数のアンテナを共有プールとして扱うほうが、各ミッションに1基ずつ専用割当するより効率的である」という、共有の第2の経済的根拠を与えます。M/M/1の1/(1ρ)1/(1-\rho)という定性的な発散の構造は、M/M/cでも本質的に変わりません。

共有の2つの形態

理論を踏まえて、現実に地上局共有がどのような形で実現されているかを見ます。大きく2つの形態があります。

形態1: 商用サービスとしての共有(GSaaS)

前回紹介した**Ground Station as a Service (GSaaS)**は、共有を市場取引の形で実現したものです。事業者が地上局設備を保有して固定費CfixC_{\text{fix}}を負担し、多数の顧客ミッションに時間単位・パス単位で従量課金で貸し出します。

経済的な構造を整理すると次のようになります。

  • 顧客側から見ると、固定費が変動費に転換される。 自前の局を建てればCfixC_{\text{fix}}という巨額の先行投資(サンクコスト)を負いますが、GSaaSでは使った分だけ支払えばよい。ミッション初期のように資金制約が厳しい段階で、これは決定的な違いです。
  • 参入障壁の劇的な低下。 大学のキューブサットプロジェクトや小規模スタートアップが、CfixC_{\text{fix}}を一切負担せずにグローバルな地上局カバレッジを利用できます。これは前節のCfix/NC_{\text{fix}}/Nにおいて、NNを事業者が集約することで実現した効果です。
  • 需要の弾力化。 打ち上げ直後のクリティカルフェーズには大量のパスを、定常運用期には少数のパスを、というように需要変動に追随できます。自前設備ではピーク需要に合わせて設備規模を固定するしかありません。
  • 統計的多重化によるプーリング効果。 事業者が多数の顧客を抱えることで、各顧客の需要のゆらぎが相殺され、同じ稼働率でも待ち時間が短くなる(M/M/cの効果)。

一方、GSaaSには明確な限界もあります。

  • 深宇宙帯域は依然として困難。 商用GSaaSの主戦場はLEO小型衛星向けのS帯・X帯であり、口径も数m〜十数m級が中心です。深宇宙探査機の極めて微弱な信号を受けるには34m級以上の口径と極低温LNAによるG/TG/Tが必要で、これを商業ベースで成立させるだけの需要密度が現状では存在しません。深宇宙向けの商用アンテナサービスも登場しつつありますが、DSNの70mアンテナに匹敵する能力を代替できる段階にはありません。
  • クリティカルフェーズの保証。 従量課金の予約モデルは「必要なときに必ず使える」ことを構造的には保証しません。EDLのような絶対に外せないイベントには、契約による優先確保や複数局の冗長予約といった追加のコストが必要になります。
  • セキュリティと機微性。 政府ミッションや安全保障関連ペイロードでは、商用共有インフラを経由すること自体が制約となる場合があります。

形態2: 機関間クロスサポート

もう1つの形態は、NASA/JPLのDSN、ESAのESTRACK、JAXAの臼田・美笹といった各国宇宙機関の地上局網が、相互に相手のミッションを支援する協定を結ぶものです。これは市場取引ではなく、現物交換(バーター)に近い相互扶助として運用されるのが特徴です。

経済的に見ると、これは「NNミッションで共有」のNNを、機関の枠を越えて拡大する行為です。各機関は自前のCfixC_{\text{fix}}を負担したまま、余剰アパーチャ時間を交換し合うことで、実質的にはるかに大きな設備プールにアクセスできるようになります。金銭の授受を伴わずに規模の経済とプーリング効果を得る仕組み、と理解できます。

この相互扶助が特に威力を発揮する典型的な場面は次の2つです。

  • クリティカルイベントのバックアップ。 火星EDLのように失敗が許されないイベントで、自機関の局に加えて他機関の局からも同時に受信し、冗長性を確保する。
  • 地理的カバレッジの補完。 ある機関の局配置では見えない時間帯を、経度の異なる他機関の局が埋める。深宇宙探査では地球の自転により1局あたりの可視時間が限られるため、この補完の価値は大きい。

そして重要なのは、この経済的な共有を技術的に可能にしている基盤が標準化されたインタフェースであるという点です。異なる機関の地上局とミッション運用センターを接続するには、フレームの受け渡し方法・時刻表記・要求の出し方などが共通の規約に従っていなければなりません。この役割を果たしているのが、SLE(Space Link Extension)をはじめとするCCSDSの標準群です。SLEのRAF/RCF/FSP/CLTUといったサービス定義により、地上局のRFハードウェアとミッション運用ソフトウェアが疎結合になるため、「どの機関のアンテナで受けたフレームであっても、同じインタフェースで自分の運用センターに引き込める」という状態が実現します。

これは、経済学的には取引費用(transaction cost)の低減そのものです。標準がなければ、機関Aの局で機関Bのミッションを支援するたびに専用のインタフェース開発が必要になり、その一回限りの開発費が共有の便益Cfix(11/N)C_{\text{fix}}(1 - 1/N)を上回ってしまいかねません。標準化は、共有の便益を実際に手に入れるための前提条件なのです。この国際的な枠組みの全体像については国際相互運用で扱いました。

実務での使われ方

NASA DSN のアパーチャ時間配分。 DSNはゴールドストーン(米国)・マドリード(スペイン)・キャンベラ(豪州)の3局に70mアンテナと複数の34mアンテナを擁し、これらを数十のミッションが共有しています。配分は年次・月次・週次の階層的な計画プロセスを経て決定され、要求が供給を超える期間(特に火星探査機の到着が集中する時期)には、ミッション間の調整と優先度判定が行われます。DSNの利用は各ミッションに対してアパーチャ時間ベースで会計処理されており、本稿で見た「時間を単位とする配分と課金」がそのまま実装された例といえます。

MSPA による供給側の拡大。 供給が足りないときの対処は、需要を削ることだけではありません。DSNではMSPA(Multiple Spacecraft Per Antenna)、すなわち1基のアンテナのビーム内に複数の探査機が入る場合に、それらを同時に受信する運用が実施されています。火星周辺のように複数の探査機が角度的に近接している状況では、これは実質的にアンテナ時間の供給を増やす手段になります。本稿の枠組みで言えば、μ\mu(サービス率)を上げてρ\rhoを下げる施策です。

ESA ESTRACK と DSN の相互支援。 ESAのESTRACKは、ニューノルシア(豪州)・セブレロス(スペイン)・マラルグエ(アルゼンチン)に35mの深宇宙アンテナを持ち、NASAのDSNと長年にわたり相互支援の関係にあります。ESAの探査機がDSNの支援を受け、NASAの探査機がESTRACKの支援を受けるという双方向のクロスサポートが日常的に行われており、これがSLEをはじめとするCCSDS標準の上に成立していることは前節で述べたとおりです。

JAXA の深宇宙局。 JAXAは長野県の臼田64mアンテナと、その後継となる美笹深宇宙探査用地上局(54m、Ka帯対応)を運用しており、「はやぶさ2」などの深宇宙ミッションを支えてきました。これらもNASA・ESAとの相互支援の枠組みに参加しており、日本の探査機が海外局の支援を受け、海外の探査機が日本の局の支援を受けるという関係が成立しています。経度約138度に位置する日本の局は、米国・欧州の局と経度が離れているため、地理的カバレッジの補完という点で特に価値があります。

運用余裕の確保。 実務のスケジューリングでは、計画段階で全アパーチャ時間を埋め尽くすことはせず、緊急要求・機器故障・再実行に備えた余裕を残すのが通例です。これは前節の待ち行列の議論そのもので、「稼働率を上げすぎない」という判断が、経済的効率と運用の頑健性のトレードオフとして日々行われています。

演習問題

  1. ある34mアンテナ設備の年間固定費がCfix=12C_{\text{fix}} = 12(単位: 百万通貨)、パス1本あたり変動費がcvar=0.004c_{\text{var}} = 0.004(百万通貨/パス)であるとする。(a) このアンテナを年間1500本のパスに使ったときの、1パスあたり平均費用cˉ\bar{c}と固定費比率ϕ\phiを求めよ。(b) 同じ設備をN=1,2,4,8N = 1, 2, 4, 8のミッションで均等割共有したとき、各ミッションが年間ni=200n_i = 200本ずつ使うとして、1ミッションあたり負担Ci(equal)C_i^{\text{(equal)}}をそれぞれ計算し、NNを増やすことの効果が逓減していく様子を数値で確認せよ。

  2. 使用量比例配分Ci(pro-rata)=nicˉ(ntotal)C_i^{\text{(pro-rata)}} = n_i \bar{c}(n_{\text{total}})について、新たなミッションN+1N+1が加わってnN+1n_{N+1}本のパスを使い始めたとき、既存ミッションiiの負担CiC_iが減少することを示せ。また、この「正の外部性」が、共有ネットワークへの新規参加者を歓迎する経済的インセンティブをどう生むか論じよ。

  3. M/M/1モデルにおいて、サービス率がμ=3\mu = 3件/時間の地上局を考える。(a) 到着率がλ=1.5\lambda = 1.5件/時間、λ=2.4\lambda = 2.4件/時間、λ=2.85\lambda = 2.85件/時間のそれぞれについて、利用率ρ\rhoと平均待ち時間WqW_qを計算せよ。(b) λ\lambda1.52.41.5 \to 2.4(60%増)になったときのWqW_qの増加倍率と、2.42.852.4 \to 2.85(約19%増)になったときの増加倍率を比較し、なぜ後者のほうが影響が大きいのかを1/(1ρ)1/(1-\rho)の性質から説明せよ。

  4. 本文の総費用モデルC(ρ)=Cfix+cvarntotal+cwλμρ1ρC(\rho) = C_{\text{fix}} + c_{\text{var}} n_{\text{total}} + \dfrac{c_w \lambda}{\mu}\cdot\dfrac{\rho}{1-\rho}について、μ\muを固定しλ=ρμ\lambda = \rho\muとしてρ\rhoの関数とみなす。1パスあたりの総費用C(ρ)/ntotalC(\rho)/n_{\text{total}}ρ\rhoについて微分し、最適稼働率ρ\rho^*0<ρ<10 < \rho^* < 1の内点に存在することを議論せよ(厳密な解を求めなくてよい。ρ0\rho \to 0ρ1\rho \to 1の両極限で総費用がどう振る舞うかを論じれば足りる)。

  5. 深宇宙探査ミッションの地上局調達について、(a) 商用GSaaSを利用する、(b) 機関間クロスサポート協定に依拠する、(c) 自前の専用局を建設する、という3つの選択肢を、本文で扱った固定費/変動費・混雑費用・取引費用という3つの観点から比較せよ。特に、火星EDLのようなクリティカルイベントを控えたミッションが(a)を主たる手段として選びにくい理由を、本文中の「クリティカルイベントは機会費用が事実上無限大の要求である」という位置づけと関連づけて論じよ。

まとめと次回予告

この回では、地上局共有という問題を技術ではなく経済の問題として扱いました。出発点は、深宇宙用の大型アンテナが固定費支配的な設備であるという事実です。年間費用の大半がパス回数に依存しないCfixC_{\text{fix}}であるため、単一ミッションによる専有は設備の遊休と過大な費用負担を同時に生みます。NNミッションで共有したときの1ミッションあたり負担Cfix/N+cvarniC_{\text{fix}}/N + c_{\text{var}} n_iという単純な式は、共有の便益が変動費とは無関係に固定費の大きさだけで決まること、そしてその便益がNNについて急速に逓減することを教えてくれました。配分と課金の単位としては、口径クラスで重み付けしたアパーチャ時間が用いられ、そのシェアがそのまま固定費の負担シェアになります。需要が供給を超える場面では、セーフティ要求とクリティカルイベントを価格メカニズムから切り離して絶対的に保護し、通常の科学ダウンリンクのみを科学価値vrv_rに基づくナップサック型の最適化に委ねる、という階層的な優先度構造が採られます。

そして、共有を無制限に推し進めてはならない理由を与えたのが待ち行列理論でした。1/(1ρ)1/(1-\rho)という発散因子は、稼働率ρ\rhoが1に近づくにつれて待ち時間が爆発的に悪化することを示し、突発イベントへの応答性という運用上の必須要件が「意図的に残された空き時間」としてしか確保できないことを明らかにします。設備費用の逓減と混雑費用の発散が釣り合う点に最適稼働率ρ\rho^*と最適共有ミッション数NN^*が存在する、というのが本稿の中心的な結論です。最後に、共有の現実の形態として、固定費を変動費に転換して参入障壁を下げる商用GSaaSと、金銭を介さず余剰アパーチャ時間を交換する機関間クロスサポートの2つを見て、後者がSLEをはじめとするCCSDS標準による取引費用の低減の上に成立していることを確認しました。

次回は、この議論の自然な延長としてDSNの将来容量計画に触れます。ミッション数と要求データ量が増え続ける一方で、新たな大型アンテナの建設には長い時間と巨額の投資を要します。需要予測に対して供給をどう積み増していくのか、Ka帯化・アレイ化・光通信といった手段が「実効的なアパーチャ時間の供給」をどう増やすのかを、本稿で得た費用と稼働率の枠組みの上で考えていきます。

参考文献

  • DSN Telecommunications Link Design Handbook, DSN No. 810-005
  • CCSDS 910.4-B, Cross Support Reference Model — Part 1: Space Link Extension Services
  • NASA/JPL, Deep Space Network Services Catalog(アパーチャ時間ベースのサービス提供・会計に関する記述)
  • Interagency Operations Advisory Group (IOAG), Space Communication Cross Support Service Catalogs
  • D. Gross, J. F. Shortle, J. M. Thompson, C. M. Harris, Fundamentals of Queueing Theory, Wiley
  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76
  • J. R. Wertz, D. F. Everett, J. J. Puschell (eds.), Space Mission Engineering: The New SMAD