変調・符号化#13

ISIとアイダイアグラム — 符号間干渉を目で読む

ナイキスト基準が現実には完全には満たされないとき、隣接シンボルの尾が判定点に漏れ込む符号間干渉(ISI)をどう定量化するか。ピーク歪みの上界を導出し、オシロスコープ上のアイダイアグラムがノイズマージン・タイミングマージンをどう可視化しているかを数式で理解する。

前提知識: pulse-shaping

ISIアイダイアグラム符号間干渉ジッタリンク診断

この回で学ぶこと

前回、送信パルス波形を適切に設計すれば(ナイキストの第1基準)、シンボル判定のサンプリング時刻において隣接シンボルの影響を理論上ゼロにできることを学びました。ロールオフ率 α\alpha を持つレイズドコサインフィルタなどがその代表例で、送受信フィルタのペアをうまく組めば、シンボル周期 TT ごとのサンプル点でパルスが完全にゼロ交差し、隣のシンボルが「漏れて」来ない設計が可能でした。

しかし、これはあくまで理想条件下での話です。現実の地上局受信システムでは、次のような理由でナイキスト基準が完全には満たされません。

  • 送信側と受信側のフィルタの特性が、設計値からわずかにズレている(フィルタミスマッチ)。
  • チャネル自体が有限の帯域幅しか持たず、群遅延特性が周波数に対して平坦でない(帯域制限・群遅延歪み)。
  • 進行波管増幅器(TWTA)や固体電力増幅器(SSPA)が飽和領域で動作し、振幅・位相にAM-AM/AM-PM歪みを与える(非線形性)。
  • 局部発振器の位相雑音や、サンプリングクロックの不安定性(タイミング揺らぎ)。

これらの効果が積み重なると、あるシンボルを判定しようとしたサンプリング時刻に、前後のシンボルの「尾」が漏れ込んでしまいます。この現象を符号間干渉(ISI: Intersymbol Interference)と呼びます。この回では、ISIを受信サンプル値の数式として定量化し、その最悪値であるピーク歪みの上界を導出します。そして、地上局の運用者が実際にオシロスコープ上で目にする**アイダイアグラム(eye diagram)**という図が、このISIの大きさをどう可視化しているのかを、数式と対応づけながら読み解いていきます。

直感的な全体像: アイダイアグラムとは何か

まず、アイダイアグラムそのものの作り方から説明します。復調後のベースバンド波形(判定回路に入る直前の連続時間波形)を、シンボル周期 TT(あるいは可読性のために 2T2T)の幅で切り出し、オシロスコープの画面上に何百回・何千回と重ね書きします。理想的にISIがゼロで雑音もない場合、すべての波形はシンボル境界のサンプリング時刻でぴったり同じ2つのレベル(+1+1 または 1-1)を通過するので、重ね描きした図は非常にきれいな「目」の形になります。

ISIや雑音が存在すると、波形ごとに通過する軌跡がわずかにばらつくため、目の形は上下左右に「にじみ」ます。この「にじみ方」こそがリンク品質の情報そのものであり、地上局の運用者はアイダイアグラムを一目見るだけで、次のようなことを診断できます。

  • アイの縦の開き(eye opening in amplitude): 判定点でどれだけ電圧マージンが残っているか。狭いほどノイズに弱い。
  • アイの横の開き(eye opening in time): サンプリングタイミングがどれだけずれても判定を誤らないか。狭いほどタイミングに敏感(タイミングジッタに弱い)。
  • アイの形の歪み方: 対称に閉じているか、非対称か、ギザギザしているか、といったパターンから劣化の原因まで推定できることがあります(後述)。

以下では、この直感的な「目の開き」を、ISIの数式から厳密に導出していきます。

ISIの定式化: 受信サンプル値の分解

送信シンボル列を {ak}\{a_k\}(ak{1,+1}a_k \in \{-1, +1\}、BPSKを念頭に置きますが多値変調にも一般化できます)とし、送信パルス整形フィルタ p(t)p(t)、伝送路(帯域制限・群遅延・非線形性を含む)c(t)c(t)、受信フィルタ q(t)q(t) を経た後の連続時間受信波形は、

r(t)=m=amh(tmT)+n(t),h(t)p(t)c(t)q(t)r(t) = \sum_{m=-\infty}^{\infty} a_m\, h(t - mT) + n(t), \qquad h(t) \equiv p(t) * c(t) * q(t)

と書けます。ここで h(t)h(t) は送信・伝送路・受信フィルタを合成した全体インパルス応答で、n(t)n(t) は受信機雑音です。判定回路はこの r(t)r(t) を、タイミング再生回路が推定したサンプリング時刻 t=kT+t0t = kT + t_0(t0t_0 は最適サンプリング位相からのオフセット、シンボルタイミングオフセット)でサンプルします。

yk=r(kT+t0)=m=amh((km)T+t0)+n(kT+t0)y_k = r(kT + t_0) = \sum_{m=-\infty}^{\infty} a_m\, h\big((k-m)T + t_0\big) + n(kT+t_0)

ここで nkmn \equiv k - m と置き換え、全体インパルス応答のサンプル値を hnh(nT+t0)h_n \equiv h(nT + t_0)、雑音サンプルを νkn(kT+t0)\nu_k \equiv n(kT+t_0) と定義すると、

yk=n=aknhn+νky_k = \sum_{n=-\infty}^{\infty} a_{k-n}\, h_n + \nu_k

サンプリング時刻での主パルスの高さを h0=1h_0 = 1 に正規化すれば(n=0n=0 の項が現在判定したいシンボル aka_k 自身)、これは次の形に分解できます。

yk=ak+n0aknhnISI項+νky_k = a_k + \underbrace{\sum_{n \neq 0} a_{k-n}\, h_n}_{\text{ISI項}} + \nu_k

第1項 aka_k が「欲しい信号」、第3項 νk\nu_k が加法性雑音、そして真ん中のISI項が、過去および未来のシンボル akna_{k-n}(n0n \neq 0)が、本来ゼロであってほしいサンプル点 hnh_n に漏れ込んでくる寄与です。ナイキストの第1基準が完全に満たされていれば hn=0 (n0)h_n = 0\ (n\neq 0) となりISI項は消えますが、冒頭で述べたフィルタミスマッチや非線形性があると hn0h_n \neq 0 となり、この項が判定を狂わせる原因になります。

ピーク歪み: 最悪ケースのISIとその上界

ISI項の大きさは、過去のシンボル列 {akn}\{a_{k-n}\} の値によって変動します。リンク設計の実務では、統計的な平均ではなく最悪の場合にどれだけ判定点がズレうるかを知りたいことがよくあります。これを**ピーク歪み(peak distortion, worst-case ISI)**と呼びます。

三角不等式を使うと、ISI項の絶対値には次の上界があります。

n0aknhn    n0aknhn  =  n0hn    Dpeak\left| \sum_{n \neq 0} a_{k-n}\, h_n \right| \;\le\; \sum_{n \neq 0} |a_{k-n}|\, |h_n| \;=\; \sum_{n \neq 0} |h_n| \;\equiv\; D_{\text{peak}}

(最後の等号は akn{1,+1}a_{k-n} \in \{-1,+1\} より akn=1|a_{k-n}|=1 であることを使っています。)この上界 DpeakD_{\text{peak}} は、過去・未来のすべてのシンボルが「最悪の符号の組み合わせ」で並んだとき、つまりすべての干渉パルスの符号がちょうど判定を妨げる向きに揃ったときに実際に達成されます。

このピーク歪みを使うと、受信サンプル値の取りうる範囲は次のように書けます(雑音を除いた理想ケース)。

ak(1Dpeak)    ykνk    ak(1+Dpeak)a_k(1 - D_{\text{peak}}) \;\le\; y_k - \nu_k \;\le\; a_k(1 + D_{\text{peak}})

もし Dpeak<1D_{\text{peak}} < 1 であればak=+1a_k=+1 を送ったときのサンプル値は最悪でも 1Dpeak>01 - D_{\text{peak}} > 0 以上、ak=1a_k=-1 を送ったときは最悪でも 1+Dpeak<0-1+D_{\text{peak}} < 0 以下にとどまり、雑音がなければISIだけでゼロ判定閾値をまたぐことは起こりません。つまり Dpeak<1D_{\text{peak}} < 1 は「ISIだけでは誤判定を起こさない」ための十分条件であり、これが数式で表した「アイが開いている(eye is open)」という状態です。逆に Dpeak1D_{\text{peak}} \ge 1 になると、雑音が一切なくてもある符号パターンでは判定を誤りうる状態になり、これを**アイが完全に閉じている(eye closure)**と呼びます。

アイダイアグラムの幾何学: 開口とマージンの対応

ピーク歪みの上界は、アイダイアグラムの図形的な特徴と直接対応します。

縦方向の開口(振幅方向のアイ開口)。 上式より、判定点で観測されうる最良ケース(自分のシンボル通りの極性で、ISIがすべて逆向きに働く最悪の場合)のレベルは ±(1Dpeak)\pm(1-D_{\text{peak}}) です。したがって、アイダイアグラムの目の中心を垂直に切ったときの開口の高さは、

Eye Opening (amplitude)=2(1Dpeak)\text{Eye Opening (amplitude)} = 2\,(1 - D_{\text{peak}})

に比例します。この開口が、判定回路が許容できる電圧マージン(decision voltage margin)そのものです。開口が狭いほど、同じ雑音電力でも判定を誤る確率(BER)が上がります。実務では、この開口の縮小をデシベルで表したアイクロージャ・ペナルティ(eye closure penalty)

Leye[dB]=20log10(1Dpeak)L_{\text{eye}}\,[\text{dB}] = -20\log_{10}(1 - D_{\text{peak}})

を、リンクバジェットの中で「ISIによる実効的な Eb/N0E_b/N_0 の劣化量」として扱うことがよくあります。

横方向の開口(時間方向のアイ開口)。 サンプリング時刻 t0t_0 を最適点からずらすと、hn=h(nT+t0)h_n = h(nT+t_0) の値自体が変化し、それに伴い Dpeak(t0)D_{\text{peak}}(t_0) も変化します。一般に最適サンプリング点から離れるほど Dpeak(t0)D_{\text{peak}}(t_0) は増大し、ある時間幅を超えるとアイが完全に閉じてしまいます。この「アイが開いたまま許容できるサンプリングタイミングのズレ幅」が横方向の開口であり、タイミングマージンと呼ばれます。シンボル同期回路(タイミングリカバリ)が持つジッタの許容量は、このタイミングマージンによって上限が与えられます。

雑音マージンとの合成。 実際には雑音 νk\nu_k が常に重畳するため、判定が誤るかどうかは「アイの開口」と「雑音の実効的な広がり」の綱引きで決まります。雑音を標準偏差 σν\sigma_\nu のガウス雑音とみなすと、実効的なビット誤り率は、ISIがない理想ケースのQ関数表示

Pb=Q ⁣(2EbN0)P_b = Q\!\left(\sqrt{\frac{2E_b}{N_0}}\right)

に対して、開口が 2(1Dpeak)2(1-D_{\text{peak}}) に縮小した分だけ実効SNRが劣化した形

Pb    Q ⁣((1Dpeak)2Eb/N01)P_b \;\approx\; Q\!\left(\frac{(1-D_{\text{peak}})\sqrt{2E_b/N_0}}{1}\right)

で近似的に表されます(閾値検出を 00 とする対称な場合)。DpeakD_{\text{peak}} が大きいほど、同じ Eb/N0E_b/N_0 でもBERは悪化します。これがアイダイアグラムの開口を「見ただけでリンク品質のおおよそを判断できる」実務上の根拠です。

ジッタとタイミング感度

アイダイアグラムのゼロ交差点(波形が正負を横切る点)は、理想的には毎回同じ時刻に来るはずですが、実際にはシンボルパターンの違いや位相雑音によって時刻がばらつきます。このばらつきをジッタと呼び、ゼロ交差時刻の標準偏差

σJ=E[(tzctˉzc)2]\sigma_J = \sqrt{ \mathbb{E}\big[(t_{\text{zc}} - \bar{t}_{\text{zc}})^2\big] }

または最大最小の差であるピークツーピークジッタ JppJ_{pp} として定量化します。アイダイアグラム上では、ゼロ交差点付近の「くびれ」の時間方向の広がりとしてこれが直接観察できます。ジッタが大きいと、タイミングリカバリ回路がサンプリング位相をわずかに誤っただけでアイの開口が急激に縮小するため、タイミング感度(timing sensitivity)、すなわち dDpeak/dt0dD_{\text{peak}}/dt_0 の大きさもアイダイアグラムから定性的に読み取れる重要な指標です。

実務での使われ方

地上局の受信機やソフトウェア無線モデムには、復調後のベースバンド信号のアイダイアグラムをリアルタイムに表示する機能が備わっており、運用者はこれを見てリンク品質を診断します。診断の勘所は、アイの閉じ方のパターンから劣化原因を切り分けることにあります。

  • フィルタミスマッチ(送信・受信のロールオフ率やロールオフ形状が設計値からズレている): アイが左右非対称に、あるいは特定のシンボル間隔で規則的に閉じる形で現れることが多い。CCSDSのテレメトリ規格(CCSDS 401.0-B)ではロールオフ率 α\alpha の許容誤差が規定されており、地上局側の受信フィルタもこれに合わせて設計・較正される。
  • 非線形歪み(TWTA/SSPAの飽和によるAM-AM/AM-PM変換): アイの上下が不均一に圧縮されたり、ゼロ交差点そのものが振幅に応じてシフトする(AM-PM変換によるパターン依存の位相回転)、という特徴的な形になる。運用上は、増幅器の入力バックオフ(IBO)を調整してこの歪みを軽減する。
  • 位相雑音(局部発振器やPLLのループ帯域幅設計に起因): アイ全体が横方向にランダムに滲む、あるいはゼロ交差点にジッタとして現れる。PLLのループ雑音帯域幅 BLB_L の設計が不適切だと、この位相雑音成分がアイダイアグラムのジッタとして直接観測される。
  • 群遅延歪み・帯域制限: 特定のタップ hnh_n だけが異常に大きい(伝送路上の反射や帯域端でのフィルタ特性の急峻な変化に起因)場合、アイの内部に不規則な「引っかかり」が現れ、ランダムなISIパターンとして観察される。

DSN(Deep Space Network)をはじめとする実運用の地上局では、新規リンク確立時や機器の較正時に、既知のテスト信号(擬似ランダムビット列など)を使ってアイダイアグラムを取得し、開口の広さから実効的な Eb/N0E_b/N_0 マージンを見積もる手順が標準的に組み込まれています。アイの開口がある閾値(たとえば理論値の90%以上)を下回った場合、フィルタの再較正やバックオフの見直しといった是正措置が取られます。この「目で見て数値化する」ワークフローが、複雑な信号処理チェーン全体の健全性を素早く確認する実務上のツールとして、今なお広く使われている理由です。

演習問題

  1. 全体インパルス応答のサンプル値が h1=0.15, h0=1, h1=0.20, h2=0.05h_{-1}=0.15,\ h_0=1,\ h_1=0.20,\ h_2=0.05(他は無視できるほど小さい)であるとき、ピーク歪み DpeakD_{\text{peak}} を計算し、このリンクのアイが(雑音を除いた理想条件下で)開いているかどうかを判定してください。

  2. 問1で得た DpeakD_{\text{peak}} を使って、アイクロージャ・ペナルティ LeyeL_{\text{eye}} をデシベルで求めてください。また、雑音のない理想リンクで要求される Eb/N0E_b/N_066 dB だったとき、このISIを補償するために追加で必要になる送信電力の増分をおおよそ見積もってください。

  3. あるリンクで、送信フィルタと受信フィルタのロールオフ率がそれぞれ αtx=0.35\alpha_{tx}=0.35αrx=0.25\alpha_{rx}=0.25 とズレて実装されていたとします。このフィルタミスマッチがアイダイアグラムの開口に与える影響を、この回で学んだ hnh_n とピーク歪みの考え方を使って定性的に説明してください(具体的な数値計算は不要、hn0(n0)h_n \neq 0\,(n\neq0) が生じる理由を論じること)。

  4. アイダイアグラム上で「縦方向は十分に開いているが、ゼロ交差点付近の横方向のにじみが大きい」という劣化パターンが観測されたとします。この回で学んだ内容をもとに、考えられる原因を2つ以上挙げ、それぞれがなぜそのようなアイの形を作るのかを説明してください。

まとめと次回予告

ナイキストの第1基準は理想条件下でISIをゼロにできる設計指針でしたが、現実のフィルタミスマッチ・帯域制限・非線形性・タイミング揺らぎのもとでは、受信サンプル値 yk=ak+n0aknhn+νky_k = a_k + \sum_{n\neq0} a_{k-n}h_n + \nu_k のISI項は消えません。この回では、その最悪値であるピーク歪み Dpeak=n0hnD_{\text{peak}} = \sum_{n\neq0}|h_n| を導出し、Dpeak<1D_{\text{peak}}<1 が「アイが開いている」ことの数式的条件であること、そしてアイダイアグラムの縦の開口・横の開口が、それぞれ電圧マージン・タイミングマージンに対応していることを見ました。地上局の運用者にとって、アイダイアグラムは複雑な信号処理チェーンの健全性を一目で診断できる強力なツールです。

次回は、雑音下での最適な受信フィルタ設計に話を進め、整合フィルタ(matched filter)理論に軽く触れます。ここまで「全体インパルス応答 h(t)h(t) をどう分配するとISIが小さくなるか」を扱ってきましたが、次回は「雑音のある中で、SNRを最大化する受信フィルタの形はどう決まるのか」という、また別の最適化の視点からパルス整形の問題を見直します。

参考文献

  • J. G. Proakis, M. Salehi, Digital Communications, 5th ed., McGraw-Hill
  • B. P. Lathi, Z. Ding, Modern Digital and Analog Communication Systems, 4th ed., Oxford University Press
  • CCSDS 401.0-B, Radio Frequency and Modulation Systems, Part 1: Earth Stations and Spacecraft
  • DSN Telecommunications Link Design Handbook, DSN No. 810-005
  • J. H. Yuen (ed.), Deep Space Telecommunications Systems Engineering, JPL Publication 82-76